BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜



 理香は、ふと目を開いた。
 ん? あたしは何をしてるんだろう・・・
 ボーッとした頭を振り絞って記憶を辿った。
 ・・・そうか、これは、プログラムだったんだ。政府の連中にガスで眠らされたんだ。とすると・・・
 思わず首に手をやった。案の定、そこには冷たい金属の輪の手ごたえがあった。少し引っ張ってみたが、かなり頑丈なようで、とても外せそうになかった。夢だと思いたかったが、それは無理なようだった。
 ところで、ここはどこだろう・・・
 理香は周囲を見回した。どうみても、ボロい学校の教室だった。全ての窓に黒い板が打ち付けられているのが奇妙だったが、その席の1つに自分は坐っているのだ。そして、他の席にも同じ制服を着た男女の姿があった。よくみると、彼らは理香のクラスメートたちで、大半はまだ眠っているようだった。周囲の生徒を見た限りでは、生徒たちは出席番号順に並べられているようであった。
 少しずつ頭がハッキリしてきた理香は、
蜂須賀篤が腕組みをしたまま鋭い眼光で前方を見詰めていることや、三条桃香が詰まらなさそうに天井を見ているのを確認した。石川綾(女子1番)芝池匠(男子12番)はじっと考え込んでいるようだったし、吉崎摩耶(女子21番)は不機嫌そうに指を鳴らしていた。
 奈央と雅樹君はどうしただろう・・・
 奈央の席に目をやると、奈央はまだ眠ったままのようだった。雅樹の席には・・・
 あれ? 誰もいない?
 見間違いではないかと目をパチパチさせた理香は、背後から肩をポンと叩かれた。
 振り向くと、
大河内雅樹今山奈緒美(女子3番)が席を立って自分の傍に来ているのが判った。
 理香は思わず雅樹に抱きつきそうになったが、奈緒美がいるので辛うじて踏みとどまった。
 雅樹が口を開いた。
「こうなったら、仕方がない。みんなで協力して生き延びる方法を考えよう。絶対にチャンスはあるはずだ」
 奈緒美が言葉を重ねた。
「そうよ。団結すれば何とかなるわ」
 理香は力強く頷いた。頼れる2人に声をかけられて、弱気になっていた理香の心は鞭を打たれたように生気を取り戻した。
「他の子にも声をかけようよ」
 理香の提案に、雅樹は「当然だ」と答えた。
 だがその時、教室の扉が開いて印藤少佐と兵士たちが入ってきた。当然、全員が銃を持っている。
 印藤が怒鳴った。
「席を立っている者は、ただちに席に戻れ。さもないと・・・」
 最後まで言わせないうちに、雅樹と奈緒美は素早く自分の席に戻った。そしてこの怒鳴り声で、殆どの生徒が覚醒したようだった。それでも眠っていた数人は、兵士に叩き起こされた。印藤が声を大にして言った。
「よし、全員起きたな。これから、私語と席を立つことを禁止する。守らない者は処刑する。解ったな」
 そ、それじゃ相談が出来ないじゃないの。どうしたらいいのよ・・・
 理香にとっては、今の命令はかなり痛かった。雅樹や奈緒美と相談しながらならば、ひょっとしたら何とかなるのではと思っていたのだったが・・・ 死への恐怖が再び理香の精神を支配し始めた。
 印藤は続けた。
「では、改めて担当官を紹介する」
 その言葉に合わせて、先刻美和と呼ばれた若い女性が入室し、教壇に上がって生徒たちに一礼した後に口を開いた。
「先ほどは失礼しました。今回、このクラスのプログラムを担当させていただくことになった鳥本美和と申します。今回が初任務なので、手違いなどもあるかもしれませんが、よろしくお願いします。皆さん、頑張って戦って優勝の栄誉を勝ち取ってくださいね」
 手違い? 手違いでプログラムを中止してくれれば、貴女に篤い御礼の言葉をかけてあげますけどね。
 理香が場違いなことを考えた時、
鵜飼翔二(男子3番)が大声を出しながら立ち上がった。
「何だ、何だ。天下のプログラムの担当官があんたみたいなおねえちゃんなのかい? へそが茶を沸かすぜ。痛い目に遭わないうちに、さっさと俺たちを解放しなよ」
 美和は、少したじろぎながら答えた。少し、声が震えていた。
「担当官に対する侮辱行為は、死に値しますがよろしいのですか?」
 翔二は図に乗って畳み掛けた。
「そんな腰抜け担当官の指示で殺し合いなんか出来るわけねぇだろ。あんた美人だから、ぶっ殺す前に楽しませてもらうぜ。おぅ、みんなも手を貸せよ」
 美和の弱そうな様子に、翔二は周囲の兵士たちの存在を一瞬忘れてしまっているようだった。
「翔二、止めろ!」
 背後からボスの
矢島雄三(男子20番)が声をかけたが、もはや翔二の耳には聞こえていないようだった。
 他の誰も立ち上がらないのを訝しそうにしながらも、翔二は美和に突撃した。兵士たちが銃を構えた。
 美和が一歩後退しながら言った。
「もう一度確認しますが、命に未練はないのですね」
 翔二は答えなかった。そのまま美和めがけて突き進んだ。
 美和が何かを言いかけたが、それより早く印藤と数人の兵士が発砲した。
 室内に銃声が響き渡り、理香は耳を塞いで頭を伏せた。鼓膜が破れるのではないかと思うほどの衝撃だった。
 やがて何の音も聞こえなくなり、理香はおそるおそる顔を上げて目を開いた。だが一瞬の後には、再び目を閉じながら顔をそむけることとなってしまった。教壇の前に血まみれの物体が横たわっていたからだ。悲鳴さえも出せなかった。
 信じたくはないのだが、あれは翔二の成れの果てに間違いないだろう。不良で、少し怖かった翔二だが、まさかこんなあっさり死んでしまうとは・・・ きっと、あたしも何時間か後にはあんな姿に・・・
 体が奥のほうから震えてくるのを止めることは出来ない。どうしても、自分の姿と重なって見えてしまう。
 一方、何人かの生徒は悲鳴を上げながら立ち上がってしまい、兵士に銃を突きつけられてようやく腰を下ろしていた。
 そこで理香は、再度自分に気合を入れなおした。諦めたらダメだ。きっと生き残るチャンスはあるはずだと自分に言い聞かせた。
「片付けてください」
 美和の声がして、2人の兵士が翔二の骸を室外に運び出して行った。見ると、美和本人は教室の隅に逃げている。確かに美和自身は大して強くないように見えるが、それは芝居なのかもしれないと理香は思った。
 教壇に戻った美和が、1つ深呼吸してから話し始めた。
「出発前に退場するほど損なことはないと思います。皆さんは彼のようにならないように気をつけてくださいね。では、ルールの説明を始めます」
 周囲に緊張が走った。耳を傾ける者、メモ用紙を取り出す者、ひたすら震えている者など様々であった。
 ふと見ると、美和は懐から薄い小さなパンフレットのようなものを取り出して読もうとしていた。
 理香の視線を察知した美和は、少し恥ずかしそうに言った。
「あ、私まだ新米だから、ルール説明を間違うと大変なのでマニュアル見ながらお話ししますね」
 理香は、半分呆れながら視線を逸らした。
 この担当官ならあたしでも殴り倒せそうな気がするけど、兵士たちがいるから無理よね。
 と思いながらも説明だけは聞いておく必要がありそうだった。
 美和の説明が始まった。マニュアルを見ながらなので、とても単調で抑揚がない。
「ご存知でしょうが、ルールは簡単です。どんな方法を使ってもいいですから、最後の1人になるまで殺しあっていただきます。反則はありませんが、私たち政府関係者に反抗することと、この会場から逃亡することだけは禁止されています。その場合は、処刑されると考えてください。見事に優勝された方には、総統陛下直筆の色紙が授与されますし、生涯の生活保障がなされます。また、亡くなった方のご遺族には慰安金を支給いたします。では、会場の説明を致します」
 美和の合図で、兵士たちが大きな巻紙を持ってきて広げ、黒板にガムテープで貼り付けた。
「えっと、これがこの会場の地図です。皆さんには、後でもっと詳しい地図を差し上げますのでメモは不要です。ここが豌豆島であることは既にお察しのことと思いますが、会場はこの島の東半分を用います。既に住民の皆様には退去していただいています。無人島生活体験というのは、あながち嘘でもないのです。いろいろな建物や地形がありますので、上手に利用しながら頑張って戦ってください。電気とガスは止めてありますが水道は使えますので、トイレなどは困らないと思います。西半分との境界は有刺鉄線で示されていますので間違う心配はありません。申し遅れましたが、皆さんに装着していただいている首輪からは電波が出ていまして、皆さんの居場所や生死を把握できるようになってます。西半分へ逃げたり、泳いで逃げようとされた場合は、首輪を爆破して処刑いたしますのでご注意ください。さらに、海上には見張りの船も用意されています。ちなみに、首輪を強引に外そうとしても爆発するしかけになっています。くれぐれも犬死にだけはなされませぬよう」
 理香はムッとした。
 プログラムで死ぬこと自体が充分に犬死にじゃないの。貴女たちにこそ、犬死にして頂きたいわね。
 だが理香の思考とは関係なく、説明は続いている。
「もう一度地図に注目してください。南北にAからJまで、東西に1から10まで、それぞれ10等分してありますね。つまり、全体が100の区画に分かれていまして、その1つ1つをエリアといいます。たとえばここは見ての通り学校ですが、エリアG=5に該当します。そして、禁止エリアというものを定めます。禁止エリア内にいる生存中の方の首輪は無条件に爆発いたしますのでご注意ください。禁止エリアは2時間に1つずつ増えますが、それは6時間毎に行う放送で発表いたします。最低でも1時間の猶予がありますから、充分移動できるはずです。原則的に、最初の放送までは禁止エリアはありませんが、ここだけは別で、全員が出発した20分後には禁止エリアとなります。いつまでも、学校付近をうろうろして自滅なさらないようにしてください。ただし、出発後に校舎内に長時間留まっている方も無条件に処刑されますので、出発したら急いで校舎外に出てくださいね。それから放送では、それまでに亡くなった方のお名前もお教えいたします。優勝者が決定した際にも、放送でお知らせします。もう一つ大事なことがあります。24時間連続して誰も死なないと時間切れというルールがありまして、その際には全員の首輪が爆発して優勝者は無しということになっています。これは最悪の結果だと思いますので、こうならないように頑張って下さいね。生き残る方法は優勝しかありません。お解りですね」
 理香は周囲の生徒の様子を窺った。同じように不安そうな表情で周囲を見回している者が大半だったが、じっと考えている者や、目を血走らせている者もいた。
 みんな、どうするんだろう。まさか、本当に殺し合いなんてしないよね。みんなで逃げる方法を考えるんだよね。
 と思いながらも、どうしても疑心暗鬼になる心をセーブしきれない理香だった。
 でも、奈央や奈緒美や雅樹君や匠君はきっと協力してくれる。何とかなる。じゃなくて、何とかしなくちゃ。
 美和の説明は続いていた。
「それでは、1人ずつ2分間隔で出発していただきます。最初の1人は抽選で決めます。その後は、番号順に男女交互になります。教室を出たところで、デイパックを1つづつお渡しします。その中には若干の食料、地図と磁石と時計に懐中電灯、それと武器が入っています。ただし武器ではなく防具やズッコケアイテムが入っていることもあります。皆さんの日頃の心がけが試されると思います。それに私物も持っていってかまいません。それからですね、一人だけ首輪が太い人がいるはずなのですが、手を上げて頂けませんか。兵士の皆さんが適当につけたらしいので・・・」 それを聞いて生徒たちはお互いの首輪を比べあった。理香の周囲の者たちは、すべて同じ首輪のように見えた。
 寸刻の後、「俺です」
 と、答えたのは
岸川信太郎(男子8番)だった。
 美和は微笑みながら信太郎に話しかけた。
「それは、スペシャルアイテムです。貴方には、貴方専用のデイパックをお渡ししますが出発まで開けないで下さいね」
 兵士の1人が、信太郎にデイパックを手渡した。信太郎はおどおどしながら受け取った。
 続いて兵士たちはテーブルのようなものと、円形の寿司桶のようにも見える物体を持ち込んできた。そして、円形のものは教壇に置かれた。
 理香が首を伸ばして見てみると、円形のものはルーレットのホイールで、テーブルはルーレットの賭けに使うもの(確かベッティング・レイアウトという名前だったような気がする)だった。
 出発順をルーレットで決めるというのだろうか。何てふざけた話だろう。
 理香の不快感が募ってきたが、さらに不快になることが待っていた。
「これは、プログラム用特製ルーレットです。普通のルーレットとは違って黒も赤も1から21まであります。0や00はありません。レイアウトの方もそれに合わせてあります。今からこれを回しますので、球が止まった番号の人から出発していただきます」
 美和がマニュアルを懐にしまいながら話し終えると、印藤が進み出てレイアウトの一箇所に紙幣を置いた。それから兵士が1人ずつ交代に進み出てそれぞれ紙幣を置いた。
 何と、兵士たちは生徒の出発順でバクチをしているのだ。美和は参加しないようだったが。
 ふざけないでよ!
 と、怒鳴りそうになるのを抑えるのが、理香は精一杯だった。
 印藤が言った。
「よかったら、生徒の諸君も参加していいぞ。当たれば、勿論支払ってやる」
 冗談じゃないわよ。誰がそんなものに・・・
 怒りに震えそうな理香だったが、次の言葉には唖然とするしかなかった。
「面白そうじゃねえか」
「やってみようぜ。プログラム中は、金はいらねぇし」
 進み出たのは、蜂須賀篤と矢島雄三だった。2人は、それぞれ紙幣をレイアウト上に置いて席へ戻った。
 ちょっと、貴方たち、どういう神経してるのよ? 信じられない・・・
 理香がこんなことを思っている間に、ルーレットは回り始めた。
 そして、球が止まったのは“黒の1”だった。
 美和が口を開いた。
「決まりました。男子1番の芦萱君から出発です」
「よーしっ!」と声を上げたのは、
芦萱裕也(男子1番)ではなく、篤だった。
 どうも、篤ただ一人が賭けを的中させたらしい。
 篤は進み出ると、レイアウト上の全ての紙幣を回収して意気揚々と引き返した。
 印藤が苦虫を噛み潰したような表情になった。
 篤には呆れるが、今の印藤の表情はちょっと爽快だと理香は思った。
 一方の裕也は兵士に促されて立ち上がり、出発しようとしたが美和に呼び止められた。
「ひとつ忘れてました。出発前に何方かに選手宣誓をしていただくことになってました。適当な言葉でかまいませんので、何か言ってくださいね。これも、ルーレットで決めますよ」
 ルーレットは、“赤の11”を示した。
「あら、三条さん。適役ですね。お願いします」
 美和の言葉に、桃香はサッと立ち上がった。と、同時に右手を高々と上げて大声で宣誓を始めた。
「宣誓! わたしたちは、大東亜国民精神に則り、力と知恵を振り絞り、時には堂々と時には策を弄して、精一杯最後の一人になることを目指して戦い抜くことを誓います。2008年5月22日、香川県豊原町立豊原第二中学3年1組女子11番三条桃香」
 宣誓が終わると、印藤と数人の兵士が惜しみのない拍手をした。
「さすが、桃香様。敬服いたします」
 
ごますりのような印藤の言葉に、理香はさらに不快感を強めたのだった。
 一方の桃香はまだ着席せずに、クラスメートを見回しながら説得するような口調で言った。
「船の中でも言ったけど、これは大東亜国民の義務なの。私だって本当は皆を殺したくなんかない。ずっと仲良くしていたい。でも、国が定めたことだから、覚悟しなきゃいけない。やらなきゃいけないの。いいわね!」
 言い終えると桃香は静かに腰を下ろした。これを聞いた大半の生徒たちは呆然としていた。
「やられるのは、お前だな」
 雄三が小声で言ったのが聞こえた。
 時計を見ていた美和が言葉を発した。
「では、丁度23日の午前0時になりましたので、出発して頂きたいと思います」
 裕也が震えながら立ち上がり、教室中が不気味な緊張に包まれた。
 理香も、脈拍が意に反して速くなりつつあることを自覚していた。
 

男子3番 鵜飼翔二 没
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第1部 試合開始 了


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