BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
5
生徒たちは1列になって船底への階段を下り始めた。当然、何人置きかに兵士が入っている。
途中で、三条桃香の護衛の男が気絶して横たわっているのが目に入った。兵士たちに殴り倒されたのだろう。
理香の少し前にいた由良孝則(男子21番)が小声で言った。
「いちかばちか逃げてみるか、あるいは全員で兵士に飛び掛るってのは無理か?」
孝則の前を歩いている蒲田早紀(女子6番)が振り向かずに答えた。
「間違いなく殺されるわよ。やるなら1人でやってね」
孝則は返事をせずに頭を垂れた。
直前を歩く奈央の震える背中を見詰めながら、理香も同じことを考えていた。自分たちは42人。兵士たちは8人程度だ。全員が団結して兵士を襲えば、何とかなるのかもしれない。
だが、桃香や蜂須賀篤は絶対協力しないだろうし、早紀のように怖がっている者も協力してくれるとは思えない。
相談が出来ないので、組織だった行動も出来ない。やはり自殺行為になってしまうのか。
理香の心中を察したのだろうか、背後の大河内雅樹が囁きかけてきた。
「先生の言ったとおり、きっとチャンスはある。今はダメだ」
頼みの綱の雅樹に否定されてはどうにもならない。理香は小さく頷いて了解の意思表示をした。
到着した倉庫はかなり広かった。兵士たちが潜んでいただけあって、少々汗臭い。
理香は身震いしながら中を見回した。ガランとしていて何もない。本当ならここには無人島生活体験で必要なキャンプ道具などが入っていそうなものなのだが、プログラムならば何もないのは当然だ。
最後の生徒が入室すると、替わりに兵士たちが退室し、外から施錠する音が聞こえた。
何人かの生徒は、扉を揺すったり、壁を叩いたり、裏口を探したりしていたが無駄なようだった。
へなへなと床に座り込んだ奈央が言った。
「あたしたち、死んじゃうんだね。まだ、14年しか生きてないのに・・・ 悔しい・・・」
既に涙ぐんでいる。
「大丈夫よ。雅樹君も何とかなるかもしれないようなことを言ってるし」
理香も泣きたい気持ちだったのだが、抑えながら奈央を励ました。
周囲からも床を叩く音や、すすり泣きの声が聞こえている。
副委員長の大場康洋(男子6番)が、桃香に声をかけているのが聞こえた。
「三条さん、君の力ならプログラムを中止させられるんじゃないのかい」
理香は、ハッとした。そうだ、このクラスには総統の姪がいるじゃないの。総統だって、自分の姪がプログラムの犠牲になることを望みはしないよね。桃香を上手く説得できれば・・・
理香の胸は小さな期待で膨らんだ。
だが、この期待は次の桃香の言葉で無残にも打ち砕かれた。
「選ばれたんだから仕方ないじゃない。大東亜国民である以上、国の決定には従うしかないわ。私だって例外じゃないの。逆に、私と同じクラスであったために、このクラスのみんなが助かるんだったら、それこそ不公平だわ。それに、私がいるためにプログラムの中止なんかしたら、国の権威がガタ落ちになるじゃない。そんなこと許されるわけがないわよ」
康洋は唇を噛み締めたまま返事をしなかった。
桃香はさらに声を大きくして言った。
「こうなったら、みんなも覚悟を決めるしかないわよ。申し訳ないけど、私は遠慮なくみんなの命を貰うことにさせていただくわ。勿論、みんなも遠慮なく私を襲っていいのよ」
理香は形容しがたい脱力感に襲われた。桃香に期待した自分が情けなかった。桃香にとっては、当然クラスメートよりも国の権威のほうが大事なのだろう。桃香の立場ではやむをえないとも言えるのだが。
突如、ボスの矢島雄三(男子20番)が立ち上がって怒鳴りつけた。
「うるせぇんだよ、お前は。そう言うなら、この場でぶっ殺してやるぜ」
言うが早いか桃香の方へ突進し始めた。
だが、桃香はまったく怯まずに言い放った。
「プログラム開始前の戦闘は禁止行為よ。今、私を殺したら確実に処刑される結果になるけど、それでもいいの?」
普段の桃香とは別人のような威厳のある声だった。
それに対して、顔を顰めながら雄三は突進を中止した。
「まぁ、いい。だが、始まったら必ず片付けてやるからな。しっかり首を洗っときなよ」
回れ右をしながらそれだけ言い残すと、元の場所へ堂々と引き返していった。だがその振る舞いは、理香には虚勢のように見えた。女子に追い返された雄三の心中はどうだったのであろうか。
奈央が話しかけてきた。
「ところであたしたちを、ここに閉じ込めてどうするつもりなんだろうね」
理香が解らないという旨を伝えようとした時、いつのまにか近くにいた蜂須賀篤が口を開いた。
「教えてやるよ。そのうち、この部屋には催眠ガスが撒かれる。俺たちは眠らされるのさ。で、目覚めたらプログラム実施本部にいて、既に首輪も付けられてるっていう寸法だ」
篤の言葉など、今まで殆ど聞いたことがない。それに、どうしてそんなことを知っているのか。
「そんなのイヤよ!」
叫び声で振り向くと、浦川美幸(女子4番)が部屋の壁をドンドンと叩き始めたところだった。
一方では、複数の男子が扉に体当たりを始めた。
篤は今度は大声を出した。
「止めろ! 無駄なことだ。あまり暴れるといきなり殺される危険もあるぞ。開始前に死ぬほどつまらない事はないんだぞ。そのまま永眠するわけじゃないんだから、ここは大人しくするんだ」
暴れている生徒たちの動きが止まった。
理香は雅樹を見詰めた。無言で雅樹の意見を求めた。
雅樹は頷きながら言った。
「確かに、今体力を消耗するのは得策ではないな。それに、どうせこの部屋は見張られている。誰が暴れたかは奴らに筒抜けだ」
理香は思わず天井を見回した。天井の4隅に黒い半球状のものがついている。あれが監視カメラなのだろうか。どうやらこの船はプログラム用に改造されているように思われた。
雅樹が続けた。
「ほらね。しっかり見られているだろ。ん? ガスが撒かれ始めた様だぞ」
言われて見れば、理香の鼻を微かな香りが刺激している。
「立ったまま意識を失うと、倒れて怪我をするかもしれない。坐ったほうがいい」
雅樹の言葉に従って、早くも眠気を感じていた理香は腰を下ろした。見ると、篤も桃香も既に坐った姿勢になっている。
つられるかのように、多くの生徒が腰を下ろし始めた。
奈央は理香にしがみついてきた。理香は奈央の体を抱きとめながら、まだ立っている生徒に声をかけようとしたが、もはや小さな声しか出なかった。いつのまにか体が重くなり、視野も霞みつつあった。
背後の方で、誰かが倒れるような音がしたがもはや振り向くことも出来なかった。腕の中の奈央は、既に目を固く閉じているようだ。
雅樹の様子を見ようとしたところで、理香の意識は途絶えた。
<残り42人>