BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
4
理由もなくいきなり海へ飛び込めと言われても、“はい、わかりました”と従えるものではない。
「一体、どうしたのですか?」
同じ質問が、理香を含めた数人の口から同時に放たれた。
それに答えて、担任の国分美香は早口にまくしたてた。
「今、問題の島を双眼鏡で観察してみたのよ。今山さんの言うとおり、あれは無人島なんかじゃないわ。多分、豌豆島よ。でも、工場から煙が出ていないし、道路に車が全くいないみたい。それに、もう薄暗いのに灯りも一箇所しか見当たらない。つまり、今は無人に近くなってるわけ。島をそんな状態にして連れて行くってことは、プログラムしか考えられないのよ」
え? 今、先生、何て言ったの? プ・ロ・グ・ラ・ムって言わなかった?
理香は頭がボーッとして、わけがわからなくなってしまった。
美香の言葉が続いているが、理香には別世界の出来事のように感じられてならなかった。心がエアポケットに落ち込んだような状態だった。
理香には聞き取れていないが、美香はこんなことを言っていた。
「だから、島に到着する前に海へ飛び込んで逃げるの。溺れちゃう子もいるかもしれないけど、プログラムに参加させられるより生存率は高いはずよ。プログラムの宣告前だから逃亡しても罪にはならないわ。さ、早くみんな海へ飛び込んで! 急ぐのよ」
ほとんどの生徒が理香同様に硬直して動けなくなっていたが、三条桃香(女子11番)や蜂須賀篤(男子14番)は比較的平然としているようだった。といっても、美香の指示に従おうともしていなかったが。
背後から誰かに肩をゆすぶられた理香は、少し正気を取り戻して振り返った。
後ろに立っていたのは、大河内雅樹(男子5番)だった。
雅樹は理香に微笑みかけながら、大声で凛として言い放った。
「先生の言う通りだ。海に飛び込んだ方がいい。みんな行こうぜ。泳げない者は助け合うんだ」
「そうするしかなさそうね。飛び込もうよ、みんな」
今山奈緒美(女子3番)も既に正気に戻っているようだ。流石は委員長だと理香は思った。
それを合図にしたかのように、何人かの生徒が荷物を背負ったり靴を脱いだりしはじめた。
が、事態はそこで急転した。
突如、どこから現れたのか銃を抱えた数人の兵士が船室になだれ込んできた。一番、貫禄のある兵士が怒鳴った。
「気の毒だがそこまでだ。全員、床に坐れ。立っている者は射殺する」
その言葉に合わせて、兵士たちは一斉に銃を構えた。
何人かの生徒は素直に従って坐ったが、大半の生徒は呆然として突っ立ったままだった。
理香もその一人だったが、背後から雅樹に引っ張られて坐り込んだ。
いらついた兵士の一人が天井に向けて威嚇射撃をすると、残りの生徒たちはようやく腰を下ろした。
這うように理香の側へ移動してきた佐々木奈央(女子10番)が震えながら言った。
「嘘だよね、こんなの。あたしたち、何か悪い夢を見てるのよね。そうだよね」
理香は奈央の手を握ったまま、答えられなかった。半分混乱したまま、理香は美香のほうを見た。美香が何とかしてくれるのではないかと、ある程度期待していたのも確かだ。
その美香は、坐った姿勢のまま厳しい視線で兵士たちを睨んでいた。
貫禄のある兵士が美香を見下ろしながら言った。
「先生、流石ですな。プログラムと見破るとは。おかげで我々の出番が少し早くなってしまいました。用心のために船室に盗聴器を仕掛けておいて助かりました。そうでなかったら生徒たちに逃げられて、我々は全員切腹でしたよ。申し遅れましたが、私は今回のプログラムの責任将校の印藤少佐と申します」
美香は無言のまま印藤を見詰めている。理香には、その表情が無念さに満ち満ちているように見えた。それも当然だろう。もう少しで、生徒たちを救出できそうだったのに間に合わなかったのだから。
印藤が続けた。
「さて、先生に1つお願いがあります。ここから海に飛び込んで帰っていただきたいのです。生徒に飛び込めと言われたのですから、先生も飛び込めますな」
美香はそっぽを向いて答えた。
「余計なことを言ってないで、さっさと私を殺したら?」
印藤は笑いながら言った。
「先生はとても優秀な方なので、よほどのことがない限り死なせてはならないと命令されております。先生ならば溺れることもないでしょう。さぁ、早く飛び込んでください」
美香は溜息をつきながら立ち上がった。だが、生徒たちの方を振り向くとはっきりした口調で言った。
「みんな、最後まで諦めちゃダメよ。諦めなければ、希望は見えてくるわ」
それだけ言い残すと船室から出て行こうとしたが、印藤が呼び止めた。
「その前に、担当官を紹介しておきましょう」
美香は無言で足を止めたが、程なく船室に入ってきた若い女性を見て驚きの声を上げた。
「美和ちゃんじゃないの」
相手も唖然としながら答えた。
「み、美香先輩・・・」
「何で、美和ちゃんが担当官なんかしてるのよ!」
思わず大声になった美香に、相手はたじろぎながら答えた。
「そ、それは・・・」
慌てたのは印藤だった。
「何と、お知り合いでしたか。それでは、担当官の紹介は島についてからということにしましょう」
印藤に促されて、美和と呼ばれた女性はうなだれたまま船室から出て行った。
一方の美香も我に返った様子で、もう一度生徒たちの方を振り向いて優しい笑みを見せたかと思うと、小走りに舷側へ行き、そのまま海に身を躍らせた。僅かに遅れて、水面から大きな音が聞こえた。
先生・・・ 先生ならば無事に帰れるとは思うけど・・・ でも、あたしたちは・・・
理香が美香の消えた方向をうつろな目で見ていると、印藤は汗を拭きながら再び大声を出した。
「さて生徒の諸君。貴様らにはこれから船底の倉庫に入ってもらう。先程まで我々が隠れていた場所だ。逆らったり逃げようとした者は無条件に処刑する。解ったな」
理香は誰も答えないだろうという予想をしたが、それは沈黙を破る一声によって見事に外された。
「分かりました。言うとおりに致します」
全員が声の方向を見た。その視線の先、きっぱりと答えたのは三条桃香だった。
「よし、では全員頭の後ろに手を組んで立て!」
印藤が号令した。
理香は小声で雅樹に話しかけた。
「何とかならないの?」
雅樹は首を小さく振りながら答えた。
「この場は黙って従うしかないさ」
理香は、渋々印藤の命令に従って立ち上がった。
<残り42人>