BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜



 無人島へ向かう船が港を出た。2組と3組もそれぞれの船に乗って別の島に向かっている。1組の乗る船だけが他の2艘の船よりも大きくて立派なのが理香には少々不思議だったが、船酔いしやすい者にとっては有難いことだっただろう。
 普通に授業があった後の夕刻に出発というのも、奇妙な状況ではあったが。
 理香は船室の一番後方に立ち、徐々に遠ざかっていく豊原町を窓越しに眺めた。夕日に照らされて、とても美しい眺めだ。今夜から数日の間、この町ともお別れだ。
 ふと、町のことを考えた。
 豊原町は、香川県の西の端にある。すぐ西隣は愛媛県山之江市になる。東隣の大野原町に比べると小さな町だが、現職中に殉職した小平総理大臣の出身地として知られている。総理の大きな像が町のシンボルになっている。産業としては綿花や梨が有名だ。
 のどかで住みやすい町なのだが、理香はなぜか当分の間この町に戻れないような不思議な予感がしていた。漠然としたものだったけれど。
「何、ボーッとしてるの?」
 奈央に話しかけられて我に返った。
「べ、別に・・・」
 勿論、今の予感のことなど話す気にはなれない。奈央が続けた。
「しばらくまともなご飯が食べれそうにないわね。お肌に悪そう」
「そうよねぇ。普通の旅行の準備でいいと言われているから、お菓子しか持って来てないしね。学校がどんな準備をしてくれてるのか分からないものね。テントとかちゃんとあるのかなぁ」
 理香の返事に、傍で聞いていた
石川綾(女子1番)が口を挟んだ。
「この国がそんなに親切なわけないじゃない。野宿よ、の・じゅ・く。食べ物だって草の根と雨露ってとこかしら」
「それじゃ、死んじゃうよ」
 奈央の溜息まじりの発言に、巨漢の
大村哲也(男子7番)が反応した。
「それなら、さっさと死ねばいいさ。この国に、そんな弱虫は必要ないからな」
「そんな酷いこと言わないでよ」
 理香が文句を言うと、
三条桃香が笑いながら言った。
「この場合は、大村君の方が正しいと思うわよ。言い方がきついけどね。とにかく、たったの3泊4日じゃないの。それなら絶食したって死なないよ」
「そりゃそうだ」
 相槌を打ったのは、趣味が豊富な
増沢聡史(男子17番)だ。
 後方で、見栄っ張り男の
京極武和(男子10番)も頷いている。
 分が悪くなった理香は、思わず口走っていた。
「どの程度の用意がしてあるのか先生に確認して来るわよ」
 言うが早いか、前の方にいた担任教師の国分美香に駆け寄った。
 だが、美香の答えはこうだった。
「悪いけど、私にも何も知らされてないのよね。上陸すれば解るって言われてるだけだから」
 美香は生徒思いで人気者の教師だ。若くて美人なので男子にも好かれている。数学の授業も上手だったが生活指導力も抜群で、不良たちも美香には口答えできないほどだった。その美香がかなり困惑した表情で言った。
「政府はどういうつもりなのかしらね。行き先の島の名前さえ公表してくれないし」
「え? 島の名前も分からないんですか?」
 美香の傍にいた
阿知波幸太(男子2番)が、理香よりも先に訊いた。
「何ですか、それは。まるで、ミステリーツアーじゃないですか」
 
芦萱裕也(男子1番)も同調した。
 美香は落ち着いた表情に戻って答えた。
「私が不安を煽っちゃだめだね。心配は無用よ。どんな状況になっても私を信じてくれれば大丈夫よ」
「そうよね。先生がついてるんだから問題ないよね」
 安心しきった声を出したのは
武藤香菜子(女子20番)だった。
 理香も少し落ち着いた気分になったのだが、それは駆け込んできた
今山奈緒美によって破られた。
「先生、少し変です」
 美香は静かに聞き返した。
「どうしたの? 貴女らしくもなく慌てて」
 奈緒美は胸を押さえて動揺を止めるようにしながら言った。
「日没までに島に着かないと準備が出来ないから、そろそろ島が見えるだろうと思って舳先の方へ行ってみたんです。前方には大きな島が一つ見えるだけで、ほかにはそれらしき島がないんです。で、双眼鏡で見てみたら建物がたくさん見えるんです。無人島なのに変ですよね」
 美香は微笑んで答えた。
「無人島といっても、昔から無人とは限らないわ。以前に人が住んでいて、建物が残ってる島があっても不思議じゃないわよ」
「そんなんじゃないんです。さびれている様子もなくて」
 決して慌て者ではないしっかり者の奈緒美が言うことなので、美香も何かを感じたらしい。
「ちょっと見てくるね」
 と言い残すと、奈緒美から双眼鏡を引っ手繰って駆け出して行った。
 理香も再び不安になってきた。
「奈緒美、そんなに大きな島なの?」
 奈緒美は頷きながら答えた。
「あんな大きな島が無人島なんてありえないと思う。この辺りには火山島はないはずだし」
 確かに大きな島でも、活火山があったり、珊瑚礁で出来ていれば無人島になってしまうこともありうる。しかし、瀬戸内海では・・・
 この騒ぎで多くの生徒が集まってきた。一様に不安な表情になる中で、
大河内雅樹が口を開いた。
「このあたりで、大きい島となると豌豆島だろうな。もちろん、無人島のわけが無い。ひょっとすると・・・」
「雅樹君、ひょっとすると何なの?」
 理香が尋ねた。
「い、いや、何でもない。気にしないでくれ」
 と雅樹は答えたが、理香の心の不安は増大する一方だった。
 そこへ落ち着きの無い足音とともに美香が駆け戻ってきた。何となく顔色が悪いように理香は感じた。
 今までに見たことがないような厳しい表情になった美香が、大声で言い放った。
「みんな、海へ飛び込むのよ! 早く、急いで!」
 な、何なの? 一体・・・
 理香は、自分を含めたクラスメート全員が固まるのを感じていた。


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