BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
2
理香が教室の自分の席に着いた時には、既にクラスメートの大半が室内にいて、それぞれの仲間と雑談していた。相棒の奈央がお手洗いに行っているので、理香は何気なく室内を見回した。
窓際の後部には、いわゆる不良グループが集まっている。ボスの矢島雄三(男子20番)が、仲間の鵜飼翔二(男子3番)、宇佐美功(男子4番)、北浜達也(男子9番)に向かって熱弁を振るっている。女子不良の吉崎摩耶(女子21番)と仲間の坂東美佐(女子16番)も聞き入っているようだった。
といっても、内容はどの銘柄のタバコが美味いかという話のようで、功や摩耶が時々反論していたが、雄三は全く聞き入れずに自分の主張を押し通しているようだった。
いつ見ても、雄三は仲間に対してごり押しをしているようにしか思えない。腕ずくで仲間を支配しているだけで、信頼関係に乏しいように理香には思えた。確かに雄三とケンカして勝てるものなど、クラスには誰もいないのだが。
雄三と目が合いそうになって、理香は視線を前方に移した。
教室の一番前の窓にもたれるようにしながら楽しそうに会話しているのは鈴村剛(男子13番)と神乃倉五十鈴(女子7番)のカップルだった。自分を中心に世界が回転しているかのような考え方をしている剛と心の美しい五十鈴ではどう見ても不釣合いなのだが、本人たちは充分満足しているようだった。“蓼食う虫も好きずき”という奴だろう。
雅樹君とあんなふうになれたらいいなぁ・・・ と思いながら、理香は教壇の方向を見た。
副委員長の大場康洋(男子6番)が、黒板に日付を書き入れている。本日の日直だったようだ。熱血漢タイプの康洋もなかなかの人気者だ。
教壇に一番近い席では、藤内賢一が脇目も振らずに勉強している。いつものことなので驚きはしないが、担任教師が来るまでの僅かな時間に耳栓をしてまで勉強してどれほどの効果があるのだろうかと理香には思えた。
そういえば雅樹君は?
理香は雅樹を探した。雅樹は廊下側の後ろの方で立ち話をしていた。相手は、芝池匠(男子12番)と児玉新一(男子11番)、それに今山奈緒美に伊那あかね(女子2番)だった。
優等生の匠や小柄な新一はもともと雅樹と親しいし、奈緒美は雅樹とは家が近く幼馴染とも言えた。そして、あかねは奈緒美の親友だ。
席を立って話の輪に加わりたいと思った理香だが、耳を傾けてみると理香の見ていないテレビドラマの話題のようで、参加しにくい感じだった。
雅樹たちの近くの席には、詰まらなさそうな表情の蜂須賀篤(男子14番)が坐っている。篤は今月初め頃に転校してきたのだが、ぶっきらぼうで近寄りがたい男で、ほとんど友人はできていない。
転校生といえば、このクラスには数日前に転校してきたばかりの甲斐琴音(女子5番)もいるのだが、まだ登校して来ていないようだ。
篤の隣の席で、あらぬ方向を向いて祈りをささげているのは古河千秋(女子17番)だ。千秋は世界的には有名だが大東亜では珍しい宗教の信者だということだったが、詳しいことはよく知らない。学校でも一日に何回も礼拝しているので、他の者は気味悪がって近寄らないのだった。
その時、理香はふと鋭い視線を感じて振り向いた。
少し離れた席の百地肇(男子18番)が、理香をじっと見詰めていた。
気持ち悪いっ!
理香は身震いしながら視線を逸らした。肇は女子たちに付きまとったり、不必要に見詰めたりするので、女子の間では鼻つまみ者だった。理香もよく見詰められていたし、下校時に尾行された経験もあるので、出来ればかかわりたくないのだが、出席番号が同じであるため行事などでは協力せざるを得ない時があり、結構苦痛なのだった。正直なところ会話もしたくない相手なのだが。
逸らした視線の先にいたのは、机に腰掛けて会話している平松啓太(男子15番)と那智ひとみ(女子14番)のカップルだった。三条桃香は別格だが、それ以外ではクラスでもっとも裕福な家庭の息子が啓太だ。ひとみの方は普通のサラリーマン家庭の娘だったはずだが、啓太に一目惚れされたらしかった。家も近く、いつも手を繋いで登下校しているので後輩たちにまで冷やかされていたが、2人は全く動じていない様子だった。明らかにクラスの中では、2人だけ浮いた存在になっていたのだが。
「みんな、お早う」という声が前の扉の方から聞こえ、理香はそちらを振り返った。
明るくて人気者の川崎愛夢(女子8番)が、丁度教室に足を踏み入れたところだった。その後ろに暗いイメージの強い川崎来夢(女子9番)の姿が見えている。愛夢と来夢は一卵性双生児なのだが、なぜか性格に大きな差があった。育った環境が違っていたのかもしれないが、とても双生児とは思えなかった。しかし外見は確かにそっくりで、お互いが相手に間違えられることを嫌ってリボンの色やスカートの長さを変えていなければ、とても見分けがつかなかった。
理香が席に着く2人をぼんやりと眺めていると、「お待たせ」との声とともに奈央が戻ってきた。
と同時に、教室に入ってきたのは担任教師の国分美香だった。
生徒たちが慌てて自分の席へ戻り、日直の康洋の号令で朝の挨拶が行われた。
教室の外では、雲ひとつ無い空に太陽がまばゆく輝いていた。
<残り42人>