BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
11
時計の針が午前2時を示した。
エリアD=5の登山道に面した東屋で、長椅子に腰を下ろした那智ひとみ(女子14番)は、側の平松啓太(男子15番)を頼もしげに見詰めた。
プログラムなどという最悪の事態の下でも、啓太に対するひとみの信頼は決して揺らぐことはなかった。
啓太さえ傍にいてくれれば何も怖くない。
啓太が一緒ならば、プログラムも何とかなりそうな気がする。
そして、啓太とならば死んでしまってもかまわない。
もしここに何者かが現れて、自分と啓太を殺したとしても、そのまま天国で結ばれるのだから本望だと思っていた。
もちろん、2人で生き延びられるのならば、それに越したことはないのだが。
啓太がボソリと口を開いた。
「これからどうなると思う?」
「え?」
一瞬、啓太の意図を測りかねたひとみだったが、にこやかに答えた。啓太の気持ちが沈んでいるのなら、自分が支えなければいけない。
「頑張って2人で生き延びる方法を考えるんでしょ。大丈夫だよ。何とかなるよ」
啓太はひとみの方を見ないで答えた。
「甘いよ、その考えは」
「どうしたの? 変だよ、啓太」
ひとみの問いに、啓太は相変わらずのボソボソした口調で答えた。
とてもにわかには信じられない内容だった。
ひとみは平凡なサラリーマン家庭の娘だった。ひとみ自身も取り立てて言うほどの特徴もない少女だったが、純真さと純情さには自信があった。
一方の啓太は、三条桃香を除けば町で一番の裕福な家庭の息子だった。同じクラスになっても自分とは全く縁のない人物だと、ひとみは思っていた。家は近所だったけれど。
だが意外な出来事が2人の交際のきっかけとなった。
昨年の夏休みのある日、ひとみが川辺で犬の散歩をさせていると、上流の方から若い女性の悲鳴が聞こえた。そちらを見ると、女性は川を指差しながら何かを叫んでいるようだった。視線を川面に移してみると、浮き沈みしながら流されている幼児の姿が目に入った。
危ない。でも、いますぐ飛び込めば間に合いそうだ。
泳ぎには自信のあったひとみは、すぐさまTシャツにGパン姿のまま川に飛び込んで、幼児を無事に川から救い上げたのだった。
翌日のローカル新聞の紙面を飾った出来事だったのだが、それが掲載されるよりも早く、つまりその日の夜に啓太から電話がかかってきた。どうも啓太は対岸を歩いていて一部始終を見ていたらしいのだ。
啓太はこう言った。
「全部見てたよ。とてもカッコよかった。君が少しでも躊躇していたら間に合わなかったからね。僕は君のような優しくて素敵な子と付き合いたいんだ。よかったら僕と交際してくれないかな」
今まで話したことのない啓太に突然言われてもオーケーできるものではない。ひとみはやんわりと断った。
だが、啓太は夏休みの終わりまでほとんど毎日のように電話をかけてきた。
それでもひとみははぐらかし続けた。啓太が嫌いなわけではなかったが、身分違いで釣りあわないという意識が強かった一方で、地元の有力者の息子を敵に回すわけにはいかないという意識も働き、対応に苦慮していた。
そして、2学期が始まって間もなく、ひとみは体育の授業で脚を骨折して入院することになってしまった。
すると啓太は毎日、郊外の病院まで授業ノートとお菓子持参で見舞いにやって来た。雨の日も風の日も一日も欠かさなかった。それも、使用人の車などを使わずにバスや自転車で通っていたのだった。
ひとみは初めのうちは若干迷惑にも感じていたが、徐々に感謝の気持ちが強くなり、やがてはほのかな愛情に変化し、啓太の訪れを待ち焦がれるようになっていた。
退院の日に啓太から大きな花束を受け取ったひとみはついに決意を固めた。
ここまでの誠意を見せられては、啓太の求愛に応じないわけにはいかないと。
翌日ひとみが啓太にオーケーの意思表示をすると、啓太は幼児のように小躍りして喜びを全身で表現した。
良家の子息にしては、意外に無邪気で親しみやすいとひとみは感じた。
実はひとみが一番心配していたのは啓太の両親の反応だったのだが、それは杞憂だった。
数日後に啓太の屋敷に招かれたひとみは、両親にたいそう手厚くもてなされた。
「息子の選んだ人を信じています」
と言われた時には、心の奥底から嬉しかった。
むしろ問題は自分の両親の方だった。
「遊ばれているだけで、どうせそのうちに捨てられるんだから、早目に別れなさい」
などと、再三言われる始末でかなり苦痛だったが、従う気はなかった。
それから、2人は毎日手を繋いで登校した。
2人でクラスメートから浮いてしまったが、苦にならなかった。常に2人の世界がばら色に輝いて見えた。
「玉の輿に乗っちゃって」
と、一部の女子からやっかみ半分のいじめを受けたこともあるが、決してめげなかった。
後輩からも冷やかされたが、意に介さなかった。
この愛は、プログラムでも決して引き裂くことは出来ないかのように思われた。
出席番号が繋がっている幸運で、出発直後に合流できていたのだし。
「今から君は僕に殺されるんだよ」
抑揚のない声で言い終えた啓太は、突然支給品の登山ナイフをひとみの胸元に突きつけてきた。
い、今何て言ったの? このナイフは何なの? 嘘でしょ。信じられない。
ひとみはただ呆然として啓太の顔と自分に突きつけられたナイフを交互に見詰めていた。
<残り41人>