BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


12

 平松啓太は完全に固まっている那智ひとみに、機械的な口調で言った。
「もう一度言ってやろうか。今から僕は君を殺す。大人しくしていてくれれば、正確に心臓を一突きしてやるから、そんなに苦しまずにすむはずだ。覚悟はいいね」
 俯いたひとみは唇を震わせながら辛うじて答えた。
「ど、どうして? どうしてそんなことを言うの?」
 啓太が答えようとすると、突然ひとみは顔を勢いよく上げた。目に涙が浮かんでいるが、表情は明るい。
「わかったわ。心中するつもりなのね。あたしを殺してから自殺するつもりなのね。そうだよね」
 啓太が答える前に、ひとみは言葉を重ねた。
「そうよね。2人で助かるのは難しそうだものね。それしかないよね」
 一度ごくりと唾を飲み込んでから、ひとみは続けた。
「いいわよ。一緒に死にましょうよ。これで、いつまでも2人は一緒だわ。さ、覚悟はいいわよ。一気にやってね」
 ひとみは胸を張った姿勢で目を閉じた。
 啓太は視線を逸らしながら、相変わらずの口調で言った。
「勘違いするな。死ぬのは君だけだ。僕は生き残るんだ。勿論、ほかの連中にも死んでもらう」
 ひとみが目を大きく見開いた。全身が小刻みに震えている。
「う、嘘でしょ、啓太。単にあたしを脅かしてるんでしょ。ね、そうでしょ。ありえないよね、そんなこと」
 啓太は怒鳴りつけた。
「どこまでお前はおめでたいんだ。いいか、プログラムってのは1人しか生き残れないんだ。解ってるだろ。僕とお前と両方生き残ることは不可能なんだ。僕は絶対に死ぬわけにはいかない。だから、お前は死ぬしかないんだ」
 ひとみはガックリと頭を垂れ、大きく溜息をついた。そして、青白い顔で搾り出すように言った。
「信じられない・・・ 一体、どうしたって言うのよ。今まで、あたしに注いでくれた愛情は嘘だったの? 全部、芝居だったの?」
 啓太は元の抑揚のない口調に戻って答えた。
「嘘でも芝居でもないよ。僕の君に対する愛は本物だ。今でも君を心の底から愛している。だから、君が他の奴に殺されるのは耐えられない。今のうちに僕の手で葬りたいんだ。君だってどうせ殺されるならば、他の奴よりも僕の方がいいだろ。僕は必ず優勝して帰る。親父に頼んで君のために社葬レベルの葬式を出すことと、うちの先祖と同じ規模の墓を建てることを約束する。ここは、大人しく死んでくれ」
 ひとみは嗚咽の声を上げながら答えた。
「どうしてなの。納得できないよ。あたしを愛してくれているなら、一緒に死ぬか一緒に最後まで抵抗しようよ」
 そのまま、啓太に抱きついて大声で泣き始めたひとみに、啓太は冷たく答えた。
「知っての通り、僕は一人っ子だ。親父にも兄弟がいない。僕が死んだら平松家は絶えてしまう。そんなことは絶対に許されない。僕には生きて帰る義務があるんだ。でも、君にはお兄さんもお姉さんもいるじゃないか。君が死んでも、那智家は安泰なんだよ」
 ひとみの泣き声が突然消えた。体の震えもピタリと止まった。啓太を抱いていた腕をゆっくりと放しながら、ひとみは顔を上げた。
 今まで啓太が一度も見たことがないような厳しい表情を見せたひとみは、いきなり啓太に平手打ちをした。
 急に態度が変わったひとみに戸惑った態度を見せた啓太は、ひとみから低い声で厳しい言葉を浴びせられる羽目になった。
「今の言葉、絶対に赦せない。家を守るためにあたしを殺すわけなの? 兄姉のいるあたしならば死んでもかまわないって言うの? 命の価値なんてみんな平等だわ。そんなことも解らない人を愛していたなんて、自分に吐き気がするわよ。冗談じゃないわよ。あんたに殺されるくらいなら、兵隊さんに殺してもらう方が数段マシだわ。あんたの顔なんか二度とみたくないわ。さよなら!」
 あっという間もなくひとみは逃げ去ろうとした。
 圧倒されていた啓太も我に返って後を追おうとしたが、突然目の前に現れた黒い影に行く手を遮られてしまった。
 影が口を開いた。
「彼女を怒らせた上に仕留めそこなうなんて、本当に君は愚かだねぇ」
 な、何だと。もう一度言って見やがれ。
 啓太は影を睨みつけた。

 平松家は啓太の祖父の代から、隣の山之江市に本社を持つ冷泉財閥の重役を務めていた。その前は農民だったのだが、祖父の才能でぐんぐん出世し、財閥にとって不可欠の人材となり、一代で地位と財産を築き上げていた。そして、今では香川県全体でも指折りの富豪となっている。
 けれども啓太の祖父は子に恵まれず、息子が1人産まれただけだった。だが、その息子は父に負けない才能の持ち主で、父の跡を継ぎ、立場を磐石なものとしていた。
 そして、彼もまた子宝には恵まれず、産まれたのは啓太一人だった。啓太は祖父や父ほどの才能は持ち合わせていなかったが、跡継ぎとしては無難な人材と目されていた。
 当然のように両親は啓太を溺愛し、平松家の唯一の後継者であるという意識を繰り返して植付けた。
 だが、普段の啓太はそんなことを表に出さずに行動していた。
 実はひとみに関しては、中1の頃から片想いしていたのだが、声をかける機会が全く得られずに悩んでいた。とにかく、きっかけが欲しかった。
 だからひとみが溺れている幼児を救助するのを目撃できたことは、啓太にとっては千載一遇のチャンスであった。
 早速、その夜から電話攻勢を開始した。ひとみがなかなか応じてくれないのも計算のうちで、決して諦めなかった。
 ひとみには申し訳ない話だが、ひとみの骨折はさらに幸運な出来事だった。
 必死で見舞いに通い、遂にひとみからオーケーの言葉を貰うことができた。天に昇るほど嬉しかった。
 両親も交際を認めてくれたので、啓太は毎朝ひとみを家まで迎えに行って一緒に登校していた。
 素晴らしい青春の日々が続いた。
 だが、ひとつだけ怖いものがあった。それはプログラムだった。
 啓太と両親にとって、プログラムの存在は事故や急病と同じように恐怖だった。中学を卒業するまで決して安心できない。
 そして、プログラムばかりは身分の差を飛び越えてやってくる。
 現に財閥の総帥である冷泉家の長女ですら数年前のプログラムで命を落としている。今年になって、冷泉家では次女が高校に入学したので、ひとまず滅亡の危機だけは回避できていたようだったが。
 だが平松家の跡継ぎは啓太一人しかいない。絶対に落命するわけにはいかない。
 万一、プログラムに選ばれてしまったらなりふりかまわず優勝を目指すしかない。ひとみにも死んでもらう他はない。
 もちろん選ばれる確率は低いので啓太にとっては漠然とした不安でしかなかったのだが、不幸にもそれは現実となってしまった。
 校舎を出ると、予想通りひとみが待っていた。
 ひとまず2人で、他の生徒から逃げた。
 しかし、啓太には優勝以外の選択肢はなかった。
 ひとみさえ殺せば、後は躊躇するような相手もいない。
 ネックになるひとみは最初に殺してしまわなければならない。
 東屋でこれだけの思考をした啓太は、ついにひとみに牙をむいたのだった。

 啓太は悟った。
 目の前の影が妙に黒く見えるのは、相手が学ランを着ているからに違いないことを。
 このクラスで、今学ランを着ている者は1人しかいない。この男は、
藤内賢一(男子16番)に相違ない。
 ひとみを追うのを妨害された苛立ちも加わって、啓太は怒鳴りつけていた。
「藤内! 僕の邪魔をした上に愚か者呼ばわりとは何のつもりなんだ。答えろ」
 賢一は平然として答えた。
「愚かだから愚かだと言ったんだ。悪いが話は最初から聞いていた。お前が彼女を殺すつもりならば、彼女が心中と勘違いしている時に殺してしまえば簡単だったのさ。余計なことを言うものだから、とうとう怒らせてしまったじゃないか。愚か以外の何物でもないだろ」
 啓太は慌て気味に答えた。
「い、いや、僕は彼女を騙して殺したくはない。愛する彼女だからこそ堂々と葬りたかったんだ」
 賢一は溜息をつきながら言った。
「それも愚かだね。首尾よく彼女を殺せたとしても、彼女の精神はズタズタに引き裂かれてしまっている。あそこで殺してやれば、彼女は幸せな気持ちのまま逝けたはずだ。彼女を愛しているのなら、心中と思わせたままの方が彼女のためさ。その後のお前の行動は最早彼女には分からないのだから」
 啓太はガックリと膝をついた。
 確かに賢一の言うとおりだ。単に彼女の心を傷つけてしまったにすぎない。
 ・・・といって、僕の邪魔をした奴を赦すわけにはいかない。ひとみは後回しにして、こいつから始末しよう。
 啓太は立ち上がると登山ナイフを構えながら言った。
「確かにお前の言葉は正しい。僕は愚かかもしれない。だが、ここまで僕を怒らせたお前も愚かだ。死んでもらうぜ」
 だが、そこで啓太は動きを止めた。
 賢一が自分に向けて銃を構えているのが見えたから。
 賢一が不敵な笑みを浮かべて言った。
「悪いが僕も優勝を目指している。覚悟しろよ」
 啓太は鼻で笑いながら答えた。
「何だ、お前も僕と同じじゃないか。偉そうにしやがって」
 賢一は動ぜずに言った。
「残念ながら違うな。お前のは家を守るというつまらない目的だろ。僕は違うぞ。国の将来のために優勝するんだ」
 啓太は再びエキサイトしながら怒鳴った。
「ふざけんじゃねぇよ。家を守るのがつまらないだと。これは至上命令なんだ。そっちこそ、意味の判らない理由をつけやがって」
 賢一は呆れた表情で言った。
「そんなことも解らないとは、本当にお前は愚かだ。馬鹿馬鹿しくて議論する気にもならないが、死ぬ前に教えてやろう。いいか、お前が死んでも本当に悲しんでくれるのはお前の両親だけだ。お前の価値はたったのそれだけだ。平松家が滅亡しようとも、国には何の影響もありはしない。だが、僕は違う。僕の頭脳が失われることは国にとって莫大な損失だ。僕はこの頭脳を国のために精一杯役立てる義務がある。だから、この頭脳を守るために僕は優勝しなければならない。どうだ、正当な理由だろう。解ったか。解ったらさっさと死ね」
 こ、こいつは僕以上に狂っている。とんでもない奴だ。こんな奴が優勝するのは国にとっては災いにしかならないだろう。
 ここまで考えたところで、銃声とともに啓太の思考回路は機能を停止した。
「会話をのんびり聞いていたために、彼女とまとめて殺せなかった僕も愚かだな」
 と呟きつつ、賢一は静かに立ち去った。
 後には、頭部が半分消失した御曹司の体だけが残されていた。

男子15番 平松啓太 没
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