BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


13

 エリアE=1の深い叢に身を潜めていたのは芦萱裕也(男子1番)だった。
 風の音を除けばとても静かで、見上げれば星空はとても美しかった。
 数メートル離れたところには、この島を東西に分けている有刺鉄線が見えている。
 乾いた血液がこびりついた掌を見詰めながら、裕也はほくそえんだ。
 ここにいる限り、誰にも見つかる心配はないんだ。こんな俺でも賢く立ち回れば生き残れるんだ。
 裕也の心は不思議な自信に満ちていた。

 裕也は、少なくとも男子では一番の小心者だった。
 クラスメートのする怪談や霊体験の話がとても怖かったし、小学校6年の時に遊園地のお化け屋敷で大泣きしてしまい、学校中の笑いものになったこともあった。
 今でも、遅刻しそうになったり宿題を忘れたりすると、教師に叱られるのが怖いばかりに、仮病を使って欠席することがしばしばあった。
 それを黙認している親にも問題があったのだが。
 そんな状態であったから、プログラムだと知った段階で生きた心地がしなかった。
 運動能力は男子では最低レベルなので、男子に襲われればほとんど勝ち目はなかったし、女子でも一部の者には負けそうだった。
 正直なところ、自分の人生はこれで終わったと思った。
 さらに、先頭に指名されて恐怖は絶頂に達した。兵士に銃を突きつけられてやっとのことで出発できた。
 しかし出発してみて、先頭だったことを嬉しく思った。待ち伏せで襲われる心配がないことを悟ったのだから。
 とにかく全力で学校から離れ、森に飛び込んで一息ついた。
 デイパックを開いて支給品を調べてみた。腕力がなくても使える武器でもあれば多少は生き延びられると思ったのだが、残念ながら出てきたものはタロットカードだった。当然、ズッコケアイテムの一種と言える。深く失望した裕也は、タロットカードをさっさと投げ捨てた。持っていても邪魔にしかならないと思えたからだ。
 途方に暮れて、支給の地図を月明かりの下でボーッと見ていた。
 自分の死に場所はどこになるのだろうかなどと考えた。
 地図を端から端まで見ているうちに妙なことを発見した。
 地図の西の端は、説明されたように有刺鉄線で区切られている。しかし、有刺鉄線はエリアの西の端よりも少し東側にあるように見えるのだ。
 おや? ひょっとするとこれは使えるぞ。
 裕也はじっくりと考え始めた。作戦ミスはすぐさま死に繋がるので、慎重に考えねばならない。
 政府の説明によれば、島の西半分へ逃げることが反則だったはずだ。
 とすれば、有刺鉄線を越えてもエリア内に留まっていれば違反ではなく首輪で処刑されることはないと考えてもよさそうだ。たとえその場所が禁止エリアになっても、南北に移動すれば大抵は逃れられるだろう。よほどの不運がない限りは。
 鉄線を越えて隠れている者がいるとは誰も予想しないだろうから、自分はまず発見されることはないはずだ。
 うまくいけば最後の2人に残れる可能性がある。
 そうすれば疲労していない分だけ、自分にも少しは優勝のチャンスがあるかもしれない。死ななくてもすむかもしれない。
 確率2分の1よりは低いだろうが、それでもここで手をこまねいているよりは間違いなく高確率で生き残れるだろう。
 思考過程に誤りがないかどうか何度も確認した。
 そして、大丈夫だと確信した時、思わず拳を突き上げていた。自分は何て賢いのだろうと自画自賛した。
 裕也は早速、有刺鉄線目指して移動を開始した。
 目前に現れた鉄線の高さは150cm程度だった。凄く高かったらどうしようかと思っていたのだが、これなら自分にもどうにか乗り越えられる高さだ。
 心配なのは高圧電流などが流されているのではないかという点だった。そこで、制服についている金属の校章を外して投げつけてみたが火花が散るようなことはなかった。
 これで万全だ。政府とクラスメートの裏をかくことができる。
 ニヤリとした裕也は、足場の固いところを探した。鉄線の手前に不自然な足跡を残しては、乗り越えた者がいることを誰かに察知されかねないからだ。どうにか適当な場所を見つけ、一苦労しながらも鉄線を乗り越えた。掌は傷だらけになってしまったが、死の恐怖が少し遠のいた喜びに比べれば何でもなかった。鉄線についた自分の血痕をちり紙でふき取った。これで証拠は隠滅できたはずだ。
 勿論、鉄線の反対側から姿を見られては意味がない。といって、鉄線からあまり離れればエリアの境界を越えて処刑されてしまう。適当な隠れ場所を探した裕也は深い叢を見つけて飛び込み、息を潜めたのだった。

 ここは最高の安全地帯だという確信があった。
 誰にも見つかるはずが無いという安心感から、裕也は周囲を警戒せずに仰向けに寝そべって、星空を見上げていた。普段、町で見るよりもずっと美しい。昔、都会のプラネタリウムで見たような感じの素敵な星空だった。
 後は、他の連中が殺しあって人数を減らしていくのを待つだけだ。自分は高みの見物をさせてもらうことができる。かなり気楽だった。
 だから、突然近くに人の気配を感じた時には、飛び上がるほど驚いた。
 いったい誰が現れたというのか。自分と同じ作戦を立てた者がいるのか。
 裕也は上半身を起こすのがやっとだった。
 そこへ、現れた人物はいきなり棒状のものを振り下ろしてきた。
 辛うじて脳天への直撃は避けたが、棒は右肩に命中し、激痛とともに骨の砕ける音が響いた。
 左手で右肩を押さえながら、裕也は相手を見上げた。
 どうやら相手は
京極武和(男子10番)のようだった。
「な、何でここが判った?」
 苦しみながら訊いた裕也に、武和は冷ややかに答えた。
「俺の支給品は、首輪のついた奴の居場所がわかるレーダーなんだ。鉄線の向こうに反応があったんで、まさかとは思ったが乗り越えてみたのさ。なるほど、お前らしい隠れ場所だな。だが、運が悪かったな」
 言うと同時に武和は再度打撃を加えてきた。
 今度はかわすすべもなく、裕也の頭蓋は高所から落下した卵のように無残に潰されてしまった。
 夜空には相変わらずの美しい星々がちりばめられ、飛び散った裕也の脳を無言で見下ろしていた。

男子1番 芦萱裕也 没
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