BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


14

 川崎愛夢(女子8番)の腕時計が電子音を発した。午前3時になったようだ。
 愛夢は今までしていたのと同じように左右を見回した。右手には支給品の懐剣がしっかりと握られている。
 相変わらず周囲に人影は全く見当たらない。
 愛無がいるのは、エリアC=2の警察署の入り口だった。
 妹の
川崎来夢(女子9番)が、必要なものを探す間見張りをして欲しいと言うので、先刻からずっとここに立っているのだった。
 既にかなりの時間が経過している。一体来夢は何を調達しようとしているのだろう。
 不思議に思い始めた時、背後から声がした。
「待たせて、ゴメン。いろいろ手こずっちゃって。でも、隠れ家はばっちり確保できそうよ」
 振り返ると、鍵束などを握った笑顔の来夢が立っていた。
 普段の来夢ならばまず見せない表情だったので、愛夢は少々不気味に感じた。

 愛夢と来夢は、比較的裕福な家庭に生まれた一卵性双生児だった。
 しかし、出産時の大出血が原因で母親は急逝してしまった。
 困った父親は、それぞれに専属の養育係を雇い入れて育む事とした。
 出張などが多くて多忙な父親は、ほとんど娘たちの面倒をみることが出来ず、2人は専ら養育係まかせになっていた。
 だがこの2人の養育係は、まるで正反対の性格だった。
 その結果、外見は父親でも見分けられないほどの瓜二つだったにもかかわらず、性格が著しく異なる2人に成長することとなった。
 実際のところ、姉の愛夢はとても明るく社交的で友人も多く、妹の来夢は引っ込み思案でいつも孤立している少女だった。
 教室では、愛夢が友人たちと賑やかに過ごしているのに対し、来夢は静かに読書していることが多かった。
 こんな状態であったから、2人の関係は決して良好とは言えなかった。
 それでも登校時は大抵一緒だったが、下校時は原則としてバラバラだった。
 お互いに相手と見間違えられることを嫌い、愛夢は来夢よりもスカートを短めにしていたし、リボンも常に愛夢は赤系統で来夢は青系統だった。おかげで教師もクラスメートもどうにか2人の見分けがついていたが、スクール水着などになると途端に区別できなくなるのだった。
 そして2人の成績はほぼ同じレベルだったが、2人とも相手と同じ高校には行きたくないという意識が強く、お互いに志望校を牽制しあっていた。
 先刻の船の中でも愛夢は来夢とは離れて他の友人たちと一緒にいたし、プログラムと宣告されても来夢とは相談せず、友人たちと善後策を考えていた。
 だが、教室で相談不能になった時、愛夢の恐怖は倍増した。友人たちとうまく合流できるかどうか分からなくなってしまったからだ。
 不安な気持ちのまま出発の時を迎え、震えながら立ち上がった。
 その時、背後の来夢が愛夢にしか聞こえないような声で呟いた。
「警察」
 と、一言だけ。
 警察署で待ち合わせようという意味だろう。
 一瞬は驚いた愛夢だが、すぐに嬉しい気持ちになった。
 普段は仲違いしていても、修羅場において頼りになるのはやはり肉親だったのだ。
 血で結ばれた絆ほど深いものはない。遺伝子を完全に共有する一卵性双生児ならばなおさらのことだ。
 ここは、来夢と一緒に生き延びる方法を考えよう。他の子とは、それからゆっくり合流しよう。
 心が軽くなった愛夢は、比較的落ち着いて出発することができた。来夢のおかげだ。内心、来夢に感謝した。
 校舎を一歩出て、考えた。
 警察まで行かなくても、ここで待っていてもいいのではないだろうかと。
 しかし、その考えはすぐさま破棄された。
 2人の間で出発する
北浜達也(男子9番)とは殆ど付き合いがない。しかも、達也は不良グループの一員だ。出会うのは少々危険だ。
 ひとまず小走りに学校から離れ、藪に飛び込んで一息ついた。
 デイパックから地図を取り出し、警察署の場所を確認し、ついでに出てきた懐剣を右手にしっかりと握り締めた。
 正直に道路を通るのは危険と判断して、藪の中を慎重に歩いた。
 もし来夢が道路を通れば、自分の方が到着が遅れそうな気がしたが、やむをえないと考えた。
 かなりの時間をかけて警察署に到着したが、人の気配はなかった。
 入り口には鍵がかかっていなかったので、急いで内部を一周してみたが誰もいなかった。
 来夢も慎重に行動しているのだろうと考えて、入り口付近に身を隠しながら待つこととした。
 だが来夢はなかなか現れなかった。
 愛夢の心に不安が募ってきた。
 来夢が自分を騙したのだろうか。
 それとも、自分が聞き間違えたのだろうか。
 あるいは、あの言葉はただの独り言だったのだろうか。
 はたまた、来夢はここへ来るまでに誰かに襲われてしまったのだろうか。
 いろいろな憶測が愛夢の頭を過ぎった。それぞれの憶測を打ち消そうと試みたが上手く行かなかった。不安で体が震え始めた。
 どれほど待ったことだろう。
 ようやく来夢の姿を視野に捉えた時には、飛び上がらんばかりに嬉しく、満面の笑顔で来夢を出迎えた。
「遅くなってゴメン。食料とか調達してたから」
 大きな袋を背負った来夢の言葉を聞いてハッとした。
 デイパックの食料は一日分程度しかない。当然、それ以外にも食料を確保しておく必要がある。
 何も考えていなかった自分に対して、来夢は用意周到だ。少し、恥ずかしくなった。どうやら、来夢に任せておいた方が無難なようだと思った。
 だから、中で探すものがあるからここで見張ってて欲しい、という来夢の申し出を、愛夢は快く引き受けたのだった。

 来夢の妙な手際の良さと、不自然な笑顔に疑念を感じながらも、愛夢はとにかく来夢に従うこととした。
 来夢は階段を下って地下に下りていった。懐中電灯を使わないと足下さえよく見えない状況だが、どうやらここは留置場になっているようだった。
「ここに隠れていれば大丈夫。後で、地下に降りる階段の所に施錠するから誰も入ってこれないわ。署内の鍵は全部あたしが確保したから安心よ。禁止エリアにさえならなければ、最高の隠れ家になるはずよ」
 愛夢は唖然とした。来夢はここまで計算して警察署を待ち合わせ場所に指定したのだろうか。黒板に地図が掲示されてから出発までの僅かな時間にこれだけの策略を立てたのだろうか。それに対して自分は一体・・・
 思わず口走っていた。
「来ちゃん、凄いね。ここまで考えるなんて。来ちゃんと一緒にいられてよかった」
 来夢は薄ら笑いを浮かべて答えた。
「褒めてくれて有難う。でも、礼を言うのはあたしの方よ」
 え? どうして?
 と、思う間もなく愛夢は、素早く背後に回りこんだ来夢に腕で首を絞め上げられてしまった。
 来ちゃん、どうしたの? どうして、そんなことをするの?
 言いたかったが、声は出せない。必死で逃れようともがいたが、腕力が同じレベルなので背後にいる者のほうが有利に決まっている。しかも、来夢の腕は的確に愛夢の頚動脈を圧迫しているのだった。
 だんだん抵抗する気力が薄れ、目の前が暗くなってきた。
 ・・・・・

 愛夢はガバッと起き上がった。
 あたしは何を・・・
 手元の懐中電灯で周囲を照らしてみて驚いた。自分は独房に閉じ込められているのだ。
 そして、柵の外にはもう一人の自分が立っていた。スカートの長さもリボンの色も間違いなく自分だ。来夢ではない。
 え? どうしてあたしが2人いるの?
 僅かの間、愛夢には状況が理解できなかった。
 もう一人の愛夢がゆっくりと口を開いた。


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