BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
16
細久保理香(女子18番)は、隠れていた廃屋の窓から顔を出し、周囲を注意深く見回した。鬱蒼とした木々以外には何も見えず、安心したように背後を振り返り、室内の椅子に腰掛けてボーッとしている水窪恵梨(女子19番)に話しかけた。
「今の所、異常なしね」
恵梨は小声で答えた。
「でも、いつ誰が襲ってくるか判らないんだよね」
理香は溜息混じりに言った。
「そうよね。だけど、そんな人ばかりじゃないはずよ。盛田君もあたしを助けてくれたし、他にも頼れる人はいると思う。奈緒美とか雅樹君とか大場君とか芝池君とか綾とか」
今山奈緒美(女子3番)・大河内雅樹(男子5番)・大場康洋(男子6番)・芝池匠(男子12番)・石川綾(女子1番)の名を挙げた。いずれもクラスの誰もが認めるしっかり者だ。
「だったらいいんだけど」
恵梨はうつろな目で答えていた。
盛田守(男子19番)のおかげで百地肇(男子18番)から逃れることができた理香は、恵梨を伴い暗闇の中を慎重にかつ出来るだけ急いで移動した。
肇が覚醒して追ってくるのが恐ろしく、本当は全力で走り去りたかったが、あまり無警戒に移動すると他の者に襲われる危険が高まるため、安全確認を怠ることはできなかった。
まだ禁止エリアはないので学校に戻ってしまわない限り闇雲に移動しても大丈夫だ。
時々星座を利用して方角だけを確認しながら進み、エリアF=8で偶然見かけた廃屋に入り込んだのであった。
室内は埃とガラクタと蜘蛛の巣で埋まっていたが、贅沢は言っていられない。
とりあえず、自分たちが坐るスペースだけを確保して一服した。
一息つくと、先刻のことがありありと思い出されてきた。
本来は思い出したくもないのだが、肇のことは考えないではいられなかった。
肇が頻繁に自分を見詰めていることは知っている。肇に尾行されているのに感づいて睨んでやったこともある。
でも、肇が他の女子を見詰めていることがあるのも知っていたし、肇が奈緒美を尾行して失敗したことも聞き知っている。
だから、肇のことは単なるスケベだと理解していたのだが、まさか自分を好きだったとは。
考えるだけで身震いがした。肇に愛されていても何も嬉しくはない。気持ち悪いだけだ。
とにかく頭の中から肇に関する記憶を消去してしまいたいような気分だった。
何か、気分転換がしたい・・・
そこで、理香はデイパックの中身をまだ確認していないことを思い出した。
そんな重要なことを忘れてしまうほど、今まで必死だったのだ。
デイパックからは、説明通りのアイテムの他に催涙ガススプレーが出てきた。護身用に多少は使えるかもしれないが、どちらかといえばハズレだろう。
恵梨のデイパックからは彫刻刀が顔を出した。一応は刃物だが、この場合は間違いなくハズレと言える。
民家で文化包丁でも調達した方がマシだろう。
いずれにせよ危険そうな人物が接近してきたら、応戦するよりも逃げる方が無難と思われた。
頼れる人物の訪問を期待しつつ、2人は交代で頻繁に窓から顔を出して周囲を警戒していたのだった。
「どうなっちゃうんだろうね、あたしたち」
うなだれた姿勢の恵梨がポツリと言った。
理香は恵梨の顔を覗き込みながら答えた。
「最後まで諦めないで生き延びる方法を探すだけよ。今はそれだけ」
そこまで言った時、理香の耳は微かな足音を聞きつけた。
慌てて窓の外を見ると、かなり遠方に人影が見える。この距離で足音が聞こえるということは、相手はかなり無用心だと思われる。
誰なのかは見分けがつかないが、この廃屋の方向へ向かっているのは確かなようだ。
恵梨が背後からしがみついてきて、蚊の泣くような声で言った。
「誰だろう。怖いよ」
理香はそれには答えないで、目を凝らした。とにかく相手を見極めることだ。
相手は徐々に近づいてくる。シルエットを見る限り、スカート姿のようだ。
大柄でもなさそうなので、女装した男子である可能性は低そうで、まず間違いなく女子だろう。
理香は拳を握り締めた。掌に汗が滲んでいる。
もし、この女子が三条桃香(女子11番)ならば迷わず逃げねばならないし、それ以外にもやる気の女子がいないという保証はない。
少しずつ髪型などが見えてきた。あれは・・・
「多分、古河さんだと思う。かかわらない方がいいんじゃない」
恵梨が理香の耳元で言った。そういえば、視力は恵梨の方が少しよかったはずだ。
言われて見れば、あの体つきは確かに古河千秋(女子17番)だ。
妙な宗教に凝っているので、クラスのほとんどが敬遠している人物だ。確かにかかわらない方がいいかもしれない。といっても、やる気であるとは限らないわけではあるが。
どうやら手には武器らしきものは何も持っていないようだ。逃げようと思えば間に合うが、話し合ってみる価値はあるだろう。一応、2対1なのだし。
かなり接近したところで、千秋の足が止まった。もう、顔もしっかり確認できる。
「そこにいるのは誰?」
千秋が問いかけてきた。非常に落ち着いた声だ。
理香は唾を飲み込みながら答えた。
「細久保と水窪だけど・・・」
千秋は再び廃屋に近寄りながら言った。
「入ってもいいかしら」
全く怖がっている様子がない。どういう神経をしているのだろうか。
理香は答えた。
「ちょっと待ってよ。どうしてそんなに落ち着いていられるのよ。まさかやる気なの?」
また足を止めた千秋が言った。
「全てのことは神が定められたとおりに行われるのよ。プログラムに参加させられたのも、神が定められたこと。だから、従わなきゃいけない。もし、私が殺されても、神が定められたことなのだから仕方がない。だから、何も怖くないわ」
理香は身震いした。何と言う信仰心の強さなのか・・・
千秋が懐から刃物を抜き出しながら続けた。
「さぁ、勝負よ。どちらが勝っても神が定められたことなのだから納得出来るでしょ」
冗談じゃない。そっちの勝手な理屈に従ってなんかいられないわよ。でも、もはや逃げるのは無理だから・・・
理香はスプレー缶を背中に隠しながら、ゆっくりと扉を開いて外へ出た。恵梨がおずおずと後に従った。
千秋は刃物を構えながら言った。
「神はどちらの勝利をお定めになっているのかしら。いくわよ」
言い終えると同時に刃先を理香の胸に向けて突撃してきた。
千秋は運動神経が発達しているとは言いがたい。何となく動きもぎこちない。
充分かわせそうだけど、かわしたら恵梨が危ない。こうなったら・・・
「恵梨、ゴメン」
叫びながら、理香は恵梨を思い切り右方へ突き飛ばし、自らは左へ跳んだ。
刃物が空を切った千秋は、足を踏ん張って体勢を立て直し、理香の方に向き直った。
その顔面に向けて、理香はスプレーを噴射した。
千秋は悲鳴を上げながら顔を抑えて蹲った。小声でぶつぶつ言っている。
「神よ、私にはこのような運命をお定めになられましたか」
理香は、少しガスを浴びている恵梨を抱きかかえるようにして走り去った。
千秋はなおもしばらく顔を抑えながら呟き続けていた。
<残り39人>