BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


17

 大村哲也(男子7番)は手をボキボキと鳴らしながら、少し離れた岩陰にいる少女にゆっくりと接近した。
 ここエリアA=7は海へと切り立った崖になっていて、周囲は一面の岩場だ。
 岩の陰から陰へと巧みに移動する哲也の存在に、後姿の少女はまだ感づいていないようだ。
 哲也は気合を入れなおした。自慢の怪力を堂々と披露する機会が訪れたのだ。
 多少良心が咎めるが、そんなことを言っている場合ではない。
 さぁ、目の前の少女をどう料理しようか。
 パンチの嵐で撲殺するもよし、全身を締め上げて圧死させるもよし、単に扼殺するもよし。
 すると、突如少女の方から声をかけてきた。全く体を動かすこともなく。
「貴方はやる気なんですね」
 とても重い、威圧するような声だった。気付かれていないと思っていた哲也は一瞬気圧された。
 え、バレていたのか。こいつ、意外に隙がないのかも・・・
 だが、すぐに気分を入れ替えた。
 な、何やってんだ俺は。女の声にビビってどうするんだ。
 我に返った哲也は言い返した。
「そうともさ。さぁ、あの世へ送ってやるぜ」
 その少女、すなわち
三条桃香(女子11番)はゆっくりと哲也の方に向き直った。その気品のある顔には静かな闘志が湛えられていた。

 哲也は幼児期からとても大柄な少年だった。
 腕力も並ぶものはなく、いつも近所ではガキ大将として君臨していた。
 中学に上がっても粗暴な行動が多く、弱い者いじめなども頻繁だったため、母が学校に呼び出されることもしばしばであった。
 しかし単なるいじめっ子の範囲を逸脱することはなく、万引きや喫煙などの非行に走ることはなかった。
 一方では案外優しい点もあり、掃除や文化祭で力仕事が必要な際は率先して協力していた。
 だが、なにか物足りなかった。
 四肢にみなぎる力を何かに発散させたかったが、残念なことにスポーツはどれも嫌いだった。
 100キロ近い体重が災いして走るのが遅く、跳躍も苦手だったために体育の授業でも目立つのは難しかった。
 柔道を習ったこともあったが、作法が煩わしくて長続きしなかった。
 ケンカをするにしても、
矢島雄三(男子20番)にはどうしても歯が立たなかった。
 腕相撲ならば雄三にも勝てるのだが、ケンカのテクニックには雲泥の差があったのだ。
 そして学業はそれ以上に苦手だった。
 とにかくいつも欲求不満だった。教室内で大暴れをしてみたい衝動に駆られることもあったが、これ以上は両親に迷惑をかけられないという意識で何とか自分を抑えていた。
 そんな時は海岸で絶叫したり、カラオケボックスに1人で行って怒鳴るように歌って発散するのが常だった。
 さらに、自分の将来にも不安があった。
 父は普通の公務員なので継ぐような家業もない。
 並外れた腕力を生かす職業を見つけられるかどうかに自信がなかった。
 そこで、遭遇したプログラム。
 はっきり言ってヤケクソだった。
 どうせなら死ぬ前に、思う存分怪力を披露してやろうと考えた。
 支給品はサバイバルブックという大ハズレだったが、自分には武器は必要ない。自分の最大の武器はこの肉体だ。
 弱いものいじめはしていても、女子を殴ったことは一度もなかったので、最初に発見した相手が女子だと判った時にはすこし躊躇ったが、小手調べには女子のほうが適切だろうと思い直した。
 そして、相手が桃香だと確信すると、メラメラと闘志が湧き上がってきたのだった。

 哲也は威嚇するような口調で桃香に話しかけた。
「これはこれは、総統閣下の姪御様とは最高の獲物だぜ。俺はハッキリ言ってこの国を誇りに思っている。総統閣下も崇拝している。でも、姪御様に遠慮する必要はないよな。それがプログラムなんだし。偉そうに宣誓していたお前をぶっ殺せばスッキリできそうだぜ。それにどうやらお前は丸腰のようだな。赤子の手をひねるように片付けてやるぜ」
 桃香はまったく表情を変えずに答えた。
「そんな言葉で私を動揺させようと思っても無駄よ。それにね、私は立場上どうしてもゲームに乗らないといけない。でも、何もしない子を殺すのはちょっとだけ胸が痛みそうなの。けれど、貴方のような人になら何の遠慮も要らないわね」
 哲也は桃香の方に拳を突き出しながら咆えた。
「大口叩けるのも今のうちだぜ。観念しやがれ」
 言うと同時に殴りかかった。一撃で桃香の顔面を砕く自信があった。
 しかし、拳は空を切った。桃香は既に岩陰に移動した後だった。
「なかなかすばしこいな。でも、何度もよけられるものか」
 哲也は桃香の後を追いながら何度も拳を突き出した。
 だが桃香は岩陰から次の岩陰へと身軽に動き、哲也の拳は一発も命中しなかった。
 この調子では、足の遅い哲也にはとても桃香を捉えられそうになかった。
 息切れしそうになってきた哲也は怒鳴りつけた。
「このやろう。ちょこまかと逃げ回りやがって。総統閣下の姪御様ともあろうお方がこんな戦い方しか出来ないとは大笑いだぜ」
 桃香は即答してきた。まったく呼吸が乱れている様子はない。
「相手の力をまともに受けないようにするのも、立派な戦術だと思いますけど。でも、非難された以上は戦い方を変えさせてもらうわね。ただし、これで貴方の死は確実になるわけよ」
 言い終えた桃香は、少し離れたところにある巨大な一枚岩の上に登った。
 哲也も後に続いた。
 一枚岩の上はほぼ水平で体育館の半分くらいの面積がありそうだった。
 これならば、桃香は岩陰を利用して逃げ回ることは出来ない。哲也にとっては、今までよりもずっと有利なはずだ。
 哲也はにんまりとした。
 バカめ。挑発に乗りおって。あの世で後悔させてやる。
 岩の上で桃香と向かい合った。殆ど格闘技のリングのようなものだ。海に面した方がそのまま断崖絶壁になっていることを除けば。
 気合を入れて哲也は殴りかかった。が、またしても空振りに終わった。桃香の声が聞こえる。
「力はあっても、スピードが足りないわね。楽に見切れるわよ」
 クソッ! なめやがって。
 哲也はさらに力を込めたが、むなしく空を切るのみだった。
 しかも、いつのまにか右横に回り込んできた桃香に膝の後ろを軽く払われて転倒してしまった。
 立ち上がった哲也は叫んだ。
「どうなってんだ、一体。こんなお嬢さん1人倒せないなんて」
 桃香は無表情に答えた。
「私の立場で、何の武道の心得も無いと思っているのかしら。ただのお嬢さんだと思ったら大間違いよ」
 だが、そこで哲也はほくそえんだ。桃香の後ろの空間が海への断崖まで2メートルくらいしかないことを見切ったからだ。
 本当は桃香をサンドバッグのように殴って撲殺したかったのだが、一寸難しそうだ。ここは、桃香を倒すだけで満足しておこうと考えた。
 自分に神経を集中している桃香は、背後が絶壁であることは認識していないだろう。
 ここで普通に殴りかかっても、また横にかわされてしまうだけだ。
 哲也は両手を横に広げて、相手を挟み込むような姿勢で突撃した。熊が敵を威嚇する時のようなポーズだ。これなら、横には逃げにくいだろう。
 桃香は一歩二歩と後ろに下がった。
 計算通りだ。ここで、両腕を思い切り振り下ろせば、桃香は後ろに飛びのくしかないはずだ。だが、そこは奈落の底。
 これで俺の勝ちだ。海底の岩に砕かれて散るがいい。
 哲也は突進しながら両方の手刀を桃香の首めがけて振り下ろした。もし、桃香が逃げなければ首をへし折って勝つことが出来るだろう。
 だが、桃香は後ろへ跳ぶのではなく、サッと姿勢を低くした。
 愚か者め。それなら、そのまま体当たりして断崖へ弾き飛ばすまでだ。
 だが、哲也が感じたのは振り下ろした両手首をつかまれる感触だった。と、同時に下腹を蹴り上げられた。
 次の瞬間には自分の巨体が宙を舞っているのを自覚した。
 柔道の巴投げのような技をかけられたことを認識するのに時間はかからなかったが、手首を放された時には自分の下に最早地面はなかった。
 桃香を死地に誘ったつもりが実は自分が誘いこまれていたことを悟ったが、今となっては手遅れだった。
 地球の巨大な引力が、哲也の体を有無を言わせず海面へと引っ張っていった。
 哲也の視野一杯に漆黒の海が広がったところで、哲也の意識は暗い渕に沈んでいった。

 数分後、桃太郎の桃のように頭がぱっくりと割れた大柄な少年の体が海面に浮かんだ。
 黒い海面に月に照らされて浮かぶその体は、さながら蝋人形のようであった。

男子7番 大村哲也 没
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