BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
18
武藤香菜子(女子20番)は、潜んでいた茂みからそっと頭を出した。
午前5時になり、東の空は朝焼けが美しい。
香菜子は深呼吸しながら、生きて再び太陽を拝めたことを天に感謝した。
ここエリアI=5は大きな集落の東の外れに該当し、家屋もまばらになっている。
その中央付近の比較的大きな公園に、香菜子はいたのだった。
朝の光が差し小鳥が囀り始めた公園を、香菜子は注意深く見回した。
すると、かなり離れた位置の茂みから1人の男子生徒がゆっくりと立ち上がり公園内を歩き始めたのが見えた。
男子は素早く香菜子を発見したらしく、ゆっくりとこちらに向かってくる。
朝日に照らされたその顔は紛れも無く、転校生・蜂須賀篤(男子14番)その人であった。
香菜子の家は先祖代々貧しい農家だった。田畑は全て借地で、家族全員で野良仕事に精を出さないと生活が苦しい状態だった。
しかし、至って健康な家系で70歳を越えた祖父母も毎日汗水流して働いていた。
その祖父母は昔気質の人で、日の出とともに起床して、太陽に最敬礼をする日々を送っていた。
「自分たちが貧しくとも健康でいられるのは、ひとえにご先祖様とお天道様のおかげなんだよ」
という祖父母の言葉を毎日のように聞いて育った香菜子は、自然と素直で感謝の気持ちを忘れない少女になっていた。
小柄で、決して美人とはいえない香菜子だったが、心の美しさのためか男子の隠れファンも多かったし、親しい女子も多かった。
それでも、決してうぬぼれる事もなく、自分が元気に通学できるのは家族とお天道様のおかげだという信念を持っていた。
そんな香菜子だったが、プログラム開始当初は流石に正気を失ってしまい、闇雲に会場内を駆け回る状態だった。しかし、しばらくして少し落ち着いたため、とりあえず見つけた茂みに飛び込んで息を潜めていたのだった。
支給品はイングラムM10というサブマシンガンだったが、ゲームに乗る気のない香菜子には無用の長物だった。それでも護身用にならば役立つはずなのだが、そもそも非力な自分に使いこなせるはずもなく、信頼できそうな人物に会えれば渡してしまうつもりでいた。
夜のうちは身を隠し、明るくなってから仲間探しを始めることにしていた。
万一誰かに襲われれば助かるとも思えず、とにかく明るくなるまで生き延びられることを、今は見えないお天道様に祈っていた。
探すまでもなくクラスメートは目前に現れた。
篤とはほとんど会話したこともなく、どのような人物なのか把握しきれていない。
篤の手には武器らしきものは何も見当たらない。勿論、どこかに隠しているのかもしれないが。
さて、この男は信用できるのだろうか。
自分のマシンガンは、まだ茂みの中にあって篤には見えていないはずだ。
何を持っているか判らない相手に堂々と接近してくるということは、少なくとも自分を警戒してはいないはずだ。
とすれば、自分も篤を警戒する必要はないのではなかろうか。
もともと香菜子は人を疑うことを嫌う性格だった。そのような教育を受けてきた結果ではあったが。
流石にプログラムの下では、誰彼かまわず信用するわけにはいかないが、自分に対する敵意を確認できない相手ならば信用できると考えたのだ。
そこで香菜子は思い出した。
船底の倉庫に閉じ込められていた時の篤の行動を。
不安がっている自分たちに、これから訪れる運命を説明し、あの段階で大騒ぎするのが得策でないことを教えてくれたではないか。
どうして篤がそんなにプログラムに詳しいのかを不思議に思うべきだったのだが、そこまで頭が回らなかった。
とにかく、篤は自分たちを助けようとしてくれているのだと判断した。
そこまで考えた時、篤の方から声をかけてきた。とても朗らかな声だった。
「武藤さんは、どうするつもりなんだい? まさか、こんなゲームに乗ったりしないとは思うけど」
香菜子は慌てて首を横に振りながら答えた。
「も、もちろん乗ってないわよ。みんなで集まってどうするべきか考えようと思ってるの」
篤は微笑みながら言葉を返した。
「なるほどね。それで、君の武器は何なんだい?」
「これだけど」
香菜子は答えながら、イングラムを持ち上げた。
一瞬、篤の口元が緩むのが見えたが、あまり気にせずに言葉を続けた。
「あたしにはこんな凄いのは使えそうにないから、蜂須賀君に持っててもらおうと思うの」
この言葉には篤も本気で驚いたようだった。
「いいのかい? 本当に俺が受け取っても」
香菜子は大きく頷いた。
「最初から信用できそうな人に託すつもりだったから。船の中での蜂須賀君の態度なら充分信頼できるし」
篤はイングラムを受け取りながら笑顔で言った。
「信用してもらえるとは光栄だな」
香菜子も笑顔を返した。
この人と一緒なら簡単に殺されてしまうことはないだろうと思えた。
イングラムをしばらく弄繰り回していた篤が口を開いた。
「さて、いざという時に使えるかどうか練習しておきたいな。銃声をむやみに響かせるのは危険だが、すぐに移動すれば問題はないだろう」
香菜子は小さく頷きながら答えた。
「そうね。練習は必要かもね。で、何を撃つの? その辺の木とか?」
篤は首を横に振りながら言った。
「どうせなら、動物を撃ちたいね」
香菜子は首を傾げた。
野生動物も置き忘れのペットもいるかもしれないけど、こんな公園に現れるのかしら・・・
何気なく、周囲を見回した。
すると、篤が突如大声を出した。
「あ、大きなイノシシがいる」
香菜子は震え上がった。
大きなイノシシなんて怖い!
と同時に違和感を感じた。
この島にイノシシなんかいるんだろうか。
香菜子は篤の方を見た。思わず目を大きく見開いた。
なぜなら、篤はイングラムをピタリと香菜子に向けて構えていたから。
え? 何なの? あ、そうか。あたしの背後にイノシシがいるわけね。
香菜子は背後を振り返ってみたが、そこにはイノシシどころかネズミ一匹いなかった。
香菜子は再度篤の方に向き直った。
自然と冷や汗が吹き出てきた。
まさかイノシシって、あたしのこと? そんなこと、ないよね。冗談だよね。
篤が不敵な笑みを浮かべながら言った。
「“カモがネギを背負ってくる”という言葉を知っているよね。ネギどころかマシンガンをくれるとは、極上品のカモってわけだ。感謝しないとな。もし俺が優勝できたら、毎年のように君の墓に花を供えてやるよ」
香菜子は全身が硬直して動けなかった。
逃げなければという気持ちと、信じられない気持ちが交錯してまともな行動が取れそうにない状態だった。
何か言おうとしたが、声も出せなかった。
篤が続けた。
「正直なところ君のような純真な子を殺すのは本意ではないし、可哀想だとも思う。でも、俺はやらなきゃいけない。申し訳ないが1人目の獲物になってもらうよ。いつの日か天国で会ったら、俺を百叩きにしてくれてもかまわないからね。ゴメンな、武藤さん」
言葉が終わると同時に篤の手が動き、香菜子は全身に焼け火箸を差し込まれたような衝撃を感じた。
薄れ行く意識の中でも、香菜子は篤を恨みはしなかった。
自分がこの男を信じた結果がこれなのだから、悪いのは自分なんだもの。
お父さん、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、香菜子はお先にあの世へ参ります。先立つ不孝をお赦しください。
お天道様、今まで香菜子を見守ってくださって有難う御座いました。
みんな、さよなら・・・
穴だらけの肉塊と化した香菜子に、篤は軽く黙礼して静かに背を向けた。
女子20番 武藤香菜子 没
<残り37人>
第2部 序盤戦 了