BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
第3部
中盤戦
19
エリアE=8は山の東斜面に該当し、低木に覆われている。
木々の間に、僅かに地面の窪んだ箇所があり、2人の少女が腰を下ろしていた。
周囲からは死角になりやすく、比較的安全と思われる場所なのだが、2人は油断なく四方に気を配っていた。
背の高い方、すなわち細久保理香(女子18番)の顔には木漏れ日が差している。
理香はまぶしそうにしながら時計を見た。午前6時が近づいていた。
政府の説明の通りならば、そろそろ放送があるはずだ。
理香は唇を噛み締めた。
出発してから今までに2回ほど銃声らしき音を聞いている。
そして自分も生き延びはしたものの、百地肇(男子18番)や古河千秋(女子17番)の襲撃を受けている。
残念ながら、クラスメートに殺意を持った者がいることだけは確かだ。
信じたくはないのだが、既に誰かが昇天してしまっている可能性もありそうだった。
自分の目標はなるべく大勢で脱出することなのだが、脱出できそうなアイデアは全く浮かばないし、頼れそうな仲間にも会えない。
はっきり言って、今の段階では脱出は夢物語だ。
積極的に仲間探しをしたい気持ちも強かったが、ウロウロすればゲームに乗っている者に遭ってしまう危険も倍加するだろう。
それでもじっとしているだけでは事態が好転しないと考えた理香は、側の水窪恵梨(女子19番)に話しかけた。
「危険を伴うかもしれないけど、放送が終わったらあちこち動いてみようかと思うの。恵梨はどう思う?」
恵梨は少し驚いた表情で答えた。
「動かない方が安全じゃないかしら」
理香はゆっくり説得するように話した。
「この場の安全という意味だけならば、動かない方が正解なのは間違いないと思う。でも、皆がそう考えて動かなかったら、あたしたちはずっと孤立したままよね。それだと、やる気の人が有利になってしまうと思うの。大勢で集まっていれば、襲われても説得したり追い払ったりしやすいと思うし、ひょっとしたら皆で脱出する方法がみつかるかもしれないじゃない。とにかくこのままでは、どうしようもないわよ」
じっと聞いていた恵梨は静かに答えた。
「わかったわ。理屈はその通りね。理香の言うとおりにしようかしら。でも、理香の本音は違うんじゃないの?」
「え?」
目を丸くした理香に、いたずらっぽい笑みを浮かべた恵梨が言った。
「本当の目的は雅樹君に会うことでしょ」
言われてみて思った。
正直なところ個人的に、言い換えれば恋愛感情的に、大河内雅樹(男子5番)に会いたい気持ちがあるのは間違いない。
すなわち、恵梨の言ったことは半分くらい図星なのだ。
でも、それだけじゃない。脱出の機会を探るためには雅樹に会うことが必要なのだ。決して、自分勝手な理由じゃない。
いずれにせよ、このまま恵梨に誤解されるわけにはいかない。
思わず、口走った。
「そ、そんなことないわよ。会いたいのは雅樹君だけじゃないし」
恵梨は顔を背けながら言った。
「あたしだって会いたい人がいるのに、無理に動くのは危険だと思うから我慢してるのよ。理香の勝手な都合であたしまでピンチになるのはゴメンだわ。どうしてもって言うなら一人で行って頂戴。あたしはここから動かないから」
勝手な都合と言われて一瞬ムッとしたが、ここで恵梨とケンカ別れするわけにはいかない。
そうだ! 恵梨にも会いたい人がいるのなら・・・
理香は、恵梨の反対側へ回りこんで顔を覗き込みながら言った。
「そうよね。恵梨にだって会いたい人はいるよね。ゴメンね。勝手なこと言って。でもね、考えてみてよ。誰かに会えれば、その人の居所を知っているかもしれないし、その人自身に出会える可能性だってあるかもよ。ね、一緒にその人を探そうよ」
恵梨は返事をせず、下を向いてじっと考えているようだ。
もう少し説得すれば同意を得られそうだと感じたが、好奇心が先に立ってしまった。
「ところで、会いたい人って誰なの? 女の子? それとも・・・」
恵梨は、相変わらず俯いたままでボソッと答えた。
「岸川君だけど」
岸川君? 実際、少し驚いた。
岸川信太郎(男子8番)は大人しくて目立たない男子だが、恵梨との接点が見当たらないからだ。教室内で2人が会話しているのを見た記憶もない。
やる気になりそうな性格とも思えず、出会っても危険ではなさそうだが・・・
ん? ちょっと、待った。出発前に何かあったような気がする。
そういえば、政府の言うスペシャルアイテムとやらを支給されているのが彼だ。
上手く仲間に出来れば、政府に反撃する際に役立つかもしれない。
だが、やる気でない者でも強力な武器が手元にあると、心の中の悪魔の囁きに負ける可能性がないとは言いきれない。
ここは迷うところだ。
信太郎は探すべき人物なのか、会わないほうが無難な人物なのか。
でも、恵梨を説得するには前者を選択するほかはない。
「探そうよ、一緒に。岸川君を」
理香の言葉に、恵梨は静かに顔を上げた。
恵梨の唇が動きかけた時、どこにスピーカーがあるのか場違いなファンファーレが流れ、続いてマイクのスイッチが入るような音がした。
いよいよ政府の放送が始まるようだ。
理香は思わずスピーカーを探すように周囲を見回した。恵梨も同じことをしているようだ。
だが、何も見つからないうちに透き通った声が聞こえてきた。
“皆さん、お早う御座います。担当官の鳥本美和です。朝6時の最初の放送です。しっかり聞いて下さいね。まずは、今までに亡くなられた方のお名前を発表します。出発前に亡くなった方は省略して、亡くなった順番に申し上げます。男子15番 平松啓太君、男子1番 芦萱裕也君、男子7番 大村哲也君、女子20番 武藤香菜子さん 以上4名の方々です。ご冥福をお祈りいたします。お友達が亡くなられた方も気落ちなさらないで頑張ってください。残念ながら、優勝される方を除いた皆さんは最後にはお亡くなりになる運命なのですから”
よ、4人も既に・・・
理香は眉を顰めた。言葉は丁寧だが、内容的には極めて不快なものだからだ。聞く前からロクな内容でないことは充分予想していたけれど。
理香の感情にはおかまいなく、放送は続いている。
“続いて禁止エリアを発表いたします。一度しか申し上げませんので、しっかりメモしてくださいね”
これは聞き逃すわけにはいかない。禁止エリアで落命するほど間抜けなことはないだろう。
“まずは午前7時からB=4です”
北の方の集落の一部だ。
“続いて午前9時からJ=8です”
南東の端の方だ。
“最後に午前11時からF=4です”
学校の北西の地域だ。
“以上で放送を終わります。次の放送は正午です。私としては、皆さんが生きて次の放送を聞けることを願っているのですが、印藤少佐の意見では、早めに亡くなった方がむしろ楽なのではないかとのことでした。よく、考えて行動してくださいね”
スイッチの切れる音がして放送は終わり、周囲は再び静寂に支配された。
<残り37人>