BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
20
禁止エリアのメモを終えた細久保理香は唇を噛み締めた。
なんと言う不快な放送なのか。早く死んでしまったほうが楽だとは、何という言い草なのか。脱出するだけでなく、あいつらに天誅を加えねば我慢できない。
今は脱出の方法の糸口さえ見つからないけど、必ず・・・
決意を新たにしながら、ふと側の水窪恵梨に目を向けると、どうやら恵梨は声を殺して泣いているようだ。
理香は、恵梨と死亡を告げられた武藤香菜子がかなり親しかったことを思い出した。
恵梨の悲しみは計り知れないものがあるだろう。
理香も、香菜子の名前が入っていたことは少なからずショックだった。
考えてみれば、香菜子に反感を持っているクラスメートがいるとは思えない。
プログラムの際に、日頃の恨みを晴らそうとする者が出現しうることは想像に難くないが、香菜子の場合はありえないだろう。
それでも、香菜子は散っている。これは厳然たる事実だ。
信じたくないが、無差別に殺戮をしている者がいることは間違いないようだ。
香菜子が錯乱して自殺したのでない限り。
そして、もうひとつ気になる点がある。
平松啓太の名前があるのに、彼女の那智ひとみ(女子14番)の名前がない。
番号の繋がっている2人がはぐれるとは考えにくいし、2人の関係や性格から考えて単独行動を選択するとも思えない。
当然、一緒に行動していたと考えるべきだ。
一体何が起こったのだろう。
理香はいろいろな可能性を考えた。
最も自然なのは襲撃されたという考え方だ。
2人を襲った何者かが、ひとみを討ち漏らしたのだろうか。
あるいは、襲われた際に啓太が身を挺してひとみを逃がしたのだろうか。
だが、ひとみの性格から考えると啓太を放置して逃げ去るとは考えがたい。目前で啓太が討たれれば、共に死ぬことを選びそうな気がする。
無論、ひとみは息絶えていないだけで重体なのかもしれないが。
また、啓太の死亡がつい先刻だとすれば、2人が同じように攻撃されて致命傷を負ったとしても、ひとみが没する前に放送の時間を迎える可能性もある。
けれども啓太の名前は最初に呼ばれているので、この考えは否定的だ。
次に心中の可能性はどうだろう。
これは、十分にありえることだ。1人しか助からないというルールに悲観すれば、不思議ではない選択だ。そして、ひとみだけ死に損なったと考えればよい。
ただし、仮に死に損なったとしても、ひとみならば後追い自殺しそうなものだ。
ひとみは、心中を決意しておきながら自分だけが生き延びることを望むような人間ではない。
ひとみが気絶している状態だと仮定すれば、説明は可能ではあるけれど。
そして最後の可能性は、ひとみがやる気になって啓太を殺したというものだが、これは最も考えにくい。
状況の説明には適した考えなのだが。
いずれにせよ矛盾点なく満足できる説明は困難なようだ。
他の可能性はないだろうかと考えたが、もう何も浮かばなかった。
その時、恵梨が勢いよく立ち上がって理香の方を見た。
険しい表情で眼光が鋭くなっている恵梨が言った。
「理香の言うとおりにさせてもらうわ。香菜子を殺した人に平手打ちしなきゃ気がすまないし」
やる気の人物に平手打ちをするなど無謀の極みだが、恵梨の気持ちもよく解る。
理香も立ち上がりながら、大きく頷いた。
すると、恵梨は突如表情を崩して、理香に抱きついてきた。
泣きじゃくり、理香の体を揺すりながら言った。
「何で、何で香菜子が、あんないい子が殺されなきゃいけないのよ。そんなことがあっていいの? 教えてよ。ねぇ、教えてよ、理香」
理香は返事が出来なかった。無言で恵梨の体を抱きしめるしかなかった。それでも、周囲に注意を払いながらだったが。
しばらくして少し落ち着いた様子になった恵梨は体を離しながら口を開いた。
「取り乱してゴメンね。もう、大丈夫。そもそも、殺されてもいい人なんていないわよね。間違ってるのはプログラムそのものだよね。だから、生きている限りプログラムに立ち向かわなきゃいけないんだよね。そのために、信頼できる人を集めるんだよね」
理香は微笑みながら答えた。
「最後まで諦めないで頑張らないとね」
恵梨は力強く首を縦に振った。
と、突然恵梨があさっての方向に顔を向けて驚いた表情を作った。
つられてそちらを見た理香の目には、木々の間をゆっくり移動する男子生徒の姿が見えていた。男子は、まだ理香たちには気付いていないようだった。
息を潜めて見ているうちに、朝の陽射しが男子生徒の横顔を照らし、彼が岸川信太郎であることを明らかにした。恵梨が会いたがっている人物だ。手に、武器らしきものは握られていない。
「あっ」
と、小さく叫んだ恵梨は信太郎の方へ駆け寄ろうとしたが、理香はその手を掴んだ。
信太郎を疑うわけでもないのだが、やはりスペシャルアイテムの存在は気になる。ここは、慎重に動くべきだ。
恵梨は理香を睨みつけた。
「何よ、雅樹君なら無条件に信頼するくせに、あたしの信用してる岸川君なら疑うわけなの?」
理香は焦りながらも何とか答えた。
「疑ってるんじゃなくて、慎重にした方がいいって言ってるの」
恵梨はふくれっ面になって言った。
「同じことじゃないのよ」
理屈としては、恵梨の方が正しい。
だが、理香はどうしても何かが心に引っかかるのだった。到底、恵梨を納得させられるようなものではないけれど。
やむなく、強い口調で言った。
「あたしが声をかけるから、ここはあたしにまかせて」
「わかったわよ」
恵梨は渋々承知した。
理香は数歩進み出て信太郎に声をかけた。いつでも、恵梨の手を引いて逃走できるように身構えながら。
「岸川君!」
信太郎はびっくりした様子でこちらを見た。と、同時に体を木の陰に隠しながら言った。
「だ、誰?」
え? あたしの顔が分からないの?
と思ったが、よく考えたら太陽を背にしている理香の顔は、信太郎からは逆光で見難い筈だ。
「細久保と水窪よ。岸川君はやる気じゃないよね」
理香の言葉に、信太郎は少し声を震わせながら答えた。
「も、もちろん違うよ。そっちこそどうなんだい?」
理香は即答した。
「やる気ならば、声なんかかけないわよ。それより、スペシャルアイテムって何だったの? やる気じゃないのなら教えてくれるわよね」
信太郎は一瞬戸惑ってから答えてきた。
「悪いけど、教えるわけにはいかない。で、でも信じてくれよ。僕はやる気じゃない」
教えてくれない以上は、残念ながら信用しがたい。それに、口調も何となく不自然で怪しい。でも、恵梨が納得するかどうか。
返答に迷っているうちに、背後にいた恵梨が進み出て言った。
「あたしは、信用するわよ。何か言えない理由があるのよね。それでもいいわ。一緒に行動して、信用できる人で集まりましょうよ」
突然の恵梨の発言に戸惑った理香だが、それに対する信太郎の返事はさらに意外なものだった。
「信じてくれて有難う、水窪さん。だけど、僕は誰とも一緒に行動するわけにはいかないんだ。1人でいるしかないんだ」
理香は確信した。やはり、信太郎は何かを隠している。近寄らない方が無難だ。
だが、どうやって恵梨を説得すればいいのだろうか。
考えているうちに、恵梨は信太郎に話しかけていた。
「どうしてよ。あたしは岸川君に話したいことがあるの。一緒にいようよ」
信太郎は首を左右に振った。
「理由は言えない。でも、どうしてもダメなんだ。許してくれ、さよなら」
言い終えると、踵を返して小走りに立ち去った。当然のように後を追おうとした恵梨に、理香は声をかけた。
「追いかけちゃダメよ。彼は、1人でいたいって言ってるんだし」
恵梨はイライラした様子で答えた。
「折角会えたのに・・・ 今別れたら、もう会えないかもしれないのに・・・ 邪魔しないでよ!」
理香は恵梨の前に立ちふさがって言った。
「彼には彼の都合があるのだろうし・・・」
ここまで言った時、理香は水月に強い衝撃を受けて、立っていられなくなった。息も詰まっている。
非力な恵梨の当身なので、ある程度腹筋を鍛えている理香が気絶するはずもないが、それでもしばらくは立てそうになかった。
「ゴメン、理香」
言い残して走り去る足音を聞きながら、理香は腹を押さえて蹲った姿勢のままで、恵梨の後姿を見詰めた。
ダメ、追いかけちゃダメ。絶対危険よ。戻ってきて・・・
言いたかったが、声が出せない。
恵梨が諦めて戻ってくるのを待つほかはないと考えて、理香は恵梨が信太郎に追いつけないように念じた。
そんな理香の背を、朝の光が暖かく照らしていた。
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