BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


22

 岸川信太郎は呆然としていた。
 目の前には頭部を失った少女の体が横たわっている。
 実は、これで信太郎の寿命が少し延びたのだが、信太郎は少しも嬉しくなかった。
 間接的とはいえ、この少女、すなわち水窪恵梨を殺したのは自分なのだ。
 しかも、恵梨は自分に告白しようとしたのだ。それをこのような無残な姿にしてしまった。
 逃げる理由を隠さずに説明しておくべきだった・・・
 ただただ、自分を責める気持ちで一杯だった。

 信太郎は幼少の頃から絵画が得意だった。
 恥ずかしがり屋で、自分の絵を他人にほとんど見せなかったので、ごく親しい者以外で彼の才能を知る者はいなかった。
 当然ながら学校の授業では手抜きをしていた。
 中学に上がってからは毎日のように、放課後は美術室に篭っていた。
 部員は少なく、同じ学年に限れば自分以外に女子1人しかいなかった。
 その女生徒、
鈴森五月とはお互いにモデルになって写生しあうことが多かった。
 そしてこの春、校庭で五月を描いた作品を誰にも言わずに大東亜展に出品してみたところ、望外にも入選したのであった。
 それでも、顧問教師と五月と親戚以外には話さなかった。
 地元の新聞社が取材に来たが、丁重に断った。
 もし学校中に知れ渡れば、五月との関係を邪推されて冷やかされる心配もあったし、単に妬みからいじめられる虞もあったからだ。
 しかし、本人にとっては大きな自信だった。
 将来は芸大に進学することも視野に入れた。
 だが、その前に大きな障壁となるプログラムが訪れた。
 クラスメートを殺す気にはなれないし、当然ながら死にたくもない。
 誰かと相談したいと考えていたところで、担当官から首輪の太い者はいないかと訊かれた。
 見回してみると、周囲の者の首輪は皆同じ太さに見えた。
 だが、自分に注がれている視線が妙に多いのを感じたため、おそるおそる自分の首輪に触れてみた。
 どうやら他の首輪よりも明らかに太いようだ。
 何かの災いが降りかかるのではないかと畏れながら申告すると、何とスペシャルアイテムの支給を告げられて、先にデイパックを渡された。
 直感的には迷惑だとしか思わなかった。
 クラスメートに無条件に警戒される材料にしかならないのだから。
 だが、出発順を待っているうちに別の考えが浮かんだ。
 上手く応用すれば、脱出する手段として使えるアイテムかもしれないと期待した。
 校舎を出発した信太郎は、近くの森に駆け込むと早速デイパックを開いた。
 だが、スペシャルアイテムらしきものは何も見つからなかった。
 バカなと思い、デイパックを逆さにして中身を全部出してみたが、共通の支給品のほかには一枚のプリントしか出てこなかった。
 月明かりでプリントを読んでみた。
 このように書かれていた。
“おめでとう御座います。貴方には政府が新開発した特殊首輪が支給されました。性能は抜群です。貴方が生きている限り、この首輪から半径10メートル以内の円内に、連続して15分以上留まった方の首輪は無条件に爆発します。つまり、敵に忍び寄ってしばらく息を潜めるだけで勝利を得られるのです。あるいは敵を騙して、仲間として一緒に行動するだけでも勝てるわけです。本部内で発動すると困りますので、貴方が本部を出た後で、首輪に電波を送って発動させます。あまりに強力ですので、ハンディとして事前に貴方がスペシャルアイテム所持者であることを発表します。内容までは明かしませんが。ただし、24時間以上に亘って他の首輪を爆発させないと、この首輪自体が爆発しますのでご用心。さぁ、この首輪を上手く利用し、優勝目指して頑張りましょう”
 愕然とした。
 スペシャルアイテムとは、この首輪自体だったのだ。
 しかも、やる気の者には役立つだろうが、やる気でない者には災いにしかならない性能だ。
 そうでない者をやる気にさせてしまおうという政府の意図が窺われて、極めて不快だった。
 そして、それ以上に途方に暮れた。
 仲間を作りたくても、一緒に行動すれば相手は死ぬことになる。
 事情を説明して、一定時間ごとに遠ざかることにすれば惨事は免れるが、そんな面倒で危険な条件ではなかなか承知してもらえないだろう。
 とすれば、基本的には単独行動に徹するしかないことになる。
 さらに、首輪の性能をクラスメートに知られてはならないと考えた。
 知られてしまえば、ますます危険人物視されてしまう。
 お互いの存在に気付かずに信太郎の近くに陣取って落命するというような不慮の事故を防ぐためにも、信太郎を早めに葬り去るべきだと考える者もいるかもしれない。
 最悪の場合、クラス中から命を狙われる危険もある。
 結論としては、全くの孤立状態になる他はない。
 それでも、24時間後に自分は死ぬことになる。
 生き残るためには24時間以内にプログラムが崩壊するという奇跡が必要になるだろう。
 いっそのこと、このゲームに乗ってしまおうかとも考えたが、クラスメートを殺してまで生き延びたくはなかったし、それこそ政府の思う壺のような気がした。
 と言っても、坐して死を待つ気にもなれないため、何となく会場内を徘徊していた。
 そして、
細久保理香と水窪恵梨に声をかけられたのだった。
 恵梨の表情を見て、何かを言いたいのだということは理解できたが、とにかく自分としては事情を説明せずに逃げ去るほかはなかった。
 理香と恵梨が争う声が聞こえたため、十分に逃げ切ることが出来たつもりだった。
 まさか、恵梨が理香を殴ってまで追ってくるとは夢想だにしなかったのだ。

 信太郎は、震える手で離断した恵梨の頭部を拾い上げ、胴体部の断面に合わせて安置した。
 見開いた恵梨の目を閉じさせた後、跪いて恵梨の冥福を心から祈った。
 涙が溢れ出てきた。
 殺意はないのだけれど、結果的に殺してしまったことは紛れもない事実だ。
 恵梨にどう詫びたらよいのかさえ解らず、信太郎はしばらく動けなかった。
「岸川、どうしたんだ」
 背後から声がして、信太郎はビクッとしながら振り返った。
 そこに立っていたのは
大河内雅樹(男子5番)だった。やる気になるとは、到底思えない人物だ。
 信太郎はボソボソと答えた。
「水窪さんを・・・、殺してしまった・・・」
 雅樹は答えずに、恵梨の状態を見て言った。
「どういうことなんだ。首輪が爆発してるじゃないか。お前が殺したわけじゃないだろ」
 信太郎は首を左右に振りながら答えた。
「いや、間違いなく僕が殺したんだ。言い訳できないんだ」
 雅樹は首を傾げながら言った。
「俺は爆発音が聞こえたから来てみたんだ。まだ、ついさっきのことだよな。とにかく詳しく説明して欲しい。ひょっとして、首輪を爆発させるアイテムでも支給されたのか? それが誤作動でもしたのか?」
 信太郎は頷きながら、首輪の性能を説明した。そして、付け加えた。
「さ、大河内も早く僕から離れてくれ。これ以上、僕のために誰も死なせたくない」
 雅樹を見上げると、握り締めた両拳が震えているのが解った。
 政府に対する怒りに満ち満ちているのだろう。
 突如、厳しい表情になった雅樹が言った。
「よく解った。必ず24時間以内にプログラムを破壊してやる。お前に犬死にはさせない」
 雅樹の気持ちはとても嬉しかった。だが・・・
「有難う、大河内。でも、僕のために無理はして欲しくない。こんなものを支給された時点で僕はアウトなのさ」
 出来るだけ明るく言いきってみた。
 雅樹は、笑顔で信太郎の手を握った。
「とにかく、何とかして見せるから。それまで、死ぬなよ」
 これだけ言い残すと雅樹は走り去った。
 その背中を見送って、しばらくたってから思い出した。
 雅樹と理香が親しかったことを。
 細久保さんの居場所を教えてあげるべきだったな。大河内の気持ちに報いるためにも。
 どうして、僕は後悔する事ばかりなんだろう。
 うなだれた信太郎の頭上では、小鳥たちが明るく囀っていた。
 


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