BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


23

 午前7時が迫り、陽射しはかなり強くなってきていた。
 普段ならば朝ごはんを食べて、学校へ行く準備を始める時間なのにと思いながら、
速水麻衣(女子15番)は出かける準備をしていた。
 折角手ごろな民家を見つけて隠れていたのだが、このエリアB=4は午前7時からの禁止エリアに指定されてしまった。
 これでは移動せざるを得ない。
 荷物をまとめて、慎重に扉を開いて道路に出た。
 いつもは勢いよく自宅の扉を開けて、車以外には特に注意を払うこともなく道路に出るのだが、今回ばかりは無警戒な行動はできない。
 道路に人影がないことを確認すると、麻衣は壁伝いにそろそろと歩いた。
 それでも、四方に目を配り、民家の屋根の上とか塀や大木の上などにも注意を怠らなかった。
 普通に歩くだけなのに、こんなに緊張するのは、もちろん生まれて初めてだ。
 プログラムを呪っても何も解決しないことは分かりきっているのだが、それでも呪わずにはいられなかった。
 おまけに、いきなり禁止エリアになるのだから運も悪いのだろう。
 やっぱり自分は死んでしまうのかなと思いながらも、可能な限りは生き抜いてみるのだと自らを奮い立たせた。
 自分のいた場所はエリアの西の端に近いので、もう少し西へ移動すれば逃れられるはずだ。
 時計を見ながら、歩く速度を調節した。必要最低限の速度で進みたいからだ。
 エリアの境界は地図で確認済みだった。前方に見えている赤ちゃん用品店を越えれば隣のエリアになる。
 それでも油断は出来ない。
 禁止エリアで隠れ家を追われて移動する者を、やる気の人物が狙うであろうことは想像に難くないからだ。
 慎重な歩行が続き、遂に境界を越えた麻衣はホッと一息ついた。
 もちろん、新たな隠れ家を見つけるまで緊張を解くことは出来ないが。
 その時、麻衣は前方に人影を見つけた。

 麻衣はクラスでは比較的口数の多い少女で、いつも女子の輪の中で活発に話をしていた。
 性格的にも明るい部類なのだが、さすがにプログラムの宣告を受けては落ち込まざるを得なかった。
 頭の中を死という言葉が駆け巡り、視線も定まらない状態だった。
 船底に連れて行かれるときも呆然としたままで、普段の覇気が全く感じられない状態になっていた。
 しかし船底の倉庫でボーッと坐っていると、ポンと肩を叩かれた。
 振り向くと委員長の
今山奈緒美(女子3番)が立っていた。
「最後まで諦めちゃダメ。可能性は万分の一しかないかもしれないけど、それを信じなくちゃ」
 奈緒美の言葉で少しだけ元気が出た。
 確かに自分の死ぬ確率は100%ではない。
 だが、自分が助かると言うことは奈緒美や他の友人たちが死ぬということだ。
 それを理解したうえで励ましてくれる奈緒美に感謝した。
 僅かに心に余裕を持てた麻衣は、親友の
浦川美幸(女子4番)が取り乱しているのを見て、やさしく声をかけた。
「絶対に死んじゃうとは限らないんだから、落ち着こうよ」
 美幸はしばらくわめいていたが、やがて麻衣に抱きついて泣き始めた。
 麻衣もつられて涙を流した。
 そして2人は抱き合った姿勢のまま、催眠ガスによる眠りに誘われたのだった。
 覚醒した後、周囲と相談できない状況だったため、再び不安が募った。
 自分に友人が多いということと、奈緒美の落ち着いた表情だけが、僅かに自分を慰めてくれた。
 そして、出発の時を迎えた。
 本当は誰かと一緒に行動したかったが、自分の次は勉強しか考えていない
藤内賢一(男子16番)であるし、賢一をやり過ごしても、その次は不良の坂東美佐(女子16番)である。
 合流は諦めて、ひたすら隠れることにした。
 実際、民家に隠れていて思った。
 よく考えたら、クラスメートでしょ。同じ中学生でしょ。殺し合いなんかするわけないじゃないの。
 それならそれで時間切れが待っているわけだが、麻衣の思考は少し楽天的な方向に向かっていた。
 銃声らしきものが聞こえても、兵士が射撃訓練をしているのだと能天気な解釈をしていた。
 現実から逃避したいという深層心理が、このような思考を生み出したのかもしれないが。
 だが、先刻の放送で死者の存在を告げられると、意識は現実に引き戻された。
 やはり自分も殺される可能性があるのだということを認識せざるを得なかった。
 いや、殺される可能性があるというよりも、生き残れる可能性の方がはるかに小さいのだ。
 そして、最悪の禁止エリア指定。
 それでも、ギリギリまでは動かずにいたのだった。

 麻衣は街路樹の陰に飛び込みながら、前方の人物を注視した。
 相手はゆっくりとこちらに近づいてくる。
 険しい表情だった麻衣は、突如頬をゆるめた。
 なぜならば、相手は浦川美幸に他ならなかったからだ。
 美幸ならば心配ない。あたしを殺そうとすることはありえない。
 最高の仲間に巡り合えたと思って、喜び勇んだ麻衣は美幸に駆け寄った。
 しかし、美幸との距離が数メートルになったところで、麻衣は強い違和感を感じた。
 それは美幸の表情が全く変わらないことに対してだった。
 いくらプログラムで緊張していると言っても、麻衣の顔を見て微笑まないなんて考えられない。
 恐怖を感じたのならば、美幸は逃げるであろうし・・・
 そして、この違和感がなければ麻衣はこの場で散っていたことだろう。
 というのは、突如美幸が懐から刃物を抜いて真っ直ぐに突き出してきたのだから。
 無意識に警戒態勢に入っていたおかげで、麻衣はこの突きを間一髪でかわすことが出来た。
 美幸は無表情のままで、2度3度と刃物を突き出してきた。
 麻衣が後ろに飛び退くと、美幸は刃物を腰の位置に構えて突進してきた。
 麻衣は辛うじてよけたが、美幸が自分を攻撃しているという事実がなかなか受け入れられなかった。
 一体、どうしたというのか。
 美幸がやる気になるなんてとても考えられないが、万一そうだとすれば、もう少し厳しい表情になっているはずだ。
 だが、目の前の美幸は全くの無表情なのだ。プログラムのプレッシャーで混乱しているのだろうか。
 とにかく、説得してみることにした。
「美幸、あたしよ。麻衣よ。判らない? 速水麻衣よ、あたしは。一体、どうしたのよ。しっかりしてよ、美幸ってば」
 だが美幸は返事もせずに、刃物を突き出してくる。
 麻衣は、一旦全力で逃げた。無論、禁止エリアに戻ることがない方向へだ。
 腕力には差がないが、脚力ならば自分の方が上だ。
 少し距離を保った麻衣は、再び美幸に声をかけた。両手を広げて何も持っていないことを示した。
「美幸、信じて。あたしは敵じゃないわ。大丈夫よ。怖くないわよ。ね、一緒に助かる方法を考えましょうよ。美幸! 判ってよ。あたしは、麻衣なのよ」
 これで通じなければ、逃走するしかないかもしれない。
 折角、親友に会えたのに何ということなのだろう。
 お願い、美幸。目を覚まして!
 しかし、麻衣の祈りは通じなかった。
 相変わらず無表情の美幸は、刃物を構えたまま目前まで迫っていた。
「麻衣、危ない!」
 急に声がしたかと思うと、麻衣の右手方向にあった民家の門扉が開き、そこから1つの影が飛び出して、麻衣を突き飛ばした。
 尻餅をついた麻衣が見たものは、美幸の腕を刃物ごと捻り挙げている
石川綾(女子1番)の姿だった。
 綾は美幸に言った。
「美幸、どういうつもりなの。返答次第では容赦しないけど」
 容赦しないって・・・ 殺すつもり?
 驚いた麻衣は綾に声をかけた。
「綾、美幸は混乱してるだけなのよ。お願いだから殺さないで」
 綾は麻衣を振り返らずに答えた。
「おめでたい考え方ね。美幸は間違いなく貴女を殺すつもりだったのよ」
「そ、そんなこと言ったって。あたしは美幸を死なせたくないんだもの」
 それには答えず、綾は再び美幸に向かって言った。
「さぁ、返事をして。やる気なの? どうなの?」
 美幸は答えずに綾の腕を振り払おうともがいた。
 綾の口調がきつくなった。
「仕方ないわね。ゴメンね、美幸」
 麻衣は思わず目を覆った。綾は美幸を殺すのだろう。
 あれ? 綾は武器なんか持っていないようだったけど。
 麻衣が目を開くと、丁度美幸の体が崩れ落ちるところだった。刃物は既に地面に落ちている。
 その上には手刀を振り下ろした姿勢の綾がいた。どうやら、綾は美幸の首筋に手刀を打ち込んだようだ。
 これなら、美幸は死なないだろう。ホッとした麻衣だったが、またまた驚くこととなった。
 なぜなら、綾が美幸の上半身だけを起こして左右の頬を何発も張ったからだ。
「ちょ、ちょっと、綾。何のつもりなのよ」
 綾は、美幸に往復ビンタを続けながら答えた。
「麻衣の言うとおり、美幸は正気じゃないわね。だから、気絶寸前の状態にしてから、何とか正気に戻そうとしてるのよ」
 目をパチパチさせながら、麻衣は言った。
「もし、正気に戻らなければ・・・」
 その場合は、綾は美幸を殺すのだろうかという不安で一杯だった。
 綾はクールに答えた。
「それならば、その辺の電柱にでも縛ってしまうしかないかもね。キツイ言い方かもしれないけど、正気を無くした時点で負けなのよ。このプログラムってやつは」
 電柱なんかに縛ったら、やる気の人のカモになってしまうだろう。そんな・・・
 だが、その心配は杞憂だった。
 綾が手を止めて間もなく目を開いた美幸はこう言ったのだ。
「あ、あれ? 麻衣に綾じゃない。あたし、何やってるの?」
 よかった。正気に戻った。
 心底、ホッとした。
 どのように声をかけるべきか迷っていると、記憶を手繰るように考え込んでいた美幸が口を開いた。
「ひょっとして、あたし・・・ 麻衣を襲ったんじゃないかしら。何かそんな気がするの。どうかしてたみたい。ごめんなさい」
 慌てて答えた。
「気にしないでよ。怪我もしなかったし、大丈夫だから。とにかく、正気に戻ってくれてとても嬉しい」
 言いながら、美幸に抱きついた。美幸も、しっかりと麻衣を抱きしめた。
 ふと綾を見上げると、あさっての方向を睨んでいる。
 誰かいるのだろうかと綾の視線を追ったが、小さな交差点があるだけで人影はない。
 一度首を傾げた綾が言った。
「そろそろ、私は行くからね。2人で頑張って生き延びるのよ。最後まで諦めないで」
 麻衣は愕然とした。
 え? 一緒に行動してくれないの?
 運動神経が良くて勘も鋭い綾が同伴してくれれば、とても心強いと思ったのだが。
「どうして? 一緒に頑張ろうよ」
 辛うじて言ってみたが、綾は静かにかぶりを振った。
「悪いけど、しばらくは1人で行動したいの。理由は、言えないけどね」
 それだけ言い残すと、綾はゆっくりと立ち去った。
 麻衣と美幸は、その後姿を呆然と見送っていた。


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