BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


24

 こんなことをしていいのだろうか。
 いかに脱出のためとはいえ、人間として許される行為なのだろうか。
 成功すれば自分たちは死ななくてすむのかもしれない。
 でも、こんな後味の悪い手段では。
 
児玉新一(男子11番)は周囲に気を配りながらも、自分に背を向けた姿勢で椅子に座って必死に作業をしている芝池匠(男子12番)を見下ろしていた。
 匠の前の机には乾電池・電気器具・工具などが所狭しと並んでおり、その横には自分たちの首についているのと同じ銀色の輪が置かれている。 新一の視野にその首輪が入るたび、新一は込み上げてくる吐き気と戦わねばならなかった。

 新一と匠は小学校時代からの親友だった。
 性格的には似ていなかったが、家が近いこともあって、いつも一緒に遊んでいた。
 むしろ正反対の性格だったことが、2人の関係を長続きさせていたのかもしれなかった。
 いつも活発で運動神経も良い匠が消極的で大人しい新一をリードする関係だったが、匠がいろいろな遊びやゲームを開発して教えてくれるので、新一に不満はなかった。
 特に、手製の鉱石ラジオを匠が作り上げて新一にプレゼントした時などは、友人でありながら尊敬の念さえ抱いていた。
 最近では、理数系の得意な匠と文系科目の得意な新一が互いに勉強を教え合うなどして、さらに友好を深めていた。
 現状では匠と同じ高校に入るのは難しそうだったが、それでも新一は必死に勉強して同じ高校を目指すつもりだった。
 しかし・・・
 校舎を出発した新一はとても心細かった。出来れば匠と合流したいのだが、2人の間で出発するのは
三条桃香(女子11番)だった。
 桃香に捕まったら自分の命が危ない。どうすれば、桃香をやり過ごして匠と合流できるだろうか。
 少し考えた新一は、一旦校舎の裏に回り、4分後に元の場所に戻ることにした。
 もし桃香が校舎裏にやってきたら、それは自分の運がないのだと諦めることにした。
 おそるおそる校舎裏に行ってみると、幸運にも先客はいなかった。
 ホッとしながらも、桃香が来るのではないかとビクビクしながら息を潜めざるを得なかった。
 月明かりで時計を見詰め、匠が出てきそうな時に校舎出口に引き返した。
 タイミングよく匠が姿を現し、2人は無事に合流を果たした。
 どこかに桃香やそれ以外のやる気の人物が隠れていないとも限らず、新一は匠に従って慎重に近くの森へと歩を進めた。
 一息つくと、デイパックの中を確認した。
 出てきたものは手製の石斧。石器時代ならばよく使われた武器だろうが、現代では殆ど役立たないだろう。
 一方の匠に支給されたのは拳銃だったので、どうにか護身くらいはできそうだった。
 新一は匠に尋ねた。
「何か作戦は浮かんだ?」
 匠ならば、2人とも生き残る方法を何か考え付くのではないかと期待していた。
 匠はゆっくりと答えた。
「出発前からいろいろ考えていたけれど、このルールは実に上手く出来ている。突破するのは簡単じゃない。でも、何も浮かばないわけでもない。とにかく、物品調達だ」
 立ち上がって歩み始めた匠の後を、新一はついていった。
 道路を避けて西へ進み、山の手前で方向を南に変えてエリアI=3の商店街に入った。
 匠は素早く金物屋に入り込んで、片刃鋸を奪って出てきた。
 拳銃を持っているのにどうして鋸が必要なのか解らなかったが、訊ねても匠ははぐらかすだけだった。
 しかし、その後の匠の行動はますます理解不能だった。
 おもに集落の外周を不規則に移動するのだ。
 何かを探しているのだろうとは思えたのだが、とにかく自分は匠に言われたとおり周囲の警戒をしながらついて行くしかなかった。
 やがて、日が昇った。
 匠の行動はさらに慎重にはなったが、何かを探していることに変わりはなかった。
 その時、比較的近いところで杭を打つような連続音がした。銃声だろうか。
 新一は遠ざかろうとしたが、匠はそちらに近づこうとしているようだった。
 何を考えているのか解らないが、匠は銃声のした方向にまっすぐ進んでいく。十分前方に注意を払いながらではあったが。
 いつのまにか2人は広い公園に辿り着いていた。
 一瞬、匠の足が止まった。
「あったぞ」
 小さく呟いた匠は、急に足を速めた。
 何を見つけたのだろうかと思いながら、後を追った新一は突然視野に飛び込んできたものを見て目をそらした。
 深紅の液体に染まった物体・・・
 それは、どうみても屍だった。
 おそるおそる匠の方を見ると、屍の前に跪いて黙祷をしている。
 新一も意を決して匠の横に並んで黙祷をした。
 匠が探し求めていたのは屍だったのだろうか。一体、何の目的で・・・
 不思議に思いながら、そっと屍に目をやると、それは武藤香菜子のようだった。
 あんな性格のいい子を平気で殺す者がクラスメートの中にいるなんて、俄かには信じられなかった。
 匠が小声で言った。
「誰がやったのか知らないが、顔を傷つけないようにという配慮をしているようだな」
 確かに、香菜子は蜂の巣状態だったが銃弾は胴体部分にしか命中しておらず首から上は全くの無傷だ。
 しかも苦痛を感じていないような安らかな表情をしている。
「さてと、では始めるぞ」
 言うなり、匠は鋸を取り出して、香菜子の首にあてがった。
「新一、武藤の頭をしっかり押さえていてくれ」
 匠の言葉を聞いて、新一は身震いした。
 匠は香菜子の首を切り落とそうとしているのだ。とんでもないことだ。
 思わず口走った。
「な、何のまねだ。匠」
 匠は静かに答えた。
「俺たちが生き残り、場合によっては他の連中も助けてやるためには、この首輪をどうにかしなければならない。だが、首にほとんど隙間なく巻きついている状態では、首輪を調べることもできない。だから、どうしても首輪を入手する必要がある。そのために、ずっと死体を探してきた」
 新一は眩暈がしそうだった。
 理屈はわかった。だが・・・
「だからと言って、死者に鞭打ってどうするんだ。そんなことに協力したくない」
 新一の言葉に、匠は怒鳴るように答えた。
「そんなことは解っている。俺だって、こんなことはしたくない。でも、助かるためには仕方がないんだ。この状況では、生きている奴を優先するしかない。死んでいる者にも協力してもらわねばならないことだってある。きっと、武藤も許してくれるさ」
 新一はガックリと膝をついた。
 さらに、匠の声がする。
「早くするんだ。やる気の奴に見つかると厄介だからな」
 クソッ!
 ほとんどやけくそだった。
 夢中で香菜子の頭部を両手で押さえた。無論、目は閉じた。
 手に振動が伝わってくる。匠が鋸を引いているのだ。
 どれほどの時が過ぎたことだろう。
 突如、香菜子の頭部が軽くなったような感じがした。
 そっと目を開くと見事に頭部は離断されていた。一瞬、吐き気が込み上げた。
 視線を匠に移すと、既にその手には首輪が握られていた。
 匠は再び跪いて、物言わぬ香菜子に話しかけた。
「必ずこの首輪を有用に使って、皆で脱出することを貴女に誓います」
 言い終えると立ち上がり、今度は新一に向かって言った。
「さぁ、商店街に戻るぞ。今度は、電器店に行くんだ」
 新一は黙って従う他はなかった。

 そして今、匠は電器店に入り何かを作ろうとしていた。
 首輪を調べる道具だということは想像がつく。
 しかし新一はなかなか自分を納得させることが出来なかった。
 こんなことをしても、脱出どころか天罰が下るような気がしてならなかった。
 匠の声がした。
「よし、出来たぞ」
 今度は匠は首輪を手にとって、作り上げた装置の中に入れて、何かを操作し始めた。
 新一も心の中に匠の成功を祈る自分がいて、その存在がどんどん大きくなっているのを自覚していた。
 いけない。人間の心を失っては。
 と思っても、生存を望む生物としての本能を抑制しつづけることは難しいようだった。
 その時、気迫に満ちていた匠の表情が突然険しくなるのを、新一は見て取った。
「どうしたんだ、匠」
 匠は返事をせずにメモ用紙に何かを書き付けて新一に見せた。
 その内容を見て、新一は思わず蒼ざめた。
 そこには、ますます脱出を困難にしそうな内容が書かれていたのだった。
 


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