BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


25

 エリアD=7の展望台からは、海がよく見える。
 
北浜達也(男子9番)は、海を見詰めながら考え込んでいた。
 不良仲間の
宇佐美功(男子4番)との合流は果たしたものの、その先の目標がハッキリしなかった。
 1人しか生還できないというこのルールの下で、自分たちはどのように振舞ったら良いのだろうか。
 自分に支給されたものといえば、乾電池式の拡声器だ。
 戦うつもりならば、鈍器としてしか役立たないだろう。
 目の前には、プログラムの修羅場とは場違いのような穏やかな瀬戸の海が広がっている。
 この海の向こうはプログラムとは無縁の世界なのだが、そこに辿り着くのは容易ではない。
 達也は大きく溜息をついた。
 その時、背後から功が声をかけた。
「達也、いいことを思いついたぞ。その拡声器を使うんだ」
 何だと? コレをどう使うというのだ?
 驚いて振り向くと、功は自信満々の表情をしていた。

 教室でプログラムの説明を受けているときから、達也は身の処し方を考えていた。
 まず、ボスの
矢島雄三(男子20番)と合流する気はなかった。
 雄三は、既に
三条桃香(女子11番)に対して殺意を表明している。
 とすれば、クラスメートを皆殺しにして優勝しようと考えている公算が大きい。
 雄三と合流すれば、散々利用された挙句に始末される結果になるだろう。
 他の仲間と集まりたくても、鵜飼翔二はいきなり反抗して処刑されてしまったし、功をはじめとして
坂東美佐(女子16番)吉崎摩耶(女子21番)とはいずれも番号が離れていて、合流は容易ではなさそうだった。
 悩んでいるうちに、クラスメートたちは一人ずつ出発しはじめた。
 出発する功に視線を送ると、功は達也を見ながら無言で口を動かした。
“たかい”
 と、言ったように達也には見えた。
 これは、合流のための合図と考えられた。恐らく“高い”だろう。
 高いところと解釈すればよさそうだが、漠然としている。
 黒板に張られた地図を見ても、高いところは山の上とかビルの上とかいろいろありそうだった。
 出発した達也は早速デイパックを開いた。
 役立ちにくそうな支給品に失望しながらも、とにかく地図を開いて考えた。
 高い建物はいくつもありそうで、特定できそうにない。
 では、山の上だろうか・・・
 そこで、目に付いたのが展望台だった。
 展望台を第一候補と考えて、ハズレならば他を当たることにした。
 達也は急ぎ足で展望台へと向かった。
 目立ちやすい場所だから、他の生徒も向かっている可能性がある。
 功が自分を待っているとしても、他の生徒が現れてトラブルになるかもしれない。
 だから、自分も早めに辿り着く必要があるのだ。自分の推定の是非も早期に確認するべきであるし。
 闇夜の山道は楽ではないが、それでも達也はどうにか展望台に到着した。
 見たところ人影はない。ハズレだったのだろうか。
 慎重に足を踏み入れると、突如ベンチの下から何者かが現れた。
 一瞬、身構えた達也だったが、すぐに相手が功であることが判り、緊張を解いた。
「驚かしてゴメン。他の奴が来ると厄介なので一応隠れていた」
 功の言葉に、達也は脱力したポーズをとりながら答えた。
「とにかく、お前に会えてよかったよ。ハズレだったら、どこを捜そうかと思っていた」
 功は、頷きながら言った。
「それより、早く支給品を見せてくれよ」
「ご期待に沿えるようなモノじゃないぞ」
 答えながら、デイパックごと功に渡した。
 中を確認した功は、落胆の表情で言った。
「これじゃ、護身にも使えんな」
 達也は答えた。
「そうだろ。とんだハズレだ。ちなみに、お前の方はどうなんだ」
 功は無言でデイパックの中を見せた。どうやら手榴弾2個のようだった。
 溜息をついた功が口を開いた。
「どうやら戦うのも逃げ回るのも難しそうだな。摩耶たちも来てくれるといいんだが」
 達也は小さく頷いた。
 だが、摩耶たちもそれ以外の者も現れることはなかった。
 それから、2人は数時間の間、ほとんど無言だった。
 
 功は胸を張って言った。
「その拡声器で会場全体に呼びかけるんだ。“皆で集まって脱出方法を考えよう”ってな」
 達也はそっぽを向きながら答えた。
「無駄だ、無駄だ。そんな簡単に脱出方法なんか見つかるものか」
 功は表情を変えずに続けた。
「そんなことは、解ってるさ。呼びかけは口実だ。ある程度の人数が集まったら、適当な理由をつけて、ここから少し離れるんだ。そして、手榴弾を投げつける。集まってる連中は一発で全員お陀仏って寸法さ」
 達也の全身が自然に震え始めた。必死で自分を制御しながら言った。
「な、何てことをするつもりなんだ。そ、そんなことには俺は協力できない」
 功は、達也の両肩に手を置いて説得するような口調で話し始めた。
「とにかく、俺は死にたくない。おまえだって、そうだろう。だったら、やるしかないんだ。成功すれば、一気に優勝に近づける。そして、死んだ奴から使えそうな武器を獲得するんだ。そうすれば、積極的に戦うこともできる」
 言っていることは理解できるが、しかし・・・
 達也は小声で言った。
「お、女も殺すのか?」
 功は少し首を傾げながら答えた。
「当たり前だろう。男だろうが女だろうが全員消さなきゃ優勝できないんだからな」
 達也は答えた。さらに、声が小さくなっていた。
「摩耶や美佐にも容赦しないわけか?」
 功は大きく頷いて言った。
「流石にあいつらを殺すのは胸が痛むが仕方ない。でも、女友達ならば生還してからまた作ればいいじゃないか」
 摩耶や美佐とは何度も遊びに出かけた思い出がある。でも、自分が生還するためには死んでもらうしかないことになる。どうしようもないのか、それ以外には・・・
 功は続けた。
「いい武器を手に入れれば、2人がかりなら誰にも負けないはずだ。ボスだって倒せるはずだ。そして、俺たちが最後の2人になったら、潔く決闘するのさ」
 確かに自分の生還確率を高めるには、その方法がベストかもしれない。だが、何となく踏ん切りがつかない。
 功はゆっくりした口調で言った。
「お前の気持ちはよく解る。このクラスには殺すには惜しい奴が多いし、罪悪感を持つのも当然だろう。だが、一番大事なのは何だ? 自分の命だろ。死んじまったら何にもならんのだぞ。考えても見ろよ。山で遭難して食べ物が無いときは、死んだ仲間の肉を食っても罪にはならない。海で遭難して1人だけしかつかまれない板切れを見つけたときには、他の奴を蹴落として生き延びても緊急避難として許される。それと、同じだ。プログラムは人生最大の遭難なのさ。生きるためには、やるしかないんだ」
 達也は目を閉じて考えた。
 やはり、それしかないのか・・・ 皆にはいつか天国で詫びを入れよう。俺は、地獄行きかもしれないけれど・・・
 そこで、達也の脳裏にひとつの不安が過ぎった。
「呼びかけして居場所を知らせてしまったら、やる気の連中が俺たちを殺しに来る可能性もあるんじゃないか?」
 功は微笑んで答えた。
「それは、先刻承知さ。そいつらは、俺たちをカモに出来ると思って油断しているだろうから、逆に先制攻撃して武器を奪ってやるのさ。2人でやれば、何とかなる」
 正直、自信は持てなかったが、こうなったらやるしかない。
 達也は覚悟を決めた。
 小声で言った。
「わかった。そうしよう」
 功は大きく頷いた。 
 やがて、会場に大声が響き渡った。
“皆、聞こえるか〜! 俺たちは宇佐美と北浜だ。今、展望台にいる。皆、ここまで来てくれ。皆で集まって脱出方法を考えよう。皆で考えれば、きっと良い知恵が浮かぶはずだ。死にたくない奴は協力してくれ”
 何度も繰り返して呼びかけを行い、時を待った。
 だが、誰も現れる様子はない。
 達也は不安になってきた。思わず口走った。
「所詮、俺たちは不良のレッテルを貼られてる。俺たちの呼びかけなんか信じてもらえないんじゃないのか。集めて殺すつもりだって予測されてるんじゃないのか」
 何故か、この言葉が周囲に響き渡っている。
 ん? 何で俺の声が響くんだ? しまった!
 拡声器を口から離してはいたものの、スイッチを切るのを忘れていた。近いところにいる者には、十分に聞こえてしまっただろう。
「馬鹿か、お前は」
 背後から功の怒鳴り声が聞こえる。
 これで、この作戦は失敗だ。やはり、悪いことを考えるもんじゃないな。
 辛うじて拡声器のスイッチを切ったものの、達也は茫然自失の態になってしまった。
 その時、別方向から声が聞こえた。
「そんなことだろうと思ったぜ」
 そちらに視線をやると、鬼のような形相になった矢島雄三が立っていた。右手には日本刀らしき長い刃物が握られている。
 逃げねばと思ったが、足がすくんでしまっている。
 雄三は、こちらに近づきながら言った。
「呼びかけが聞こえたから、何のマネだと思って近くまで来て様子を窺っていたんだが、案の定だ。俺はこんなケンカの仕方を教えた覚えはないぞ。ケンカってのは堂々とやるもんだ。だまし討ちなどは論外だ。俺の顔に泥を塗るようなマネしやがって、絶対に許さんぞ! 成敗してやる」
 雄三が素手で自分が刃物を持っているとしても勝ち目はなさそうなのに、事実は逆なのだからお話にならない。
 勝てる可能性があるとすれば、功が手榴弾を投げるしかないのだが、それには距離が近すぎる。
 どうしようかと功の方を振り向いたが、功の姿は見えない。
 え? 功はどうしたんだ?
 雄三の声がした。
「功は俺の姿を見た瞬間に全力で逃げていった。お前は功に見捨てられたわけだな。安心しろ。功とは必ずあの世で会わせてやる。先に行って待っているが良い」
 慌てて言った。
「この作戦は功が考えたんだ。俺は無理矢理同意させられたんだ。俺は悪くない。赦してくれよ」
 雄三は鼻で笑いながら言った。
「状況はどうあれ、同意すれば同罪だ。お前も不良の一端ならば、潔く覚悟しろ」
 言い終えると、雄三はダッシュしてきた。
「助けてくれ〜」
 叫ぶと同時に、肩口に激痛が走り、血液が噴出するのを感じた。それまでだった。
 刀に付いた血液を拭き取っている雄三の側に倒れた達也は、まもなく静かに息を引取った。
 僅か1メートルほど離れた場所に、主をなくした拡声器が虚しく転がっていた。
 

男子9番 北浜達也 没
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