BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
26
同じ頃、宇佐美功は必死で山を駆け下りようとしていた。
矢島雄三が北浜達也と対峙している間に、少しでも雄三から離れたかったのだ。
自分なりに必死で考えた作戦だったのだが、まさか雄三が最初に現れるとは・・・
達也がミスをしなくても、おそらく作戦は失敗していただろう。
「残念だったね」
急に声が聞こえて驚いた功は、足を止めて振り向いた。
その視線の先、大木に背を預けて立っていたのは三条桃香だった。
功と達也、それに鵜飼翔二は小学生時代から近隣でも有名な悪ガキ3人組だった。
近所の山にあった防空壕の残骸を秘密基地として、万引きなどの戦利品を溜め込んだり、弱いものいじめや動物の虐待などをしていた。
学校では、授業の妨害をするのが日課だった。
3人とも成績は最低レベルで、理解できない授業などを大人しく受けるのは、とても耐えられなかったわけだ。
結果として、3人の両親は頻繁に謝罪をして回らなければならなかったし、学校に呼び出されることも度々であった。
当然、3人は教師や両親から再三注意を受けていたが、一切改善しようとはしなかった。
中学に上がった3人は、不良女子の吉崎摩耶や坂東美佐と知り合った。
5人はすぐに意気投合して、摩耶の実家のお好み焼き屋や美佐の実家のゲームセンターを溜まり場として、毎日を楽しく過ごした。
小学生時代からヘビースモーカーだった摩耶の影響で全員が愛煙家になってしまったため、ますます一般生徒との溝が深まっていたが、功は自分たちが楽しければそれで良いと思っていた。
休日などには全員でテーマパークなどへ出かけて遊んだ。
遊興費の捻出のため万引きツアーに出かけたり、カツアゲなども行った。
補導されたこともあるが、全く懲りなかった。
だが、中2になった時、矢島雄三が転校してきた。
一目で不良と判る風体の雄三を見て、功たちは自分たちに挨拶させようと考えた。
早速、放課後の河原に雄三を呼び出した。
逃げ出すのではないかと思っていた功たちだったが、雄三は堂々と現れた。
功と達也と翔二は雄三を取り囲んだ。
摩耶と美佐は少し離れたところで見ている。
功が言った。
「よく恐れずにやってきたな。褒めてやるぜ。今からお前の歓迎会をしてやるからな。まぁ、プレゼントはこの拳ってわけだが」
雄三は、全く動ぜずに答えた。
「お前たちなど、何も恐れてはいない。というか、3人では物足りない。5人まとめて相手してやる」
この言葉に摩耶が反応した。
「何だと。言いたい放題いいやがって。注文どおり、あたしたちも参加させてもらうよ。大言を吐いたことを後悔させてやるからね。覚悟しな」
摩耶は、表情が険しくなった美佐を伴って輪の中に入ってきた。
功は腹の中で笑っていた。
摩耶も美佐も女子とは思えないケンカのテクニックを持っている。
実際、功は冗談半分に摩耶と戦ってみたことがあるのだが、全くの互角だった。
純粋な腕力勝負ならば功が上だったが、俊敏さと技は摩耶の方が上だったのだ。
雄三を痛めつけるのには、自分たち3人だけでも十分だと思っていた。
いや、自分1人でも勝てるつもりだった。
だから、摩耶たちには見物していてもらうことにしていた。
だが、雄三の挑発で5対1になってしまい、自分たちの勝利は疑うべくもなくなったのだ。
バカめ。摩耶たちを怒らせるなんて。死ぬほど悔いることになるだろうぜ。
功は言った。
「殺しはしないから安心しなよ。半殺しにはさせてもらうけどな」
雄三は功と視線を合わせずに答えた。
「御託はたくさんだ。やるならさっさと始めようぜ」
自信満々の功は言った。
「こっちはいつでもオーケーだぜ。可哀想だから、そっちから先制攻撃させてやるぜ」
雄三は、拳を握り締めながら言った。
「それでは、お言葉に甘えさせてもらうぜ・・・」
言うが早いか雄三は翔二の方に左足を踏み出し、素早く右拳を突き出した。
身構える間もなく眉間に強烈な突きを食らった翔二は、吹っ飛ぶように後方に倒れてそのまま動かなくなった。
雄三は、そのまま左足を軸足にして半回転し、高々と右の回し蹴りを放った。
蹴りは、雄三に突進しようとしていた達也のこめかみに命中し、達也は右側に転がってぐったりとなった。
功は唖然とした。
自分より少し弱い程度の2人が一瞬のうちに倒されてしまったのだから当然だった。
普通の少年ならば、恐怖を感じて逃げ出しそうなところだったが、功は逆に闘志を燃やした。
持久戦になったら、とても勝ち目はない。でも、回し蹴りで体勢を崩している今ならば・・・
功は拳を振り上げて突進した。振り向いた雄三と目が合った。
功は視野の片隅に、隠し持っていた鉄パイプを振り上げている摩耶の姿を捉えた。
うまいぞ、摩耶。これなら、俺の拳が万一外れても、その鉄パイプは当たるはずだ。
功は思い切り拳を突き出した。
だが、雄三は信じられないほどの素早さで体勢を立て直していた。
拳はあっさりとかわされ、次の瞬間には下あごに衝撃が走り、体が浮き上がるのを感じた。
そのまま、功の意識は途絶えた。おそらく、ボクシングでいうところのアッパーカットを食らったのだろう。
どれほどの時間が経ったのだろうか、意識を取り戻して起き上がった功は周囲を見て顔色を失くした。
達也と翔二が倒れたままだったのはともかく、摩耶と美佐も気絶して横たわっていたからだ。無論、雄三の姿は見えない。
あの野郎。女にも手加減なしかよ。
怒りと悔しさで一杯になりながら、功は4人を介抱した。
覚醒した4人は、揃って落ち込んだ表情になっていた。5対1で負けるなんて悪夢以外の何物でもない。
摩耶の話では、功が殴られたタイミングで鉄パイプを振り下ろしたらしいのだが、素早くかわされて命中せず、体勢を立て直す暇もなく水月に膝蹴りを食わされたらしかった。
美佐は逃げ出そうとしたがすぐに追いつかれ、首を絞められて落とされたとのことだった。
そもそも、到底勝ち目のない相手だったのだ。
功は、まだ痛む顎をさすりながら言った。
「お手上げだな。奴をボスにするしかないな」
4人は黙って頷いた。全員が雄三の強さを認めないわけにはいかなかった。
翔二が言った。
「あそこまで完璧にやられると、かえってスッキリするぜ」
達也が続いた。
「それに、誰も余計な打撃は受けてないだろ。たいした奴だぜ」
確かに絞め落とされた美佐以外の4人は一撃で失神させられている。余分な傷は1つも負わされていない。
摩耶も蹴り上げられた腹をなでながら口を開いた。
「女子の顔を殴らなかったのも立派だと思うわね」
達也が首を傾げながら、答えた。
「男なら女には手加減するべきだと思うんだがなぁ」
それには、美佐が答えた。
「呼び出して5対1で取り囲むなんて、卑怯なのはあたしたちのほうじゃない。容赦してもらえなくて当然だわ」
摩耶も同意していた。
それから、5人は雄三をボスとして行動するようになっていたが、雄三は気まぐれで横暴だったため、信頼関係は薄かった。
ケンカのテクニックの指導だけは役に立っていたけれど。
5人は雄三には内緒で、志望校を他県の高校に決めていた。
中学卒業と同時に雄三とは縁を切りたいと思っていた。
だが、卒業どころではない事態となってしまった。
ルール説明を聞きながら、功はいろいろと考えたが、結局は優勝を目指すこととした。
“命あっての物種”というわけだ。
翔二がいきなり殺されたのは計算外だったが、後の3人を集めて戦おうと考えた。
黒板の地図を見て、目に付いた展望台に集まろうと計画し、出発時に口を動かして“高いところ”と伝えた。
まともに、“展望台”と告げるのは危険な気がしたからだ。
けれども、展望台に来たのは達也だけだった。
摩耶と美佐には自分の合図が理解できなかったのか、それとも裏切られたのかは判らなかったが。
自分と達也の支給品は優勝を目指すには難しそうなものだった。
でも、これで何とかするしかない。
必死で考えた功は例の作戦を思いついたのだった。
達也への説明は無論方便で、上手く残り2人になったら背後から撃ち殺して優勝するつもりだった。
しかし・・・
桃香が言った。
「面白い呼びかけだと思ったから、一寸様子を見に来たの。そうしたら、矢島君の後姿が見えたから接近しないで反対側に回って待ってたの。思ったとおりの結末ね」
功は桃香の手を見た。何も持っていないようだ。
素手で俺と戦う気なのか、この女。なめやがって。
「三条、何が言いたいんだ。この俺にぶっ殺されたいのか」
強がった功に、桃香は平然と答えた。
「私は貴方のような卑怯者は大嫌いなの。男なら堂々と戦って欲しいものね」
功は鼻で笑いながら言った。
「何を言ってるんだ、お前は。プログラムに反則はないはずだぜ。策略・裏切り何でもござれだ」
桃香の口調が少しきつくなった。
「貴方のような人には、絶対に優勝させるわけにはいかないわね。卑怯者が生き残っても、将来国のためにはならないしね。ここで、始末させてもらうわ」
功は笑い出したいのを堪えながら言った。
「口だけは達者だな、お嬢さん。言っておくが、俺は国の権威なんか気にしていない。総統なんか怖くない。総統の姪だからって、俺には関係ない。間違っても素手の女に負ける俺じゃない。覚悟しやがれ」
一瞬、目を閉じた桃香は、一度大きく深呼吸した後でしっかりと目を見開きながら言った。
「貴方は国の名において処刑するべき人ね」
功は少し焦っていた。
ぐずぐずしていると、達也を倒した雄三が来てしまうだろう。
それまでに、この女を片付けないと。
功は護身用に普段から携行している果物ナイフを取り出して、怒鳴りながら突撃した。
「うるさい。さっさと始末してやる」
冷静な功ならば、少しは勝つチャンスがあったかもしれない。
だが、焦りと桃香を軽視する気持ちが実力の半分も出させなかった。
ナイフを突き出した右腕を掴まれ、柔道の一本背負いのような技で投げられてしまい、ナイフも取り落としてしまった。
こ、こいつはただのお嬢さんじゃないのか。しまった、甘く見すぎた・・・
思ったときには遅かった。
ナイフを拾った桃香が、仰向けに倒れている自分の上に倒れこむように乗ってきた。
ナイフは見事に功の心臓を貫いていた。
クソッ! お、女に負けて死ぬのか、俺は。これなら、ボスに殺された方が良かった・・・
「単細胞に突撃してくれて助かったわ。私も矢島君と戦うのはもっと後にしたかったから、早く終わらせたかったの」
これが、断末魔の功に聞こえた最後の言葉となった。
男子4番 宇佐美功 没
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