BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
27
少女は落ち着かない様子で時計を見た。
既に午前10時を過ぎている。
出発して約10時間が経過したわけだが、いまだに待ち人の姿はない。
特に待ち合わせているわけではない。
といっても、自分の居場所は推測可能なはずであるし、彼が自分を裏切るとも思えない。必ず、自分に会いに来るはずだ。
だが、いくら慎重にこちらへ向かっているとしても、あまりにも遅すぎる。
まさか、最初の放送から今までの間に・・・
不安は募る一方だった。
そもそも、今まで自分が無事であること自体が、少々不思議だったりもするのだが。
彼女は目を閉じて神経を集中した。
感じる・・・ 彼の気配だ・・・
彼女、すなわち神乃倉五十鈴(女子7番)はドキドキしながら建物の外に視線を送った。
こちらに一歩一歩近づいていたのは、紛れもなく彼氏の鈴村剛(男子13番)だった。
五十鈴は、豊原町のみならず地域一帯でも有名な八幡宮の宮司の娘だった。
住居も神社内にあったため、五十鈴は父や神主や神子の仕事振りを見て育ち、いつしか神子に強い憧れを抱くようになっていた。
父はむしろ反対したのだが、中学に上がると同時に神子の仕事の見習いを始めた。
毎朝、登校前に境内の清掃をせねばならず、冬になれば暗いうちから竹箒を握る日々だった。
下校後も神楽の練習などで忙しく、学校の宿題等もあり、遊ぶ時間は全くと言って良いほどなかった。部活も塾通いも習い事も何も出来なかった。
それでも、神子の仕事に誇りを持っていた五十鈴は頑張り通し、先輩の神子たちの評価も上々であった。
そして、中1の冬休みが訪れた。
学校は休みだが、神社にとってはもっとも多忙な時期といえる。
年末は注連縄(しめなわ)や破魔矢の準備に追われ、新年を迎えれば初詣の人々への御札や破魔矢の授与に忙殺される。
普通の少女ならばいろいろ楽しめる期間なのだろうが、五十鈴は宿題を片付けるのも容易ではない状況だった。
元日を迎え、例年のことながら、境内はガードマンが人波を整理しなければならないほど、参拝者で溢れかえっていた。
当然ながら授与所の前も大混雑で、五十鈴は息をつく暇もなく初穂料を受け取っては破魔矢などを授与していた。
その中の一人にクラスメートの少年がいたような気がしたが、五十鈴は気に留めなかった。
2日、3日と、やや参拝客の出足は鈍ったものの、五十鈴は相変わらず多忙であった。
授与される参拝者の顔など殆ど見ている余裕はなかったが、元日に来ていた少年が3日連続で来ていたことだけは何となく認識できた。確信は持てなかったけれども。
4日にもなると流石に参拝客は激減して、五十鈴の仕事も少し楽になった。
そして、例の少年はまたもや姿を見せ、御札を授かっていった。ようやくのことで、五十鈴はその少年が普段全く交流のない鈴村剛であることを確認できた。
老人ならばともかく、少年が4日連続で参拝するなど、常識では考えにくい。
一瞬、五十鈴は剛が自分目当てで来ているのではないかと疑った。まさかそんなことはないだろうと否定したが、実は少々気になっていた。
5日になり、意識的に境内を観察していた五十鈴は、現れた剛の姿を素早く見つけた。
剛は拝殿には見向きもせずに真っ直ぐ授与所に向かってきて、他の神子の前が空いているにもかかわらず、五十鈴の前に並んだ。
この状況となっては、剛の目的が自分であることを認識せざるをえなかった。
五十鈴は敢えて剛とは視線を合わせずに御札を授けた。
ふと、立ち去る剛の後姿を見つめた。その背中には、幸せが満ち溢れているように感じられた。
その夜、五十鈴は剛のことを考えた。
殆ど会話したこともないが、わがままで勝手な男だというイメージがある。
普通ならば付き合いたいような相手ではないが・・・
眠れなくなった五十鈴は、無人の本殿に出かけて拝礼した。
祭神はホムタワケといい、実在したかどうかも定かではないようないにしえの大王だ。
その祭神に向かって、自分の採るべき道を問いかけた。
特に神託はなかったが、脳裏には昼間の剛の後姿が浮かんでいた。
自分に会えたことを純粋に喜んでいるイメージだ。邪心は感じられない。わがままに見えるのも、単に幼稚さが残っているだけかもしれない。
柱の陰などからコソコソと自分を観察していたというのならば論外だが、堂々と御札を授かりに来る態度には好感が持てた。
そして五十鈴は、ほのかな動悸を感じていた。今まで一度も経験したことのない感覚だった。
結局、剛は冬休みが終わるまで毎日欠かさず授与所に現れ、その度に嬉しそうに帰っていった。
敢えて五十鈴に話しかけては来なかったが、五十鈴はその熱意と清々しさに心を動かされつつあった。
冬休みが終わった翌日、下校した五十鈴が鳥居をくぐると、そこに剛が待っていた。
剛は五十鈴の目を見ながら、ストレートに言った。
「神乃倉さん。君が好きです。付き合ってください」
神子姿が好きだと言われたら拒むつもりもあったのだが、これならば・・・
でも、私は神に仕える身。条件だけはつけないと。
五十鈴は答えた。
「神子は無垢の乙女でなければなりません。ただの建前かも知れないけど、宮司の娘である私としては、それを守らざるをえません。だから、神子を辞して結婚するときまでは・・・ 納得してくれるかしら」
剛は大きく頷きながら言った。
「もちろん、君の立場を尊重させてもらうよ」
五十鈴は黙って頭を下げた。
こうして、2人の交際は始まったのだが、一緒にいられるのはほとんど学内だけだった。
それでも、五十鈴は十分幸せだった。
他の神子たちからは春が来たなと見抜かれてしまったし、間もなく父にも知れてしまったが、特に問題はなかった。
志望校も剛と同じで、前途は洋々だったのだが・・・
プログラムの説明を聞いている段階で、五十鈴は地図上の神社に注目していた。
神社に向かえば、剛はそれを推定できると考えた。いわば、無言の待ち合わせだ。
出発した五十鈴は、周囲に注意を払いながらも一直線にエリアB=6にある神社を目指した。
ようやく辿り着いた神社には運良く先客の姿はなく、五十鈴は拝殿の前に立った。
祭神を調べると、ホムタワケよりも古い大王のミマキイリヒコイニエとイクメイリヒコイサチが合わせて祀られているようであった。
ナンセンスだと判ってはいたが、五十鈴はクラス全員の無事を祈らずにはいられなかった。
それから本殿に上がって、剛の訪れを待ちわびていたのであった。
本殿にゆっくり上がった剛は静かに言った。
「待たせて悪かった」
何かの事情があるのかもしれないが、訊かずにはいられない。
「どうしたの? 私の居所は想像しやすいと思うけど」
剛は俯きながら言った。
「迷っていた」
五十鈴は目をパチパチさせた。
何を迷ったと言うのだろう。神社の位置は判りやすく、道に迷うとも思えない。
剛は続けた。
「君がここにいることは、勿論予想していた。でも、君と合流するかどうかを迷っていたんだ」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
何かの聞き間違いかとさえ思った。自分と合流することを迷うなんて・・・
私を疑っているのだろうか。まさか、そんなこと。
剛は俯いたまま言った。
「1人しか生き残れないんだよな、このルール。だから君と合流したところで、結局は一緒に生き残ることは出来ないんだよな。俺と君のどちらかあるいは両方が死ぬしかないんだよな。だったら、最初から一緒に行動しない方がいいんじゃないかって思ったんだ。一緒にいても虚しいだけのような気がして」
「そんな・・・」
思わず口走った。
一緒に生き残れないのは周知の事実。ならば、最期の時まで一緒に過ごすのが恋人なのではなかろうか。
剛は続けた。
「しばらく考えた。そして結局、君と行動することにした。どちらかがどちらかの最期を看取るべきじゃないかと思ったんだ」
五十鈴は黙って頷いた。
だが突如、剛はデイパックから拳銃を抜き出して言った。
「そして、俺は決意したんだ。こうなったら、やるだけやろうじゃないかと。もう、やけくそだよ。普通に生活していたら殺人なんてする機会はないだろう。どうせ死ぬんだ。普段やれないことを思い切りやって死のうぜ」
五十鈴は唖然とした。
この場に及んで、わがまま男の本領が発揮されようとしているのだ。
御神体の方に深く頭を下げながら言った。
「神に仕えている私が、そんなことに同意できるわけないじゃない。物騒なものは引っ込めて、最期の時までここで祈ろうよ」
剛は顔を赤らめながら言った。
「何だって? 坐して死を待てと言うのかい? 俺はそんなことは嫌だ。俺の運動神経で優勝なんか出来ないことは解っている。でも、最後まで悪あがきしたいんだ。解るだろ、この気持ち」
剛の気持ちは理解できなくもない。でも、自分としては剛にそんな行動には走ってもらいたくない。
じっと剛の目を見た。
落ち着きなさそうだった剛の視線が急に虚空を睨んで定まった。そして重い口調で言った。
「仕方ない。ここはまず、この手で君の命を貰うことにしよう。他の誰にも君の命は渡したくないからね」
剛は静かに銃口を五十鈴に向けた。
不思議に怖くなかった。
プログラムの宣告を受けた時点で既に覚悟は出来ている。現世から神の世界へ移住するだけのことだ。恐れることなど何もない。
自分はどうでもいい。でも、剛を何とかしたい。
剛を見詰めたまま言った。
「私の命が欲しいならいつでもあげる。でも、お願いがあるの。殺すのは私だけにしてほしいの」
剛は吐き捨てるように言った。
「何を言ってるんだよ。君の命だけ貰うわけにはいかないぞ。斃れるまでの間に、出来るだけたくさんの命を奪ってやるんだ。それくらいしなければ、悔しくて死ねないよ」
五十鈴は負けずに言った。
「気持ちは解るわ。でも、それでいいの? それで、後悔しないの? 人間としての誇りは傷つかないの?」
剛は無言だった。銃口が僅かに震えていた。
五十鈴は畳み掛けた。
「剛には後悔しない生き方と死に方をして欲しいの。死の瞬間に自分を振り返った時に、満足できるような行動をして欲しいの。やけくそで殺戮なんかしたら後味悪いだけだと思うの。もう一度、考えて・・・」
「うるさい!」
剛は怒鳴りつけてきた。
銃口を五十鈴の額に押し付けながら続けた。
「御託ばかり並べやがって。さっさとぶっ殺してやる」
五十鈴は目を閉じながら答えた。
「わかったわ。剛の好きなようにしていいわ。でも、ちょっと待ってね。神社を私の血で穢すわけにはいかないわ。鳥居の外まで行きましょう」
剛は承諾の意思表示をした。
2人は本殿を後にして、拝殿を通って外に出た。側には御札授与所が立っている。
足を止めた五十鈴は微笑みかけながら言った。
「懐かしいわね。去年のお正月」
剛は無言で授与所を見詰めている。
五十鈴は続けた。
「毎日、来てくれたよね。私に会うために」
剛の表情が僅かに柔和になったように見えた。これが、剛を翻意させるラストチャンスだろう。
五十鈴はかみしめるように言葉を重ねた。
「嬉しかったな、あの時。私をあんなに一途に想ってくれる人が現れたってことが。あの時の剛は、とても男らしくて素敵だった。輝いていた・・・」
突如、剛の手から拳銃がこぼれ落ちた。
剛はそのまま五十鈴を抱きしめた。
「ゴメン、五十鈴。俺はどうかしていた。俺に君を殺せるわけないじゃないか。そんなことしたら、俺は俺でなくなってしまう。どうなるか判らないけど、とにかく最期まで一緒にいよう」
いつの間にか、五十鈴の両のまなこからは、涙がとめどなく溢れ出していた。
泣きじゃくりながら答えた。
「そうよ。それでこそ、私の愛した人よ」
剛は静かに銃を拾いながら口を開いた。剛の目にも涙が滲んでいる。
「神社にいるのは目立つからよくない。少し移動しようぜ」
五十鈴は無言で頷いた。
2人は、陽に照らされた神社をゆっくりと後にした。
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