BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
28
エリアE=6の山中をキョロキョロしながら歩き回っていたのは坂東美佐(女子16番)であった。
出発してから、美佐はずっと矢島雄三(男子20番)を探し続けていたのだが、いまだにめぐり会えなかった。
少し疲れを覚え始めた美佐の目は、前方の岩陰に1人の女子が立っているのを見つけた。
美佐は気配を殺しながら近寄った。
どうやら女子は川崎愛夢(女子8番)のようである。
あの子なら、素手で十分ね。悪いけど、命と武器を頂くわよ。
美佐は自分に気合を入れながら、さらに接近した。
美佐は下町のゲームセンターの娘だった。
父は元ヤクザだったし、店にも素行の悪い少年少女がたむろしている状態だったので、美佐も自然と同類になってしまっていた。
そして、近所には同じく不良の溜まり場になっているお好み焼き屋があり、そこの娘である吉崎摩耶(女子21番)とは、小学生時代から親友であった。
冬でも高校生のようなミニスカートとルーズソックス姿で登校し、周囲から眉を顰められていたが、本人たちは全く意に介さなかった。
変質者に狙われたこともあったが、摩耶と2人で見事に撃退して、近隣で評判になったこともあった。
中学に上がってからは、宇佐美功たちの男子グループと意気投合し、5人で遊び歩くようになった。
周囲からは完全に浮いた存在になりつつあったが、美佐は十分幸せだった。
中2になって、雄三が転校してきた。
功たちの誘いに乗り、雄三をぶちのめそうとしたのだが、雄三は恐ろしく強く、瞬く間に自分以外の4人は意識を失って倒れてしまった。
5人の中で一番弱い自分には、何もできそうになかった。
戦意を喪失した美佐は呆然として一歩も動けなかった。
雄三に対する恐怖と、そのあまりの強さに対する憧れが混在した妙な気分だった。
雄三がゆっくりと美佐の方に向き直り、拳を握り締めるのが見えた。
このまま突っ立っていれば、次の瞬間にはあの拳が自分の水月に突き入れられるであろう事は十分に予想できた。
といって、逃げるのも難しいと思われた。
痛い目には遭いたくない。それに、この人カッコいい・・・
美佐は反射的に土下座していた。口が自然に動いていた。
「参りました。あたしたちの負けです」
美佐の目前まで歩を進めた雄三が、重い口調で言った。
「君は自分だけ痛い目に遭いたくないという卑怯者なのかい?」
半分図星なので辛いところだが、美佐は辛うじて答えた。
「そうではありません。矢島さんの強さに心底敬服したんです。こんな強い方に巡り会ったのは、はじめてなんです」
美佐は上半身だけを少し起こして、角度を微妙に調節した。
雄三が自分を見下ろしていれば、セーラー服のたるみから胸の谷間が見えるように。
自分のスタイルの良さはクラスでも有数だ。雄三も男なのだから、少しは効果があるのではないかと期待した。
だが雄三は全く動じていない様子で言った。
「顔を上げて俺の目を見ろ」
美佐は言われたとおりにした。
既に美佐の心は雄三に対する憧れに完全に支配されていた。
雄三が単なる強いだけの乱暴者ならば、土下座していても蹴りを入れられて倒される結果になったであろうから。
しばらく無言で見詰めあった後、雄三は口を開いた。
「いい目をしているな。嘘を言っているようには見えない。君のような子に敬服してもらえて光栄だな」
美佐は一度頭を下げた後、ゆっくりと立ち上がった。
雄三は懐からメモ用紙を取り出して何かを書くと、破りとって美佐に手渡した。
見ると携帯の番号のようだった。
嬉しくなった美佐は、普段から用意してある自分の番号を書いたメモを取り出して、雄三に手渡した。
雄三が静かに言った。
「仲間は大事にした方がいい。行動に気をつけなよ」
美佐は大きく頷いた。
「それじゃ、俺は帰るからな」
雄三は美佐に背を向けてゆっくりと歩き始めた。
美佐は、その背中を頼もしげに見詰めた。頬が赤くなっているのを自覚できるほど上気していた。
立ち去りかけた雄三が、数歩進んだところで立ち止まって振り返った。
きょとんとした美佐に雄三は言った。
「念のために言っておくけど、気絶している芝居をしておく方がいいと思うよ。傷がないのだから、首を絞められたことにでもするといい」
それだけ言うと、雄三は再び歩き始めた。もう、振り向くことはなかった。
美佐は雄三に感謝していた。
今のアドバイスがなかったら、美佐は覚醒した功たちに問い詰められて困窮する結果になったであろうから。
それからというもの、美佐は功や摩耶たちとは今までと同じように付き合いながらも、毎晩のように雄三に電話をしていた。
2人でデートするわけにいかないのが残念だったが、美佐は十分幸せだった。
高校進学についても、表向きは功たちに同調していたが、密かに雄三と同じ高校を狙っていた。
それが露見した際には、功たちに袋叩きにされる覚悟も出来ていた。
しかし、その前にプログラムという大きな壁が立ちはだかった。
出発する功が何やら集合場所の合図らしき行為をしていたが、雄三についていくと決めていた美佐は合図を無視した。
学校付近で雄三を待つ方法も無いではなかったが、2人の間には古河千秋(女子17番)とか百地肇(男子18番)といった不気味な生徒が入っている。少々、厄介だと思われた。
やむなく美佐は、会場内でゆっくりと雄三を探すことにした。
デイパックから出てきたものはフグチョウチンという役立たずだったが、美佐は気に留めなかった。
雄三はどんな武器よりも頼もしい存在だからだ。要は雄三に会うまでは戦闘を避ければよいわけだ。確実に勝てそうな相手以外とは。
雄三と合流すれば、誰にも殺されるような気はしなかった。無敵だと思えた。
その間に、脱出の方法でも見つかればベストだと考えていた。
そして脱出策のないままで、生存者が雄三と2人だけになった場合には、潔く雄三に殺してもらう覚悟をしていた。
それ以前に、雄三が自分を裏切って殺す可能性もないわけではないのだろうが、雄三にならば殺されても悔いはないというのが美佐の決意だった。
目の前の愛夢は、素手で十分勝てそうな相手だ。
周囲を確認したが、他の生徒はいないようだ。
無用な戦いは避けるべきではあるのだが、カモをわざわざ見逃す必要もないだろう。
倒して、使える武器でも入手できれば儲けものだ。見たところ、何も持ってはいないようだけれど。
足音を立てないようにゆっくり近づく。
そのまま背後から首に腕を巻きつければ勝ちだ。
愛夢の腕力ならば、振りほどかれる心配はない。確実に絞め殺すことが出来る。
いつのまにか愛夢の右手が体の前の方に移動して美佐からは見えなくなっていたが、美佐は気にしなかった。
あと一歩で、首に手が届く。あと一歩だ・・・
そこで、突如愛夢が振り向いた。
今頃感づいても遅いわよ。
美佐はそのまま愛夢に飛び掛った。
が、すぐに仰け反って倒れる結果となってしまった。
腹部に激痛がして血が溢れ出している。
な、何なの一体・・・
愛夢のほうを見ると、手には鮮血に染まった刃物を握っている。
そして、その表情は自分の知っている愛夢とは全く異なっていた。
思わず、口走った。
「あ、あんた、ひょっとして来夢?」
愛夢、いや愛夢に化けている川崎来夢(女子9番)はニヤリとしながら答えた。
「ご名答。あまりにもソロソロと近寄ってくるから、ロクな武器は持ってないと思って待ち構えてたの。愛ちゃんだと思って油断しなければ勝てたでしょうに、残念ね」
しまった・・・ 罠にかかってしまった。
でも、冗談じゃない。こんな子に殺されてたまるもんですか。
あの刃物を奪えば逆転できる・・・
美佐は最後の力を振り絞って来夢の右腕を蹴り上げた。
刃物は来夢の手から放れて、美佐のすぐ脇に転がった。
チャンス・・・
美佐は刃物に飛びつこうとした。が、次の瞬間には背中に激痛が走った。急激に呼吸が苦しくなる。肺を切り裂かれたようだ。
何とか刃物を握ったが、もう立つことはできそうになかった。
背後から来夢の声がした。
「愛ちゃんの懐剣の他に、民家から包丁を持ち出してあるの。武器が1つと思ったら大間違いよ。さ、とどめを刺させてもらうわね」
逃げねば・・・
と思ったが、とても動けない。
首筋を切り裂かれる感触と共に、鮮血が噴出するのを自覚した。
雄三君・・・ もう一度、会いたかった・・・ まさか、来夢なんかに・・・ 悔しい・・・
美佐の生命活動が完全に停止するのに数分とはかからなかった。
女子16番 坂東美佐 没
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