BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


29

 エリアG=7の森の中、那智ひとみ(女子14番)は憔悴して彷徨っていた。
 表情には全く精気がなく、視線もドロンとしている状況だった。
 誰か適当な話し相手でも見つかれば、少しは慰められるのではないかと思っていたひとみの目は、大木に背を預けている一人の少女を捉えた。
 接近してみると、どうやら
佐々木奈央(女子10番)のようだった。
 特に親しいわけではないが、少なくともやる気になるとは思えない人物だ。
 喜んだひとみは、奈央に話しかけようと近寄った。
 
 先刻、絶対的に信頼していた彼氏の平松啓太が、言語道断な理由をつけて自分を殺そうとした。
 それによるひとみの精神的なショックは、はかりしれないほど絶大なものだった。
 早い段階から、もし心中を提案されれば従う覚悟は出来ていた。
 2人で生還できない以上は、自分だけ生き延びても無意味だとさえ思っていた。
 だが、啓太はひとみよりも平松家の家名を選んだのだった。
 信じられなかった。プログラムに参加させられたことよりも、もっと信じられなかった。
 そして、そんな理由で殺されるのは絶対に御免だった。
 正に百年の恋も冷める気分だった。
 どうにか啓太から逃れたひとみは、もう誰も信じる気はなかった。
 啓太でさえ、自分を殺そうとしたのだ。他のクラスメートを信じられるはずもない。
 ひとみは出来る限りのところまで、1人で生き抜いてみせようとの決意を固めつつあった。
 ところが、早朝の放送で啓太の名前が死者として告げられた。
 啓太に関して憎悪にも似た気持ちを抱きかけていたひとみだったが、現実に啓太の死を突きつけられると動揺は隠せなかった。
 あの時の状況から考えて、啓太が自殺するとは思えなかった。
 自分に逃げられた程度で、あの決意が揺らぐとは到底考えられないからだ。
 とすれば、啓太は誰かに殺されたことになる。
 そういえば、啓太から逃れる時、第三の人物の気配を感じたような気がした。
 確認する余裕は全くなく、一目散に逃走してしまったのだが、啓太はその人物に殺されたのかも知れなかった。
 思い出すと、銃声のようなものが聞こえたような気もしてきた。
 急に不安が募ってきた。
 もし、そのような人物に遭遇すれば、自分などたちまちのうちに血祭りに上げられてしまうような気がしてきた。
 先程までの決意はどこへやら、死の恐怖が的確にひとみを押し包んでいた。
 もう、どうしてよいのやら解らず、誰かに助けを求めたくなっていた。
 自殺した方が楽になるような気もしたが、命への未練の方が僅かに勝っていた。

 ひとみは奈央に声をかけようとした。
 だが、ひとみの姿を見た奈央は、一瞬表情をこわばらせた後、ひとみにとって意外なことを言った。
「ひとみ、これ以上近寄らないで」
 ひとみは呆然とした。
 明るくてお人よしの奈央がこのような事を言うなど、全く想像していなかったからだ。
 ひとみは両手を広げながら答えた。
「どうして? あたしは武器なんか持ってないし。話を聞いてよ。あたしは、ただ怖いだけなの」
 奈央は、少し震える声で即答してきた。よく見ると、手には拳銃らしきものが握られている。
「平松君はどうして死んだの? 説明してよ」
 雷で打たれたようなショックだった。
 あ、あたしが疑われている。啓太を殺したのが自分ではないかと疑われている・・・
 考えれば、無理もないことだ。
 啓太と自分の関係はクラスの誰もが知っている。
 出席番号が隣り合っているので、確実に合流できていると思われているはずだ。
 そして、放送で啓太だけの死が告げられている。
 最も啓太を殺しやすい立場にあるのは、誰が考えても自分だろう。
 自分が疑われる可能性があることを全く失念していたことに呆れながらも、ここは奈央に信じてもらわねばならない。
 何とか言葉を紡ぎ出した。
「解らないの。でも、啓太はあたしを殺そうとしたの。あたしは逃げ出しただけ。その後で殺されたのだと思うけど、誰になのかは解らない。本当よ、本当なの。信じて、お願い」
 誰かに襲われて、啓太とはぐれてしまったと話したほうがもっともらしいということは解っていた。
 だが、嘘はつきたくなかった。
 嘘を言えば必ず見抜かれるような気がしたからだ。
 だから、正直に言った。これで信じてもらう他はない。
 奈央は眉を顰めながら答えた。
「まさか、平松君がひとみを襲うなんて考えられない」
 この反応は予想の範囲内だ。
「あたしだって信じられなかった。今でも信じられないくらいよ。でも、本当のことなの」
 必死の思いが通じたのだろうか。奈央が拳銃を懐に戻すのが見えた。
 一安心したひとみはゆっくりと奈央に近寄ろうとしたのだが・・・
「待ちな!」
 突如、聞こえた大声にひとみの足は硬直した。明らかに奈央の声とは違う。
 奈央が背を預けていた大木の後ろから徐にもう一人の少女が現れた。
 厳しい視線をひとみに浴びせている少女は、転校生の
甲斐琴音(女子5番)だった。
 呆気に取られているひとみに、琴音が話しかけてきた。
「悪いけど、あんたを信用するわけにはいかない。すぐに立ち去ってくれれば何もしないけど、これ以上近寄るならば命の保証はできないよ」
 琴音とはまだ一度も話したことがなく、どんな人物なのかサッパリわからない。
 だが、奈央と同伴している以上、危険人物ではないだろう。
 何とか説得せねば。
 ひとみは土下座しながら言った。
「何といわれても、啓太を殺したのはあたしじゃないの。あたしは、やる気じゃないの」
 しかし、琴音は冷たく答えた。
「状況から考えたら、あんたを疑わざるを得ないよ。それとも、自分じゃないことを証明できるかしら」
 それは無理な相談だ。証明などできるはずもない。
 何気なく奈央に視線を送ると、琴音に何事か話しかけているようだった。
 だが、琴音が首を振っているのが見える。
 どうやら、奈央は自分の事を取り成そうとしてくれているのだが、琴音が拒否しているようだ。
 ここは、ひたすら頼み込もう。それしかない。
「甲斐さん、お願い。信じて。あたしは放送を聞くまで、啓太が死んだことさえ知らなかったの。嘘じゃないの」
 必死の思いで、言葉を繋いだ。
 だが、琴音の表情と口調は変わらない。
「言っておくけど、あんたを全面的に疑ってるわけじゃないの。正直、五分五分だと思ってる。でもね、この状況においては1つの判断ミスが致命的になるの。それも、取り返しがつかないような結果を招きかねないの。騙されてからでは、手遅れなのよ。だから、絶対の自信を持てないような選択は出来ないの。命がかかっているのだから、わざわざ危険な橋を渡りたくはないわけよ」
 もう、どうしてよいのか判らなかった。
 自分を信じてもらえそうな根拠は何もない。
 琴音の言っていることは十分理解できるので、琴音を恨むことも出来ない。単に琴音は慎重なだけなのだから。
 琴音の声が聞こえた。
「さぁ、そろそろ立ち去ってもらえないかしら。さもないと、佐々木さんの銃を借りてあんたを撃つわよ」
 冗談を言っているとは思えない。
 このままでは、本当に殺される結果になるだろう。
 もはや、いかんともしがたい。
 ひとみは立ち上がると、琴音と奈央に背を向けて走り出した。
 走りながら、涙が溢れ出してきた。
 もう、自分は誰にも信じてもらえないのだろうか。
 このまま、一人淋しく死んでいくしかないのだろうか。
 誰でもいい。誰か、あたしを信じて欲しい。
 どれだけ走ったことだろう。前方に男子生徒の姿を見つけて、思わず手近な木の陰に飛び込んだ。
 当然、自分の足音は相手に聞こえているだろう。少し無防備過ぎたか・・・
 男子が話しかけてきた。
「隠れても無駄だよ。那智さんだろ。隠れる前に確認できたよ」
 バレバレでは、隠れている意味がない。
 ひとみは、そっと顔を出した。
 男子の顔を見て、思わず体が震えた。男子は
蜂須賀篤(男子14番)だったのだ。
 やや恐い感じのする転校生だ。逃げた方が良いのだろうか。
 だが、篤は意外なことを言った。
「彼氏が死んでたよね。でもその様子だと、殺したのは君じゃなさそうだね」
 ひとみは嬉しくなった。自分を信じてくれそうな人物が見つかったのだから。
 ワクワクして話しかけた。
「そうなの。啓太に殺されそうになって、あたしは逃げただけなの。誰が啓太を殺したかは知らないの。信じてくれる?」
 篤は朗らかに答えた。
「あぁ、信じるよ」
 天にも昇るような気持ちだった。やっと、信じてもらえたのだから。
 ひとみは満面の笑みを浮かべて篤に駆け寄った。抱きついてもいいとさえ思った。
 だが、目前に迫ったところで、ひとみは全身を強張らせる結果となった。
 なぜなら、篤が手に持っていた大型の銃のようなものを自分に向けて構えたからだ。
「え? な、何なの? あたしを信じてくれるんじゃなかったの?」
 思わず口走ったひとみに、篤は酷薄な笑みを浮かべながら答えた。
「信じてるよ、君を。でもね、申し訳ないが俺は君を殺すつもりなんだ。最初からね」
 そ、そうか。相手が自分を信じるかどうかだけでなく、相手が信用できる人物かどうかも考えなきゃいけないんだった。
 しまった・・・ 信じてもらえた嬉しさのあまり、何も考えなかった。
 恐怖と後悔で口も開けないひとみに、篤は機械的な口調で言葉を重ねた。
「恨むなら、無警戒すぎた自分を恨みなよ」
 同時に篤の手元で火花が散り、ひとみの体は宙に深紅の軌跡を残しながら後方にはじけ跳んだ。
 ブラックアウトしたひとみの意識は、そのまま永遠に回復することはなかった。

女子14番 那智ひとみ 没
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