BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


30

 まばゆい太陽が南中しようとしていた。
 間もなく政府の放送が始まるだろう。
 時計を確認しながら、
細久保理香(女子18番)はメモの準備をした。
 午前6時から今までの間には、銃声らしきものは1度しか聞こえていない。
 おそらく、死者は少ないだろう。
 放送終了後、
大河内雅樹(男子5番)今山奈緒美(女子3番)たちを本格的に探すつもりにしていた。
 できるだけ死者が少ない段階で、雅樹たちと合流して脱出策を練らなければならない。
 自分には何のアイデアもないのだが、雅樹たちならばきっと何かを考えてくれると信じていた。
 脱出策を見つけない限り、自分たちのクラスは1人を除いて全滅する運命になってしまう。
 当然ながら、自分も死にたくはない。
 この若さで、人生に終止符を打つなんて冗談じゃない。
 と同時に友人たちが斃れるのも理香には耐えられないことだった。

 水窪恵梨のパンチで息が詰まってしまった理香は、動けるようになるとすぐに恵梨の後を追ったのだが、残念ながら見つけることは出来なかった。
 そこで理香は元の場所へ戻って、恵梨の帰りを待つこととした。
 下手に探し回るよりも、動かない方が再会の確率は高いと判断したのだった。
 恵梨も目的の
岸川信太郎(男子8番)を発見できなければ、理香のところへ戻るしかないわけであるし。
 理香は周囲への警戒を続けながらも、ひたすらに恵梨の帰りを待った。
 だが、数時間を経ても恵梨は戻らなかった。
 やはり信太郎はやる気になっていて恵梨を殺したのだろうか。
 それとも、恵梨はまだ信太郎を探し続けているのだろうか。
 あるいは、単に道に迷って戻れないのだろうか。
 憶測と不安が脳内に渦巻く。
 そして、恵梨を待つのは次の放送までと決めた。
 冷酷なようだが、いつまでも恵梨のことだけを考えているわけにはいかない。
 それに単独行動はどう考えても危険だ。
 信頼できる者と行動して交代で仮眠などをとらないと、体力が尽きてしまいそうだ。
 頭の中で恵梨に謝りながら、理香は放送を待っていたのだった。
 そういえば、待っている間に山頂の方向から北浜達也と宇佐美功の声が聞こえた。
 集まって脱出を検討しようとの内容だったが、さすがにこの2人を信用する気にはなれなかった。
 従えば危険と判断して、理香は呼びかけを無視していたのだった。

 放送は定刻どおりに始まった。
“皆さん、元気に頑張っておられることと思います。担当官の鳥本美和です。正午の放送です。しっかり耳を傾けて下さいね。まずは、今までに亡くなられた方のお名前を亡くなった順番に申し上げます。
女子19番 水窪恵梨さん男子9番 北浜達也君男子4番 宇佐美功君女子16番 坂東美佐さん女子14番 那智ひとみさん 以上5名の方々です。ご冥福をお祈りいたします”
 恵梨の名前を聞き、理香の頭は一瞬空白になりかけたが、放送終了まで正気を失うわけにはいかなかった。
 禁止エリアの聞き逃しだけは絶対に避けねばならないからだ。
“続いて今後の禁止エリアを発表いたします。まずは午後1時からE=7です”
 今いる場所の西隣。信太郎と恵梨が向かったエリアだ。
“続いて午後3時からD=1です”
 会場の西の端だ。
“最後に午後5時からG=9です”
 東南の海に近い地域だ。
“では、印藤少佐が何かを言いたいそうですので、マイクを代わります”
 予想外の言葉の後で、耳障りな声が聞こえてきた。
“印藤だ。お前ら、ペースが遅すぎだ。もっと積極的に殺していけ! 仲間を作ってる奴が多いようだが、生還できるのは1人だけだということを忘れてるんじゃないのか。担当官が大人しいからって、手を抜くんじゃないぞ。分かったな!”
 怒鳴り声とともに唐突に放送は終わった。
 放送を聞く度に怒りの念が渦を巻く。
 必ず大勢で生還して、あんたたちに煮え湯を飲ませてあげますからね。
 だが、怒りがそれ以上に膨らむ前に、理香は恵梨のことを思い出してうなだれた。
 恵梨を殺したのは信太郎なのだろうか、それとも・・・
 恵梨はかなり無警戒に信太郎を追ったように見えたので、やる気の者に見つかれば簡単に仕留められてしまったであろうと思われる。
 自分から先に恵梨を殴ってでも、引きとめるべきだったのではないかと悔やまれた。
 恵梨の死には、自分の責任が何割かあるように思われて、とても辛かった。
 だが、そこで理香は自分を奮い立たせた。
 自分が生き残ってこそ、恵梨の供養が出来ると考えた。
 自分も死んでしまったら、あの世で恵梨にあわせる顔がないと思った。
 今は生き延びることが全てなのだ。
 少し落ち着いた理香は、他の死者のことも考えた。
 先程の呼びかけをした2人を含めて、不良グループが3人も含まれている。
 呼びかけが、やる気の者を呼び出して裏目に出てしまったのだろうか。
 あるいは、グループ内で殺し合いをしたのだろうか。
 呼びかけで集まった者を殺すつもりだったのが、何かの理由で内輪もめを引き起こせば、ありえそうなことだ。
 一番強いはずの
矢島雄三(男子20番)の名前がないのは、この推定を後押しするだろう。
 雄三と他の4人の関係はあまり良好には思われなかったし。
 ただ、
吉崎摩耶(女子21番)の名前がないのは少々不自然ではあるのだが。
 いずれにせよ、自分が呼びかけに応じなかったのは正解だったようだ。
 そして、那智ひとみの名がある。
 彼氏の平松啓太と共に何者かに襲われたひとみが、遂に力尽きたのだろうか。
 はたまた、別の誰かに襲われてしまったのだろうか。
 他にもいろいろな可能性がありそうで、考えてもキリがなかった。
 放送が被害者の名前しか告げない理由を、何となく理解できたような気がした。
 生徒たちをますます疑心暗鬼にさせるのが主な目的だろうと思われた。

 理香は木立の中を、ゆっくりと北方へ移動を開始した。
 言うまでもなく、周囲には十分すぎるほどに気を配っていた。
 
百地肇(男子18番)のような危険人物に遭わないで、目的の人物にだけ会うためには、常に自分が先に相手を発見する必要がある。
 まずい相手ならば隠れれば良いわけだ。
 普通に歩くのと比べて数倍疲労してしまうが、油断は落命に繋がるのだから頑張るしかない。
 そして、理香は木々の間を移動するセーラー服姿の人物をいち早く発見したのだった。
 気配を殺しながら近寄った。相手が誰なのか確認するまでは気付かれないのがベストだ。
 と同時に第3者への警戒を怠ることも出来ない。
 ゆったりと歩いている女子は、髪型から判断すると、どうやら吉崎摩耶のようであった。
 正直なところ、かかわらない方が無難と思われる人物だ。ただ、摩耶にしては歩き方に元気がない。
 理香は足を止めて、息を潜めようとしたが、不覚にも小石を蹴飛ばして音を立ててしまった。
 摩耶が鋭い視線をこちらに向けた。
 みるみる自分の表情が引き攣るのが自覚できる。逃げるべきか、それとも・・・
 摩耶が話しかけてきた。
「怖がらなくていいよ、理香。美佐たちに死なれて落ち込んでるだけだから、あたしは」
 摩耶が仲間に死なれたのは事実だが、この言葉は自分を油断させるための計略かもしれない。
 理香は再度、周囲を確認した。少なくとも矢島雄三がいる様子はない。摩耶も1人なのだろう。
 だが、美佐たち3人を殺したのが摩耶である可能性も否定は出来ない。
 理香が黙っていると、摩耶は続けて言った。
「功たちの呼びかけを聞いて、少し時間を置いてから様子を見に行ってみた。達也が展望台で、少し離れたところで功が死んでいた。美佐は見つけられなかったけど、放送で死んでいることが判った。あたしは3人の敵は討ちたいけど、それ以外の人を殺したいとは思わない。まさか理香が3人を殺したとも思えないし・・・ だから、怖がらなくていいよ」
 普段の摩耶とはまるで違う態度だった。
 演技のようにも見えるが、真実かもしれない。
 どうにも判断できなかった。
 だが、信じるべき者を信じないことよりも、信じるべきではない者を信じてしまうことの方がリスクは大きい。
 判断ミスは、確実に死に繋がる。
 脚力は摩耶よりも自分の方が数段上だ。腕力では到底敵わないが。
 もし、摩耶が自分を攻撃しようとして向かってきても、十分逃げ切れる間合いだった。
 そこで理香は、もう少し摩耶の様子を見ることにした。
 なおも言葉を発しない理香に、摩耶は穏やかに話しかけた。
「そうだよね。あたしを信じるなんて無理だよね。じゃあね。お互い、頑張って生き延びようね」
 摩耶は、そのまま海の方向へゆっくりと去っていった。
 淋しそうに肩を落とした摩耶の背中を、理香はいつまでも無言で見送っていた。


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