BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
31
エリアA=1は会場の西北の端に該当する。
浜辺に松林という美しい景色だが、会場の境界を示す有刺鉄線がその景観を損ねている。
直射日光を避けるように、松の木陰に立っていた阿知波幸太(男子2番)は、正面から堂々と歩いて接近してきた古河千秋(女子17番)をにらみつけた。
「定められたことは、行われなければならない。悪いけど死んでもらうわよ」
刃物を抜き放ちながら千秋が言った言葉に対し、幸太はニヤリと笑い返した。
幸太は活発で勝気な少年だった。
だが、所属するサッカー部の部員がこのクラスには自分1人だったため、親しい友人は他のクラスばかりだった。
普段から休み時間には2組や3組に行って遊んでいる状態で、1組では浮いた存在になっていた。
しかし、2年生のマネージャーである石原久美とカップル同然の関係になっていて幸せだったこともあり、幸太はそれを苦にはしていなかった。
だが、プログラムというのは彼にとってまずい条件だった。
参加しているのは自分のクラスだけなので、親しい者は誰もいない。
従って、一緒に行動できるような信頼できる相手などいるはずもない。
宣告を受けたときから、単独行動を予定したのは当然だった。
半分虚勢だったが、元気な言葉を残して出発した幸太は真っ直ぐにこのエリアを目指した。
単独で長時間生き抜くためには、出来るだけクラスメートとの遭遇機会を減らしたいと考えていたので、会場内の僻地にいるほうがよいと判断した結果だった。
海岸に到着した幸太は、デイパックを開いた。
積極的な殺人をする意志はないが、襲ってくるものは遠慮なく返り討ちにするつもりだった。
だから使える武器が欲しかったのだが、幸太は顔を顰める結果となった。
なぜならば出てきたものは、テレビ番組の変身ヒーローが使っているような巨大で派手なブレスレットだったからだ。
デパートのオモチャ売り場などで、幼児が親にねだるような代物である。サイズだけは中学生用になっているが。
これでは返り討ちどころか防具にもならない。
幸いにも体力と腕力は並以上なので、自分の体を武器にして持ちこたえるしかないと覚悟を決めた時、幸太はデイパックの底に1枚の紙切れを見つけた。
読んでみると、このブレスレットの説明書のようだった。
こう書かれていた。
“これは、特殊アイテムで巻き添えブレスレットと呼ばれています。
貴方の右手首に装着してロックすると作動をはじめます。
一度ロックすれば、外れてしまうことも他人が外すことも出来ませんので安心です。もちろん、貴方が優勝された際には本部の方で外す方法がありますのでご心配なく。
さて機能ですが、サーチしている貴方の脈拍が検出できなくなった時、すなわち貴方が亡くなられた際に大爆発するというものです。威力は首輪の数十倍で、手榴弾数個に該当するとご理解ください。
つまり、貴方が亡くなった時に周囲の方を巻き添えにするブレスレットなのです。貴方を殺した方も涅槃に旅立つことでしょう。
すなわち、自動的に貴方の敵をとってくれる素晴らしいアイテムなのです。
これで、貴方は犬死する心配はありません。誤作動することもありませんので、安心して優勝を目指してください”
読み終えた幸太は思わず説明書を破り捨てた。
どうにもならないほどの怒りが込み上げてきた。
ふざけるな。勝手に敵を討ってくれるアイテムだとっ。
自分が死んじまったら何にもならないじゃないか。
持ち主が死ななければ発動しないなんて、何の役にも立つものか。
政府はどこまで腐っているんだ。
幸太はブレスレットを投げ捨てたい気分だったが、衝撃で爆発する危険があることに思い至って踏みとどまった。
といって、このまま持っている気にもならない。
少し考えた末、ブレスレットを地面に埋めることにした。
木の枝などを使って穴を掘り、ブレスレットを埋め、再び地面をならした。
ホッとして埋めた場所から少し離れようとした。
だが、数歩進んだところで、幸太は足を止めた。
あるひらめきが幸太の脳内に舞い降りたからだ。
そうだ。別の使い方があるじゃないか。
衝撃を与えないように慎重にブレスレットを掘り出し、右手首にしっかりと装着した。
これでよし。
黙っていても笑いが込み上げてきていた。
千秋が言った。
「これから死ぬってのに、何がおかしいのかしら。幼稚園児のオモチャなんか持ってるなんて、頭がおかしくなったんじゃないの?」
幸太は自信満々に答えた。
「やれるものならやってみろ。お前も死ぬことになるぞ」
千秋は眉を顰めながら答えた。
「何言ってるのよ。こけおどしなんか通用しないわ」
幸太は、黙って右手首を胸の前に持ってきた。
ブレスレットに刻まれている政府の桃のマークが千秋には良く見えるはずだ。
目を丸くした千秋が言った。
「え? それ、支給品なの?」
幸太は大きく頷きながら答えた。
「そういうことさ。これは、俺が死ぬと大爆発する。つまり、お前も死ぬってわけだ。どうだ。それでも、俺を殺すか。お前の神様はそんな運命をお定めになっているのかい?」
しばらく無言で幸太を睨んでいた千秋は、突如踵を返して走り去った。
その後姿を見送りながら幸太はガッツポーズをした。
大成功だぜ。こうして脅していけば誰も俺を殺せやしない。
自分が死ぬとわかってまで、俺を殺す奴なんかいるはずがない。
これで、俺は不死身だ。適当な武器を入手できれば優勝も可能かもしれないぞ。
半分諦めていたけれど、これでまた久美に会える可能性も出てきたぞ。
このブレスレットは、こうして使うべきなんだ。政府の連中も、こんな使い方は想定していないだろうな。
何て俺は賢いんだろう。
喜びに浸っていた幸太だったが、突如何かが破裂するような音と共に右太腿に激痛が走って仰け反った。
な、何だ。何が起こったんだ。
もう一度音がして、今度は下腹部が痛む。とても立ってはいられない。
倒れた幸太は、痛む2箇所を見た。明らかに血液が流れ出している。
ふと、人の気配を感じて顔を上げると、至近距離で拳銃を構えて立っていたのは、学ラン姿の藤内賢一(男子16番)だった。
賢一が口を開いた。
「愚かだねぇ」
な、何だと。何が愚かだと。
幸太が苦しみながらも賢一を睨むと、賢一はこう答えた。
「愚かだから愚かだと言っているんだ。僕はお前を見つけて忍び寄ろうとしていたのだけど、古河さんが来たから一旦木陰に隠れたのさ。そして、お前と古河さんの一部始終を見ていた。戦って生き残った方を不意打ちで倒すつもりだった。そうしたら、お前の愚かな演説が始まったわけさ」
幸太は、辛うじて言った。
「何が愚かだと言うんだよ」
賢一は鼻で笑いながら続けた。
「あんな説明をしないで、お前と古河さんが戦ったらどうなったか考えてみろよ。古河さんが勝てばそいつが爆発して、そばに隠れていた僕もお陀仏さ。お前が勝てば、僕はお前の目の前に飛び出して発砲したはずだ。それで、僕も爆死だよ。つまり、どちらが勝っても僕は死んだはずなんだ。お前の愚かさのおかげで僕は命拾いできたわけだ。礼を言わなきゃいけないかな」
賢一の銃が三度火を噴き、今度は左の腕が撃ち抜かれた。
痛みで転げまわる幸太に、賢一は言葉を重ねた。
「そのアイテムは効果を秘密にしていてこそ価値があるんだ。知っていれば何も怖くはない。即死させない攻撃をして、すぐに離脱すればいいのだから。話してしまったために、3人とも死ぬはずだったのが古河さんも僕も死なずにお前だけが死ぬ結果になるのさ。これを愚かと言わずして何と言おうか」
幸太は苦しみながら考えた。
本当に自分は愚かなのだろうか。
賢一の言ってることは理解できなくはない。確かに自分だけが死ぬことになってしまった。
だが・・・
幸太は最後の力を振り絞って言った。
「それは違う。この場合は結果的には最悪になったけれど、俺は間違ってはいない。いくら相手を倒しても自分が死んでは何の価値もないさ。このアイテムは相手を追い払うために使うべきなんだ。それが通用しない相手に出会ってしまった以上は仕方がないのさ。もし、黙っていて古河さんとお前を巻き添えに出来たとしても、それは俺にとっては勝利じゃない。立派な敗北なんだ。それが解らないなら、お前も愚か者だ」
賢一は不快そうに答えた。
「負け犬の遠吠えとして聞いておこう。とにかく結果が全てだ。お前が死んで、僕は生き残る。世間の誰に聞いても、勝利者は僕だと言ってくれるさ。それにな、余計なことを言わなければ即死させてもらえたところを、言ったがために苦しい死に方をしなければならないんだぞ。その点でも、お前の愚かさは確実なんだよ。さ、そろそろ致命傷を与えさせてもらうかな」
再び轟いた銃声と共に幸太の上腹部に穴が開き、勢いよく鮮血が流れ出した。
「これ以上喋っていて巻き添えになったら、僕が愚か者の仲間入りになってしまう。そろそろ、行かせてもらう」
言い終えると、賢一は小走りに去っていった。
薄れ行く意識の中で幸太は思った。
自分の命を武器にするなんて間違ってるよな。
生きていてこそ花も咲くんだよな。
所詮、このアイテムがハズレだったと思えばいいよな。
そうだよな・・・久美。俺は正しいよな・・・
僅かの時を経て、平穏だった海辺に爆発音が響き渡った。
静けさを取り戻した後には、無数の骨肉片が散乱していた。
男子2番 阿知波幸太 没
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