BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


34

 エリアC=7の舗装道路を、急ぎ足で西へと向かっていたのは増沢聡史だった。
 聡史は立ち止まって背後を振り返った。
 かなり遠方まで見通せるが人影はない。
 ホッとした聡史は道端の荒地に足を踏み入れた。
 追われていないことを確認したからには、これ以上目立つ道路にいるべきではないからだ。
 ところどころに草花が咲いている荒地を進みながら、聡史は周囲を見回した。
 早く次の獲物を探さねば・・・ 適当な奴はいないか・・・
 その時、前方の潅木の陰から顔を出した少女が聡史に手を振った。
 誰だ、あれは・・・
 聡史は足を止めて目を凝らした。
 そして聡史は思わず頬を緩めた。
 相手は次の獲物にふさわしいと思われたからだ。
 聡史は、にこやかに手を振り返しながら少女に近寄った。

 聡史は三枚目タイプで多芸だったため、大抵の女子には人気があった。
 カメラで女子を実物以上に美しく撮影してはとても喜ばれていたし、休み時間に手品を披露しては受けていた。
 そして催眠術を特技にしており、今までに何人もの悩める乙女の心を楽にしてやっていた。
 そのために、他クラスや下級生の女子が聡史を訪ねてくることも珍しくはなかった。
 男子の間では完全に浮いてしまっていたけれど。
 プログラムが開始されて、聡史は途方に暮れた状態になっていた。
 足はかなり速い部類だが、腕力には全く自信がなく、到底優勝を目指せるとは思えなかった。
 女子ならば仲間に出来ないこともないだろうが、仲間にしたところで特に良い作戦があるとも思えず、結局は殺しあわなければならないのだから無駄だと思えた。
 それでも、生きていられるだけ逃げ回ってみようと思っていた。
 逃げ延びているうちにプログラムが中止になるとか、他の生徒が相打ちになって自然に優勝とかの可能性がゼロではないからだ。
 だが、死んでしまえば何のチャンスもない。
 とにかく少しでも生き延びよう。
 消極的な決意でエリアC=4の水田を歩いていた聡史は、あぜ道の方からすすり泣くような声を聞きつけた。明らかに女子だ。
 誰にも会わないのが無難ではあるのだが、泣いている女子を恐れることもないだろう。
 罠かもしれないという不安もあったが、聡史はゆっくりと女子に近づいた。
 女子がパッと顔を上げた。
浦川美幸(女子4番)だった。
 美幸とはかなり親しいし、性格的にも心配のない相手だ。
「どうしたの?」
 優しく声をかけると、美幸は涙でくしゃくしゃの顔のままで立ち上がり、そのまま駆け寄って聡史の胸に顔を埋めた。
 聡史はそっと美幸の肩を抱きしめた。
 腕の中の美幸は、まだ涙声で体を震わせていた。
「聡史君、あたし怖いの。どうしようもなく怖いの。あたし、死んじゃうんだよね。でも、まだ死にたくないの。どうしたらいいの」
 泣きながら小声で呟き続ける美幸を抱いて、聡史は一緒に泣き出したい気分だった。
 怖いのは君だけじゃないんだぞ。僕だって、怖いんだぞ。泣きたいくらいの気持ちなんだぞ。
 といっても、女子の前で泣くわけにもいかず堪えていると、美幸は意外なことを言った。
「そうだ。聡史君、あたしに催眠術をかけてよ。あたしの心から恐怖を取り除いてよ。出来るでしょ」
 そうか、その手があったか。その前に自己催眠で自分の恐怖を取り払いたいくらいだけど・・・
 ところがそこで、聡史の心の中の悪魔があることを囁いた。
 恐怖で弱っていた聡史の心は簡単に悪魔に負けてしまったのだった。
 聡史は微笑みながら言った。
「いいよ。楽にしてあげるよ」
 美幸は涙を拭きながら答えた。
「ありがとう、聡史君」
 聡史は美幸を催眠状態にして暗示をかけ始めた。
 注文どおり、恐怖を取り除くようにした。
 と、同時にこれから出会う全てのクラスメートを迷わず殺したくなるようにした。
 そして、催眠から覚める直前に姿を隠した。そうしなければ自分が襲われてしまうからだ。
 立ち上がった美幸は全くの無表情で歩き始めた。理性のない殺人機械の誕生だった。
 聡史は腹の中から込み上げる笑いをどうすることもできなかった。
 これで、自分の手を汚すことなくクラスメートを倒すことが出来るわけだ。
 もし操った美幸が倒されても自分は何ら痛痒を感じない。
 また次の操り人形を作るだけのことなのだから。
 最も安全に優勝を目指す方法を開発できたと思い、聡史は悦に入っていた。
 そのまま美幸を放置してもかまわなかったのだが、出来れば自分の目で戦果を確認したいと考えた聡史は美幸を尾行することにした。
 殺意に満たされた美幸は背後には無警戒で、尾行には気付きそうにもなかった。
 しばらく歩いた美幸が最初に出会った相手は、
速水麻衣(女子15番)だった。
 塀に身を隠しながら、聡史はほくそえんだ。
 なぜなら、美幸と麻衣はとても仲が良い。麻衣が美幸を警戒するとは思えないから、美幸が容易に麻衣を倒すだろうと思えたからだ。
 だが、麻衣は何かの違和感を感じたらしく逃げたり説得したりし始めたため、美幸はなかなか麻衣を仕留められないようだった。
 美幸が無表情になっていたのがまずかったかもしれないと考えた。
 はがゆく思いながら見ていると、突如飛び出してきた
石川綾(女子1番)の手によって、美幸は正気に戻ってしまった。
 それどころか、綾は自分の隠れている方を睨みつけてきた。気配を読まれたらしい。
 聡史はやむなく全力で逃走した。
 無事に逃げ切った聡史は足元の小石を蹴飛ばしながら悔しがった。
 折角の作戦だったが見事に失敗してしまった。
 それどころか、自分の作戦が美幸の口からクラスメート間に広がるのは時間の問題だろう。
 急いで、次の標的を探さねば・・・
 といっても、だれでも良いわけではない。
 第一に自分を信用して催眠術をかけさせてくれる人物でなければならない。自分を見て逃げ出す者や襲ってくる者は対象にはできない。
 第二に、他のクラスメートに信用される人物でなければならない。最初から皆に警戒されているような人物を操っても効果は期待できないからだ。
 とすれば、標的は自ずと美幸のようなおとなしい女子に限られてくる。
 該当する人物は多くはないが、それでも探さなければならない。
 聡史は必死で会場内を徘徊し、ついに見つけたのが千代田昌子だった。
 十分、条件にあてはまりそうだ。
 にやけそうになるのを抑えながら、聡史は昌子に話しかけた。
 ありがたいことに昌子は優勝を目指そうとしていた。ただ、殺人に対する迷いがあるだけだった。
 聡史は内心でガッツポーズをした。
 これほど適当な相手はいないだろう。
 迷いを取り除くだけで十分なので、美幸ほどの強い暗示は必要ない。
 これなら無表情になってしまうこともないし、昌子本人の頭脳で戦術を考えさせることも出来るので、美幸のように単細胞な攻撃をしてしまうこともない。
 昌子の同意を得て、予定通りの暗示をかけた。
 そして、表情は普段のままで、戦術を考える知性を残した殺人機械が無事に完成した。
 前途は洋々のはずだった。大戦果を期待して、わくわくしながら昌子を尾行した。
 しかし、昌子の出会った相手があまりにも悪く、昌子はあえなく討ち取られてしまった。
 それどころか、自分が隠れていることを
三条桃香に見抜かれたようだった。
 石川といい、三条といい、どうしてこんなに勘の鋭い奴ばかりと出くわすのだろう。
 一寸ツキがないのかな。
 残念だが、ひとまずここは退散だ。
 聡史は急ぎ足でその場を立ち去ったのだった。

 聡史はにこやかに目の前の
川崎愛夢(女子8番)に声をかけた。
「無事だったんだね。よかった」
 愛嬌の良い愛夢とも、聡史は比較的親しかった。安心して次の操り人形にできそうだった。
 愛夢は嬉しそうに答えた。
「何とか無事だったみたい。1人ぼっちで不安だったけど、聡史君が来てくれれば安心だわ」
 聡史は愛夢の肩に手を置きながら言った。
「僕だって不安だったさ。何とか自己催眠を使って落ち着けたけど」
 愛夢は目を丸くしながら答えた。
「そうか、聡史君にはその手があったんだ。あたしも催眠術で楽にしてくれないかしら」
 聡史の心の中の悪魔がバンザイをしていた。
 作戦通り、愛夢が催眠を依頼してきたからだ。
 自分から誘えば警戒される危険があるので、相手に希望させるように仕向けたわけだ。
「お安い御用だよ」
 答えながら、聡史は愛夢に暗示をかけ始めた。
 単に怖がっている愛夢は、昌子のようにはいかない。
 といって、美幸のように機械的な無表情にしてしまってもまずい。
 自然な表情と知性を保ったままで殺意に満たされるように暗示を工夫した。
 複雑なので覚める前に離れることができず、殺意の対象から聡史だけを外すようにしておいた。
 催眠から覚めた愛夢は、とてもスッキリした表情になっていた。
 懐からゆっくりと懐剣を取り出して握り締めた愛夢に、聡史はとても満足だった。
 腹の中で呟いた。
 さぁ、これから皆を笑顔で騙しながら殺して回ってね。
 愛夢が微笑みを浮かべて言った。
「何だか、無性に殺したくなってきちゃった」
 そう、そう、その調子だ。
 だが、突如クールな表情に変化した愛夢が続けた言葉を聞いて戦慄が走った。
「目の前の増沢君を」
 な、何だと?
 何のリアクションをする間もなく、愛夢の懐剣は聡史の胸に突き刺さっていた。
 ば、馬鹿な。
 暗示は完璧だったはずだ。
 僕は殺意の対象にはならないはずだ・・・
 呆然とする間に抜き取られた懐剣は、今度は上腹部にめり込んでいた。
 2つの傷口に加えて口からも血を噴出しながら、聡史は地に倒れた。
 ど、どうなっているんだ。
 どうしてこうなるんだ。
 そこで、愛夢の最後の言葉を思い出した。
 自分を“増沢君”と呼んでいた。愛夢ならば“聡史君”としか言わないはずだ。
 ということは・・・
 聡史はのた打ち回りながら言った。
「てめぇ、ひょっとして来夢か。リボンとスカートを交換したのか・・・」
 愛夢に化けていた
川崎来夢(女子9番)は、酷薄な笑みを浮かべながら言った。
「大正解よ。交換というより強奪なんだけどね」
 クソッ。僕は策に溺れてしまったのか。だ、だが・・・
 聡史は息絶え絶えになりながらも辛うじて言った。
「だが・・・お前にだって・・・暗示は・・・効くはずだ・・・ どうして・・・効かなかったんだ・・・」
 来夢は小馬鹿にした口調で答えた。
「催眠は相手が協力しなければ上手く行かないでしょ。あたしは頭の中で思い切り歌って、暗示を聞かないようにしてたのよ」
 な、なるほど。最初から僕を嵌めたのか・・・ こいつの方が上手だったのか・・・ 僕はマジでツイてなかったみたいだな・・・
 来夢の声がする。今度は機械的な口調だ。
「おしゃべりはこれでお終い。とどめよ」
 再び胸に懐剣が突き立てられる感触と共に、聡史の意識は闇に沈んだ。
 手を汚さずに優勝を目指した男は、こうして血まみれの物体と成り果てたのだった。
 

男子17番 増沢聡史 没
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