BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


35

 伊奈あかね(女子2番)は、抜けるような青空を見詰めながら大きく溜息をついた。
「どうして、あたしたちはこんな目に遭わなきゃいけないのかしらね」
 心のうちが思わず声になって出た。
「これまで、どれほどの先輩方がそれと同じ叫びを残して散っていったことでしょうね」
 声に振り向くと、いつのまにか背後にいた
今山奈緒美(女子3番)が微笑みかけてきた。
 見張りを交代する時刻になったようだった。
 奈緒美は続けた。
「そう言いたくなる気持ちは解るけど、それを言った時点で、もう運命に負けているわ。どんな状況になっても最後まで諦めないで頑張ろうって約束したじゃない。こんな運命なんて絶対にひっくり返してやらなくちゃ。ね、そうでしょ」
 こぼれそうになっていた涙を拭いながらあかねは答えた。
「そうよね。そうだよね。ちゃぶ台をひっくり返すように、この運命も覆さなくちゃね」
 奈緒美が大きく頷くのが見えた。

 あかねと奈緒美は小学生時代からの親友で、付き合いも家族ぐるみとなって、2人は頻繁にお互いの家に泊まりあうような関係になっていた。
 2人とも人当たりが良いタイプで、他にも多くの友人を作っていて、クラスでも中心的な存在といえた。
 だがプログラムともなれば、流石にクラスメート全員を無神経に信用するわけにもいかない。
 説明を聞いている段階から、教室内に不気味な殺気が漂っているように、あかねには感じられていた。
 間違いなく、誰かがその気になってクラスメートの殺戮を始めるであろうことが予想できたのだった。
 
三条桃香(女子11番)は堂々と宣戦布告をしているし、それに挑発的に答えている矢島雄三(男子20番)も怪しい。
 雄三の仲間の不良グループも当然ながら信用しがたい。
 また転校生の
蜂須賀篤(男子14番)も薄気味悪いし、数日前に転校して来たばかりの甲斐琴音(女子5番)に至ってはどんな人物なのかも把握できていない。
 それに勉強マシーンの
藤内賢一(男子16番)あたりは何を考えているか判らないし、宗教に凝っている古河千秋(女子17番)も不気味な存在といえそうだ。
 考えれば考えるほど、怪しい人物が増えていくのだった。
 それでも、大半の子は大丈夫だろうと考えた。
 既に奈緒美とは船の倉庫にいる段階から、大勢での脱出を誓い合っていた。
 さしあたっては、奈緒美と合流してから対策を考えることにした。
 自分と奈緒美の間で出発するはずの鵜飼翔二はいきなりの反逆行為で処刑されている。
 不謹慎極まりないことだが、翔二が健在ならば奈緒美と安全に合流するのは容易ではないかもしれない。
 すこしだけ自分に運が向いているのだろうかと感じていた。
 1つだけ不安なのは、自分が出発した時点で既に誰かが待ち伏せているのではないかという点だった。
 自分より前に出発する3人は危険人物には見えないのだが、万が一ということもあるからだ。
 だから、校舎を出て誰もいないことを確認した時は心底ホッとした。
 後は奈緒美を待つだけのことだ。
 そして、丁度2分で奈緒美が出てきた。
 軽く抱き合った2人は、さらに仲間を増やすことを検討したが、次に出てくるのが宇佐美功であったため、一旦退散することとした。
 2人が目指したのは、エリアI=2にある3階建ての小さなホテルだった。
 非常食などの蓄えが期待できるというのが大きな理由だった。
 扉の1つを破壊して侵入した2人は、全ての出入り口に机などでバリケードを作ると、ソファに腰掛けて一息ついた。
 夢中で、支給品を確認していなかったことを思い出した2人はデイパックの中身を調べ始めた。
 まず、奈緒美が拳銃を取り出した。
 そんなもの使いたくはないけれど、万一襲われた場合の護身には役立つだろうと思えた。
 だがあかねが取り出したのは、薄くて大きな楕円形の白い木の板だった。長径は1メートル近いだろう。デイパックが妙な形に膨らんでいたのはこの板のためだったようだ。
 な、何これ? 鈍器にでもしろと言うのかしら。
 あかねが目をパチパチさせていると、奈緒美の声がした。
「何か書いてあるように見えるけど、もっと明るいところで見てみたらいいんじゃない?」
 あかねは、板を窓から差し込む月明かりに曝してみた。
 どうやら墨で大きな文字が書かれているようだった。
 行書体で書かれていて読みづらかったが、辛うじて「特別生還証」と判読できた。
「ひょっとして、これが当たった人は無条件に生還出来るって意味かしら?」
 半信半疑のあかねの問いに、奈緒美は首を傾げながら答えた。
「まさか。あのおめでたい政府が、そんな有難い物を支給するわけないわ。戦闘シミュレーションという目的にも反しているし」
「だったら、何なのよ。このたいそうな板は」
 戸惑っているあかねに、奈緒美は静かに答えた。
「デイパックをもう一度調べてみたら? 説明書とかがあるかもよ」
 な、なるほど・・・
 納得したあかねは、再度デイパックの底を探り、1枚の紙片を見つけ出した。
 早速、月明かりで読んでみた。奈緒美も背後から覗いている。
“この板が支給された貴方、おめでとうございます。これは超ラッキーアイテムで、書かれている通りの特別生還証です。貴方には優勝しなくても生還するチャンスが与えられたのです。この板の持ち主が最後の2人まで生き残った場合、その方の生還が特別に許可されます。もう1人の生存している方は自動的に優勝者となります。その際は、放送でお知らせしますので本部まで帰ってきてください。首輪を外した上で、自宅までお送りいたします。ただし、優勝ではありませんので、総統閣下の色紙とか生活保障とかテレビ出演とかの特典は一切ありません。単に生還できるのみです。従って、どうしても優勝を目指したい方は、この板を破棄することをお勧め致します。なお、この板は一部でも破損すると効力を失いますので、大事に持っていて下さい。もちろん、この板を奪われれば生還の権利は奪った方のものになりますのでご注意を”
 読み終えた2人は顔を見合わせた。
 結局、残り2人まで残らないと役に立たない代物というわけだ。
 ゲーム開始から単独でひたすら隠れる作戦を取る者には、本当にラッキーアイテムと言えるだろう。
 だが、大勢で運命を覆そうと考えているあかねたちには無用の長物である。
「あたしにとっては、ハズレかな? でも、この板が破損したかどうかなんて政府に判るのかしら」
 苦笑しながら問うあかねに、奈緒美は少し考えてから答えた。
「多分、板の内部には配線が巡らされているんじゃないかしら。そして、電波で板の場所と破損状況を政府に知らせているんじゃないかと思うわ。首輪と同じ理屈ね」
 なるほどと思いながら、あかねは板をデイパックに戻した。
 その時、あかねの心に一瞬邪心が芽生えた。
 ・・・奈緒美は銃を持っている・・・
 ・・・だから、あたしと奈緒美で組んで他の子を全滅させれば・・・
 ・・・奈緒美が優勝者で、あたしは特別生還者として、仲良く家に帰れる・・・
 だが、そこであかねは思い切りかぶりを振った。
 と、とんでもない。
 あたしは何という恐ろしいことを考えているのかしら。
 自分のために他の子を全滅させるなんて。
 そんなこと・・・ 冗談じゃない・・・
 信じられないほどの自己嫌悪だった。
 体の奥底から身震いがしてくる・・・
 この様子の変化に、奈緒美が気付かないはずはなかった。
「あかね。どうしたの、一体。様子が変よ」
「な、何でもないの。一寸、気分が悪かっただけ。も、もう大丈夫」
 慌てて繕ったが、誤魔化しきれるものではない。
 こんな恐ろしいことを考えていたなんて、奈緒美に知られたら・・・
 だが、奈緒美はじっとあかねの目を見た後、優しく言った。
「だったら、いいの」
 あかねはそっと奈緒美の胸に顔を埋めた。
 きっと奈緒美は全てを見抜いた上で、優しくしてくれているんだ・・・
 こんな罪深いあたしに・・・
 自然と涙が溢れ出していた。
 しばらくして落ち着いた2人は、交代で屋上から周囲を見張ることにしていたのだった。

 ホテルに立て篭もってから、かなりの時間を経ているが、いまだにホテルを訪れた者はいない。
 放送でクラスメートの死が告げられているだけで、自分たちにとって明るい兆しなど何一つない。
 運命を覆せることに、奈緒美はかなりの自信を持っているようだが、あかねにはその自信の由来が理解できないのだった。
 思わず訊いていた。
「でもどうして、この状況の中でそこまで自信が持てるの?」
 奈緒美は一瞬の戸惑いの表情の後に答えた。
「自信を持つようにしなければ、心がくじけやすくなるじゃない。絶対、何とかなるわ。ううん、何とかするのよ」
 奈緒美は何か隠していると、あかねは感じた。
 プログラムに関する何らかの秘密を奈緒美は握っているのだろう。
 それを、現段階ではあかねに話さない方が安全だと考えているのだろう。
 それでもいい。あたしは、奈緒美を信じる。どこまでも・・・
 それに、多分奈緒美は・・・
 奈緒美は拳を握り締めながら言った。
「後は、とにかく・・まで身を守ることよ。今は、それだけ」
 はっきり発音されなかった部分に入る言葉は十分予想できる。
 奈緒美は幼馴染の
大河内雅樹(男子5番)を待っているに違いないのだ。
 雅樹と力を合わせないと、脱出は出来ないのだろう。
 言わないつもりだったが、つい口走ってしまった。
「早く来るといいね。雅樹君」
 奈緒美は少し焦った表情で答えた。
「あかねには隠し事は出来ないね。その通りよ。運命を覆すには雅樹君の力が必要なの」
 やはり、図星だった。
 でも、雅樹君は多分・・・
 ふと見ると、奈緒美は空を見上げていた。
 奈緒美の呟きが聞こえた。
 あかねに向かって話すというよりも、独り言に近い感じだった。
「でも、でも雅樹はきっと、まっすぐにあたしのところへは来てくれない。雅樹が最初に探すのは、あたしじゃなくて理香なんだもの。理香を、理香を見つけるまでは、絶対あたしのところへは来てくれやしない・・・」
 泣き出したいのを堪えるかのように奈緒美の手が小刻みに震えているのを、あかねはじっと見詰めた。
 雅樹の本命が
細久保理香(女子18番)なのは自分も見抜いているけれど、とにかく今度は自分が奈緒美を励まさなければ・・・
 ゆっくりとした口調で言った。
「奈緒美、大丈夫よ。雅樹君が奈緒美を見捨てるはずないわ。必ず来てくれるわ」
 敢えて“理香を連れて”とは言わなかった。
 奈緒美の力強い声が聞こえた。
「そうよね、絶対来てくれるよね。うん、絶対に」
 振り向いた奈緒美は既に満面の笑顔になっていた。
 そうこなくっちゃ、奈緒美。必ずみんなで生きて帰ろうね。
 あかねは、静かに気合を入れなおしたのだった。
 まばゆい太陽が2人を祝福しているかのようだった。


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