BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


37

 エリアB=5の林の中に花火職人の小屋があった。
 その小屋の中で黙々と花火を分解して火薬を取り出していたのは
鈴村剛(男子13番)であった。
 一つ間違うと爆発する作業なので、剛は脂汗を流しながら慎重な作業を続けていた。
 側では、
神乃倉五十鈴(女子7番)が取り出された火薬を袋詰めする作業をしていた。
 こちらも真剣そのもので、脇目を振ることも無駄口を叩くこともない。
 その小屋に、密かに1つの足音が近づきつつあった。

 剛は豪農の家の一人息子だった。
 農作業は小作人がしてくれるし、家政婦がいるので家の手伝いをする必然性もなく、家を継ぐのに学歴が必要なわけでもないので、剛は全く放任された状態で育てられた。
 それでは協調性などが育まれるはずもなく、剛は当然のように自分勝手男になってしまっていた。
 同性異性を問わずほとんど友人はなく、放課後は真っ直ぐに帰宅してテレビゲーム等に明け暮れていた。
 また、グラビアアイドルとかに興味があって、写真集などを買い込んで自室にずらりと並べていた。クラスの女子にはあまり興味はなかったけれども。
 そんな剛の運命を大きく変えたのは中1の時の初詣だった。
 鈴村家では豊作を願って毎年のように一家で初詣に出かける習慣があり、その年の元旦にも八幡宮へ足を運んでいた。
 参拝を終えた剛は、父から破魔矢を授かってくるように言われ、お金を受け取ると授与所へ向かった。
 人波に揉まれながら神子から破魔矢を授かった剛の視野に、偶然にも隣で御札を授けている神子の姿が飛び込んできたのだった。
 一瞬、剛の全身に電撃が走った。
 透き通るような美しい肌、全く穢れを知らないような澄んだ瞳。
 正に一目惚れだった。
 いつまでも彼女を見詰めていたいと思ったが、大混雑の授与所の前で立ち止まるわけにはいかない。
 後ろ髪を引かれる思いで、人の波に押し出されるように両親の元へ戻った。
 その夜、剛は全く眠れなかった。
 一晩中、昼間の神子のことを考えていた。
 自分とあまり年齢の変わらない少女のように思えたが、いままで出会った中で、いやテレビや雑誌でしか見ていない芸能人を含めても最高に素敵だと思えた。
 どうしても、もう一度彼女を見に行きたくなった。そうしないでは耐えられないほどだった。
 常識から考えて、正月の神子など大半はバイトの子だ。
 冬休み明けなどに行っても、最早会えない公算が高い。
 早く行かなければ、2度と会えないかもしれない。
 2日と3日は、鈴村家では使用人や小作人も連れて豪勢に温泉旅行に行くのが慣例になっていて、剛は例年とても楽しみにしていたのだが、今年に限ってそんなものはどうでもよくなっていた。
 翌日、剛は学校の宿題の関係で温泉に行く余裕が無いと嘘をつき、1人で家に残って当然のごとく八幡宮に向かった。
 拝殿には目もくれず、相変わらず大混雑の授与所に直行した。
 居並ぶ神子の中から、昨日の神子を見つけたときの喜びは言葉には出来ないほどだった。
 彼女の列に並び、本来必要のない御札を授かって帰宅した。
 彼女から手渡された御札を握り締めて、剛はとても幸せな気持ちだった。
 そして、冬休み中毎日彼女を見に行くことを心に誓った。
 お年玉をかなり消費しそうだったが、意に介さなかった。全部つぎ込んでもかまわないとさえ思った。
 翌3日も、剛は不要の御札を授かった。
 その時、目当ての神子の顔を昨日までとは違う角度から見た剛は、何だか彼女を以前から知っているような気がした。
 帰宅途中で、いろいろ考えた。彼女をどこで見たのか必死で思い出そうとした。
 そして、彼女がクラスメートの1人と酷似していることに思い当たった。
 飛ぶように家に戻った剛はクラスの集合写真を取り出して、ルーペで拡大しながらじっと見詰めた。
 間違いない。神乃倉さんだ。あの子は神乃倉さんとそっくりだ。
 いや、そっくりどころかほぼ確実に本物だ。
 クラスメートの神乃倉五十鈴とは、今まで全くと言っていいほど接したことがない。
 正直なところ、顔以外は何も知らないとさえ言えた。
 そして、五十鈴がこんなに素敵な少女だとは夢にも思っていなかったのだ。
 クラスメートの1人が神子のバイトをしていること自体には驚きながらも、剛は自分だけの宝物を見つけたかのような感動に浸っていた。
 そこで、ふと思いついた。
 神乃倉という姓は、神社にゆかりがありそうだよな。
 おまけに五十鈴というのは、あの伊勢神宮の中を流れている川の名前じゃないか・・・
 ひょっとしたら・・・
 剛は勢い良く立ち上がると、パソコンのある部屋に駆け込み、大急ぎで八幡宮のホームページをチェックした。
 宮司の姓が神乃倉であることを確認し、剛は大きく頷いた。
 自分のひらめきどおり、五十鈴はあの八幡宮の宮司の娘か孫だったのだ。決して、正月限定のバイトなどではない。それなら、毎日神子をしているだろう。
 さしあたって剛は、冬休みの間毎日五十鈴を見に行くことにした。
 同じ少年が毎日のように御札を授かりに来れば、そのうちに自分を認識してくれるだろうと期待していた。
 もちろん、相手に嫌悪感を与えるような視線を注がないように気を使った。
 そして冬休み最後の日には、五十鈴が意識的に自分と視線を合わせないようにしていることを感じ取った。そして、僅かに五十鈴が緊張していることも・・・
 これで下準備は完了だ。もともとの自分の評判は悪いはずだが、これなら十分に脈はありそうだ。後は、堂々と告白するのみ。
 翌日の始業式、剛は学校では敢えて五十鈴に視線を向けなかった。
 告白するのは八幡宮の境内でと、昨日から決めていたからだ。
 放課後に全力で先回りして、鳥居の下でドキドキしながら五十鈴の帰宅を待った。
 実際に待ったのは20分程度だったが、1時間以上待ったかのように感じられた。
 それだけに、遠くに五十鈴のセーラー服姿を見つけた時は、口から心臓が飛び出しそうなほどに緊張した。
 だが、上手く開き直れたのか自分でも信じられないほどの落ち着いた態度で告白することが出来た。
 半ば玉砕する覚悟もしていたが、五十鈴の返事は望外にもマルだった。少し条件がついていたけれど。
 それでも剛は、躍り上がるほどに嬉しかった。
 それから、2人の交際が始まった。
 神子の仕事が忙しい五十鈴とは、殆ど学内でしか接することが出来なかったが、それでも剛は幸せの絶頂だった。
 だがプログラムという名前の悪魔が、この愛を引き裂こうとして2人の前に立ちはだかった。
 剛はこの悪魔に敗北寸前となり、死ぬまでに出来るだけたくさんのクラスメートを道連れにしようと考え、さらに五十鈴も自分の手で始末しようと決意した。
 だが、五十鈴に御札授与所に連れて行かれて覚醒した。
 五十鈴に一目惚れしたあの瞬間を昨日の出来事のように想起した剛は、自分の短絡思考を恥じ、五十鈴とともに生きれるだけ生きてみようと決心した。
 それから偶然にもこの小屋を見つけた剛は、一つのアイデアを胸にして、花火の分解を始めていたのだった。

 突如、剛は背後の足音を聞きつけて振り返った。五十鈴も同様だった。
 ゆっくりと小屋の入り口から姿を現したのは学ラン姿の
藤内賢一(男子16番)だった。


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