BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


38

 鈴村剛は、突然の訪問者に戸惑いを感じた。
 作業に必死で周囲への注意を怠っていたことを少々後悔しながら、側の
神乃倉五十鈴をちらりと見た。
 五十鈴も眉を顰めている。
 現れた
藤内賢一は県内でも有名な優等生だ。
 だが、賢一は四六時中勉強しかしていない男で、人格などはどうにも把握し難い。
 プログラムに対してどのような方針で臨んでいるのか予測が出来ないタイプだ。
 見たところ、手には武器らしきものは持っていない。
 もし、脱出を考えているのなら頼りになりそうなのだが・・・
 考えていると、賢一が見下すような態度で口を開いた。
「誰がいるのかと思ったら、愚か者カップルか」
 な、何だと・・・ 愚か者カップルだと・・・
 思わず怒鳴っていた。
「確かに俺は愚か者かもしれない。だが、五十鈴を愚か者呼ばわりすることは絶対に許さんぞ」
 賢一は鼻で笑うような態度を見せながら言った。
「彼女を貶められたことに反発するのは立派だが、愚か者であることには何の変わりもないさ」
 怒りのあまり賢一に殴りかかりそうになったが、五十鈴に軽く手を握られて少し落ち着いた剛は、賢一を睨みながら言った。
「俺たちのどこがどう愚かなのかゆっくりと説明してもらいたいな。俺たちなりに考えて行動しているんだけどな」
 五十鈴も無言で頷いている。
 賢一は小ばかにしたような口調で答えた。
「簡単なことだ。プログラムのルールを考えてみろよ。生き残れるのは1人だけなんだ。一緒に生きて帰れないのは周知のはずなのにもかかわらず、この場に及んでも愛を囁きあっているなど、愚か以外の何物でもないだろうが。人間ならば、自分だけが生き残るための方法を必死で考えるべきじゃないのか。ま、お前たちがいくら頭を絞って考えたところで、ロクなアイデアは出ないだろうけどね」
 五十鈴が何かを言いかけたが、剛は目で制した。
 賢一の攻撃対象は自分だけで十分だ。わがまま男の自分だけど、五十鈴だけは必ず守ってみせるつもりだった。
 静かに、でも重い声で答えた。
「悪いが五十鈴も俺もとっくに死ぬ覚悟は出来ている。だからこそ、最後の瞬間まで精一杯もがくんだ。何らかのチャンスがないかどうか、ギリギリまで考えてあがくのさ。それで死んでも、五十鈴と一緒に頑張ったのなら悔いはないさ。ガールフレンドの1人もいないお前にはこの気持ちは解るまい」
 賢一は突如高らかな笑い声を上げた。しばらく笑った後に口を開いた。
「くだらんな、そんなこと。今の僕にはガールフレンドなんか必要ない。勉強の邪魔にしかならないからね。だから、そんな感情を理解する必要もない。言っておくが、僕も男だ。女に興味がないわけじゃないぞ。でも、慌てる必要なんかない。10年もしないうちに、必ず僕はこの国の頭脳になる。そうなれば、女など選び放題だろ。あらゆる点から申し分のない女を何人でもモノに出来るさ。だから今は、こんな田舎の女子中学生のことは考えずに、勉強に集中するのさ。これが、賢い人生の送り方というものだろうが」
 勝手な考え方に呆れながらも答えた。
「俺にはそれが賢いとは思えない。そんなことをしても、金や名誉目当ての女が集まってくるだけさ。純愛など決して手には入らない。そんな人生のどこが面白いんだ。それともお前、本当は俺が羨ましいんじゃないのか」
 賢一はそれには答えず、尊大な態度で言った。
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」
 な、何だそれ・・・ 何を言ってるんだ、こいつは。
 剛が戸惑っていると、五十鈴が耳元で囁いた。
「小人物は大人物の遠大な志を知ることが出来ないという意味よ。自分が大人物で、私たちが小人物だと言ってるわけ」
 小人物だと。ふざけやがって。小人物なのはお前の方だ。
 怒りが込み上げるが、どう答えてよいのやら分からない。
 賢一が続けた。
「この程度の言葉も知らないとは愚昧そのものだね。彼女の前で大減点といったところだな。お前は彼女に釣りあわないんだよ」
 この言葉で、ピンと来た。
 なるほど、そういうことか。
 剛は、ニヤリとしながら答えた。
「読めたぞ。お前、五十鈴に興味があるんだな。格好つけていても、本当は俺が羨ましいんだろう」
 一瞬、賢一に動揺の色が見えた。
 図星のようだな。畳み掛けてやるぜ。
「悪いがな、五十鈴は頭脳で男を選ぶような人間じゃないのさ。俺たちの絆にお前が入り込む余地なんぞ、これっぽちもないんだ」
 吐き捨てるように言った。少し、快感だった。
 だが、賢一はすぐに元の表情に戻った。
「それが、どうしたというのさ。確かに神乃倉さんは可愛いと思うが、別に僕の彼女にしたいなんて思ってない。ただ、愚かなお前には似合わないと言ってるだけだ」
 またもや返答に詰まり、唇を噛み締めながら賢一をにらみつけた。
 その時、脇から五十鈴が口を挿んだ。
「剛のことを愚かだと言う以上は、今私たちが何をしているかは解るわよね。私たちが何をしようとしているか当てて御覧なさいよ。どう? 天才さん」
 賢一は無表情で答えた。
「僕の高級な頭脳では、愚か者の考えていることを理解するのは無理だね」
 剛の心に、再び反撃意欲が湧いてきた。
 五十鈴、有難う。うまいツッコミだったぜ。
「よし、お前に俺の考えた高度な作戦を教えてやるぜ。ありがたく拝聴しな」
 賢一は眉を顰めながら答えた。
「どうせくだらん作戦だろう。ま、折角だから聞くだけ聞いてやろう」
 剛は胸を張って続けた。
「俺たちは今、花火を分解して火薬を袋詰めしている。ある程度たまったら、あちこちで爆発させるつもりだ。異変を感じた政府は兵士を派遣して状況を調べるだろう」
 賢一は無言のまま、剛の右手の壁に沿ってじりじりと近寄ってきた。
 不気味に感じた剛は五十鈴の手を引いたまま、左手の壁に沿って移動し、剛との距離を保ちながら続けた。
「兵士が現れたら、生け捕りにするのさ。そして、銃を突きつけて首輪の解除法を言わせるんだ。そうすれば、こっちのものさ。他の連中の首輪も解除して皆で逃亡するのさ。どうだ、これでも俺を愚かと言えるか」
 最後は勝ち誇った口調になっていた。
 いつのまにか、賢一が小屋の奥に立ち、自分たちが入り口近くに来ていた。
 万一逃げねばならなくなった時には、このほうがむしろ都合が良いので、剛はあまり気にしなかった。
 だが、賢一は大笑いをはじめた。
「何だ、何がおかしいんだ。勿論成功すれば、俺を愚弄したことは水に流して、お前の首輪も外してやるぜ。俺はお前と違って心が広いからな」
 怒りを抑えながら言ったが、賢一は笑いを堪え切れない表情で答えた。
「愚かさ、ここに極まれり。愚かなのにも程があるってもんだろ。呆れてモノが言えないほどさ。折角だから説明してやろうか」
 あまりの不快さに言葉が出なかった。
 賢一が続けた。
「まず第一に、政府が兵士を単独で派遣するはずがない。必ず、2人以上の組でやってくる。それに、1人で来たところで、訓練された兵士をお前たちで生け捕りにするなんて不可能だ。万一成功しても、その兵士は恥じて自殺するはずさ。口を割らせるなんて無理な話だ。まぁ、百歩譲って首輪を外せたことにしてやろう。逃亡できたことにしてやろう。それで、どうなるんだ。犯罪者として指名手配され、捕まれば死刑確定だ。運良く捕まらなくても、一生みじめな逃亡生活が待っているだけだ。どこからどう考えても、愚かとしか言えないだろうが。それにな、もし収拾のつかない山火事でも起こしてみろ。おそらく政府は生徒全員を始末する選択をするはずだ。最悪の結果になるわけだな。僕まで巻き添えになってしまう。そんなのお断りだな」
 とても悔しかった。死ぬほど、悔しかった。
 だが、賢一の言葉が正論であることは認めざるを得ない。俺の考えは甘かったのか・・・
 うなだれた剛の肩をポンと叩きながら、五十鈴が口を開いた。
「それならば、藤内君の賢い戦略を拝聴させていただけないかしら」
 剛はハッとした。
 そうだ、そうだった。
 今はプログラムという非常時なんだ。
 どちらが賢いだの愚かだなどと争っている場合じゃないんだ。
 例え憎たらしい賢一の作戦でも、それで皆が助かるのならば協力しなければ。
 ひょっとしたらこの男ならば、犯罪者にならずに逃亡する方法も思いつくのかもしれない。
 一瞬の期待をした剛だったが、その期待は次の賢一の行動で無残にも打ち砕かれた。
 突如、懐から拳銃を取り出した賢一が剛に銃口を向けながら言ったのだ。
「一番賢いのは無難に優勝することだ。僕の頭脳ならば、逃亡の方法を考え出すことも、首輪の外し方を編み出すことも難しくはない。というか、もう首輪の外し方も解っている。派手な爆死を装えば、死体が見つからない生徒ということにして犯罪者扱いを免れることも出来る。だが、それでは僕の頭脳を国のために活かすことは出来ない。出世することも出来ない。戸籍に名のない人物としてひっそりと生きていく他はない。危険を冒した割にはつまらない結末だ。だから、敢えて僕は脱出のことは考えない。優勝以上の良い結果を得る方法はないんだよ。そして、賢い僕にとっては愚かなクラスメートたちを屠って優勝するなど造作もないことさ」
 剛は唖然とした。
 自分のわがままぶりには自信(?)があったのだが、賢一は遙かに上を行っていたからだ。
 思わず叫んでいた。
「ふざけるな、てめぇ。それじゃあ、まるっきり俺たちには生きる価値も無いと言ってるみたいじゃないか。俺たち1人1人にもそれなりの価値はあるはずだ。自分だけが国の役に立てるなんて思い上がりも甚だしいぞ」
 賢一は薄笑みを浮かべて答えた。
「別にお前たちに価値がないとは言っていない。人間には誰でもそれなりの価値があるさ。でも、それは決して平等じゃない。桁外れに価値の高い人間というものも存在するのさ。それがこの僕というわけさ。僕の頭脳があれば、将来この国は米帝に負けないほどの国力を持てるようになるはずだ。でも、お前たちの将来はいくら頑張っても単なる民間人だ。1つの労働力としては国に貢献できるだろうけど、それだけのことだ。つまり、僕とお前たちの価値には雲泥の差があるのさ。そうだ。お前の価値を最大限に発揮させる方法を教えてやろう。それは、今ここで大人しく僕に殺されることさ。将来この国の頭脳になることが約束されている僕の優勝に貢献することこそが、お前の命を最も有効に使う方法なんだ。いつの日か、お前の記念碑を建ててやってもいいぜ」
 思わず身震いがした。
 こ、こいつ、完全にイッている。こんな奴が、こんな奴がこの世に存在するなんて・・・
 こいつだけは、こいつだけは絶対に生きていてはいけない人間だ。
 五十鈴は反対するに決まっている。でも、俺はこいつを許せない。ぶっ殺してやるぜ。
 剛は懐から支給品の二連発デリンジャーという銃を取り出して、賢一に向けて構えた。
 五十鈴が呟いた。
「剛・・・」
 剛は賢一を睨みつけたままで言った。
「五十鈴の気持ちは解る。俺だって不本意だ。でも、こいつだけは見逃せない。こんな人間の存在だけは許せない。俺の名誉にかけてこの男だけは倒す。後で必ず行くから、外で待っていてくれ。そして、万一俺が負けたら逃げてくれ」
 五十鈴はかぶりを振った。既に涙声になっている。
「何があっても、私は最後まで剛から離れないわ。死ぬ時は一緒よ」
 剛は腹の奥から絞り出すような声で答えた。
「その気持ちはとても嬉しい。でも、俺の最大の願いは五十鈴が1秒でも長く生きながらえてくれることなんだ。解ってくれ。俺は五十鈴に生きていて欲しいんだ」
 小さく頷いた五十鈴は剛の手を一度強く握り締めた後、無言で小屋から出て行った。おそらく、その顔は涙でくしゃくしゃになっていたことだろう。
 五十鈴の退出を確認して剛は咆えた。
「これで、五十鈴を巻き添えにする心配もなくなった。覚悟しやがれ」
 だが、賢一はニヤニヤしながら答えた。
「撃てるのか? いや、撃っていいのか? この状況で」
 な、何だと。何をほざいてやがる。撃てないわけなど・・・あっ!
 一瞬で全身の血の気が引くのを感じた。
 賢一の背後には花火が山のように積まれている。
 自分が撃って外せば、いや命中しても貫通すれば、花火に引火して大爆発を起こすだろう。
 確かに賢一は倒せるが自分も助からない。それどころか、小屋の外にいるはずの五十鈴も恐らくアウトだ。
 こいつはこれを狙って立ち位置を変えたわけなのか。クソッ。
 賢一が言った。
「愚かさ100%のお前にも理解できたようだね。僕が小屋に入ろうとした時、お前を背後から撃つことは可能だったが、同じ理由で撃てなかった。そして、今はお前が撃てないわけだ。でも、僕は問題なく撃てるのさ。神乃倉さんがいなくなって、ますます撃ちやすくなった」
 そ、そうか。こいつは五十鈴が俺に密着している限りは撃ちにくかったんだ。自分の手で五十鈴を殺すことには躊躇いがあるんだ。勿論、五十鈴を盾にするわけにはいかないが。
 そう考えた時、乾いた音とともに腹部に激痛を覚え、剛は跪いた。床が血で染まっていく。
 もう戦えそうにもない。確実に死の足音が迫っている。
 五十鈴、ゴメン。俺は先に死ぬ。もう、君を守ってやれない。だが、こいつは、こいつだけは巻き添えにして自爆してやる。
 今の銃声で五十鈴は小屋から離れてくれているだろう。
 逃げてくれ・・・ 生き延びてくれ、五十鈴・・・ 君だけが俺の全てなんだから・・・
 最後の力を振り絞って、花火の山に向けて銃を構えるつもりだった。
 だが、それより早く賢一の言葉が聞こえた。
「この位置でも何発も撃てば引火の危険がある。それに、やけくその自爆を狙われても困る。だからこれで終わりにさせてもらうよ」
 銃を構える間もなく、剛は額に車で轢かれたかのような衝撃を感じ、その短い生涯を無念のうちに閉じた。
 

男子13番 鈴村剛 没
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