BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
39
まばゆかった太陽もかなり西に傾いたが、日没まではまだまだ時間がありそうだった。
大場康洋(男子6番)は、周囲に気を配りながらエリアF=3の林の中をゆっくりと歩いていた。
ある理由があって夜を待っていた康洋には、時間の経過がとても遅く感じられていた。
この季節は、午後6時の放送を聞いた後でも当分の間は空が明るい。その放送までも、まだ1時間近くはある。
時間が経過すればするほど、落命するクラスメートが増えることが予想されるので、康洋の神経はかなり苛立っていた。
早く何とかしたいのではあるけれど。
そんな時、康洋の視界に自然物とは思えないものが飛び込んできた。
急いで大木の陰に身を隠し、その物体を注視した。
何気なく地面に置かれているように見えるその物体は、半分が白く、半分が黒っぽい。さらに何やら棒のような物が突き出ているように見える。そして、全く動く様子はない。
もう少し近寄らないと確認は困難だった。
康洋は慎重に一歩一歩、その物体に接近した。
そして、ある程度の距離まで迫ったところで康洋は唾を飲み込みながら足を止めた。
どうやらセーラー服姿の女子が横たわっているようだったからだ。
相変わらず、全く動きをみせる気配はない。
死んでいるのだろうか。
ここはプログラム会場なのだから、死体が転がっていても何の不思議もない。偶然、今までは目撃していなかったが。
だが見たところ、周囲に血の海などはなく、体に大きな傷があるようにも見えない。
もっとも、見えているのは背中側だけなのだけれども。
あえて死体に触りたくはないのだが、誰であるかだけは確認しておいた方が良いだろう。
さらに接近しながら考えた。
死んだフリをして、接近する者を油断させて不意を突くという計略もありうるだろう。
そんな策に嵌って倒されるわけにはいかない。今は、大事な作戦の準備中だ。決して中途で斃れてはいられない。
康洋は足下から小石を数個拾うと、倒れている女子に向かって投げつけた。
何個かは命中したはずだが、女子はピクリとも動かない。
やはり、死んでいるのだろう。血が流れていないということは、絞殺か毒殺かそれとも・・・
頭をフル回転させながら前進した。
地面に注目すると、複数の人物と思われる足跡が入り乱れている。
ここで戦闘が行われたことは明らかだ。この女子はその戦闘の犠牲者なのだろうか。
女子を倒した者が、まだ周囲に潜んでいないとも限らない。
康洋は、さらに警戒心を強めながら女子の顔の側に回りこんだ。
目がそっと閉じられている横顔を確認した康洋は、思わず息を呑んだ。
女子は、自分とは比較的親しい蒲田早紀(女子6番)だったからだ。
また1人、大事な友を失ったショックが康洋の全身を包んだ。
だが、そこで康洋は首を傾げた。
絞殺されれば顔面が鬱血しているはずだが、その様子はない。
毒殺と考えるにしても、嘔吐した形跡もない。
それ以前に、顔色が良すぎる。まるで、生きているかのように。
まさか・・・
康洋は早紀の肩をじっと見た。
間違いない。肩はゆっくり上下に動いている。つまり、呼吸をしているわけだ。
早紀が死んでいないことに胸を撫で下ろしながら、康洋は頭を捻った。
いくら疲労していたにせよ、こんな場所で女子が睡眠をとるはずもなく、気絶しているとしか考えられない。
戦闘を目撃したショックで気絶しているのだろうか。
しかし、戦闘が行われているのはすぐ目の前だ。
プログラム中に勝者の目前で気絶していれば、殺されてしまうのが自然であろう。
いろいろ特殊なケースも考えられるところではあるけれど。
では、何者かに当て落とされているのか。
早紀が錯乱して誰かに襲い掛かったとすれば納得できるが、この場合、当然相手はやる気になっていない人物ということになる。
であれば、気絶した早紀を連れて行くか、あるいはもう少し目立たない場所に寝かせるはずで、このまま放置するのはどうにも不自然である。
そこで康洋は自嘲した。
・・・馬鹿か、俺は。
考えているよりも、早紀を覚醒させて事情聴取する方が、早くて正確なことは明らかだから。
康洋は、周囲に目を配りながらゆっくりと早紀の肩を揺すって覚醒させようとした。
相手が女子なので、気をつけないと痴漢行為と誤解される。起こすためであっても、胸や腹に触るわけにはいかない。
やがて早紀は深い吐息とともにゆっくりと両のまなこを開きかけた。と、突如早紀は大きく目を見開いたかと思うと、ばね仕掛け人形のように飛び起きて、康洋に向かって身構えた。
だがすぐに康洋の顔を確認したらしく、照れ笑いを浮かべて手を下げながら言った。
「康洋君だったのね。よかった。変な人だったらどうしようかと思った」
早紀に飛び掛られるのではと一瞬緊張した康洋はホッとしながら、同じ言い回しで答えた。
「安心してもらえてよかったよ。勘違いされたらどうしようかと思ったよ」
だが笑みを浮かべかけた早紀は、いきなり顔を顰めて右脇腹に手を当てた。
驚いた康洋は、思わず言った。
「どうしたの? そこを殴られたの?」
早紀は脇腹をさすりながら小さく頷いた。
康洋は、早紀の肩に手を置きながら優しく訊ねた。
「誰にやられたの?」
早紀は乱れた呼吸を少し整えようとした後で答えた。
「盛田君よ。盛田君にいきなり殴られたの。多分、それで気絶したみたい」
守だと? 俄かには信じられなかった。
盛田守(男子19番)といえば、女子の前に出ると緊張して声も出なくなるような男だ。
その守が女子を殴り倒すなど常識的には考えられない。
もし、早紀が守を襲ったのだとしても、守ならば逃走を選択するはずだ。守の方が明らかに俊足だから。
プログラムという条件下では常識など通用しないのかもしれないが。
ようやく落ち着いた感じになった早紀の声がした。
「あたしは絶対盛田君を許せない。正義の味方のフリをして、突然の一撃なんだもの。あ、まさか・・・」
早紀はくるりと回って康洋に背中を向けた。不安になって下着をチェックし始めたようだ。
康洋は視線を逸らしながらも優しく声をかけた。
「守に限って、それはありえない。保証してもいい」
早紀は、スカートを持ち上げたままで答えた。
「たとえ盛田君がそうであっても、気絶している間に他の人に・・・ということもありえるでしょ?」
それは否定しようがないけれど、早紀の倒れていた姿勢を考えるとおそらく大丈夫だろうと思えた。
やがて、服装を整えなおした早紀が向き直りながら呟くように言った。
「どうやら確かに無事だったみたい。良かった・・・」
康洋も安心して、さらに詳しく事情を聞いた。
状況を把握した康洋は微笑みながら言った。
「それは君を守るための、やむをえない選択だよ。あいつは女の子にしがみつかれたら緊張して戦えないのさ」
早紀はかぶりを振った。
「そんなの信用できないわよ。守りたい相手を気絶させるなんて無茶苦茶よ。おまけにそのまま放っておくなんて、最低じゃないの」
康洋は諭すように言った。
「信じてやってくれよ。あいつは女の子を連れて歩ける奴じゃないんだ。こうするしかなかったんだよ、きっと」
早紀はふくれっ面になって答えた。
「例えそうだとしても、気絶した女を放置する男なんて許せない。無責任じゃない」
早紀の言っていることは決して間違ってはいない。確かに放置するべきではない。だが、守の場合には・・・
康洋は早紀を説得することは諦めて、話題を変えた。
「ところで君はどうするつもりなの?」
早紀は真面目な表情に戻って答えた。
「どうしていいか分からなくて、ウロウロしてたのよ。当たり前なんだけど、あたしは死ぬのは嫌。だけど、そのために殺人なんてしたくないし、誰か信用できる人と一緒にいたいと思ってた。会ったのが康洋君で良かった」
最後は、本当にホッとした口調だった。
さらに早紀は、康洋の顔を安心しきった目つきで見上げながら言った。
「康洋君は、どうするの? 出来れば、ずっと一緒にいて欲しいんだけど」
康洋は力強く頷きながら答えた。
「もちろん、そのつもりだよ。これ以上、誰も死なせたくないしね」
その言葉に含みがあると感じたのか、猫なで声になった早紀が言った。
「何か、企んでいることがあるの?」
危険な相手には話さない方が良いことだが、早紀なら大丈夫だろうと康洋は判断した。
微笑しながら、早紀の肩に手を置いて答えた。
「夜になったら、政府の連中に天誅を下すつもりだ。本当は大河内や芝池と協力できるとベストなんだけど、会えないから1人で準備していたんだ」
早紀は目を輝かせながら答えた。
「凄いじゃない。成功したら、皆が助かるかもしれないわけよね。何か、あたしに手伝えることはないかしら。政府をやっつけるなら、あたしも協力したいもの」
この言葉は、康洋を心から喜ばせた。
準備自体はあらかた終わっていたけれど、自分の戦いが孤独ではなくなったことが、何よりも嬉しかった。
自然に口から言葉が出ていた。
「有難う。お言葉に甘えて手を借りようかな」
満面の笑顔で大きく頷いた早紀を連れて、康洋は再び歩き始めた。
自分たちの戦いに向かって・・・
ただ少し離れた潅木の中から2つの目が覗いていたことは、康洋の知るところではなかったけれども。
<残り28人>