BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


40

 プログラム本部のボロ校舎にも、眩い西日が差し込んでいる。
 印藤少佐(プログラム責任将校)は、自分の席で書類を整理しながらふと担当官の席に目をやった。
 担当官の鳥本美和は机に頭を埋めて居眠りをしている。
 何でこんな小娘が担当官なのだ。何でこんな小娘の下で俺は働いているんだ。
 おまけに居眠りなんぞしおって・・・
 形式的には上司で、おまけに女性なので叩き起こすわけにもいかない。
 一応は放送に間に合えばオーケーなので、苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた印藤は自分の目覚まし時計を午後6時10分前にセットして美和の前に置いた。

 印藤はプログラム専属将校で、毎月のように全国のどこかで務めを果たしていた。
 かなりのベテランであり、上司の信頼も篤かった。
 だが、今回のプログラム。
 年下の担当官というのは、印藤にとっては初めてだった。同様に新米担当官というのも初めてだった。
 それだけ自分が担当官の補佐役として高く評価されていることを意味しているわけなのだが、印藤としては小娘が上司になるなど耐えられなかった。いつも、担当官を尊敬しながら業務を遂行してきたのだから。
 教員の資格が無いと担当官にはなれないので、高卒の印藤がいくら頑張っても担当官になることは出来ない。永遠に自分は中間管理職なのだということを思い知らされて、不快感はかなりのものだった。
 おまけに、パンフレットを見ながらでないとルール説明もできない担当官に、強い苛立ちも覚えていた。
 それでも表向きは担当官を補佐して、プログラムを円滑に遂行させなければならない。
 自分を事実上の担当官だと思うことにして、何とか自分のやる気を引き出そうと努めることにしていたのだった。
 さらに、今回は別の問題があった。
 実際、船に乗ってから生徒の資料を開いて蒼ざめた。
 何とこのクラスには総統の姪である
三条桃香(女子11番)がいたのだから。
 同じく蒼白になった兵士が話しかけてきた。
「桃香様がいらっしゃるなんてとんでもないことです。桃香様に万一の事があったら、われわれは無事では済まないでしょう。何とかなりませんか」
 印藤は急いで上司に連絡を取ったが、厳正な抽選なのでどうにもならないとのことだった。と同時に、桃香が落命しても印藤たちが咎められることはないと告げられた。
 それを聞いて兵士たちはホッとしたようだったが、印藤は安心できなかった。桃香を死なせてしまえば、後日に総統から刺客を派遣されるだろうと考えた。
 善後策に悩んでいると、船室に仕掛けた盗聴器からの情報を集めていた兵士が大声で叫んだ。
「担任にプログラムだと見破られた。生徒を海に飛び込ませて逃がそうとしている」
 もはや一刻の猶予もならない。
 生徒たちを逃がしてしまえば、自分たちは確実に切腹だ。
 印藤は兵士たちを率いて船室に踊りこんで、逃走を防いだ。
 この時、桃香が飛び込もうとしていれば、過失を装って1人だけ見逃すつもりだったのだが、桃香には飛び込むそぶりはなかった。
 こうなっては、プログラムを進行させざるをえない。
 手はずどおりに進み、島についた船から眠っている生徒たちが順番に運び出されていった。
 その間も、印藤は桃香を死なせない方法を必死で考えていた。
 そこへ、1人の兵士が駆けつけてきた。
「われわれの身分では桃香様のお体に触れるわけにはいきません。お願いします」
 確かにその通りだ。自分の身分でも、かなり恐れ多いけれど。
 担当官に依頼することも考えたが、美和は非力そうで、桃香を運べるとも思えない。女兵士を連れてこなかったことを悔いながら、印藤は船底に向かった。
 他の生徒は既に運ばれた後で、広い倉庫内に桃香1人だけが眠っていた。
 気品に溢れた寝顔を見ながら、印藤は考えた。桃香を逃がす良い機会ではないかと。このまま桃香抜きでプログラムを開始させることも考えたが、それでも本人の同意だけは得ておきたかった。
「桃香様。桃香様」
 耳元で何度か呼びかけると、桃香はうっすらと目を開いたかとおもうと、いきなり立ち上がって印藤をにらみつけた。
「ここは、先ほどの船底のままですね。プログラムはどうしたのですか。私だけを起こして何の真似ですか」
 きつい口調の桃香に、印藤は最敬礼してから答えた。
「桃香様、今のうちにお逃げくださいませ。あるいは、このまま船に搭乗なさっていてもかまいません。ご安心ください。桃香様ならば、逃げても罪にはなりませぬ」
 桃香の口調はさらにきつくなった。
「私も国民である以上、選ばれれば参加する義務があります。命を落とす覚悟も出来ています。私が逃げれば総統閣下の顔に泥を塗ってしまうことになるのですよ。そんなことも解らないのですか。私を逃がせば、間違いなく貴方たちが処分されることになるでしょうね」
 印藤は頭を下げたまま答えた。
「勝手なことを申し上げてすみませんでした。しかし、われわれは心から桃香様のお命を案じているので御座います」
 桃香は普通の口調に戻った。
「その気持ちだけは受け取っておきます。ありがとう。でも、私は自分の身分を利用して助かろうとは思いません。全力でプログラムを戦い抜くだけです。それで死んだら仕方ありません。それがプログラムですから」
 印藤は桃香を逃がすことを諦めて、背後の兵士に合図を送った。
 すると、1人の兵士が首輪を持って進み出た。
 印藤は恭しく言った。
「では、誠に恐れ多いのですが首輪を装着させていただきます。その前に首輪の外し方をご説明しておきます」
 再び桃香の口調が鋭くなった。少々怒りを含んでいるようだった。
「お黙りなさい。プログラムは公平に行われるべきです。私だけが事前に外し方を知っていることは許されません。装着するところを見ること自体、不公平だと思います。目を閉じますので、その間に着けなさい」
 印藤は仕方なく、そのまま桃香に首輪を装着した。外れやすいように細工をすることも可能だったが、バレたら逆鱗に触れると考えて施行はしなかった。
「では、プログラム会場へご案内申し上げます」
 印藤の言葉に、桃香はまたもや不快感を露にした。
「まだ解らないのですか。私だけが事前に会場を見てしまうことも不公平なのですよ。とにかく、他の子と同じように扱ってください。私はクラスの子と堂々と戦いたいのです。私だけに有利な武器が渡るような配慮も禁止しますよ」
 桃香にマシンガン入りのデイパックを優先的に回すことを企んでいた印藤は、先手を打たれて返事が出来なかった。
 桃香が続けた。
「万一、不公平な扱いがあった場合は、事後に貴方たちを厳重に処分します。もっとも、私が優勝すればの話ですが。さぁ、もう一度先ほどのガスを使って私を眠らせて会場に運びなさい。私を抱き上げることに関しては、許可しておきますから」
 印藤は、深く下げた頭を上げることができなかった。
 まさかこの自分が女子中学生を心から尊敬することになるとは夢にも思わなかった。
 桃香の強敵になりそうな者が不利になる配慮も企んでいたのだが、思いとどまった。桃香を尊敬したからこその決断だった。
 トトカルチョのために用意していた金は全て桃香に賭けることとした。不正をすることなく純粋に桃香を応援するつもりだった。
 しかし、出発する桃香に声をかけたのは失敗だった。
 賭けの対象にしていることを瞬時に察知されてしまったらしかった。
 明らかに印象を悪くしてしまっただろう。
 担当官といい、桃香の存在といい、どうも今回のプログラムは自分にとってはロクでもないモノのように感じられていた。

 印藤は控え室に移動して、各生徒の動向を確認した。
 言動から考えて脱出を夢見ていると推察される生徒が多いのも、担当官が生徒に甘く見られている為だと考え、イライラが募った。
 
藤内賢一(男子16番)が首輪の外し方を見切っていると発言したことに関しては、恐らく実行はしないだろうと考えて首輪の爆破は思いとどまった。無論、厳重に監視する対象にはしたのだが。
 
芝池匠(男子12番)大場康洋(男子6番)今山奈緒美(女子3番)などにも不穏な発言が見られたが、いづれも脱出の実現には程遠いと判断した。
 問題の桃香は、今までに3人を無難に始末している。強そうな男子も倒しており、十分に優勝候補と言えそうだった。
 やる気の者では、
蜂須賀篤(男子14番)が傑出しているように思われた。やる気ではなさそうだが、矢島雄三(男子20番)の強さも目に付いた。
 ちなみに、トトカルチョの人気は桃香・篤・雄三がトップ3だった。陸軍大臣は篤に、教育長は雄三に賭けているらしい。桃香に賭けている者の中には不正を期待している者も少なくないのだろうけれど。また、頭脳派の賢一や匠、文武両道に優れた
大河内雅樹(男子5番)も穴人気していた。
 それ以外では、ほとんど人気のなかった
川崎来夢(女子9番)が頑張っているのが注目に値した。
「まだまだ終了までは時間がかかりそうだな」
 そっと呟いた印藤の心はなかなか晴れなかった。


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