BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
41
エリアD=5の山道は深い森に覆われている。日没前なのにもかかわらず既に薄暗い。
浦川美幸(女子4番)は前を歩く速水麻衣(女子15番)の背中を何気なく見詰めた。
麻衣は数歩ごとに立ち止まっては四方に気を配っている。それどころか、樹上にも抜かりなく注意を払っているようだった。
自分も同じようにするべきなのだろうが、どうにも頭が重い。
視線を感じたらしい麻衣が振り向きながら言った。
「どうしたの? あたしはまだ疲れていないから大丈夫よ」
「なら、いいけど・・・」
美幸は小声で答えたが、麻衣の表情を見る限り、麻衣にもそれほどの余裕があるとは思えない。
麻衣と助け合いながら頑張らなければいけないのだが、できない自分が歯がゆくて仕方なかった。
こんな自分にでも出来そうなことと言えば・・・
美幸は比較的臆病な性格だった。
プログラムと知った時には目の前が真っ暗になって、どうしてよいのか解らなかった。
茫然自失のまま船底の壁を叩いて暴れてしまい、親友の麻衣になだめられてもなかなか落ち着くことが出来なかった。
そして平常心とは程遠い状態のままで校舎を出た。
とにかく全てが恐ろしく、しばらくは闇の中を夢中で走り、息切れしたところで倒れ込んでしまった。
呼吸を整えて少しだけ落ち着いた美幸は、デイパックの中を確認した。
出てきたものはジャックナイフと呼ばれる折りたたみ式の刃物だった。
こんなものでは、素手の男子に襲われても身を守れるとは思えない。
考えてみれば、出発地点で少し待っていれば大河内雅樹(男子5番)と合流できたはずだった。
雅樹ならば、こんな状況でも冷静に行動できるであろうから、自分を同伴して護衛してくれたと思われた。
出発直後の精神状態がどうにも惜しまれたが、最早手遅れだった。
溜息をつきながら周囲を見回すと、自分のいる場所は水田地帯のようだ。
ひとまずあぜ道の陰に身を隠したが、今後どうするべきか全く判らなかった。
自分に殺人が出来るとも思えず、単に死を待っているにすぎないように感じられた。
このような見知らぬ場所で、自分は一人で淋しく死んでいかなければならないのだろうか。
考えれば考えるほど気分が沈んでいく。
せめて麻衣が一緒にいてくれればと思ったが、麻衣を探しに行く気力などどこにも残ってはいない。
家族の顔が頭に浮かぶ。麻衣たちとの楽しい想い出が走馬灯のように甦る。
このまま涅槃に旅立つ運命を疑うことは出来ず、自然に涙が溢れ出てきた。
いつのまにか、声を出して泣いていた。
どれほど泣き続けたことだろう。
ふと、気配を感じて顔を上げた。
同時にこの上もないほどの後悔の気持ちが湧き上がった。
声を出して泣いていては、身を隠している意味がないではないか。
こんな簡単なこともわからないほど、自分は理性を失くしているのか。
そして、そんなつまらないことのために自分はあっさりと落命してしまうのか。
だが目の前に現れた増沢聡史は、意外にも自分を攻撃することもなく優しく声をかけてきた。
急に嬉しくなってきた。
まさに地獄で仏に会ったような気分だった。
全ての警戒心を失い、聡史に自分を委ねようとしてしまった。
しかしその行動は、声を出して泣いたこと以上に後悔する結果をもたらすこととなった。
聡史の催眠術に操られた自分は、こともあろうに無二の親友である麻衣を襲ってしまったのだ。
もし石川綾(女子1番)が現れなければ、自分は麻衣の命を奪ったかもしれないのだ。
思い出すさえも恐ろしい。一つ間違えば、この手で麻衣を・・・
麻衣は気にしていないように振舞っているが、親友に襲われたショックは消えてはいないだろう。きっと、一生・・・
自分の意志で襲ったわけではないのだけれども、この罪は決して消えるものではないと思われた。
おまけに催眠術の影響が残っているのか綾に首筋を強打された後遺症なのかは判らないが、どうにも頭が重くスッキリしなかった。
麻衣と同伴できることは幸せだったが、このままでは足手まといになるのではないのかという不安を拭えないのだった。
こんな自分にでも出来そうな罪滅ぼしといえば・・・
美幸は、麻衣には決して言えないある決意を胸にしていた。
「少し、休もうよ」
麻衣の声に頷いて、美幸は道端の切り株に腰を下ろした。
丁度休みたいと思っていたところで、良いタイミングだった。
背後は小高い丘のようになっているが、それ以外の方向は比較的木がまばらで見通しが良い。
どちらから襲われても逃げ道は確保できそうで、休憩場所として適当と思われた。
それでも麻衣は四方を十分見回すまで腰を下ろそうとはしなかった。
疲れていた2人はしばらく無言だった。
警戒を緩めない様子の麻衣を見ながら、もう一度謝っておくべきだろうかと考えた。襲ったことと、現在も自分が役に立っていないことを併せて。
「ごめんね」
思わず口に出た。
「何、言ってるのよ。あたしだって美幸がいるからこそ頑張れるんだもの。お互い様よ」
麻衣の返事は予想通りだった。そう、今までいつも自分たちは助け合って生きてきた。
コンディションの悪そうな自分を麻衣が庇っているのは自然な流れだ。だが・・・
美幸は話題を変えた。
「これから、どうするの?」
麻衣は、相変わらず周囲に目を配りながら答えた。
「2人だけではどうにもならないと思うの。だから、信用できそうな人を探そうと思ってる。人数が多ければ襲われてもどうにかなるかもしれないし、現状を打破する名案が浮かばないとも限らないでしょ。もちろん、美幸が反対するならやめるけど」
美幸は俯いたままで答えた。
「反対する気はないわ。このままだと麻衣が休めないし、また増沢君に会ったら嫌だし。でも、誰を信用するの? いつも女の子に優しい増沢君があのザマでしょ。絶対大丈夫そうなのって、大河内君と奈緒美くらいしかいないでしょ」
言いながらも、自分の疑い深さが嫌になる。だが今の気持ちでは、麻衣と雅樹と今山奈緒美(女子3番)以外を信じる気にはなれない。
麻衣は微笑みながら言った。
「今の美幸だとそうかもしれないわね。無理もないわ。でもね、奈緒美と特に親しい子たちならば大丈夫だと思う。あかねとか理香とか奈央とか。男子でも大場君や芝池君なら心配ないと思うわよ」
いまいち納得できなかったが、現状では麻衣の判断力の方が正確だろう。
「そうね、その人たちならば安心できそうね。早く誰かに会えるといいね」
努めて明るく振舞いながら言った。
その時、頷いた麻衣の表情が急に険しくなるのを感じた。
麻衣は素早く立ち上がって凛とした声を出した。
「そこにいるのは、誰?」
美幸は麻衣の視線の先を追った。
左手の木々の間からゆっくり姿を現したのは、蜂須賀篤(男子14番)だった。
とても安全な人物には見えない。
美幸はそっと立ち上がったが、全身がガタガタ震えるのを抑えることは出来そうになかった。
篤が口を開いた。
「もう少し忍び寄って驚かそうと思ったんだけど、流石に警戒心充分だね」
麻衣は厳しい表情のままで言い返した。
「命がけなんだから、当然じゃないの。悪いけど、あたしたちは貴方と一緒には行動したくないの。これ以上近寄ったら敵とみなすわよ」
だが、篤は警告を無視して少しずつ接近してくる。
麻衣の口調がさらに厳しくなった。
「もう一度だけ言うわ。それ以上近づいたら遠慮なく攻撃させてもらうけど、それでもいいの?」
麻衣の支給品は戦闘向きのものではなかった。だから、麻衣はハッタリをかましているわけだ。それでも堂々としている麻衣には、ひたすら感心するのみだ。
だが、この男は全く怯える様子がない。それに、右腕を背後に隠しているのが気になる。何かを持っているのか。
篤が言った。
「君たちがどんな武器を持っていようとも、俺は何も恐れはしない。なぜなら、これ以上の武器はないはずだからだ」
言い終えると同時に篤は右腕を前に出して、握っていた大きな銃のようなものを構えた。
あれは多分、テレビドラマとかで見たマシンガンというものだろう。
自信ありげだった麻衣が、一瞬で硬直するのを美幸は感じた。
篤の顔を見た段階で迷わず逃走するべきだったのかもしれない。だが震えている自分を横目で見た麻衣には、逃走を選択することが出来なかったのだろう。
そして、最早逃げられる間合いではなかった。
篤の言葉が続く。
「君たちに何の恨みがあるわけでもない。だから、君たちの命を奪うのはとても心苦しい。でも、仕方がないんだ。勘弁してな、速水さん、浦川さん」
これではどうしようもない。自分の決意も何の役にも立ちそうにない。
このまま麻衣と枕を並べて討ち死にするしかなさそうだ。
美幸は観念して目を閉じかけた。
その時、左手の丘の上で何かが弾けるような音がした。
新たな襲撃者だろうかと思って目を開くと、目の前の篤が音の方向に銃口を向けるのが見えた。
と同時に、コンクリートが砕かれるような連続音がして、丘の上の草木が弾けとんだ。
篤の意識が自分たちから逸れたこの瞬間は、美幸にとって千載一遇のチャンスとなった。
まず、横に立っていた麻衣を渾身の力で突き飛ばした。
美幸に対しては何の注意も払っていなかった麻衣は、あえなく吹っ飛んで叢の中に倒れた。
これで、一時的にせよ篤の位置から麻衣の体は見えなくなったはずだ。
続いて美幸は、大声を出した。
「今のうちに逃げるわよ」
と同時に、右手の方向に全力で走り始めた。自分のどこにこんな力が残っていたのだろうかと思うほど機敏に動けた。いつのまにか、頭もスッキリしている。
ワンテンポ遅れて、篤が自分を追ってくる気配を感じた。
これで、作戦成功だ。
篤が美幸しかいないことに気付いても、わざわざ麻衣を探しには戻らないだろう。自分よりも麻衣を優先して殺さなければならない理由など、篤にはなさそうだから。
ただ美幸には、麻衣が丘の上の人物に襲われてしまう可能性について考える余裕はなかったけれども。
所詮、自分が篤から逃げ切れないのは判っている。現に、マシンガンの音はどんどん近づいてくる。でも自分がすべきことは、とにかく篤と麻衣を引き離すことだ。
ある程度走ったところで、美幸は足を止めて向き直った。これで充分だ。ここまで離れれば、麻衣は楽に逃げられるはずだ。
美幸の意図を理解したのだろうか、目前の篤はしまったという表情をしながら手を動かした。
途端に美幸は全身に何かが埋め込まれる感触を覚え、そのまま仰向けに倒れた。
これでいいんだ。あたしはこれで。さよなら、麻衣。絶対、絶対に生き延びてね、麻衣・・・
こんな自分にでも出来そうな罪滅ぼし・・・
それは、麻衣が襲われた時に麻衣の盾になること・・・
とても満足そうな表情を浮かべたまま息絶えた美幸に、篤は摘んできた草花を供えて背を向けた。
女子4番 浦川美幸 没
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