BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
42
ここまで来れば大丈夫かな。
森の中を走っていた細久保理香(女子18番)は一息ついた。
理香の左手には、もう一人の人物の手首がしっかりと握られている。
その人物、すなわち速水麻衣はガックリと膝をついてすすり泣きを始めた。
どう声をかけるべきなのか判らないが、あの子は麻衣の無事を望んでいたはずだ。
理香は麻衣の肩に手を置きながら言った。
「ひょっとしたら助かってるかもしれないし・・・」
麻衣は肩を震わせたまま返事をしなかった。
その時、いきなりスピーカーのスイッチが入ったような音がして政府の放送が始まった。
理香は単独行動を強いられていたが、それでも大河内雅樹や今山奈緒美、あるいは佐々木奈央(女子10番)に会いたい一心で会場内を彷徨っていた。
一方で、誰も入った形跡のない商店に侵入して保存食や使えそうな物品を調達することも怠らなかった。持ち物が重くなりすぎないように配慮する必要はあったが。
無論その間も目と耳をフル活動させて、周囲をサーチし続けた。危険人物に接近されないことが重要課題だからだ。
しかし、女子としては体力のある理香も流石に疲れてきた。
本来ならば入浴して布団に入りたい気分だった。
といっても、プログラム会場での入浴はほとんど不可能であるし、単独行動での睡眠は自殺行為に等しい。
休養したい気持ちと、早く仲間を見つけたい気持ちが激しく交錯したが、とにかく一旦休むことに決めた。
といっても、しばらく腰を下ろして飲食するだけのことなのだが。
エリアD=5にいた理香は、小さな丘を見つけて登ってみた。
近くにはそれ以上に高い場所がなく、上から見下ろされる心配はない。
草も茂っているので下からも見難いと思われ、比較的安全な休憩場所と考えられた。
大きな石に腰掛けて、時々周囲を確認しながら調達品のビスケットを頬張り、缶ジュースを飲み干した。
一息ついた理香は今後のことをいろいろと考えてみたが、やはり仲間は必要であると結論付けた。
単独行動がこれ以上続けば、体力が尽きるのは時間の問題だからだ。仲間と交代しながらの仮眠は必須である。
当然ながら、寝首をかかれる心配のない相手を見極めねばならないけれど。
奈央は大丈夫かなぁ。
奈緒美、どこにいるの・・・
雅樹君、会いたいよ・・・
? 誰か来た!
そこで理香の目は山道を登ってくる2つの影を捉えた。
理香は姿勢を低くして息を潜めながら、草の隙間から相手を確認しようとした。
丁度丘の真下で休憩を始めた2人は、どうやら速水麻衣と浦川美幸のようであった。
この2人と自分の関係はまあまあといったところで、無条件に信頼できる相手ではない。
基本的に危険人物には見えないが、親友同士の2人が組んで、クラスメートを殺戮している可能性が皆無とは言いきれないだろう。
そこで、理香はしばらく2人を密かに観察することとした。安全そうなら、偶然を装って顔を出せばよい。
見たところ、麻衣は周囲を充分警戒しているが美幸はボーッとしているようだ。
麻衣にさえ見つからなければ大丈夫だろうと判断して、美幸からは見えるが麻衣には見えない位置にそっと体をずらした。
自分も美幸しか観察できなくなるが、それで充分だと考えた。
美幸を盗み見しながら、耳を澄ませて2人の会話を聞き取ろうと神経を集中した。時々、他の方向にも注意を払わざるを得ないのが難儀ではあったけれど。
相変わらず麻衣は用心深いようで声はほとんど聞き取れないが、美幸の声はどうにか聞き取れる。どうやら仲間を作ろうとしているらしい。
それならば2人は危険人物ではない。自分の仲間に出来そうだ。
と思ったとき、2人に忍び寄ろうとする蜂須賀篤の姿が理香の視野に飛び込んできた。
背後に隠した手に大きな銃のようなものが見える。明らかにやる気だと判断できる。
早めに飛び出して攻撃すると、麻衣と美幸が別方向に逃げた場合に片方しか倒せない公算が高い。忍び寄ろうとしているのは、2人とも仕留めるためだろう。
麻衣たちに声をかけて逃走を促すことは可能だが、今度は自分の身がピンチになりかねない。といって、2人を見殺しにもできない。
どうするべきか迷っているうちに、麻衣が篤を発見したようだった。しかし、既に安全に逃げられる間合いではなさそうだ。
理香は調達品の爆竹とライターを取り出して、いつでも使えるように身構えた。
麻衣は虚勢を張って篤を追い払おうとしているようだったが、篤には効果がなさそうで、2人は絶体絶命の状態になってしまった。
もはや躊躇してはいられない。篤の注意を引き付けて、その間に2人を逃がす他はない。
理香は爆竹に点火して少し離れたところに投げ、身を伏せた。
策略は成功し、敵が現れたと思った篤は丘のほうに発砲し始めた。無論、離れて伏せている理香には当たらない。
早く逃げて欲しいと祈っていると、美幸の声がした。
あ、あんな大声出してしまったら意味がないじゃない、馬鹿!
と思いながら顔を上げると美幸が1人で逃げていくのが見える。篤がその後を追っているのも。
あれ? 麻衣は?
と思い、見回すと叢に倒れて上半身だけを起こした姿が見える。
瞬時に美幸の意図を悟った。
どんな事情かはわからないが、美幸は自分を犠牲にして麻衣を逃がそうとしているのだ。そのためにわざと大声を出し、しかも一緒に逃げようとしているようなことを言ったのだ。
高い位置からだから、状況がよく判る。残念ながら、美幸が篤から逃げ切れるようには見えない。2人の間隔は着実に詰まりつつある。そして、自分には美幸を助ける手段は残されてはいない。
思わず拳を握り締めた。涙がこぼれそうになった。
が、そこでわれに返った。涙を振り払った。
こうなったら、決して美幸の犠牲を無駄にしてはならない。絶対に麻衣を死なせてはならない。だから、自分が麻衣を助けなければならない。
理香は必死で駆け下りると、立ち上がって呆然としている麻衣の腕を掴んで美幸が逃げたのとは別の方向へ走り始めた。もう片腕には、2人分のデイパックを抱えて。
驚いた麻衣が、引きずられるようになりながらも叫んだ。
「り、理香なの? ちょっと待ってよ。美幸が、美幸が危ないの」
理香はスピードを緩めずに答えた。
「それは、解ってるの。でも、行っちゃダメ。行ったら美幸の気持ちが無駄になるから」
背後から、マシンガンと思われる銃声が聞こえてくる。
「行かないと。美幸を助けないと。早くしないと、美幸がやられちゃう」
麻衣は、理香の腕を振り払おうとしながら言った。半分、泣き顔になっている。
立ち止まった理香はいきなり麻衣の頬を張った。不本意だがやむをえない。
驚いた表情の麻衣に、厳しく言葉を浴びせかけた。
「美幸は麻衣を逃がしたくて必死なのよ。解ってあげて。そもそもあたしたちじゃマシンガンには勝てないわよ。助けるどころか犬死にするだけだわ」
頭を垂れた麻衣に、今度は優しく言った。
「だから、麻衣が無事でいることこそが美幸の救いになるのよ。ね」
それに対して麻衣は呟くように言った。理香への返事というよりも独り言に近かった。しかも、理香には理解できない内容だった。
「どうして、どうしてなの、美幸。あたしは襲われたことなんか何にも気にしていないのに」
ふと気付くと、背後のマシンガンの音はいつのまにか消えている。
それは、美幸が逃げ切ったかまたは散ったことを意味している。だが、恐らくは・・・
状況を把握した麻衣は唇を噛み締めたまま微動だにしなかった。
ぐずぐずしていると、篤が戻ってくるかもしれない。これ以上、ここに留まるわけにはいかない。
再び、理香は麻衣の手を握って走り出した。
もう麻衣は抵抗しなかった。
理香は時計を見た。放送はピタリと定刻どおりだった。慌てて、メモの用意をした。
“皆さん、調子はいかがでしょうか。担当官の鳥本美和です。午後6時の放送です。疲れている方もいらっしゃるでしょうが、しっかり耳を傾けて聞き逃さないようにして下さいね。まずは、今までに亡くなられた方のお名前を亡くなった順番に申し上げます。男子2番 阿知波幸太君、女子12番 千代田昌子さん、男子17番 増沢聡史君、男子13番 鈴村剛君、女子4番 浦川美幸さん 以上5名の方々です。ご冥福をお祈りいたします”
美幸の名前が呼ばれ、理香はグッと奥歯を噛み締めた。
仕方がなかったとはいえ、美幸を見殺しにしたような後味の悪さはどうしても残る。たとえ美幸がそれを望んだのだとしても。
足下でうなだれている麻衣は、自分以上に辛いはずだ。横目で見ると、全身が小刻みに震えている。
いけない、ここは自分がしっかりしなければ。
放送は続いている。
“続いて今後の禁止エリアを発表いたします。まずは午後7時からH=5です”
学校の南側の草原地帯だ。
“続いて午後9時からA=4です”
北方の海沿いだ。
“最後に午後11時からC=8です。禁止エリアには充分注意してくださいね”
北東の集落付近だ。
そこで、またもや印藤が放送に割り込んだ。
“言うまでもないが、これから夜になる。絶好の闇討ちの機会だぞ。頑張って、どんどん殺していくのだ。わかったな、お前ら”
唐突に放送は終わった。
放送を聞くごとに政府への怒りが込み上げる。
すると、麻衣がゆっくりと立ち上がった。いつの間にか、震えが止まっている。
麻衣の瞳に静かな怒りが湛えられているのがわかる。
麻衣は、理香を見詰めながら重い声で言った。
「絶対に、絶対にあたしは政府を許さない。美幸を殺したのは蜂須賀君じゃない、政府だわ。そうでしょ、理香」
理香は大きく頷きながら答えた。
「そうよ。悪いのは政府の連中だわ」
麻衣は激しい口調で言葉を吐いた。
「こんなプログラム、転覆させて見せる。必ず美幸の仇は・・・」
理香は麻衣を抱きしめながら言った。
「そうよね。頑張ろうね、麻衣」
麻衣は力強く頷いた。
政府への反撃を誓い合った2人の横顔を夕日が暖かく照らしていた。
<残り27人>