BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


45

「クソッ、盛田の奴め。今度会ったら、絶対にぶっ殺してやる」
 エリアE=3の叢の中で
京極武和(男子10番)は、ぼやきながら右腕をさすった。
 
盛田守(男子19番)に殴られた右前腕は赤く腫れ上がり、完全に痺れたままの状態である。触れてみると熱を持っていて、ぶよぶよとした妙な手触りがする。
 骨折している可能性が高いと武和は思ったが、プログラム中にまともな医療が受けられるはずもない。
 偶然見つけた薬局から湿布を拝借して貼付しているが、気休め程度にしかならないであろう。
 左手で金属バットを振り回してみた。腕力は強い部類なので、片腕でもある程度は戦えそうだが不利は否めない。
 こんなことはしていられない。俺は死にたくない。それに何が何でも優勝して、京極家を立て直さねばならないんだ。
 武和は支給品のレーダーを取り出して目をやった。
 少し離れたところに誰かがいるようだ。
 武和はバットを握り締めなおすと、ゆっくりと歩き始めた。

 京極家は数百年前から続く豪商で、全国に影響力を持つ財閥だった。
 だが武和の祖父の代の時、新興の冷泉財閥の巧みな商売に圧倒されて京極財閥は大きく傾いてしまった。
 それでも数百年の蓄えは大きく、京極家は数十人の使用人を抱える大邸宅を維持していたし、規模を縮小することで辛うじて黒字決算を保っていられた。
 そんな中、武和が小学5年の時に冷泉財閥の跡継ぎと目されていた長女がプログラムで落命するという出来事があり、それが報道された途端に冷泉財閥の株が一時的に暴落した。
 武和の父は形勢を挽回する好機と判断し、残っていた蓄えを放出して一気の勝負に討って出た。
 しかし、この勝負は無情にも裏目に出た。冷泉財閥はすぐさま次女の存在をアピールして立ち直ってしまったのだ。
 その結果京極財閥は倒産し、父は全ての財産を失った。
 武和と両親は夜逃げ同然に首都の邸宅を離れ、香川県の親戚を頼った。
 この親戚は父の従兄で京極財閥には関わっておらず、もともと父とは不仲だったのだが、それ以外の親戚は全て破産したため他には頼るところがなかった。
 武和と両親は、この家で使用人のように働かされた。
 物心ついたときから大邸宅で育ってきた武和には、今の暮らしはとても辛かった。
 それに事情を知っているクラスメートには、かなり馬鹿にした態度を取られる事が多かった。
 いくら悔しくても、自分たちが居候であるという現実はどうにもならず、武和は失意の日々を送っていた。
 そこでプログラムに巻き込まれてしまい、正に踏んだり蹴ったりだった。
 財産を失った上に命まで失うことなどとても耐えられない。
 幸いにもというべきだろうか、クラスには親しい者は特にいない。憧れている女子が別のクラスだということも幸運といえるだろうか。
 とにかく自分が生き残る目的で、クラスメートを殺害することには何の躊躇いもなかった。
 絶対に優勝して生還するんだと自らに誓った時、優勝の特典としての生活保障に関する説明があった。
 それを聞いた武和は、さらに気合を入れ直した。
 貰ったお金を節約して使えばある程度は貯まるだろう。
 貯まったところで一から商売をやり直すことも可能だろう。
 冷泉財閥を打倒するのは遠い夢だが、それでも京極家の再建は不可能ではないはずだ。
 無論、落命しないことが第一の目標だが、ボーナス的な目標を得た気分だった。
 意気揚々と出発して、早速デイパックを開いた。
 適当な武器があれば早々に殺戮を開始したかったのだが、出てきたものは首輪を探知するレーダーだった。
 これは大変有用なアイテムで、自分が不意打ちされる心配がないなどの大きなメリットがある。
 といっても、これ自体には殺傷能力がない。出発時点での殺戮は残念ながら諦めざるを得なかった。
 とにかく武器になるものが必要と考え、見かけた民家から金属バットを調達し、レーダーを片手に獲物を探した。
 その結果、有刺鉄線の外に潜んでいた芦萱裕也を殺害することに成功した。
 もしレーダーがなければ絶対に発見できなかった対象であり、支給品に感謝すると共に、自分の強運を自覚した。
 これなら優勝は充分現実的だと考えた。
 だが、2番目に発見した
蒲田早紀(女子6番)には、忍び寄る途中でうかつにも空き缶を蹴飛ばしたために察知され、逃げ出されてしまった。
 悲鳴を上げながら必死で逃げる早紀を全力で追った。バットを振りかざしてはいても、脚力は自分の方が上回るはずで、必ず討ち取る自信があった。
 2人の距離は徐々に詰まっていき、もう少しで仕留められそうだと思った時、突如現れた守に妨害された。
 邪魔者は排除するのみだと思い懸命に戦ったが、武運つたなく敗れ、手傷を負わされる結果となってしまった。
 それでも、落命さえしなければ必ずチャンスは残っていると考えて、その場は大人しく退散したのだった。

 武和は足音を殺しながらレーダーが示した首輪の方向へ慎重に進んだ。
 本当にレーダーは重宝する。周囲に他の首輪の反応は見られないので、標的以外に注意を払う必要は全くない。
 とにかくできるだけ標的に感づかれないように近寄って、不意打ちをするだけのことだ。倒した相手から銃でも奪えればベストだ。
 やがて叢の中に腰を下ろしている人影が見えてきた。どうやら女子のようだ。
 見えるのが後姿なので個人特定は出来ないが、そんなものは必要ない。相手の確認は脳天を叩き割って屍にしてからでも充分だ。
 武和はデイパックを足下に置き、深呼吸しながらバットを振り上げた。
 後はダッシュをかけて、バットを振り下ろすだけのことだ。当然、ダッシュの気配に相手は気付くだろうが、もはや逃げる余裕はないはずだ。
 気合を込めて突撃したが、バットは頭上に掲げたままだった。突然、相手の姿が見えなくなったからだ。
 な、何だと・・・ どうなっているんだ・・・
 突如、側方から声がした。
「どこ見てるの。私はこっちよ」
 慌てて声の方向を向くと、2mほど先に立っていたのは
石川綾(女子1番)だった。
 綾は頭も良いし、運動能力も優れている。やたらと勘が鋭いというイメージもある。女子の中では
三条桃香(女子11番)吉崎摩耶(女子21番)と並んで強敵になりそうな人物である。
 厄介な相手を襲ってしまったという気もしたけれど、結局は全員を倒さなければ優勝できないのだからここで怯むわけにはいかない。
 絶対に負けるものか。必ずあの世へ送ってやる。
 綾が口を開いた。
「ちょっと休憩しようと思ってたのに邪魔されちゃったわね。悪いけど京極君に用事はないわ。どこかへ行ってくれないかしら」
 武和は怒鳴り返した。
「そっちに用事がなくても、こっちにはあるんだ。石川、お前の命を貰うぜ。お前のような卑怯者には、殺しても可哀想だとさえ思わんぞ」
 綾の目が丸くなった。
「卑怯者って? この私が?」
 武和はまくし立てた。
「お前は出発の時、やたらと怯えている芝居をしただろう。あれで俺たちを油断させようとしたんだろう。とんだ役者だぜ」
 綾は苦笑しながら答えた。
「冗談言わないでよ。そんな芝居をする余裕なんかあるわけないじゃない。本当に怖かったのよ。というか、それが自然でしょ。今は少し落ち着いたけど」
 確かに、いくら綾でもあの状況で芝居をする余裕はないかもしれない。考えすぎだったのだろうか。
 いやいやそんなことはどうでもよい。必要なのは目の前の綾に火葬場行きの片道切符をプレゼントすることだけだ。
 最初の一撃を交わされたのでかなり不利だか、負けるわけにはいかない。
 武和は再びバットを振り上げながら言った。
「とにかくお前をぶっ殺す。覚悟しろ」
 綾は一歩後退しながら答えた。
「悪いけど、私は戦う気はないの」
 武和は鼻で笑った。
「それなら好都合だ。一方的にやらせてもらうぜ」
 綾は表情を変えずに答えた。
「でも、死ぬ気もないの。だから、やられるわけにはいかないの」
 武和は呆れてしまった。思わず口走っていた。
「戦う気も死ぬ気もないってどういう意味だ。プログラムなんだぞ。優勝するか死ぬかの2つしかないじゃないか。馬鹿じゃないのか、お前」
 罵声を浴びても綾は平然としていた。
「そちらが立ち去ってくれないなら、私のほうが去ることにするわね。まだまだ1人でいたいし」
 綾の回答を聞いて、武和は焦った。
 綾が本気で逃げ出したら、バットを抱えた自分はおそらく追いつけない。
 そもそも、綾はじりじりと後ろに下がっているので、既に間合いはかなり開いている。
 逃がすわけにはいかない。どうしても、戦う気にさせなければ。
 綾をその気にさせるのに、何か適当なエサはないだろうか。
 そうだ!
 武和は懐からレーダーを取り出して、綾に見せつけた。
 眉を顰めた綾に対して、誇らしげに言った。
「どうだ。これが俺の支給品だ。周囲にある首輪の位置がたちどころにわかるという優れものだぜ」
 一瞬、驚いた表情を見せた綾だが、すぐに落ち着いた声で答えた。
「なるほど。それで、隠れていた私を見つけたわけね」
 武和は大きく頷きながら言った。
「その通りさ。戦って俺を倒せば、こいつがお前のものになるんだぜ。どうだい。欲しいだろう。欲しければ、戦うんだな、俺と」
 一呼吸置いて、綾が答えた。
「ひとつ質問するけど、そのレーダーは死体の首輪にも反応するのかしら」
 何の意味なのか判らなかったがとにかく答えた。
「反応するぜ。今までに宇佐美と坂東の死体を見つけた。それが、どうかしたのか。俺にとっては、生きている奴だけに反応する方が便利なんだけどな」
 急に厳しい表情になった綾が口を開いた。
「わかったわ。望みどおり、お相手するわ。死んでも恨みっこなしよ」
 武和はほくそえんだ。
 やっと、綾をその気にさせたのだから当然だった。
 問題は綾の武器なのだが、綾が懐から取り出したものを見て、武和は勝利を確信した。
 なぜなら、それはどうみても水鉄砲だったからだ。
 武和は叫んだ。
「残念ながら死ぬのはお前と決まっているんだ。水鉄砲で何が出来ると言うのさ」
 叫び終えると同時に、バットを振りかざして突撃した。
 勿論絶対の自信があった。
 綾が自分を倒すためには、水鉄砲で怯ませてバットを奪う以外に手段はないはずだ。
 何があっても、バットを手放さない限り負けることはない。
 綾の声がする。
「もう一度だけ、確認させてもらうわ。絶対に後悔しないのね」
 後悔なんかするわけないだろ、と怒鳴りたかったが、最早声を出すのも面倒だった。
 綾は目と鼻の先にいる。バットを振り下ろせば自分の勝利だ。
 たとえ一撃で脳天を割れなくとも、どこかに命中させれば綾の抵抗力を奪うことは出来る。
 綾が水鉄砲を構えているのも見える。
 消防車の放水ほどの水圧があるのならたまらないが、あの大きさの水鉄砲に高圧の水を詰め込んでも大したことはないはずだ。
 あんなものを食らっても、俺は絶対に怯まないぞ。
 あとは、迷わずにバットを・・・
 そこまで考えたところで、武和は胸部に強い衝撃を受けて後方に吹っ飛んでしまった。
 な、何だと。あの水鉄砲にこんな威力があるのか? い、いや、こ、これは・・・
 仰向けに倒れた自分の胸から血液が噴出しているのが自覚できる。馬鹿な・・・
 最後の力を振り絞って、綾のほうを見た。
 思わず我が目を疑った。
 なぜなら水鉄砲の先から煙が上がっていたのだから。
 意識が失われるまでの僅かの時間で全てを悟った。
 綾が持っていたのは、水鉄砲に偽装した本物の銃だったのだ。
 自分の突撃は自殺行為でしかなかったのだ。
 クソッ、お、俺は、ま、まだ死ねない・・・
 ・・・
 京極家の再建を願った武和は、こうして失意のまま三途の川を渡った。
 

男子10番 京極武和 
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