BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


47

 エリアE=10の陸地部分は全体にゴツゴツとした岩場になっていて、海に面する部分では盛んに波が砕け散っていた。
 その中でも一際目立つ大きな岩に背を預けて少年は休息を取っていた。
 体を海の方向に向けている少年の眼は軽く閉じられていたけれど、耳の方は僅かな足音も聞き漏らすまいとフル稼働していた。
 波の音が混ざっていても、人の足音を聞き分ける自信もあった。
 ただ一時、体の方を休ませようとしているに過ぎなかった。
 突如、のんびり構えていた少年の体に緊張が走った。
 研ぎ澄まされた両耳が、微かな足音を聞きつけたからだ。
 支給品を握り締める右手に力が入る。
 だが、足音は少し離れたところで止まってしまった。
 少年はピクリとも動かないままで状況を考えた。
 相手は自分の様子を窺っているのだろうか、それとも別の理由で立ち止まったのだろうか。
 自分は大きな岩の海側にいる。内陸の方からは自分の姿はほとんど見えないと思われる。
 従って相手は自分を発見したわけではなく、偶然立ち止まったと考えるのが自然ではある。
 プログラム開始以来ずっと動き続けていたので、正直なところしばらくは休憩していたかった。
 従って攻撃されない限り戦闘は控えたかったが、至近距離に他の生徒がいては落ち着かない。
 場合によっては威嚇して追い払った方が無難かもと考え、少年は支給品を握り締めながら向き直ろうとした。
 しかし、相手が声をかけてくるほうが早かった。
「俺は大河内だ。そこにいるのは誰なんだ。やる気じゃないのなら返事をしてくれ」
 どうやら、相手は
大河内雅樹(男子5番)のようだ。
 面白い人物と遭遇したものだと思い、少年すなわち
矢島雄三(男子20番)は落ち着いて答えた。
「名乗るほどの者ではない。だが、やる気ではない」

 雄三の父は万国式拳闘という四肢を使った格闘技の王者で、長年にわたって不敗を誇り、国民的英雄とまで言われていた。
 その父に加え、優しい母と年の離れた2人の兄に囲まれて育った雄三はとても幸せな子供であった。
 幼児期から拳闘のみならず種々の武道を習い、雄三は将来の格闘技界のホープであると持て囃されていた。
 だが雄三が小学5年の時に、母が交通事故で他界した。
 その時から一家の運命は大きく変わってしまった。
 母の死にショックを受けた父は調整に失敗し、王者防衛戦で新進気鋭の若者に不覚を取ってしまった。
 父は捲土重来を期したが、母の手料理を食べられなくなったことによる体のバランスの乱れを克服することは出来ず、半年後の挑戦で若い王者に返り討ちにされてしまった。
 不敗の王者であったが故に、同じ相手に2敗も喫しては現役を続行するのは不可能であった。
 引退を余儀なくされた父は酒に溺れる生活になってしまい、将来父を国会議員に推そうとしていた支持者たちも急速に離れていった。
 それでも、雄三は未来の格闘技王を目指して特訓を続けていた。
 しかし挫折を知らなかった父の生活は荒む一方で、アルコール性の肝硬変に陥り、遂に雄三が中学2年になる直前に没してしまった。
 既に社会に出て借金の取立業などをしていた2人の兄は共謀して、父の遺産を素早く2人で処分して山分けし、雄三には父は既に破産していたと告げて、遠縁の矢島家に養子に出してしまった。
 というわけで、雄三はもともとの不良ではなかった。
 だが、それまでの父の荒んだ生活の影響は、雄三に何となく不良のイメージを醸し出させていたのだった。
 そのためか、転校初日から宇佐美功たちのグループに因縁をつけられてしまった。
 不本意な転居と転校で苛ついていた雄三は、功たちを本気で叩きのめす結果となった。
 それから、功たちに不良のリーダーに祭り上げられてしまい、坂東美佐との交際を始めたこともあって、ボスの座に君臨してきた。
 自宅では養子として実子たちから虐げられており、雄三にとって学校はなかなか居心地の良い場所になっていた。
 一般に不良は学校が嫌いな場合が多いのだが、雄三は特別だった。ボスでありながら、学校もクラスメートも好きだった。
 そしてプログラムに巻き込まれた雄三は身の処し方を考えた。
 自分が本気を出せば優勝は不可能ではないだろう。大河内雅樹や
蜂須賀篤(男子14番)あたりは強敵だろうけど、自分に倒せない相手ではない。
 だが、クラスメートの約半数は戦闘には全く適さないと考えられた。そのような者たちを葬ってまで優勝する気にはなれなかった。おまけに恋人の美佐まで殺す結果となってしまう。
 従って、優勝を目指さないことだけは早期に決断できた。
 では、どうするべきかと考慮中に
三条桃香(女子11番)がクラスメートに宣戦布告をした。
 桃香の立場を考えれば理解できないこともないのだが、雄三はどうしても桃香が赦せなかった。
 そして、雄三の腹は決まった。
 桃香をはじめとして、やる気になった生徒を退治するということだった。
 自分の生存のためにクラスメートを殺すものには天誅を加えることにしたのであった。
 そして、おそらく雅樹や
芝池匠(男子12番)、あるいは今山奈緒美(女子3番)あたりは脱出を目指すだろうと予想した。
 自分の頭脳では脱出方法など思いもつかないのだが、彼らならば何とかするのではないかと思えた。
 やる気の生徒を始末することは、脱出を目指すものたちにも有利に作用するはずで、脱出が現実になれば便乗することにした。
 脱出が敵わない時には、時間切れもやむなしと割り切ることにしたのだった。
 出発後の雄三は、やる気の生徒と美佐を探して歩き回った。
 支給品は日本刀という長い剣だった。日本というのは国号が大東亜に代わる前の国名だったらしいが、そんなことはどうでもよく、とにかく種々の武芸に長けた自分にはとても扱いやすい武器であった。
 その後卑怯な作戦を使おうとした北浜達也を倒した他にはこれといったこともなく、美佐は会う前に散ってしまった。
 絶望した雄三だったが、美佐の仇を討つことを目標に加えて行動を続けることにした。
 その他、不良仲間でただ一人生存している
吉崎摩耶(女子21番)も探したかった。無論、やる気になっているのならば、摩耶といえども容赦なく討ち取るつもりではあったけれど。
 先刻出会った
細久保理香(女子18番)たちからある程度の情報を得た雄三は、一時の休息を求めて磯に向かったのであった。

 雅樹が言葉を返した。
「面白い言い方だな。だが、やる気でないのは結構だ」
 雅樹が苦笑している様子が脳裏に浮かんだ。
 無論名乗らなくても、雅樹は声で自分だと理解しているはずだ。
 雄三はぶっきらぼうに言った。
「俺を信用できるのか?」
 雅樹は即答した。
「全面的に信用しているわけではない。だからこそ、間合いを保っている。声を聞く前から、威圧感でお前だろうと思っていたけどな」
 おそらく雅樹は雄三が襲い掛かって来ても十分に対処できる準備をしていることだろう。お互いの姿は見えなくとも、互いの状況はほぼ推察できているわけだ。
 雅樹の声がする。
「お前の方針は何なのだ。やる気でないと言うのが本当ならば」
 雄三は考えたが、正直に話しても不利にはならないと結論付けた。
「俺は、やる気の連中を片付けるつもりだ。特に三条と美佐の仇は必ず仕留めてみせる」
 雅樹の返事を待たずに、雄三は続けた。
「お前は脱出を考えているだろう。やる気の連中を消すことは、お前にも有利になるよな」
 雅樹はワンテンポ遅れて答えた。
「そんな簡単に脱出なんか出来るわけないだろ。出来れば嬉しいとは思うけどな。だからお前のしてることは無駄かもしれないぜ」
 やはり雅樹は自分を信用してはいないようだ。当然ではあるのだけれど。
 だが雅樹の返事が遅れたことで、雅樹が脱出にある程度の自信を持っているのだろうと推察できた。自分に本音を話すべきかどうかを迷ったゆえに遅れたと考えられるからだ。
 それならば、自分はひたすらやる気の者を狩るのみ。いつかは雅樹も信じてくれるだろう。
 雄三は惚けて答えた。
「そうか、それは残念だ。だが、万一脱出できたら俺も便乗させては貰えないだろうか」
 再び、間合いを置いて雅樹が答えた。慎重に言葉を選んでいるのだろう。
「そんな夢物語のようなことが実際に出来たら、その時は考える。だが、期待しない方がいいな」
 雅樹の口調を聞いて、雄三はかなり勇気付けられた。とにかく、雅樹は慎重な返事をしているだけなのだから。
 気分がよくなった雄三は言った。
「万分の一の可能性にでも期待させてもらうぞ。御礼に良いことを教えてやる」
 雅樹は答えた。
「礼を言われるようなことは話していない筈だが、何なんだ」
 雄三はもったいぶって、間を置いてから言った。
「先刻、細久保に会った」
 一瞬、雅樹が動揺したのを感じた。
 言葉を重ねた。
「流石に想い人のことになると緊張するようだな」
 雅樹が即答してきた。
「それほどのことじゃない。大事な友達ではあるけどな」
 だが、今までと比べて明らかに緊張した声だ。ひょっとしたら、自分が理香を殺しているのではないかという不安があるのかもしれないが。
 少し雅樹をからかいたくなった雄三は言った。
「そうか。友達程度ならば詳しく話す必要はないな」
 雅樹は慌てたように答えた。
「い、いや、聞かせてくれ。どこで会ったんだ」
 雄三は笑い声を上げて言った。
「ははは。本音が出たな。正直になった褒美に教えてやろう」
 雅樹の表情を空想して腹のうちで笑いながら、雄三は理香と会った場所を教えた。
「といっても、既に移動しているだろうけどな」
 一言、付け加えることは忘れなかった。
 雅樹は必死に平静さを保っているような声で訊ねた。
「一応、感謝しておくぜ。で、理・・・いや、細久保は元気だったか?」
 焦っている雅樹の様子を楽しみながら雄三はいたずらっぽい口調で答えた。
「残念ながら瀕死だった。早く行ってやらないと間に合わないかもな」
 雅樹は騙されずに答えた。
「本当のことを言ってくれないか」
 これ以上からかうのも酷だと思って、雄三は言った。
「見たところは無傷だった。1つ詫びておかねばならないが、細久保の動きを止めるために軽く水月を突かせてもらった。といっても、彼女は水泳で鍛えているはずだから痣も残ってはいないだろうよ。速水が同伴していたし、蜂須賀に会っても逃げ延びたようだから、簡単には殺されないだろうと思うぜ。それでも、早く見つけて守ってやることだな。それから、俺がやる気でなかったことに感謝してくれよ」
 雅樹がスッキリした声で答えた。
「感謝しておくぜ、矢島。それじゃ、お互いの幸運を祈って別れようじゃないか」
 雄三も歯切れ良く答えた。
「頑張れよ」
「ああ、お前もな」
 短く答えた雅樹の気配が急速に遠ざかっていった。
 雄三は、月を見上げながらしばらく休憩を続けることとした。
 波の音がとても心地よかった。


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