BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


48

 見上げれば、星座を眺めてロマンチックな気分に浸りたくなるような美しい星空が広がっている。
 だが、プログラム中にそのようなのんびりした行為は許されない。
 小さなホテルの屋上に立っていた
今山奈緒美(女子3番)は星空には目もくれず、注意深い視線を周囲に巡らしていた。
 首には私物として持っていた双眼鏡がぶらさがっており、懐には支給品のグロック19という拳銃が入っている。
 爽やかな風に髪をなびかせながら、奈緒美はゆっくりと屋上を周回した。
 ホテルの北側は大通りを挟んで畑になっており、東側はホテルと商店街共通の大駐車場が広がっている。
 南側は海に面しているし、西側は地元の祭りなどで使用される広大な広場になっている。
 すなわち全ての方向が野ざらしであり、屋上を周回していれば、接近する者は確実に発見できると思われた。
 比較的安全な場所にいると考えられるのだが、奈緒美の心は何となく落ち着かなかった。
 
大河内雅樹(男子5番)と会うことが出来れば、ほぼ確実に脱出できると信じていたが、自分ひとりではどうにもなるものではない。
 同伴している
伊奈あかね(女子2番)を安心させてはいるものの、実質は完全に雅樹頼りだった。
 プログラムと知った時から、雅樹とは脱出を誓い合っている。雅樹が自分を見捨てることは金輪際ありえない。
 だが、雅樹は自分よりも
細久保理香(女子18番)を優先すると考えられた。偶然、雅樹が理香よりも自分を先に発見しない限りは。
 1人の少女として、奈緒美は雅樹が自分を最優先してくれることを願っていた。
 けれども委員長としての奈緒美が自我を抑え込もうとしていた。
 理香とて脱出を誓った仲間であるし、自分の親友でもある。広い心で、理香を同伴した雅樹の来訪を待ち望むこととした。一切のわだかまりが無いといえば嘘になるのだけれど。
 無論、脱出の仲間にできそうな者が訪れれば迎え入れるつもりだった。委員長として、できるだけ多くのクラスメートを脱出させたい気持ちが強かったのだから。
 但し、やる気の者には毅然とした態度を取る必要があると考えていた。中途半端に説得などをすると、自分たちの破滅に繋がるような予感がしていたからだ。人間としてのプライドを捨てて、クラスメートの殺戮に走るような者を簡単に翻意させられるとも思えないし、またそのような者までを救うことは、委員長としての責任の範囲外であると奈緒美は判断していた。
 雅樹がここに辿り着くことなく斃れてしまうのではないかというほのかな不安と戦いながら、奈緒美は気丈に振舞い続けていた。
 その時、奈緒美の視野の片隅で何かが動いた。
 注意をそちらに向けると、駐車場の中を1つの影が接近しつつあった。
 素早く双眼鏡でその影を観察した奈緒美は、何か不潔なものでも見たかのように、顔を顰めて首を振った。
 それもそのはず、双眼鏡にくっきりととらえられた人物は
百地肇(男子18番)であった。

 奈緒美の父は四国大学法学部の高名な教授で、母は専業主婦だった。
 厳格な父と優しい母のバランスが絶妙で、奈緒美は小学生の時から常に学級委員に推される人格者だった。友人も多く、成績も優秀で、将来は弁護士を目指していた。
 そして今山家の隣家が大河内家で、奈緒美と雅樹は幼稚園時代からの付き合いだった。
 2人はどこへ遊びに行くのも一緒であったし、今山家が旅行に出かける時は雅樹も連れて行くのが習慣になっていて、その逆も頻繁だった。
 お互いに家族同然になっていて、自由に互いの家を行き来して遊んだり、一緒に勉強もしていた。
 中学に上がって、理香を含めた新しい友人たちと知り合った。それから、雅樹の心が徐々に理香に惹かれているのを奈緒美は感じ取っていたけれど、2人の関係は男女を越えた友情であったため、特に亀裂が入るようなこともなく、部活などのない日は毎日仲良く登下校していた。ただ、奈緒美はゆっくりと恋愛感情を抱きつつはあったのだが。
 そんな中、2人が中2だった冬のある日の夜、1つの事件が起こった。
 奈緒美は風邪で欠席した雅樹に見舞いを兼ねて授業のプリントを届けようとして、大河内家の門をくぐり玄関のインターホンを押そうとした。
 が、丁度その瞬間に玄関の扉が開き、雅樹の母と客人の姿が見えた。
 普段なら奈緒美を見れば微笑んで挨拶してくる雅樹の母が無言で険しい表情に変わったため、奈緒美はまずいタイミングで訪れたのだと理解し、早々に立ち去ろうとした。が、その時一瞬、客人と目が合ってしまった。
 客人は帽子を目深に被って顔を隠そうとしたようだったが、奈緒美には瞬時に客人の正体が判ってしまった。
 奈緒美は当惑した。容貌は変わっていたが、間違いなく客人は数年前に死亡したと聞かされている人物だったからだ。
 呆気にとられている奈緒美の表情を見て、客人は自分の正体を見切られたことを理解したようだった。
 奈緒美はいきなり客人に無言のまま手を掴まれて家の中に引きずり込まれ、首筋に手刀を打ち込まれて崩れ落ちた。辛うじて気絶こそしなかったが、全く動けない状態となってしまった。
 客人の冷酷な声がした。
「気の毒だけど、見られた以上は・・・」
 頑張って目を開いてみると、客人が刃物を抜き放っているのが見えた。
 殺される・・・ そんなことって・・・ あの人があたしを殺すなんて信じられない・・・ どうしてなの・・・
 抵抗できる状態ではない。覚悟するしかないのかと思ったとき、誰かが2人の間に飛び込んできた。
 視線を向けるとパジャマ姿の雅樹だった。騒ぎを聞きつけて飛び出してきたのだろう。
 雅樹の声がする。
「奈緒美の人格と口の固さは俺が保証する。しっかり口止めするから見逃してやってくれよ。責任は俺が取る」
 とても毅然とした態度だった。
 客人はしばらく無言で雅樹を見詰めていたが、やがて納得したのか黙って出て行った。
 奈緒美は雅樹に優しく抱き起こされ、介抱された。
 徐々に体の痺れが取れてきた奈緒美は、雅樹の両親にそっと視線を送った。両親はとても複雑そうな表情をしていた。
 自分に任せるようにと言って両親を追い払った雅樹に、奈緒美は重大な秘密を打ち明けられた。無論、固く口止めされたが。
 信じられないような内容にしばらく呆然とした奈緒美だったが、雅樹の優しい声でようやく落ち着いた。
 思わず口走っていた。
「信じてくれてありがとう。雅樹・・・」
 雅樹は笑顔で大きく頷いた。
 奈緒美はそっと雅樹の胸に顔を埋めた。
 それから2人の絆はさらに強まった。
 当然ながら、打ち明けられた秘密は家族にも親友たちにも毛ほども漏らしてはいなかった。
 そして、その秘密こそが奈緒美の脱出への自信に直結していたのだが・・・

 現れたのが雅樹だったらどれほど嬉しかったことかと思いながら、奈緒美は肇に対する対処を考え始めた。
 バリケードを作っている関係上、誰かが立て篭もっていることは隠しようがない。
 できれば銃などは使いたくないが・・・
 待つほどもなく真下まで辿り着いた肇が自分の方を見上げた。
 奈緒美は先に声をかけた。
「今山だけど、百地君を仲間にしたいとは思わないわ。どこかへ行ってくれないかしら」
 肇は驚いたような返事をした。
「い、委員長なのか。1人なのか?」
「1人じゃないわよ。それ以上、説明する気はないけど」
 奈緒美の言葉に、肇は普段とは全く異なる弱気な口調で応じた。
「俺はずっと1人だったんだ。怖いんだ。委員長なら信用できる。頼むから仲間に入れてくれよ」
 1人の女子としての奈緒美は肇を強く拒みたかった。だが、委員長としての奈緒美には躊躇があった。肇とてクラスメートであることに違いはないからだ。もし肇がやる気でないのならば、委員長としては脱出組に加えてやらねばならない。やる気かどうかの見極めが可能かどうかは別の問題だけれども。
 だが結局は1人の女子としての奈緒美が打ち勝った。普段の身震いするような肇の行状をありありと思い出したからだ。
 奈緒美は冷たく言い放った。
「あたしや理香にストーカーまがいの行為をした百地君をこんな修羅場で信用しろというのは無理があるわ。悪いけど、これ以上貴方の顔は見たくないわ」
 驚いたことに、肇は土下座して答えた。
「それに関しては深くお詫びする。しっかり反省もしている。委員長に見捨てられたら、俺はずっと孤独でプログラムを生き抜かなきゃいけなくなる。そんなの耐えられない。なぁ、委員長。その広い心で俺を受け入れてくれよ」
 悲痛な叫びのようだった。
 声を聞きつけて屋上に上がってきたあかねが口を挟んだ。
「あそこまで言うなら信じてあげたら? この状況じゃ、普段の行動が当てになるかどうか判らないわよ」
 奈緒美はそれには答えず、肇に向かって話しかけた。
「反省してるですって? 本当かしら。あまりにおぞましいから、相談してきた理香以外には話していないんだけど、あたしたち以外の尾行もしてたんじゃないの? 他の子が気づいていないだけのことで」
 それから状況が把握できない様子のあかねに手短に説明した。あかねの顔色が変わった。
 肇は申し訳なさそうな声で答えてきた。
「君たち以外に石川さんにもバレている。でも、後の殆どの子の家は突き止めた。だが、本当に反省してるんだ。仲間にしてくれたら、君たちの命令どおりに動くことを約束する。罪滅ぼしに協力させてくれよ」
 血相を変えたあかねが叫んだ。
「ちょっと待ってよ。ということは、あたしの尾行もしたの?」
 肇は土下座して深く頭を下げた姿勢のままで答えた。
「その声は伊奈さんだよな。伊奈さんの家は3丁目の高台の美容院の隣だったはずだ。でも、もう2度としない。信じてくれよ」
 あかねの拳がわなわなと震えているのを奈緒美は見た。
 知らないうちに自宅まで尾行されていたことに対するショックと怒りは相当なものだろう。だが逆に、肇が正直に告白していることも確かなようだ。その点だけは信頼できると言えない事もない。もう1つ、試してみよう。
 奈緒美は惚けて言った。
「それなら、あたしの家はどこかしら」
 肇は姿勢を変えずに答えた。
「委員長の家は伊奈さんの家から東に100メートルほどのところだ。向かいが公園になっていた・・・」
 急に肇の声が小さくなった。何かまずいことに思い当たったようだ。
 だが、奈緒美はそれ以上に驚いた。
 自分は肇の尾行を3度察知して睨んでいる。それにもかかわらず、肇は自分の尾行を断念せずに、結局自分は家を突き止められていたわけだ。何という執念深さだろうか。まさかと思いながら質問してみたわけなのだが・・・ やはり、このような男を信用するべきではない。
 きつい口調で告げた。
「一言多かったわね。これで反省なんかしていないことが証明できたわ。絶対に貴方を仲間に迎え入れることはお断りよ」
 だが、それでも肇は諦めなかった。
「そ、それも含めて全てお詫びする。実は細久保さんの家も突き止めてある。これで、全部正直に話した。頼むから信じてくれ。仲間にしてくれよ。俺は怖いんだ、淋しいんだ」
 呆れるほどのしつこさだった。
 奈緒美よりもあかねの口が早かった。
「自業自得よ。自分の所業を呪いながら淋しく斃れるがいいわ」
 それでも肇は動かなかった。
 これ以上、大声を出し続けることは別の危険を招きかねず、早々に決着させねばならない。それに、怒りも収まらない。
 奈緒美は足下に落ちていた小石ほどのコンクリート片を拾い上げると、肇に投げつけながら言った。
「さっさと失せなさいよ」
 コンクリート片は肇に命中しなかったが、いつも温厚な奈緒美が攻撃的になったことは肇を少々驚かせたようだった。
 それにもかかわらず肇は懇願した。
「頼むよ。お願いだよ。一生のお願いだよ。仲間にしてくれよ」
 さらに付け加えた。
「命を懸けて君たちを守るよ」
 奈緒美はそれには答えないで鋭く言い放った。
「失せないなら、次は銃弾が行くわよ」
 ここに至って肇は観念したらしく、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、一言も発することなく、踵を返して走り去った。
 肇の姿が見えなくなるのを確認した奈緒美は、ホッとした反面、自分が怒りで行動してしまったことに対する反省も忘れなかった。
 素敵な夜空を見上げながら、奈緒美は改めて脱出することを自らに強く誓ったのだった。


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