BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


49

 エリアC=8の集落は夜11時からの禁止エリアに指定されている。
 と言っても、まだ1時間ほどの余裕があり、慌てて退避する必要もない。
 獲物を求めて徘徊していた
川崎来夢(女子9番)は、発見したばかりの生徒に対する攻撃方法を迷っていた。
 ひとまず民家の塀に身を隠し、10メートル弱離れた街路樹に背中を預けている生徒を観察した。
 生徒は俯いていて全く動く様子もない。プログラムに対して絶望しているのだろうか。その姿からは生への執着があまり感じられなかった。
 普段ならば、姉の
川崎愛夢(女子8番)を装って近づき、油断した相手に懐剣を突き刺すのであるが、今度ばかりは躊躇いがあった。
 なぜならその生徒は、クラスでただ1人だけ愛夢よりも来夢自身の方が親しい人物だったからだ。
 別に親しいから迷っているわけではない。相手を葬ること自体には何の迷いもない。
 この相手に限っては、愛夢を装うよりも、来夢のままで近寄った方が仕留めやすいと考えられるからだった。
 だがこの場合、自分の服装が愛夢そっくりになっていることを相手は訝るはずである。これを正当化する説明を考えておかなければならない。
 といって愛夢として接近すれば、相手は他の生徒ほど油断しないと思われる。いきなり逃走されるかもしれない。
 逃げられても自分が死ぬわけではないのだが、見つけた相手はなるべく仕留めておきたい。先刻のような失敗はゴメンだ。
 相手に動きが認められないのを幸いに、来夢はしばらく最善の策を考えることとした。
 その時、来夢の背後で猫の鳴き声がした。
 しまったと思う間もなく、目の前の生徒、すなわち
岸川信太郎(男子8番)がこちらを振り返った。
 一瞬固まってしまった来夢に、信太郎の方から声をかけてきた。

 愛夢に化けて戦う作戦は比較的順調だった。
 坂東美佐にしても増沢聡史にしても、正面からまともに戦えばおそらく勝てない相手である。
 それを愛夢の姿で油断させることによって見事に仕留めてきたのだ。
 自分の策略に酔うと同時に、愛夢の人気に感謝もしていた。
 来夢の姿のままでは逃げ回るのが精一杯で、既に討ち取られていた可能性も多分にあったのだから。
 だが、先刻は惨めな失敗に終わった。
 大木に背を預けている
佐々木奈央(女子10番)を発見した時、寝ているのか死んでいるのか見分けられなかった。
 だが、寝ているのなら正にカモであるし、死んでいるのなら何も怖くはない。
 寝たふりをしている可能性も考えたが、奈央ならば自分よりも弱いはずなので恐れることはない。
 それでも慎重に接近した。奈央が銃器を持っていた場合のためだ。
 どうやら眠っているらしいと確信した段階で、来夢は地面に映る大木の影に何者かの存在を察知した。
 見咎めると、
甲斐琴音(女子5番)が姿を現した。
 琴音のことはよく知らなかったが、身のこなしを見る限り容易な相手ではない。愛夢の姿に油断するとも思えない。
 案の定、琴音は自分を追い払おうとしてきた。
 結果論から言えば、素直に引き下がるべきだった。
 だが、折角出会った相手を仕留めないで立ち去る気にはなれなかった。
 奈央が眠っているので、実際上は1対1だ。強敵だが何とかできると考えた。
 隙が見当たらなさそうな琴音に懐剣を突きたてるのは容易ではなく、来夢は懐の秘密兵器を指間に挟み込んだ。
 これは増沢聡史が持っていたもので彼の支給品だったのだろう。
 ビニール袋に入ったそれは、博打などで使われる小型のダイス(サイコロ)にしか見えなかった。
 投げ捨てようとしながら、念のため説明書らしき紙に目を通した。
「首輪誘爆ダイス」という名前らしく、磁石が仕込まれていて首輪に貼り付けることが出来るらしい。そしてこれを貼り付けられた首輪は30秒後に爆発するとのことだった。
 一種の暗殺兵器になるわけだが、爆発前に相手に除去されれば無効であるし、2個しかないので実用性には乏しい。聡史も使う気はなかったようだ。
 だが相手によっては使えるだろうと考え、来夢は懐に潜ませていた。指間に挟めば、何も持っていないかのように装うことも出来るからだ。
 虫を追い払う芝居をして、琴音の首輪にダイスを貼り付けようと手を伸ばしたが、そこで覚醒した奈央に正体を見破られてしまい、結局逃走する羽目となった。おまけに持っていたダイスは落としてしまった。
 自分の策略は、今後琴音と奈央に接触した者たちに知れ渡ってしまうだろう。
 知れ渡れば、自分は間違いなく不利になる。
 出来るだけ急いで殺戮を重ね、銃などの強力な武器を入手しなければならない。銃さえあれば、もう少し戦いやすいはずだ。
 来夢は少々焦っていた。

「来夢さんじゃないか。どうしたの?」
 信太郎の声に来夢の焦りは募った。奈央に続いて、一目で見破られたのだから無理もない。
 しかし良く考えれば、これはさほど不思議なことでもない。
 なぜならクラスで愛夢の次に自分を知り尽くしているのが信太郎なのだ。
 琴音が転校してくるまで2人はずっと同じ出席番号だったため、共同作業をする機会は多かった。
 2人とも寡黙で友人が少ないタイプなので、意気投合しやすく、教室の片隅で2人で話すことも少なくなかった。恋愛関係には程遠かったけれど。
 戸惑って返事をしないでいると、信太郎は恐れていた質問をしてきた。
「どうして愛夢さんの服装を真似てるの?」
 咄嗟に答えた。
「愛夢の姿になってれば、皆に敬遠されなくてすむと思ったから。来夢のままだと相手にしてもらえないでしょ」
 目的は伏せたままで、正直な理由を話した。
 そして決意した。この場で一気に信太郎を葬ることを。
 来夢は言葉を重ねた。
「岸川君なら頼りになるわ。一緒に行動しようよ」
 安心させて接近し、隙を見て懐剣を突き立てればよい。
 だが、意外にも信太郎は首を左右に振った。
「悪いけど、僕は一人で行動するしかないんだ。この首輪のせいでね」
 忌々しそうに首輪を指差しながら言った。
 きょとんとしていると、信太郎は首輪の性能を説明してくれた。
 10メートル以内に15分以上いると爆発・・・
 一瞬血の気が引いた。
 自分と信太郎の距離は間違いなく10メートル以内であるし、自分は10分以上前からここにいる。
 先ほどの猫の鳴き声がなければ、自分はさらに作戦を迷い続けて、その挙句にここで死んだ公算が高いのだ。
 猫に感謝しながら、来夢は時計に目をやった。正確ではないが2、3分の猶予はあるだろう。
 一旦離れてまた接近すればよいわけだが、そこまで頭が回らなかった。
 信太郎の声がした。
「顔色が悪くなったようだけど大丈夫?」
 来夢がまだ来たばかりだと思っているのだろうから、当然のセリフだ。
「だ、大丈夫よ。その首輪の話でびっくりしただけだから。岸川君がやる気でなくてよかった」
 咄嗟に誤魔化しながら、急いで信太郎を仕留める方法を考えた。
 自分を見つめている信太郎に懐剣を振りかざして突撃するわけにはいかない。
 長考する余裕はなかったが、運良く1つの案が浮かんだ。
 来夢は懐に残されたもう一つのダイスを指間に挟みながら言った。
「そういう事情なら仕方ないわね。立ち去らせてもらうけど、その前に私の長年の気持ちを伝えさせて」
 言い終えると、手を開いて武器を持っていないように見せかけながら、面食らっている信太郎に駆け寄った。
 そして、飛びつくように信太郎の頬に接吻をしながら、太い特製首輪にダイスを貼り付けた。
 呆然としている信太郎を尻目に、来夢は素早く10メートル以上の間合いを取って振り返った。
 目をパチパチさせながら信太郎が言った。月明かりの下でも明らかに判るほど赤面している。
「来夢さん、本気で僕を?」
 来夢はにこやかに答えた。
「本気よ。長年というのは嘘だけど」
 不思議そうな表情に変わった信太郎に向かって、来夢は時計の秒針に目を走らせてタイミングを計りながら言葉を重ねた。
「貴方への本気のプレゼントよ。その名は・・・」
 一呼吸置いて、ゆっくりした口調で一言付け足した。
「死の接吻」
 言い終えると同時に爆発音がして、信太郎の首が転げ落ちた。
 それを見届けることなく、来夢はくるりと背を向けて静かに立ち去った。
 後には火薬と血の混じった臭いが、しばらくの間たちこめていた。
 

男子8番 岸川信太郎 没
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