BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
51
エリアH=7の茂みに身を隠していた由良孝則(男子21番)は、遠方に微かな人影を見つけて目を細めた。
孝則が会いたい人物はクラスに1人だけしかいない。
発見したのがその人物かどうかはもう少し近寄らないと判明しない。
こちらから接近していけば簡単だが、相手がやる気の人間だと自殺行為になってしまう。
相手を確認するまでは、発見されない方が無難だろう。
丁度月が雲に隠れており、人物を見分けるのは容易でない。
相手が自分から離れた場所を通過してしまえば、確認できないかもしれない。自分が発見されないギリギリのところまで接近してくれるのが一番有難いのだが・・・
孝則は必死で見極めようとした。このプログラム会場で、ただ1人の人物に巡り合える確率は高くはないだろう。そして、一度のチャンスを見逃せば2度目はないだろう。時間の経過と共に、どちらかが息絶える危険性も高くなるのであるし。
孝則の願いが通じたのか、相手は自分にかなり近寄りつつあった。
シルエットを見る限り、小柄な女子のようである。
そして、自分が会いたい相手も小柄な女子であった。目当ての相手である可能性はかなり高くなった。
孝則は緊張を高めながら、なおも相手をじっくりと観察した。
相手も慎重に周囲を見ながらゆっくりと歩いているので、なかなか距離は詰まらない。
ふと相手が足を止めた。
発見されてしまったかと冷や汗をかいたが、どうやら杞憂だった。
相手はもう一度周囲を見回した後、デイパックを足下においてゆっくりと柔軟体操を始めた。
恐怖と緊張で硬くなった体をほぐそうとしているのだろう。
思えば自分の体もコチコチに凝り固まっている。ずっと同じ姿勢で息を潜めていたのだから無理もない。
自分も体操したくなったが我慢して見つめ続けた。
その時、月が雲から顔を出して、相手を照らした。
孝則はごくりと唾液を飲んだ。
相手は、正に自分が会いたかった人物、すなわち神乃倉五十鈴(女子7番)だった。
この国の少年少女ならば、自分がプログラムに参加させられたらどうするべきだろうかと一度は考えたことがあるだろう。
孝則も中学に入った頃から時々考えていた。
しかし、結論が出たためしはない。
殺すのも殺されるのも、どちらもお断りだったからだ。ひたすら逃げ回って、いずれ殺されてしまうのだろうと悲観する他はなかった。
もっとも、プログラムに参加させられなければ何も問題はないのだけれど。
けれども、不幸なことにそれは現実となった。
出発した孝則はひたすら隠れた。1秒でも長く生き延びたかった。
けれども、放送である男の死を知ってから、少々考えが変わってきた。
その男とは鈴村剛。五十鈴の彼氏だった男である。
実は中学2年の体育祭で、孝則は五十鈴と共に委員に選出されてしまった。
五十鈴は地味で目立たないので、それまでほとんど意識したことはなかったが、一緒に会議に出たり共同作業をしたりしているうちに、控えめで清楚な五十鈴に心底惹かれてしまった。
だが五十鈴には既に彼氏がいた。完全な横恋慕なので、孝則は自分をしっかりと制御していた。下手な三角関係などになって五十鈴を悩ませたくはなかったからだ。
自分の想いは卒業まで心のうちに秘めておくつもりだった。
それはプログラムに参加しても同様だったのだが、剛がいなくなった以上、話は変わってくるわけだ。
支給品に恵まれなかったこともあり、積極的に五十鈴を探し回るほどの勇気はなかったが、偶然五十鈴に出会うことが出来れば、告白した上で命を懸けて守り抜こうと決意していたのだった。
五十鈴がやる気になっていて、剛を殺している可能性も考えたが、自分の感情がこの可能性を強引に否定していた。
孝則は五十鈴に声をかけながら立ち上がった。同時に両手を広げて敵意がないことを示した。
五十鈴は数歩後退して身構えながら答えた。
「由良君?」
五十鈴が警戒するのも当然だった。体育祭終了後は殆ど会話したこともなかったのだから。
孝則は必死で自分の緊張を抑えながら、落ち着いた声で言った。意外に上手く言えた。
「神乃倉さん。僕は貴女が好きです。貴女を守らせてください」
五十鈴は一瞬目を丸くしたが、すぐに低い声で答えた。
「突然、何なの。一体」
充分、予想できる返答だ。ここで怯むわけにはいかない。孝則は言葉を噛み締めるように答えた。
「体育祭の委員をした時からずっと好きだった。でも鈴村に悪いし、貴女を困らせたくなかったから言えなかった。一生言わないつもりだった。でも、鈴村は死んだ。鈴村はもういない。だったら、もう誰に遠慮する必要もないはずだよね。今なら大声で言えるよね。僕は貴女が好きです。これからは、貴女を全力で守ります」
五十鈴はさらに一歩後退しながら、重そうに口を開いた。
「剛は私を逃がすために死んだの。だから、私は剛のために出来る限り生き抜かなきゃいけない。確かに剛は死んだけど、私の心が剛から離れることはないわ」
孝則は負けずに答えた。
「僕も鈴村に負けないほど全力で貴女を守るよ。貴女の身代わりになら、いつでも死ねるよ。だから、これからは僕と・・・」
五十鈴が言葉を挟んできた。
声は大人しいが、目を見ると明らかな怒りが湛えられている。
「由良君は私をそんな女だと思っているの? 彼を失ったらすぐに他の人になびくような女だと思っているの? そうだったら、それは私を馬鹿にしていることだわ」
正直、ギクッとした。こんな展開は予想もしなかった。
孝則は慌て気味に答えた。
「と、とんでもない。馬鹿になんかしてない。貴女を純粋に好きなんだ。鈴村の代わりに貴女を守りたいんだ。わかって欲しい」
五十鈴の口調が少しきつくなった。
「由良君がどう考えていようとも、私はそんな節操のない女じゃないの。とにかく、由良君に守って欲しいとはおもわない。さよなら」
言い終えると、踵を返そうとした。
孝則は失望した。これで、五十鈴を守ることは出来ない。二度と会うことも出来ないだろう。
絶望の気持ちの中で、五十鈴の後姿を見ながらふと思った。
五十鈴が優勝するとは思えない。必ず五十鈴は誰かに殺されることになるだろう。
どうせ死ぬ運命ならばいっそのこと・・・
孝則は懐から支給品の暗殺用カメラを取り出した。
外見は普通のカメラだが、撮影すると鏃(やじり)が飛び出して相手に突き刺さるという代物だ。
銃弾ではないし、毒付きでもないので、喉にでも命中させない限り効果は薄いだろう。はっきり言えばハズレ武器である。
孝則は五十鈴に駆け寄りながら声をかけた。
「わかった。非礼はお詫びするよ。確かに貴女を冒涜する行為だったかもしれない。貴女を守るのは諦めるよ。でも、最後に1つだけ僕の願いを聞いて欲しい」
眉を顰めながら振り向いた五十鈴は声を発しなかった。
孝則は畳み掛けた。
「お別れに貴女の写真を撮らせて欲しい。それで僕は満足できるから。貴女は嫌だろうと思うけど、一生のお願いだ。死ぬ前にそれだけでもかなえさせて欲しい」
言い終えると土下座した。
五十鈴は迷惑そうに答えた。
「悪いけど、お断りよ。何となく気持ち悪いし」
強引にカメラを向けることは可能だろうが、急所に狙いを付けるのは難しそうだ。何としても同意を得なければ・・・
孝則は土下座のままで言った。
「1枚だけ。1枚だけでいいんだ。頼むよ。哀れな男だと思って馬鹿にしてくれてもかまわないから」
五十鈴はうんざりした表情で答えた。
「わかったわ。1枚だけよ。それで満足してくれるのよね」
本当は拒否したいのだが、少々根負けしたようであった。
「ありがとう。これで、死んでも悔いはない」
喜びの声を上げながら、孝則はカメラを構えた。
ファインダーを覗きながら、五十鈴の喉元に狙いを付けた。
神乃倉さん、申し訳ない。でも、貴女を他の奴に殺させたくはない。気の毒だけど、貴女の命は僕の手で摘み取らせてもらうよ。
シャッターボタンに指をかけた時、側方から声がした。
「プログラム中に記念撮影とは平和なことね」
思わず声の方に目をやった。五十鈴も同様だった。
少し離れた位置に微笑みながら立っていたのは三条桃香(女子11番)だった。
桃香とはまだ間合いがあったので、無視して五十鈴を攻撃することは可能だったが桃香に対する恐怖で怯んでしまった。
が、そこでもっと驚くべきことが起こった。
素早く走り出した五十鈴が、桃香に駆け寄ってその背後に隠れてしまったのだ。
五十鈴と桃香がある程度親しいのは知っているが、やる気を表明している者に保護を求めるとは・・・
これには桃香も驚いた様子で、五十鈴を振り返りながら言うのが聞こえた。
「私は友達だからって容赦する気はないのよ。解ってるよね、そんな事」
五十鈴が静かに、でも重い声で答えた。
「勿論解ってる。でも、桃香の性格なら自分を頼ってきた者には無情になりきれないと信じてる。それでも桃香が私を殺すというのなら、抵抗する気はないわ。私はそこまでの人間で、桃香もそれだけの人間だということだから」
桃香は五十鈴から視線を逸らしながら言った。
「それだけの人間と言われては私の負けね。五十鈴、今回だけ見逃してあげる。でも、次に会った時には遠慮なく首を貰うからね」
五十鈴は小さく頷くと、桃香の後方に走り去った。
そして桃香はゆっくりと孝則の方向に向き直った。
孝則は方針に迷った。
まず逃げることを考えたが、自分は桃香よりも足が遅い。
逃げて追いつかれてしまうよりも、この状態で戦った方がまだ勝ち目があるかもしれないと思った。
運動神経は良くても、所詮はお嬢様だ。ロクな武器のない自分でも何とかなるだろうと考えた。
桃香に声をかけた。
「相変わらずお綺麗ですね。三条さん」
厳しい表情に変わった桃香が一歩ずつ近寄りながら答えた。
「私をおだててもメリットはないわよ。さぁ、堂々と私と戦いなさいよ」
孝則はカメラを桃香に見せながら言った。
「戦う前に写真を撮らせて欲しい。どうせ死ぬにしても、三条さんのような美人を撮影してから死にたいんだ」
桃香は表情を変えずに答えた。間合いはどんどん詰まっている。
「由良君の趣味がカメラだなんて初耳だわね。当然ながらお断りよ」
桃香が承知しないのは予想通りだ。もう少し接近してから・・・
「許可してくれなくても強引に撮らせてもらうよ」
言いながら素早くカメラを構えた。喉元を狙う余裕は無いがやむをえない。勝利のためには、とにかく先制ダメージを与えることが必要だった。
だがそれと同時に、桃香が小石のようなものを投げつけてきた。
そして手に強い衝撃を受けた孝則はカメラを取り落としてしまった。
慌てて拾おうとしたが、桃香のほうが俊敏で、カメラは10メートルほど先まで蹴り飛ばされていた。
「何でそこまでするんだよ」
思わず叫んでいたが、桃香はクールに答えた。
「五十鈴にカメラを向けていた時の手の震え方を見てて判ったの。あのカメラは銃弾か何かが飛び出す暗殺兵器でしょ」
図星なので返事も出来ない。
桃香の言葉が続く。
「そしてこちらが堂々とした武器よ」
いつのまにか桃香の手にはナイフのようなものが握られている。
何を考える余裕もなく、孝則は桃香に体当たりされていた。
胸部に激痛が走る。ナイフは心臓に突き刺さったのだろうか。
次の瞬間には突き飛ばされて、孝則は仰向けに倒れていた。夥しい血液が流出していくのを自覚できる。
苦しい息の下で桃香に目を向けると、カメラを拾い上げて内部の配線を切断しているようだ。
孝則の視線に気付いたらしい桃香が今までと別人のような優しい口調で言った。
「プログラムが正常な戦闘シミュレーションであるためには、暗殺兵器なんか使うべきじゃないと思う。私が優勝したら、今後はこんなものを支給しないように提案しようかな。まともに戦えなくて気の毒だったわね」
何を考えているんだ、こいつは。絶対、こんな奴に優勝されるわけには・・・
と思ったところで、孝則の意識は永遠に失われることとなった。
桃香は破壊したカメラを投げ捨てると、静かに背を向けた。
男子21番 由良孝則 没
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