BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
52
細久保理香(女子18番)は何気なく上方を仰ぎ見た。
丁度1筋の流星が流れ落ちるところであった。
あっと思う間もなく流星は漆黒の闇に消えていった。
流星が見えている間に願いを言えば叶うと言われているが、「皆で無事に脱出したい」などという願いを言うような時間は到底ありそうになかった。
願ったり祈ったりするだけではいけない。脱出は自分たちの力で勝ち取るべきだ。
思い直した理香は時計に目をやった。
午前零時の放送が目前に迫っている。
自然に緊張感が増してくる。
放送は重要な情報であると同時に恐怖の対象でもあるからだ。
すなわち、会いたいクラスメートの死が告げられる虞があるわけなので・・・
勿論、自分も脱出の方法については常に考えを巡らせている。
2時間仮眠したばかりなので、頭は多少はスッキリしている。
だが、何も浮かばない。首輪をどうにかしなければならないことだけはハッキリしているのだが。
基本的には大河内雅樹(男子5番)他の数名が頼りだ。
また、先刻出会った矢島雄三(男子20番)は、やる気の者たちを退治しているという。
感情的には全面的に賛成できる行為ではないのだが、彼の存在は脱出にとっては有利に作用することだろう。
相棒の速水麻衣(女子15番)は現在民家の中を物色中である。理香は玄関前に立って見張りをしているというわけだ。
集落ではなくエリアB=7で見かけた一軒家なので、比較的周囲の見通しは良く、不意打ちされる危険性は低そうであったが油断はできない。
それでも常に使えそうなものを探す努力を怠ることも出来ず、物色をしているわけだ。RPGなどで勝手に他人の家のタンスを開けたり壷を壊したりすることに違和感を感じていた理香だったが、命がけの現場ではなりふりかまってもいられなかった。
静かに扉が開いて麻衣が顔を出し、戦利品(?)を理香に示した。
真空包装の食品など、毒物混入の危険性の低いものを慎重に選んできたようだ。
他にも発煙筒とか強力な殺虫スプレーなどを持ち出してきている。荷物が重くなりすぎても不利なので、難しいところだった。
周囲を警戒しつつ荷物の整理を終えたところで定刻どおりに放送が始まった。
“皆さん、深夜ですが調子はいかがでしょうか。担当官の鳥本美和です。午前0時の放送です。眠い方もいらっしゃるでしょうが、しっかり耳を傾けて聞き逃さないようにして下さいね。まずは、今までに亡くなられた方のお名前を亡くなった順番に申し上げます。男子10番 京極武和君、女子17番 古河千秋さん、男子8番 岸川信太郎君、男子6番 大場康洋君、男子21番 由良孝則君 以上5名の方々です。ご冥福をお祈りいたします”
頼りになりそうな人物の1人であった康洋が含まれているのは少なからずショックであったし、水窪恵梨が追い求めた信太郎の名があるのも若干の衝撃だった。
そして自分たちを襲った千秋が呼ばれたのも何となく気になった。
だが、今回呼ばれた5人はお互いの関係に乏しいイメージで、何が起こっているのかを推理する手がかりにはなりそうになかった。クラスメートを殺している者が何人もいるのだろうとは判るのだが・・・
いずれにせよ、プログラム開始から丸一日でクラスメートは約半分に減ってしまった。何ということなのだろう・・・
ふと麻衣を見ると両手を合わせて退場者に黙祷しているようだった。
理香もそれに倣った。目を閉じるわけにはいかないけれど。
放送は続いている。
“続いて今後の禁止エリアを発表いたします。まずは午前1時からG=1です”
会場の西の端だ。
“続いて午前3時からC=6です”
山の北斜面で、現在地に近い。
“最後に午前5時からI=7です。禁止エリアには充分注意してくださいね”
これは南の砂浜付近だ。
さらに、例によって印藤が放送に割り込んできた。
“夜はチャンスだと教えたはずだぞ。一寸ペースが遅すぎるぞ。頑張れ、お前ら”
そこで唐突に放送は終わった。
印藤としては、単に早く仕事を終わらせたいだけなのだろう。考えると、どうにも腹立たしい。
麻衣とメモの内容を確認しあった後、2人は林のほうへ移動を始めた。基本的には人目につかない場所で行動したいからだ。
だが、林に一歩踏み込んだところで理香は何となく違和感を感じて足を止めた。
麻衣も理香の意図を察したらしく、注意深く周囲を見回し始めた。
充分暗順応している目で四方に気を配っていると、突如麻衣に袖を引っ張られた。
麻衣の指差す方向に視線をやると、木々の間を黒い影がゆっくりと動いているのが見える。徐々にこちらに接近しつつあるようだ。
一体誰だろうかと目を凝らした。月明かりは充分だし、木も密集しているわけではないので、見極められないことはないはずだった。
そして判明した。謎の人影が黒く見えるのは、夜だからではなく、実際に相手が黒い物を着ているからだということが。
黒い服を着ている生徒はただ一人、藤内賢一(男子16番)以外にありえない。誰かが変装しているのでない限りは。
果たして賢一はやる気なのであろうか。
正直なところ、判断がつかない。普段勉強ばかりしている男が、この状況でどのような決断をするかなど理香には想像も出来なかった。
といっても、この場で迷う必要はない。
判断できない相手は疑うのが鉄則だからだ。
理香は反射的に大木の陰に飛び込んだ。麻衣も同様だった。
賢一が話しかけてきた。
「流石にここまで生き残ってるだけあって用心深いな。愚かな女どもよ」
突然の暴言にカチンと来たが、ここで冷静さを失っては負けである。
理香は重い口調で答えた。
「そこで止まって頂戴。これ以上近寄ったら逃げるからね、あたしたち」
まだ間合いは充分だし、2人とも賢一より俊足だ。賢一が銃を持っていても確実に逃げ切れるはずだ。
走ると別の敵が現れた時に危険なので、本来逃げるのは避けたいところではあるのだが。
賢一は理香の言葉に従って足を止め、木陰に移動したようだった。
麻衣が声をかけた。
「愚かって何よ。いきなり失礼じゃない」
賢一が馬鹿にしたような口調で答えた。
「愚かだから愚かと言ったのさ。1人しか生き残れないルールなのに2人でつるんでいるなど愚かとしか言いようがない」
麻衣が苛立った声で答えた。
「やる気の人ならそうかもしれないけど、あたしたちは皆で生き残ろうと考えてるの。愚か呼ばわりされる筋合いはないわ」
理香はそっと麻衣を目で制した。
極めて不快ではあるのだが、腹を立てていては賢一のペースに引きずり込まれるように感じたからだ。
賢一の声がした。
「なるほど。それならば理屈は通る。で、どうやって皆で生き残るつもりなんだ。説明してもらおうか」
麻衣は返事に詰まったようだった。
再び賢一が口を開いた。
「別に考えがあるわけではなさそうだな。何の目算もなく大言を吐くのも立派な愚か者の行為だと思うのだがどうだい」
本当に嫌味な言い方だ。理香は怒りを抑え込みながら答えた。
「それはこれから考えるの。頼れる人に会えれば相談するつもりなの。生き残る希望を持つことがどうして愚かなのよ」
賢一は即答してきた。
「かなえられるはずのない夢を追い求めるのも愚か者だよ。僕を見てみろよ。将来この国の頭脳になることが僕の夢さ。でも、間違いなくかなえられる夢なんだ。僕の実力なら確実なのさ。身分相応な夢を持つことが愚かではない人間のすることだよ。君たちなら平凡な家庭の主婦になることを夢見ればいいんじゃないのかい。この場ならば、一秒でも長生きできることを願うのが身分相応だぜ」
理香は頭の中で湯沸かし器が沸騰しそうになるのを必死で制御しながら答えた。他の方向への警戒を怠るわけにはいかないので、冷静さが何よりも大切だ。
「本当に失礼ね。勉強が出来ることだけが賢いことだと思っているの? 世の中には勉強以外に、例えばスポーツとか芸能とかいろいろな方面に才能を持っている人がいるわ。それにあたしたちはまだまだ未熟な中学生。まだ眠っている才能が後に開花する子だっているはずよ。付け加えると主婦も立派な仕事よ。それが理解できない藤内君のほうが愚かかもしれないわね」
麻衣が言葉を重ねた。
「理香の言う通りよ。藤内君だって単なる早熟で、今後伸びない可能性だってあるのよ。人間それぞれに価値があることが解らないの?」
賢一は落ち着いた口調で答えた。
「何を言われても負け犬の遠吠えにしか聞こえないな。君たちの言っていることは理想論や机上の空論だ。僕のように実力の裏づけを伴ってはいないからね。少なくとも現在このクラスで一番賢いのは僕なんだ。これは間違いようのない事実さ。僕に比べれば、他の全員が愚か者になるわけだよ。簡単な理屈だろ。愚かな君たちでも充分理解できるよな」
理香は負けずに答えた。
「試験の点数が取れる賢さと社会的な人間としての賢さは別のものだと思う。そして人生にとって本当に必要なのは後者だと思うの。前者なら藤内君は確かに賢いと思う。とても歯が立たない。けれど、後者に関してはどうかしらね」
賢一は少し動揺した様子で答えた。
「そ、それは屁理屈だ。賢さは試験の点数以外では計る方法がないだろうが」
理香は畳み掛けた。
「1つ質問するわ。どうして藤内君は学ランを着てるの? こんなに暑いのに」
賢一は訝しそうに答えた。
「なんのつもりでそんな質問をするんだ。規則だからに決まっているだろ。黙認状態ではあるけれど、衣替えの日までは冬服を着るのが決まりだろ。決まりには従うのが当然だよ」
理香は重い口調で答えた。
「その融通の利かなさが社会的にどうかなって思うのよね。それにもう1つ言いたいことがあるの。プログラムが始まっても、どうして着ているの? おかげで離れていても藤内君だということがすぐに判ったわよ。学ランを着ている人は1人しかいないのだからね。プログラムで正体を簡単に見切られるのは明らかに不利よ。それが解らない貴方こそ愚かだわ」
最後はかなり声が大きくなっていた。
「そうよ、そうよ」
麻衣が同調した。
賢一が答えた。明らかに焦った口調だった。
「うるさい。黙れ。とにかく君たちは僕に会ったことを感謝するべきなんだ。君たちは皆で生き残りたいんだろ。それには脱走するかプログラムを破壊するしかない。いずれにせよこの首輪をどうにかする必要があるよな。でも、僕はこの首輪の外し方を発見した。今から君たちの首輪を外してやってもいいよ」
理香は呆れた口調で答えた。
「急に態度を変えるなんて信用できるわけないじゃない。あたしたちを油断させて殺すつもりでしょ。最初からそれを言われたら騙されたかもしれないけど手遅れだったわね。自分の首輪も外してないのに大きな口を利かないでよ。さよなら」
賢一の返事を待たず、理香は麻衣を伴って早足で反対方向に歩き始めた。
背後で賢一が何かわめいているのが聞こえたが、最早追って来る気力は無い様子だった。
走ることなく逃げ切った理香の耳には、遠くの森から聞こえてくる梟の声がとても心地よかった。
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