BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


53

 エリアI=3は郡部としては大規模な商店街になっているが、その片隅に比較的大きな電器店がある。
 その正面扉は破壊されており、何者かが侵入していることは明白だった。
 砕けたガラスが縁に片付けられている扉から一歩外へ出たところには、1人の少女が仁王立ちして周囲を油断なく見回していた。
 厳しい表情を崩すことなく拳銃を握り締めている少女、すなわち
吉崎摩耶(女子21番)に店内から出てきた児玉新一(男子11番)が、缶ジュースを手渡した。
 それを一気に飲み干した摩耶は新一に話しかけた。
「研究は順調なのかい?」
 新一は小声で答えた。
「全然ダメみたい」
 だが、新一の表情を見る限り、今のは盗聴に対する方便に間違いなさそうだ。
 
芝池匠(男子12番)による首輪の研究は順調に進んでいるのだろう。
 新一は溜息をつきながら言った。
「匠が何をしようとしてるのか僕にはサッパリ解らないんだけどね」
 これは本音だろう。無論、摩耶にも全く理解できてはいない。
 首輪の解体を目指していることは明らかだが、具体的な内容は見当もつかない。
 仲間にしてもらってから、摩耶は新一と交替で見張りをしている。
 匠は一度病院に移動してしばらく何かをしていたようだが、摩耶はずっと外にいたので何をしていたのかは判らない。
 そして再び電器店に戻ってきて研究を続けているというわけだ。
 首輪が盗聴されているので不用意な会話も出来ず少々不便だったが、摩耶は匠を信じて見張りを続けていた。
 散った仲間たちの仇との出会いを願いながら・・・

 摩耶の実家はお好み焼き屋であったが、元々はテキ屋だったので、いつもその筋の人間がたむろしていた。
 そのような環境で育った摩耶だったので、小学生時代から飲酒や喫煙をしていたし、ケンカも得意だった。
 中学に上がってからは不良仲間とつるむようになり、中年男とホテルに出かけたこともあった。補導歴がないのは単なる幸運だっただろう。
 学校も仲間といる限りは結構楽しかった。授業は詰まらなかったが。
 そんな中で
矢島雄三(男子20番)との出会いは衝撃的だった。
 男子とケンカしてもほとんど互角の自分が、一撃で落とされてしまうなど信じられなかった。
 上には上がいると思い知らされて、仲間と共に雄三をボスに立てざるを得なかった。信頼関係には乏しい主従だったが、それでも表向きは上手くいっていた。
 この素敵な仲間たちと高校でも楽しむことを夢見ていたのだが、待っていたのはプログラムだった。
 不運なことに仲間たちとは出席番号が遠く離れており、一緒に行動するのは難しそうだった。
 ボスの雄三とは比較的近いのだが、合流したくはなかった。雄三に会うといきなり殺されるような気がしたからだ。既に
三条桃香(女子11番)に対する殺意を表明している以上は、雄三を疑っておくのが無難だ。
 思案に暮れながら、出発する宇佐美功を見ていると何やら唇を動かして合図をしているように見えた。集合場所の伝達であることは容易に想像がついたのだが、残念ながら最後部の座席にいた摩耶には功の唇の動きを読み取ることは出来なかった。
 それでも、功が仲間たちと行動する意図を示したことで、摩耶は少々安心した。仲間と合流できれば今後の策略も立てやすいだろう。
 クラスで最後に教室を後にした摩耶は、早速デイパックを開いた。
 出てきたのはワルサーPPKという拳銃で、仲間を探し回りたい摩耶に勇気を与えてくれた。これなら、雄三のような接近戦で勝てない相手に出会っても何とかなるだろうと思った。
 自分に気合を入れた摩耶は拳銃片手に会場内を徘徊し始めた。しかし、誰にも遭遇しなかった。
 そして、昨日の昼前に功たちの呼びかけを耳にした。
 思わずガッツポーズをした摩耶は、呼びかけの方向に急いで足を向けかけて考えた。
 功が自分たちを騙すとは思えないが、呼びかけをすれば危険人物が近寄ってくる可能性もある。
 仲間と合流するチャンスであることは間違いないが、死地に足を踏み入れることになる虞もある。
 しばらく躊躇ったが、結局慎重に様子を見に行くこととした。
 展望台までの道程の半分もいかないうちに呼びかけは終わってしまい、摩耶は妙な胸騒ぎに襲われたがとにかく先を急いだ。
 周囲に気を配りながら歩かなければならないのが、とてももどかしかった。
 ようやく展望台に辿り着いたが、辺りは物音一つせず、人の気配はなかった。
 高鳴る胸を抑えつつ、周囲を慎重に見回した摩耶が発見したのは北浜達也の亡骸だった。
 蒼ざめた摩耶は、さらに付近を探索して功の遺体も見つけ出した。
 摩耶はガックリと地面に膝をつき、呼びかけを聞いてすぐに駆けつけなかったことを悔やんだ。
 自分が来ても2人と同じように屍を曝す運命だったかもしれないけれど、とにかく無念だった。
 そして放送で坂東美佐の死も知ることとなり、摩耶はさらに打ちひしがれた。
 しばらくの間、地に腰を下ろしたまま動けなかった。鵜飼翔二を含めて4人の親友すべてを失ったことは、摩耶にとってはとても耐え難いことだった。この状態でやる気の者に発見されていたら、あっけなく討ち取られていたことだろう。
 しかし、やがて摩耶は両の拳をしっかりと握り締めて立ち上がった。
 このまま死ぬわけにはいかない。必ず仲間たちの仇を討たねば・・・
 この時点で摩耶は、3人を殺したのは同一人物であると思い込んでいた。呼びかけの時に美佐の声が入っていなかったことも忘れていた。
 仲間の仇討ちを目指し、一方では自分の生還を夢見ながら、摩耶は匠たちと合流したのであった。

 再び新一が店内から出てきた。表情がとても明るい。
 手にしたメモには、「首輪の解体方法完成」と書かれている。
 思わず自分の表情がほころぶのを自覚した。
 これで自分が生還できる確率は一気に上昇したわけだ。その前に仇討ちを忘れてはならないけれど。
 その時、摩耶の目は暗闇の中に微かな人影を見出した。道路の隅をこちらに向かって歩いているようだ。
 厳しい表情に戻りながら、摩耶は人影を注視した。
 視力には自信がある。良い視力は学校のテストの時にとても役に立つけれど、プログラムでも有用だ。
 相手はゆっくりと近づいてくる。何も恐れていないように見える。どうやら男子のようだが、誰かは確認できない。
 摩耶は銃を持ち上げ、新一は摩耶の背後に隠れた。
 その動きが見えたのか、相手は駐車車両の陰に移動したようだ。
 摩耶は低い声で言った。
「誰だい? 答えないと撃つよ」
 相手はワンテンポ遅れて答えた。
「その声は吉崎さんだな。初めてまともな戦いが出来そうだ。いくぞ、勝負だ!」
 聞こえた声は
蜂須賀篤(男子14番)のものであると認識して緊張を高めた時には既に、篤は車の陰から飛び出して路上を転がっていた。
 と同時に、篤の手元で火花が散り、コンクリートを砕くような連続音が聞こえてきた。
 だが摩耶は、篤の動きを見て反射的に身を伏せていた。
 背後でうめき声が聞こえ、振り向いて見ると全身血まみれになった新一が倒れ伏すところであった。
 白目を剥き出したまま全身をピクピクさせている新一を一瞥し、もう少し自分の反応が遅ければと思い、背筋が寒くなった。
 といっても、今は過去を振り返っている余裕は無い。
 匠を呼び出して2対1で戦うべきかもしれないが、せっかく首輪の解体を完成させた匠をここで散らせるわけにはいかない。何としても、この場は自分が死守しなければ・・・
 摩耶は素早く柱の陰に飛び込むと、篤を狙って発砲した。
 しかし、篤は既に別の車の背後に身を隠していた。
 と、次の瞬間には再び篤が地面を転がりながら発砲してきた。それで、篤の武器がマシンガンであることに確信を持った。
 金属の柱に守られている自分は大丈夫だが、柱の両サイドに銃弾による風圧を実感できる状況では、篤を攻撃する余裕はなかなかありそうにない。
 基本的に拳銃とマシンガンでは、一方的にこちらが不利である。チャンスがあるとすれば、マシンガンの弾切れの時であろう。
 篤はおそらく徐々に距離を詰めてくるだろう。接近されたらお終いであり、それまでに何とかしなければならない。
 だが、篤は攻撃を中断して声をかけてきた。
「ひとつ訊きたいのだが、さっき倒れたのは誰なんだ? 貴女の仲間は全滅してるはずだし、矢島ならば貴女同様に身をかわせたはずだ。そもそも、矢島が貴女を盾にするはずはないけどな」
 摩耶は即答した。
「そんな質問に答える義理はないわ」
 篤の返事も早かった。
「予想通りの返事だな。とにかく矢島が同伴していないようでホッとしてるよ。矢島がいれば楽には勝てないからな。それよりも、このマシンガンの威力を見ても逃げないのはどうしてだい? 何かを守っているのか?」
 摩耶はギクッとした。確かに自分は匠の研究を守っている。新一を失ったからには、自分ひとりで守らねばならない。そして、それを篤に悟らせてはならない。しかし・・・
 咄嗟に口走った。
「な、何でもないさ」
 篤が畳み掛けてきた。
「動揺がみえみえだな。第一、貴女のような人が本来の仲間以外と同伴しているのが不自然だ。何か理由があるはずだ。言ってみろよ。回答次第によっては、この場は貴女を見逃してあげてもいいよ」
 匠が自分を信用して見張りを任せたことを思うと、自分が助かるために裏切ることは出来ない。
 銃声は店内にも聞こえているはずで、匠が逃げ出してくれることを祈りながら、強気に答えた。
「別になんでもないさ。さっき倒れた子と偶然一緒にいただけさ」
 篤の声がする。
「その回答は落第だ。悪いが死んでもらうぞ」
 と同時に、篤はマシンガンを乱射しながら突進してきた。反撃したくとも弾数が多く顔を出すことも出来ない。
 こうなったら、充分引き付けてから一発勝負に出るしかないだろう。相討ちが精一杯だろうけれど。
 それでは仲間の仇討ちが出来なくなるが、他に手段はない。
 だがその時、銃声が止まった。弾切れのようだった。
 千載一遇のチャンスとばかりに、摩耶は飛び出して銃を構えた。篤がマガジンを交換しないうちに仕留めねばならない。
 が、摩耶の目には篤が何かを構えているのが見えた。同時に何かが飛んできて摩耶の銃は数メートルほど弾き飛ばされてしまった。
 摩耶は急いで銃を拾い上げて振り向いたが、既に篤はマガジンの交換を終えて銃口をこちらに向けていた。
 咄嗟に飛び込めるような位置に遮蔽物はなく、この間合いでは伏せても無駄だ。勝負はこれまでだった。
 篤が口を開いた。
「那智さんが持っていたスリングショットが役に立ったよ。惜しかったね。あの世で先に待っている仲間たちと仲良くしてくれな。すまないね、吉崎さん」
 言葉が終わると同時に、あの連続音が響き渡り、摩耶は全身に火箸を突き刺されたような感触を覚え後方に吹っ飛んだ。
 14年と半年の間休まずに動き続けてきた摩耶の心臓は、程なくその機能を永遠に停止した。

男子11番 児玉新一 没
女子21番 吉崎摩耶 没
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