BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


54

 店外で複数の銃声が交錯している。銃撃戦になっているのは間違いない。
 しかも、襲撃者はマシンガンを持っていると思われる。
 戦っているはずの吉崎摩耶を急いで援護に行くべきなのだろうが、
芝池匠はメモ書きに必死になっていた。
 完成したばかりの首輪解体ツールの作り方と使用法を忘れないうちに正確に記録しなければならないからだ。
 摩耶が平凡な少女でないことは解っている。簡単には倒されないと信じて、匠は作業を続けた。
 そしてメモを書き上げた時、銃声が止まった。
 だが、最後に聞こえたのはマシンガンの音・・・
 残念ながら摩耶が討ち取られてしまった公算が高そうだった。
 一緒にいたはずの児玉新一も恐らく生きてはいまい。
 そして、静かな足音が聞こえ、襲撃者が店内に入ってきたことが判った。
 殺されたと思われる2人の仇を討ちたいところだが、それよりもこの場は逃れてクラスメートの首輪解体に専念することの方が、匠にとっては重要だと思われた。今まで協力してくれた2人に報いるためには、ここで死ぬわけにはいかない。
 無念の思いを噛み締めながら匠は逃げることを考えた。
 だが、見張りを立てる場所を1箇所ですませるために、裏口などには全てバリケードを築いてある。
 それを除去して逃げる余裕はありそうにない。既に相手は店内にいる。店の奥深くにいるとはいえ、発見されてしまうのは時間の問題だろう。
 店の天窓からの月明かりは充分だ。研究にはありがたかったが、この場合は災いでしかない。
 結局、逃げるためには襲撃者を何とかしなければならないと思われる。
 首輪解体法を示して説得する方法もあるだろうが、政府に盗聴されている以上、それは困難である。
 戦って倒すしかないのであろうか・・・
 悩んでいる間にも、相手のシルエットは徐々に近づいてくる。
 男子だと判断した直後に相手は大きな武器、当然マシンガンだ、を持ち上げて撃ち始めた。
 どうやら発見されてしまったらしい。
 周囲の工具や商品が飛び散る中で、匠は這うように位置を変えた。
 作り上げた解体ツールを破壊されないためには、そばにいない方がよいからだ。
 懐のコルトガバメントを握り締め、反撃の機会を窺った。

 研究に難渋していた匠は、疲れのためうたたねをしてしまった。
 その時見ていた夢の内容は、体調を崩した匠が病院で胃の透視の検査を受けようとしているというものだった。
 白いドロッとしたバリウムを見て、こんなもの絶対飲みたくないと暴れているところで目が覚めた。
 疲れのあまり変な夢を見たものだと思っていたが、夢の中での何かが引っかかった。
 透視? ちょっと待てよ・・・
 自分は首輪の内部構造が解らなくて苦戦している。
 無論、金属にX線を当てても通常は真っ黒にしかならない。
 だが首輪の大きさから考えて、外装の金属は薄いはずだ。
 強いX線を照射すればある程度透けるのではなかろうか。
 古墳から出土した古代の剣などに刻まれた文字は、厚い鉄さびに覆われているが、強いX線によって解析可能だという。
 失敗して元々でやってみよう・・・
 期待に胸を膨らませて匠は立ち上がり、2人を伴って移動を開始した。
 行き先はX線のある場所、すなわち病院である。病院ならば自家発電装置があるであろうことも計算に入っていた。
 病院に辿り着いた匠は摩耶に見張りを任せ、新一を伴って院内を探索した。
 幸運にも先客はおらず、自家発電装置を起動させることにも成功した。
 X線CT室に赴いた匠は、見つけたマニュアルを参考にして高線量のX線を照射し、首輪を3方向から細かく断層撮影した。
 得られた画像をじっくりと見た匠は、首輪の3次元的な内部構造を詳細に把握することが出来た。
 成果に満足した匠は電器店に戻ると、内部構造から解体方法を割り出し、現実に解体できるツールの製作に取り掛かった。
 そして先刻、ついに首輪を爆発させることなく分解することに成功したのであった。

 匠は襲撃者の動きを見て意外に思った。
 自分を追ってくるであろうと予想していたのに、相手は匠が研究していた場所に向かっているようだ。
 下手に発砲すれば自分の位置を教えることになりかねず、匠は息を潜めたまま相手の動きを見守った。
 相手は匠が研究していた机に到達し、机上の物品をチェックし始めた。
 首輪の解体ツールであることを相手が見抜けば、ひょっとすれば戦闘を止めて自分に協力してくれるかもしれないと、微かにだが期待した。
 だが、相手は全く期待はずれの発言をした。
「芝池! 隠れてないで返事をしろ。この首輪はどこから手に入れたのだ」
 この声で相手が判明した。この襲撃者は
蜂須賀篤に相違ない。
 厄介な相手だと思いながらも匠は答えなかった。どうして、隠れているのが自分だと判るのかも不思議だったが。
 篤が言葉を続けた。
「返事をしないと乱射するぞ。外で倒れていたのが児玉だ。児玉と一緒にいそうな奴で、こんなことが出来そうなのはお前しかいない」
 そこまで見切られていては仕方がない。説得してみよう。
 匠は静かに答えた。居場所を悟らせないように声を篭らせつつ。
「ご名答だ、蜂須賀。だが、俺が何をしているかは見れば判るだろう。納得してくれれば、新一と吉崎の仇であることは見逃してやるぞ」
 盗聴の問題があるのでハッキリと言えない辺りがもどかしい。
 しかし、篤の返事は冷たい口調だった。
「質問に答えろ。この首輪はどこから入手したんだ」
 返事に困っていると、篤が畳み掛けてきた。
「言いにくいのなら、俺が言ってやる。武藤さんの首を切り落としたんだろう」
 当然ながら答えようがない。篤の言葉が続いた。
「武藤さんの命を貰ったのは俺だ。先ほど偶然近くを通りかかって唖然とした。首が切断されていて首輪がなくなっているのだからな。首輪を解析する目的だというのはすぐに判った。解析するのならこの辺りの商店だろうと目星をつけてきたら、丁度吉崎さんが何かを守るように立っていた。おそらく店内に犯人がいるのだろうと思ったが案の定だった」
 何もかも見透かされている。でも、それならば・・・
 匠は口を開いた。
「そこまで理解しているなら話は簡単だ。お前の言うとおり、首輪の研究をしている。難航しているけど、協力する気はないか」
 この際にも盗聴が悩みのタネだった。本当は成功していることを告げたいのだが。
 だが、篤は怒気を含んだ声で答えてきた。
「残念だが俺は優勝を目指している。首輪の解析を成功させるわけにはいかない。しかも自分たちが助かるために他者の首を切り落とすとは何事だ。俺は絶対にお前を赦さない」
 どうやら説得できる相手ではなさそうだ。だが・・・
 匠は必死で答えた。今のうちに先制攻撃しようかとも思ったが、篤は柱の陰にいるようで少々難しそうだ。
「俺だって不本意だ。何度も何度も武藤さんの霊に詫びている。生還したらご家族にも詫びを入れるつもりだ。でもこれは、俺1人が助かるためじゃない。皆のためだ。正しくない行為であることは解っているが仕方ないんだ。それに、武藤さんの命を奪った奴に言われる筋合いはない」
 篤は即答してきた。
「俺はプログラムの規則に則って命を貰った。ただそれだけのことで、プログラムにおいて責められる行為ではないはずだ。申し訳ないとは思っているがな。武藤さんには気の毒だったが、無警戒に俺にマシンガンを渡した時点で彼女は敗者なんだ。彼女がその気なら俺を倒すことも可能だったのだからな。それでも俺は一応紳士のつもりだ。絶対に女子の顔は傷つけないように配慮している。今まで4人の女子に蜂の巣になってもらったが、いずれも胴体だけを撃ち抜かせてもらった。店の外で倒れている吉崎さんも同様だ。顔は無傷さ。目を閉じさせて手を組ませてある。敗者に対して礼を失ってはならないと思う。勿論、武藤さんも首から上には掠り傷1つついていなかった。眠っているような安らかな顔だった。だが、お前は何をした。死者の首を斬ることなど、プログラムの下でも赦される行為ではない。そして、そんなお前を殺すのに、俺は何の躊躇いも感じない。おまけに、女子に戦わせておいて自分は店内に残っているなど最低だ。吉崎さんが可哀想だぜ」
 匠は解らなくなってきた。自分が正しいのか篤が正しいのか・・・
 いや、どちらも正しくない。真理は別のところにある。
 匠は答えた。思わず声が大きくなってしまった。
「確かに俺は間違っている。だが、お前も正しくはない。人間として、罪もないクラスメートを殺してよいはずがない。間違っているのは、どう考えても政府だ。こんなことをさせる政府が間違っているんだ」
 しまったと思ったときには遅かった。篤は自分に喋らせて居場所を探ろうとしていたのだ。
「やっと居場所がわかったぞ」
 篤の声と共に乱射が始まった。
 匠はコルトガバメントで反撃しながら移動しようとしたが、いつのまにか篤はすぐ目の前に来ていた。
「死者を冒涜した罪、その身で購(あがな)え!」
 篤の言葉と共に、匠の体は血まみれの肉片と成り果てた。
 こうして首輪の解体方法を確立した男、芝池匠はその方法を誰にも伝えることなく涅槃へ旅立った。
 篤は首輪解体ツールを破壊し、解体方法のメモを破り捨てた後、颯爽と電器店を後にした。
 店内にはいつまでも、硝煙と血の混じった臭いが立ち込めていた。

男子12番 芝池匠 没
                           <残り19人>

第3部 中盤戦 了


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