BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


第4部

終盤戦

55

 岩場をよじ登っていた彼女は、ふと空を見上げた。
 都会では期待できないような美しい星空が一面に広がっている。
 一瞬笑顔を見せた彼女は更に四肢に力を込めて踏ん張り、遂に岩場を登りつめた。
 彼女の遙か足下の岩の間には、小型の漁船が人目をはばかるように結わえ付けられている。
 一息ついた彼女は、突如険しい表情になり繁みに飛び込んで息を潜めた。何者かが接近する気配を感じたからだ。
 今、絶対に見つかるわけにはいかない。失敗すれば全てがぶち壊しになってしまう。
 万一発見された場合は、声を出される前に相手を気絶させなければならないので、彼女はいつでも飛び出せる姿勢のまま緊張を高めた。
 不安げに周囲を見回しながら現れたのは、
神乃倉五十鈴(女子7番)のようであった。
 五十鈴のような非力な女子が健在であることにホッとしつつ、また彼氏の鈴村剛が見当たらないことに不安を覚えつつ、彼女は五十鈴が通り過ぎるのを待った。
 衣装を黒尽くめにしてきた効果もあったのだろう、五十鈴は彼女の存在には全く感づくことなく去っていった。
 本当は今すぐにでも五十鈴を保護したいのはやまやまであったのだが、それは無理であった。
 五十鈴の無事を祈りつつ、彼女は周囲を注意深く見回した。
 ここエリアF=10は入り組んだ磯になっている。整備すれば観光の名所にもできそうだった。
 もう一度船の位置を確認し、昼になっても政府の船からは発見困難であることを確信した。
 安心した彼女は小さく呟いた。
 もう少し待っててね。必ず皆、助けてあげるから・・・
 彼女、すなわち担任教師の国分美香はゆっくりと立ち上がると慎重に行動を開始した。

 美香は10年前のプログラム優勝者だった。
 一人娘の美香をプログラムで失うことを恐れた両親は、幼児期から美香に武芸やサバイバルテクニックを習わせていた。
 その目的に関しては美香は告げられていなかったが、プログラムの存在を知ってからは薄々その意図を察していた。
 そして、プログラムの魔手は見事に美香に伸びてきた。美香たちは伝染病の予防注射と称して鎮静剤を注射されて意識を失い、プログラム会場で覚醒したのだった。その会場は何と今回と同じく豌豆島であった。
 クラスメートを殺してまで生き残りたいとは思わなかった美香だったが、両親の気持ちを考えるとあっさりと死ぬわけにもいかず、どうするべきか悩んでいた。
 しかし美香は信頼抜群のクラス委員長だったため、何と10人ほどのクラスメートが美香と行動を共にすることを望み、ひとまず大勢で潜伏することとなった。
 だが、狂気に囚われたクラスメートや完全にやる気になったクラスメートが次々と美香たちを襲った。
 美香たちは基本的には逃げ回って身を守ろうとしたのだが、友人たちは一人ずつ斃れていき、最後に残った親友も美香の腕の中で静かに息を引取ってしまった。
 友人たちの死を悼みながら美香は考えた。
 自分が生き残っているのは、単に自分が友人たちよりも俊足だったからに過ぎない。
 考え方によっては、友人たちを盾にして生き延びていたことになる。
 一体、自分は何をしているのか。
 手元の拳銃をじっと見詰めた。今までは威嚇射撃しかしていないが・・・
 目の前には親友を刺した男子が、荒い息遣いで立っている。何人もに激しく抵抗されて、既に満身創痍のようであった。
 男子は最後の力を振り絞るように短刀を構えて美香に突撃しようとした。
 その瞬間、美香の中で何かが変わった。
 美香は親友の亡骸を足下に横たえると同時に拳銃を構えて発砲した。
 男子は額に大きな穴をあけて仰向けに倒れた。それきりピクリとも動かなかった。
 それを一瞥すると、美香は親友に花を供えてそっと立ち去った。
 怯えて逃げ回っていた時とは、別人のような厳しい表情になっていた。
 それから美香は自分を襲ってくる者には、誰に対しても躊躇なく反撃してその命を奪った。
 そして2日後、密かに憧れていた男子が見る影もない容貌に変わり果てて襲ってきたのを返り討ちにしたところで、美香は優勝を告げられた。
 別に優勝を目指す意志はなく、単に身を守っているだけのつもりだったので少々驚いたが、それでも黙って優勝を受け入れた。
 両親は喜んでくれたが、クラスメートの遺族たちからの嫌がらせは想像を絶し、一家は夜逃げする羽目となった。
 優勝直後は、興奮と生き延びた喜びの余韻に浸っていたが、夜逃げした後の美香はどうしようもない自己嫌悪に陥っていた。
 どんな理由があるにせよ8人もの人命を自分の手で奪ったのは事実だった。
 正当防衛だと思い込もうとしたが、実際には武器を弾き飛ばされて降参した者にも容赦しなかったので、過剰防衛の域に達していたともいえるため、慰めにはならなかった。
 しばらくの間、不眠・食思不振・自殺願望などに襲われ、病院に通ったこともあった。
 治療が奏功してどうにか立ち直った美香は、自分の行為の償いとして自らが中学校教諭になることを決心した。
 反政府活動に走ることも考えたが、立派な若者を育成することで、自分が葬った者たちへの詫びにするほうがよいと決断したのである。
 さらに、万一自分の担任するクラスがプログラムに選ばれた際には身を挺して生徒たちを守る決意もしていたのであった。そのための自己鍛錬も密かに行っていた。
 そして不幸なことに、それは現実となったのである。
 いち早くプログラムであることを看破した美香は、自分が経験者だからこそ察知できたのだと思いながらも、プログラムの宣告前に急いで生徒たちを逃がそうとした。
 しかし政府側の対応も予想外に早く、美香の考えは叶わず、逆に自らが海へ飛び込むことを命ぜられてしまった。
 この瞬間に美香は、会場に乱入して生徒たちを救出しようと決断したのだった。
 担当官が大学の後輩である鳥本美和だったことには大変驚いたが、生徒の救出には好都合に思えた。
 一旦は生徒たちを裏切るような形になるが、必ず助けてあげるからねと内心で叫びながら、海に身を躍らせた。
 一苦労の末、岸に泳ぎ着いた美香は必要そうな物品を急いで用意すると家族宛の遺書をポストに投げ込んで夜を待った。
 漆黒の闇に紛れた美香は、小型の漁船を盗み出して会場に向かったのであった。

 美香は慎重に本部と推定される学校を目指した。前回の本部が学校だったからだ。
 生徒と違って美香は地図を支給されてはいないが、無論図書館で豌豆島の地図をコピーして懐に入れている。
 ゆっくりと移動しながら美香は生徒たちの動向を考えた。
 プログラム開始から一日は経過していると思われ、既にかなりの数の死者が出ている虞があった。
 船の中での態度を思い出すと、残念ながら
蜂須賀篤(男子14番)三条桃香(女子11番)の少なくとも2人はやる気になると思われた。桃香の場合は立場上やむをえないのではあるけれど。
 
矢島雄三(男子20番)をはじめとする不良グループがどう出るかは想像できなかったが、他にもやる気の者は現れるだろうと予測した。
 
大河内雅樹(男子5番)今山奈緒美(女子3番)が健在ならば、恐らく脱出の方法を模索しているであろうと考えられた。
 しかし、脱出は容易なことではない。問題の1つが首輪に仕掛けられた盗聴器である。
 迂闊に脱出方法を編み出して口にすれば、政府に処刑されてしまうことになる。
 しっかり者だった自分も優勝するまで盗聴には気付かなかった。任務を終えて油断した担当官が酒に酔って口を滑らせたからこそ知っているに過ぎない。無論、何も聞かなかったフリをして難を逃れたわけだが。
 そのため、救出の目処が立つまでは盗聴を知らない生徒たちに発見されるのは不都合なのであった。
 多くの生徒が存命していることを願いつつ、決死の覚悟で進む美香を満月が暖かく見守っていた。


                           <残り19人>


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