BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


56

 エリアG=8は殆ど人の手の入っていない原生林に覆われている。
 その中央付近の洞窟の入り口に立っていた
細久保理香(女子18番)は、腰に手を当てて背筋を伸ばしながら周囲を油断なく見回した。
 プログラムが始まってから、自分の視力や聴力が研ぎ澄まされてきているのを自覚できる。
 ちょっとしたミスが落命に繋がる状況なのだから当然であるとも言えるのだが。
 考えてみればある種の弱肉強食の世界に投げ込まれたわけであるから、自分の身は基本的に自分で守らなければならない。
 それでも、信頼できる仲間がいることは有難い。
 その頼もしい仲間である
速水麻衣(女子15番)は、洞窟の奥で料理をしている。
 固形燃料や冷凍食品などをいろいろ調達してあったので、お食事タイムにしようというわけだった。
 といっても、見張りを怠ることは出来ないので、一人ずつしか食べられないのが淋しいところではあるけれど。
 その時理香は、何とも形容しがたいいやな感じがした。
 明白な殺気でもないのだが、少なくとも邪心が篭っていそうな感じだった。
 理香はさらに厳しい表情になって視線を巡らせた。こんな表情を
大河内雅樹(男子5番)には見られたくないものだと思いながら。
 と、闇の中を1人の人物が接近してくるのが確認できた。
 緊張を高めながら身構えると、相手は木陰で立ち止まった。どうやら女子のようだ。
 そして、女子のほうから声をかけてきた。
「愛夢だけど、理香だよね。1人なの?」
 
川崎愛夢(女子8番)のようであった。

 
藤内賢一(男子16番)を撃退した理香と麻衣は、山中を移動しているうちにこの洞窟を見つけた。
 隠れている先客に襲撃されてはたまらないので、2人は小石を投げるなどの動作を繰り返しながら慎重に内部を調べ安全を確認した。
 誰かが篭っていた形跡もない。
 この洞窟を最初に発見したのが自分たちなのかもしれなかった。
 内部は比較的広くて奥行きも充分。しばらく立て篭もるには適当だと思われた。
 一刻も早く雅樹たちと再会したいところではあるが、休息も必要だ。
 状況によってはもう一度仮眠しても良いだろうと考え、ひとまずここを拠点にすることとした。
 麻衣に見張りを任せ、荷物の整理をしながら考えた。
 先ほどの放送の時点で生存者は22人。クラスの約半分である。
 死者の多くは
蜂須賀篤(男子14番)三条桃香(女子11番)に討たれたのであろうが、それだけではあるまい。
 賢一をはじめとして、他にもやる気の者が何人もいると考えた方が無難だ。
 その中には、普段は大人しそうな人物も混ざっているかもしれない。賢一のように。
 絶対的に信用できるのは、雅樹、
佐々木奈央(女子10番)今山奈緒美(女子3番)の3人しかいないのではないかとさえ思えてきた。
 麻衣とて、事前に浦川美幸との会話を盗み聞きしていなければ、信用できなかっただろう。
 疑心暗鬼になるのは政府の思う壺であることは理解しているけれど、落命してから後悔しても遅いのだ。
 不本意ながら3人以外が接近してきた時には、疑ってかからざるを得ないと結論付けていた。
 随分心が狭くなったものだと、自分に悪態をつきながら。

 理香は考えた。
 現れた愛夢を信じてよいものかどうか。
 先ほど何となく感じた邪気をどう判断するべきか。
 そもそも、彼女は本当に愛夢なのか。
 
川崎来夢(女子9番)が愛夢を装っている可能性はないのだろうか。
 理香は目を凝らして愛夢を見詰めた。
 どうにかトレードマークのリボンが確認できた。確かに愛夢のリボンのようである。
 だが、新たな疑問が湧き起こった。
 プログラム会場で目立つリボンをつけているのは得策とは思えない。当然、外してしまうべきなのだが。
 いずれにせよ、ここは警戒を要する場面だ。
 愛夢とは、自分よりも麻衣の方がずっと親しい。
 麻衣を呼ぼうかと思って、再び疑問を持った。
 愛夢は理香が1人かどうかを訊ねてきた。
 出会った相手に対する最初の質問として不適切とまでは思わないが、それほど親しくない関係の相手に対する質問としてはやや不自然ではなかろうか。
 それに愛夢にとって、理香は100%信頼出来る人物ではないはずだ。自分から積極的に声をかけてきたのは何故なのか・・・
 自分の疑い深さに嫌気がさしながらも返答に迷っていると、愛夢が声をかけてきた。
「答えてくれないのは、どうしてなの? やる気には見えないんだけど」
 理香は慌てて答えた。
「一寸、ビックリしたから・・・ 勿論、やる気じゃないけど。でも、これ以上近寄るつもりなら手を挙げてくれないかしら」
 愛夢が答えた。
「わかったわ。でも、その前に理香も両手を広げて見せてくれないかしら」
 危険そうならば洞窟に飛び込めば大丈夫と考えた理香が指示に従うと、愛夢は荷物を足下に置き、両手を挙げて近寄ってきた。スカートの長さも愛夢に適合している。
 愛夢が目前まで来たところで、理香は声をかけた。
「手を下げていいわよ。でも、悪いけど服も調べさせてもらうわね。女同士だからいいでしょ」
 いつも明るい愛夢の事を考えると慎重すぎるような気もしたが、1つの油断が死を招く世界であることを考えるとやむをえなかった。
 愛夢が頷くのを確認してから、理香は愛夢の胸ポケットに手を入れた。入っているのは生徒手帳だけのようだ。
 次はスカートをと思ったとき、突如声がした。
「愛夢! 何やってるの!」
 反射的に飛び退きながら、声の方をチラリと見た。
 会話を聞きつけたらしい麻衣が洞窟から顔を出していた。
 咄嗟に視線を愛夢に戻す。
 理香の目が見開かれた。なぜなら、愛夢の右手には刃物が光っていたのだから。
 再び麻衣の声がした。
「愛夢、どうしたのよ。まさか、やる気になったわけじゃないでしょ。理香なら大丈夫よ。あたしを助けてくれたし」
 愛夢が戸惑っている間に、理香は素早く間合いを取り、懐の催涙スプレーを握り締めた。愛夢を殴り倒すことも可能だったかもしれないが、出来ればそんなことは避けたかった。
 愛夢が自嘲気味に呟くのが聞こえた。
「1人じゃなかったんだ。まさか、麻衣と一緒だったなんて」
 そして愛夢は突如踵を返して走り去った。
「愛夢、待ってよ」
 叫びながら追おうとした麻衣の腕を、理香はしっかりと掴んだ。
 麻衣は少しもがいたが、すぐに諦めて地面に座り込んだ。
「信じられない。あの子がやる気になるなんて。あんな社交的で明るい子が・・・」
 首を振りながらボソボソと言う麻衣に、理香は優しい声で語った。
「あたしたちはそれだけ何が起こるか分からない世界に投げ込まれているわけよ。それに、あの子が愛夢だという保証はないわ」
 麻衣はハッとしたように顔を上げて、小声で言った。
「そうか・・・ そうなんだ。あの子は愛夢じゃないんだ。来夢だったんだ。そうね、きっとそうよね」
 途中から声が大きくなりかけていた。
 だが、そこで麻衣は再び俯いた。
「そうだとしたら、来夢は愛夢を殺して変装したのかしら。愛夢は死んだのかも・・・」
 震える声で言った麻衣の肩を、理香は優しく抱きしめ、周囲を確認しながら話しかけた。
「絶対とは言わないけど大丈夫だと思う。愛夢に化ける作戦は、愛夢の名前が放送で呼ばれると役に立たないでしょ。だから、愛夢を殺すことは出来ないわ。多分、愛夢は気絶させられているんだと思う。あるいは、愛夢ソックリのリボンをどこかで調達して、スカートの長さも調整したのかもしれないし」
 麻衣はゆっくりと顔を上げた。
「そうか、そうかもね。きっと愛夢は無事だよね」
 麻衣の言葉に安心した理香は話題を変えた。口調も明るく。
「さ、料理の続きをお願いね。おなか空いちゃった」
 頷いて洞窟の奥へ戻った麻衣を見送ると、理香は気合を入れなおして周囲を見回した。
 夜風が頬にとても心地よかった。


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