BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
57
藤内賢一(男子16番)は駐車車両の陰に隠れながら策を練った。
賢一の視線は少し離れた位置の小さなホテルに注がれている。
ホテルの屋上には見張りと思われる人影が見える。シルエットから見て、おそらく女子だろう。
見張りがいるということは何人もが立て篭もっている可能性があり、上手く立ち回ればまとめて葬り去ることも出来るだろう。
問題はホテルに侵入する方法である。
密かに忍び込むか、立て篭もっている者を騙して自分を迎え入れさせるかの2通りが主な選択肢と言えそうだ。
賢一は地図を見ながらホテルの周囲を観察して地形などを確認した。
その結果、屋上の見張りに発見されずにホテルの壁に辿り着くのは容易ではないと結論付けた。自分の鈍足がどうにも恨めしいところだ。それに、出入り口はおそらくバリケードなどで封鎖されていることだろう。
ならば堂々と接近して相手を騙す他はない。立て篭もっている者ならば、積極的に自分を攻撃することはないだろうし、頭脳を誇る自分にはその作戦の方がふさわしいだろうと思われた。
先刻細久保理香(女子18番)に指摘されてから脱いでいた学ランを、賢一は再び着込んだ。
この場合は、優等生の自分であることをアピールする方が有利だと思えたからだ。
賢一は周囲に第3者が存在しないことをもう一度確認した後、ホテルに向かって歩き始めた。
賢一の家は普通のサラリーマン家庭であったが、俗に言うところの土地成金でお金には何ら不自由しなかった。
突然変異とも考えられるような優秀な頭脳を持って生まれてきた賢一に、両親は湯水のように金をつぎ込んで英才教育を施した。
はぼ毎日のように有名な大学教授などが家庭教師として訪れ、賢一の学力は信じられないほどに伸びて行った。
小学生時代から神童として雑誌に紹介されたり、TV番組に招待されたこともあった。
芸能科目や体育に関しては劣等生レベルであったが、そんなものは自分の将来には不必要であると考え、全く意に介さずに主要教科の学習を続けた。
中学生になって全国統一テストでも1位を取っていたし、この国に飛び級制度があれば、とうに高校生かひょっとしたら大学生になっていても不思議ではない成績だった。
大学卒業後に要人としてスカウトしたい旨の密談が既に多くの企業から来ていたが、賢一は政府の要人になってこの国を操ることを夢見ていた。自分の能力ならばこの国のブレインになることは容易だと信じていた。自分は国にとっての宝物だと妄信していた。
政治に必要な能力は学問だけではないことなど、全く認識出来てはいなかった。
そのような状態だったから、自分がプログラムに巻き込まれること自体が信じられなかった。
自分の死は国にとって大損失であるはずで、そんな自分の命を死の危険に曝そうとする政府の意図が理解できなかった。
結局、自分のクラスが選ばれたのは何かの間違いであると考えた。このクラスには総統の姪というVIPもいるのだから、そのように考えてしまうのも無理もなかった。
だが、融通の利かないこの国が自らの誤りを認めるはずがない。たとえ間違いであったとしても、スタートしてしまったプログラムは強引に実行されるはずだ。
こうなったら、優勝する以外に方法はない。賢一の決断は早かった。
勿論、プログラム担当者たちへの怒りは大きい。貴重な勉強時間を数日間奪われることも含めて。この連中をただで済ませることは出来ないが、この場で逆らうのは自殺行為だ。
とにかく優勝して生還すれば、自分にはバラ色の人生が待っている。将来この国を操れるようになった時点で、この時のプログラムの担当者を調べて、冤罪に陥れて処刑してしまえばよいわけだ。それまで自分の怒りは抑えて、全力で優勝をめざすこととした。
教室からの出発時に政府に対する暴言を吐いたのは、他の生徒に自分を危険視させないための策略であったけれど、半分は本音だったのだ。
デイパックからCz・M75という銃を取り出して、賢一は一息ついた。
頭脳では誰にも負けないが、身体能力は女子の平均よりも劣っている。だから、銃の存在は何よりも心強かった。
後はクラスメートたちに自分の頭脳を誇りながら、死をプレゼントするだけのことだ。
ただ、三条桃香(女子11番)の存在だけは頭痛の種だった。
誰が誰を殺害したかは、政府も記録していることだろう。もし、自分が桃香を殺せば、優勝しても総統にとって姪の仇になってしまう。
それでは政府に重用されることは困難になるだろう。それどころか、後日に総統から刺客を差し向けられるかもしれない。
すなわち、桃香だけは他の生徒に消してもらう必要があった。
これまで順調に3人を仕留めていたが、いまだ桃香が健在であることに若干の焦りを感じていた。
そして理香に撃退されたことで、焦りはさらに募っていた。
ホテルの壁に接近したところで、予想通り頭上から声が降ってきた。
「藤内君よね。そこで止まって!」
この声は伊奈あかね(女子2番)のようだ。
あかねには何度か数学を教えたこともあるので、多少は自分を尊敬しているだろうと思われた。とすれば比較的騙しやすいはずだ。
ただ、あかねがいるとなると、今山奈緒美(女子3番)も同伴していると考えられる。冷静な奈緒美を騙すのには骨が折れるかもしれない。
それでも、中に入りさえすれば何とかできるだろうと考えた。
賢一は答えた。
「伊奈さんだよな。耳寄りな話があるんだ。中に入れてくれないか」
あかねが答えた。
「入れる前に話を聞きたいわ」
やはり慎重だなと思いながら、賢一は言った。
「この島から皆で脱出する方法を見つけたんだ。これで、伊奈さんも助かるよ」
あかねの返事が聞こえた。声が一オクターブ上がっていた。
「え? 本当? 信じていいのね? 皆、助かるのね?」
よし、伊奈さんを騙せたぞ。やはり伊奈さんは僕を優等生として信じてくれているんだ。これで、ここの連中を討ち取れるぞ。僕を信じた愚かさを呪いながら死んでもらうことにしよう。
賢一は内心でガッツポーズをしながら答えた。
「あぁ、大丈夫さ。大船に乗った気でいてくれ。さぁ、早く中に入れてくれよ」
「わかったわ。一寸、待っててね」
あかねが完全に冷静さを失っているのが把握できる。これなら、奈緒美に相談しないで扉を開けてくれることだろう。
と喜んだ時、賢一の頭上の窓が開いて別の声が聞こえた。
「ダメよ、あかね。少し頭を冷やして!」
間違いなく奈緒美の声だ。残念・・・ もう少しだったのに・・・
歯軋りしていると、奈緒美は賢一に声をかけてきた。とても落ち着いた声だった。
「中に誰がいるかも確認しないで、そんな危険な相談を大声で持ちかけてくるなんて、信用できるわけないじゃない。おまけに具体性が全然無かったし。それに貴方はこの国の頭脳になりたいんでしょ。そんな貴方が国に対する反逆者になるような選択をするはずがないじゃない。貴方の御立派な頭脳はサバイバルの役には立たないようね」
あかねを騙すことで満足せず、奈緒美も騙せるように秘術を尽くすべきだったのだが、知らず知らずのうちに溜まっていた焦りがミスを招いたようだった。そして、それを知った時には最早手遅れだった。もう、奈緒美を納得させることは不可能だろう。
「悪いけど、入れることは出来ないわ。立ち去って頂戴」
キツイ口調に変わった奈緒美の言葉に、賢一は思わず捨て台詞を吐いてしまった。
「折角助かるチャンスを棒に振るなんて、君たちは本当に愚か者だ。僕は他の連中を連れて脱出するから、地獄で後悔するがいいさ」
だが、奈緒美は冷静に答えてきた。愚か者呼ばわりされても全く動じていないようだ。
「今の言葉で、貴方に対する疑念が確信に変わったわ。もし、貴方が仲間を連れて来ているなら騙されたかもしれない。でも、一人で現れてそんなことを言われてもね」
クソッ!
賢一はホテルに背中を向けて走り出した。
その表情は普段の自信に溢れたものとはかけはなれて、屈辱に満ち満ちているようだった。
<残り19人>