BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


58

 百地肇(男子18番)は舌なめずりをした。
 久々の獲物を発見したのだから当然であった。
 標的は目前15メートル程の位置にある岩に腰掛けている
神乃倉五十鈴(女子7番)
 好みのタイプである上に、女子の中でも非力な部類の五十鈴は絶好のターゲットと言えた。
 もう失敗はしたくない。
 肇はねっとりした視線で五十鈴を見詰めながら、確実な攻略法を考え始めた。

 肇は自分が生還することに関しては殆ど諦めていた。
 支給品が貧弱だった上に、クラスには自分よりも明らかに強い者が何人かいる。
 日頃の行いが祟って、自分に対するクラスメートの信頼度は極めて低いと考えられ、誰かと組んで戦うことも困難だった。
 そんな肇の目標は2つに絞られていた。
 1つは、自分の告白を断った
細久保理香(女子18番)の息の根を止めること。
 もう1つは、誰でもかまわないから女子を陵辱することだった。
 この2つを果たすまでは死んでも死にきれないと思い、女子を探し求めて会場内を徘徊し続けた。男子を目撃した際は接近しないことにしていた。
 だが、
佐々木奈央(女子10番)を襲った際は甲斐琴音(女子5番)に妨害され、千代田昌子を組み伏せた時には三条桃香(女子11番)に妨げられてしまった。
 そして先刻は、ホテルの屋上に陣取る女子を発見して近寄ったのだが、相手は自分を信用するはずのない
今山奈緒美(女子3番)であった。
 反省している芝居をしながら、奈緒美の警戒心を解こうと試みたが結局は成功しなかった。
 自分には運がないのだろうか、自分は一度も女を抱かないまま死ななければならないのだろうかなどと沈みがちになる心を必死で奮い立たせて、肇は歩き続けた。
 そして、エリアF=7で発見したのが五十鈴であった。

 五十鈴は林の中の岩に腰掛けたまま、ゆっくりと周囲に目を配っているようだった。
 木に守られて発見されにくいと考えて休憩しているのであろうが、接近してくる人物を発見しにくい状況でもあるわけだった。
 肇は行儀良く膝の上に置かれた五十鈴の両手を凝視した。
 少なくとも銃を握っているようには見えない。持っているとしても小型の武器であろうと思われた。
 それならば自分が五十鈴に倒される心配はないはずだ。
 脚力も自分の方がはるかに勝っており逃げられることもないはずで、問題は大声を出された場合程度だった。
 とすれば、手を出す前に殺してしまうか気絶させてしまう方が安全であろう。
 だが、女子を抱いても相手の生命や意識が失われているのでは、折角の楽しみが半減してしまうように思えた。
 まして、五十鈴は自分の尾行癖の引き金になったほどの素敵な女子であり、普通に手に入れたい相手である。
 彼我の腕力を考えれば、五十鈴の口を塞いだままでねじ伏せることは充分可能であると考えられた。
 意を決した肇はゆっくりと五十鈴の背後に回りこむようにしながら接近した。
 その間も、視線は五十鈴の全身を余すところなく嘗め回した。
 間もなくこの女が自分のものになるのだと思うと、胸の高鳴りを抑えることは出来ず、微妙に四肢が震えた。
 五十鈴は特に鈍い少女でもないのだが、肇のテクニックならば察知されずに近寄るのは朝飯前のはずであった。
 だから、五十鈴が突如振り向きながら立ち上がった時には、あまりの驚きに硬直してしまった。
 ど、どうして気付かれたのだ・・・
 戸惑いながら考えた。そして悟った。
 プログラムが始まってから、自分はずっと動き続けている。
 当然ながら入浴も何もしていないので、体臭はかなり強くなっているはずだ。
 そして自分は風上にいる・・・
 何という愚かなことを・・・
 自嘲しながら五十鈴を見ると、ありがたいことに五十鈴の方も目を見開いたまま硬直しているようだった。
 といっても、じりじりと半歩ずつ後退している様子だったけれども。
 こうなったら、このまま襲ってしまえ。
 気合を入れなおして飛び掛ろうとすると、我に返った様子の五十鈴が懐から何かを取り出した。
 見たところスタンガンのように思われた。
 厄介なものを持っていると直感し、一瞬身構えてしまった。
 五十鈴の声がした。
「私は神に仕える身。人を傷つけることは許されない。でも、相手が貴方のような人ならば神も御赦しくださるかも」
 やはり殆どの女子に女の敵というイメージを植付けてしまっているのは、この状況ではきわめて不利に働くようだ。
 そして五十鈴の表情を見てゾッとした。
 普段の清楚な五十鈴とは別人のように、勝気な表情に変わっていたからだ。
 さらに五十鈴が口を開いた。
「私は剛の命も背負っているの。だから、簡単には死ねないわ」
 プログラムと恋人の死が五十鈴を変えたのだろうか・・・
 肇はいつの間にか自分が圧倒されていることに唖然としていた。
 だが、そこで思い直した。
 身体能力的に自分が数段勝っていることには何の変わりもない。いくら五十鈴が強気になったところで、腕力まで強化されるわけではないだろう。
 強引にスタンガンを奪ってしまえば問題はないはずである。
 不敵な笑みを浮かべて言い返した。
「言いたいことはそれだけかい。俺は腕づくで君の体を貰うよ。大人しくしてくれれば命までは取らないけどね」
 五十鈴は返事をしなかった。
 ただ、表情に肇に対する嫌悪感が強く篭ったようではあったが。
 肇は懐から右手で包丁を取り出して高く掲げた。
 五十鈴の視線が自然に包丁に吸いつけられる。
 その隙に、肇は踏み込みながら左の手刀を五十鈴の右手首に素早く当てた。
 そして、地に落ちたスタンガンをタックルするようにして奪い取り、立ち上がると同時に五十鈴の腹に押し当ててスイッチを入れた。
 五十鈴は悲鳴も上げずに後方に吹っ飛んで仰向けに倒れた。
 自分の手の方に衝撃がなかったのが少々不思議だったが、かまわずに五十鈴に接近して顔を覗き込んだ。
 五十鈴の目は堅く閉じられており、どうやら気絶していると思われた。
 若干つまらないが、この方が肇にとって安心だとはいえる。
 一息ついた肇は地面に腰を下ろすと、倒れている五十鈴の全身を穴が開くほどじっくりと見詰めた。なかなかスタイルも良いようだ。
 満足したところで、今度は馬乗りになって体に触れようと思い、体勢を変えた。
 その瞬間、五十鈴の右下肢が動いたかと思うと、肇は顔面を渾身の力で蹴られていた。
 油断していた肇は派手に尻餅をついてしまった。しかも、目に砂が入ってしまったようで周囲がよく見えない。
 その状態でも、素早く立ち上がった五十鈴が走り去るのを確認し、急いで後を追った。
 視界が不十分で上手く走れないが、それでも五十鈴との脚力差は大きく、やがて追いつきそうになった。
 肇は怒鳴りつけた。
「スタンガンのバッテリーを外していたんだな。俺に奪われるのを見越して・・・ ふざけやがって。ぶっ殺してやる」
 答えない五十鈴の肩にもう少しで手が届きそうになったところで、肇は側頭部に衝撃を受けてよろめいた。何者かに石を投げつけられたようだ。
 何者かの声がした。
「神乃倉さん、早く逃げるんだ」
 五十鈴は声の方向に会釈をすると、そのまま走り去った。
 再び声が聞こえた。
「痛い目に遭ってもまだ懲りないようだね」
 何だと・・・ 誰だか知らんが邪魔する奴は赦さんぞ。
 ? 今、何と言った? 
 そうか、理香ちゃんを襲った時に俺を殴ったのはこいつなのか。
 借りは2倍にして返してやるぞ。
 肇は五十鈴を追うのを諦めて、現れた人物の方に向き直った。
 そこにいたのは、鉄パイプを握り締めた
盛田守(男子19番)であった。
「盛田! 何故邪魔をする」
 守は答えた。
「女の子を襲う奴は赦せないというだけのことだ」
 肇はいらついて答えた。
「善人ぶりやがって。とにかく2度も邪魔した以上はただでは済まさんぞ」
 言うが早いか、肇は包丁を振りかざして突撃した。
 だが、包丁は守の鉄パイプにあえなく弾き飛ばされ、腕にもダメージを受けてしまった。
「これ以上向かってくると、次は骨が折れるぞ」
 守に豪語されて、とても悔しかったがもはや勝ち目がないのも明らかだった。
 ここは骨を折られる前に立ち去るべきだろう。自分の目的を果たすためには男子の相手などしていられない。
 無念の思いに満たされながら、肇は守に背を向けて歩き始めた。
 頭上に広がる美しい星空も全く目に入らなかった。


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