BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


59

 眠い・・・ とても眠い・・・
 でも、寝てしまったら殺されてしまうかも・・・
 寝ちゃいけない。頑張らなきゃ。
 
豊増沙織(女子13番)は必死で眠気と戦っていた。
 出発以来の二十数時間というもの、まともには寝ていない。若干のうたたねはしたけれど。
 寝不足に強い者なら、この程度は何とか耐えられるのだろうけど、沙織にはとても辛かった。
 その時、沙織の目は自分に近寄ってくる人影を捉えた。
 恐怖のあまり、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
 どうしよう、殺されるかも・・・
 沙織は膝を抱えた姿勢のまま、足元のウージー9ミリサブマシンガンを握り締めた。
 いつでも使えるようにしてはあるが、当然ながらまだ一度も使っていない。
 自分に使いこなせるかどうかも疑問だったが、命を守るためなら使わざるをえないだろう。
 命というものは1つしかない。失ってしまえば、それで全て終わりだ。ゲームのように蘇生できるわけではない。
 何があっても命だけは守らなければならない。他の全てを捨て去ってでも。
 沙織は震えながらも、接近してくる相手の正体を掴もうと努めた。
 それ以前に、相手が自分を発見できずに通り過ぎることを願っていたけれど。

 沙織はプログラムと宣告された途端に呆然としてしまった。頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。
 泣いたり取り乱したりしている者には、
今山奈緒美(女子3番)などのしっかり者たちが声をかけていたが、微動だにせず固まっていた沙織は目立つことなく、誰にも声をかけられることがなかった。
 そして、そのまま出発の時を迎えた。
 怯えながら校舎を出た沙織は、途方に暮れて僅かの間ボーッと立っていた。誰かが待ち伏せていたら絶好のカモだったことだろう。
 その時、自分の直後に出てくる
蜂須賀篤(男子14番)が危険人物ではないかという考えが突如浮かび、とにかく篤に捕まっては殺されると思い、闇雲に全力で走った。
 趣味が読書やゲームで運動不足だった沙織はすぐに息切れがして、エリアG=4の茂みの中に倒れこんだ。
 それから今まで一歩たりとも動いてはいない。
 動き回ることは不利であると思えたからだ。危険人物に遭遇しやすくなるであろうし、無駄に体力を消耗するべきでもないと考えた。
 強力な支給品を手にしていたのに、恐怖ばかりが先立っていて、ビクビクしながら時を過ごしていた。
 何度も銃声のような音が聞こえている。放送で死者の存在が告げられている。
 戦闘は確実に行われているのだ。やる気の者がいるのだ。自分がいつ死者の列に加わっても不思議ではないと不本意ながら実感してしまった。
 沙織は誰にも見つからないように祈り続けた。普段は全く信用しない神仏に、今回ばかりはすがりたかった。
 幸いなことに、運良く今まで誰にも会わなかった。それは、学校に近かったことが逆に幸いしたのかもしれなかったけれども。
 だが、動いていないのにもかかわらず徐々に疲労が蓄積してきた。支給された食料は乏しく、空腹感も著しい。
 何か調達しておくべきだったかと悔やみ、今からでも集落に行こうかとも思ったが、やはり動き回るのは怖かった。
 さらに時を経て、沙織には眠気が襲い掛かっていたのだった。

 恐怖のあまりに小さな体を小刻みに震わせながらも、沙織はついに近寄ってくる相手の顔を確認することが出来た。
 思わず全身の緊張が解けた。
 というのも、相手は自分とはかなり親しい部類に属する
川崎愛夢(女子8番)だったからだ。
 数時間前までの沙織ならば愛夢といえども恐怖の対象だったであろう。
 だが、眠気で判断能力が低下していた沙織は、愛夢と行動を共にして仮眠したいと考えてしまった。
 実際のところ、愛夢がやる気になるとは到底思えなかったし。
 愛夢の性格ならば1人で会場内をうろつくのは少々不自然であったのだが、そこには思い至らなかった。
 沙織はウージーから手を離して立ち上がると、愛夢の方へ駆け出しながら言った。
「愛夢。無事だったのね、良かった」
 しばらく動いていなかった影響で少し足がもつれたが、どうにか愛夢のところに辿り着いた。
 愛夢もかなり驚いた様子で一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
「沙織なのね。良かった。やる気の子が向かってきたのかと思って一寸慌てちゃったよ」
 愛夢の言葉でアッと思った。
 愛夢の側から見れば、突如茂みから立ち上がって突進してきた自分は間違いなく危険人物に見えたはずだ。
 自分の無思慮な行動に赤面しながら、沙織は答えた。
「ごめん。愛夢を見つけて嬉しかったから、つい・・・」
「謝ることないよ。だって・・・」
 愛夢の返事を聞くと同時に、沙織は重心移動をしようとして、足元の大きな石につまずいてよろけた。
 その時、何かが風を切る音がして我に返った。
 音の方向を振り返った沙織が見たものは、真っ直ぐに刃物を突き出した愛夢の姿だった。
 そう、自分がよろめかなければ既に胸か腹を刺し貫かれていたはずだった。
 おそらく愛夢は“だって貴女は今から死ぬんだもの”と言いたかったのだろう。
 少し後ずさりしながら言った。声が震えた。
「愛夢・・・ やる気だったの?」
 愛夢は表情を変えずに答えた。
「やる気よ。当たり前でしょ。あたしだって死にたくないもの。今度は逃がさないわよ。ゴメンね、沙織」
 愛夢は再度沙織に向かって刃物を突き出した。
 何とかかわした沙織は愛夢に背を向けて一目散に逃げ始めた。
 脚力差はあるが、目的地までの距離は近いので何とかなるだろうと思った。
 当然ながら愛夢も追って来ているようだ。愛夢が銃を持っていたらどうしようもなかっただろう。
 沙織は足をもつれさせながらも、どうにか先ほどまで潜んでいた茂みに頭からスライディングをするように飛び込んだ。
 幸運なことに、手を伸ばしたところに丁度自分が置いていったウージーがあった。
 それを手に掴むと、体を捻って仰向けの姿勢になって、突っ込んでくる愛夢に銃口を向けた。
 マシンガンを目にした愛夢が急ブレーキをかけるのが見えた。
「沙織・・・ そんなもの持ってたの?」
 沙織は答えなかった。否、答える元気さえもなかった。ただ、銃口だけは愛夢に向け続けた。
 愛夢は慌てて方向転換すると、素早く走り去った。
 その後ろ姿が見えなくなっても、沙織はしばらく同じ姿勢のまま動けなかった。
 愛夢でさえやる気になるなんて・・・ もう誰も信じられない・・・
 沙織は闇夜を血走った目で睨み続けていた。
 


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