BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


60

 停電状態のプログラム会場だが、本部のボロ校舎にだけは煌々と明かりが灯っている。
 印藤少佐(プログラム責任将校)は、自分の席で書類を整理しながらふと担当官の席に目をやった。
 担当官の鳥本美和は席を外している。
 よく考えると、先刻から美和は若干落ち着かない様子だ。何となくそわそわしている。
 プログラムが終了して優勝者を出迎える時ならば、多少は緊張して落ち着かないかもしれない。
 しかし、今はそんな段階ではない。
 特に思い当たることもなく、印藤は小首をかしげるほかはなかった。

 普通のサラリーマン家庭に育った印藤は、プログラムの魔の手にかかることもなく、特に目立つところもない高校生となっていた。体力だけには自信があったけれども。
 とりたてて将来の夢もなく、適当な企業に就職して平凡な人生を送ることを予想していた。
 だが登山部員だった印藤は、高3の冬の雪山登山で突然の悪天候のために遭難してしまった。
 仲間たちと雪洞を作って吹雪を凌ぎ救助を待ったが、天候はなかなか回復せず、飢えと寒さのため顧問教師と仲間たちは次々と力尽きていった。
 印藤は1学年下の恋人と抱き合って温め合っていたのだが、数日後の朝には彼女も息絶えてしまい、遂に1人ぼっちになってしまった。
 その日の昼には天候はやや回復したが、全身の凍傷に侵された印藤は五感も鈍麻し、死を待つだけの状態だった。
 そんな印藤の目の前に突然数人の男が現れた。救助隊だったが、印藤はそれを認識することもできなかった。
 1人が叫んだ。
「生きてるぞ! 1人生きてるぞ」
 周囲から歓声が上がった。
 男たちは次々に印藤に抱きつくようにして温めてくれたが、脱力した印藤はそのまま意識を失ってしまった。
 印藤が覚醒したのは病院のベッドの上だった。
 心電図モニターや点滴を付けられていて、家族や看護婦の顔が見えた。
 どうやら自分は助かったらしい・・・
 だが、印藤は嬉しくはなかった。
 恋人や仲間を失った悲しみの方がずっと大きかったのだった。
 そこへ包帯だらけの男が入ってきて、印藤に声をかけた。
「目が覚めたようだね。当分入院が必要だが、命に別状はないらしい。良かったね」
 母が口を挿んだ。
「助けてくださった兵隊さんよ。お礼を言いなさいよ」
 だが、印藤は怒鳴りつけた。
「遅いんだよ。遅かったんだよ。あんたたちが、もう1日早く来てくれればアイツも死ななかった。もう2日早く来てくれれば、他に3人生きていた。遅すぎるんだよ、何もかも。俺だけ助かっても、何の意味もねえよ。役立たずの兵隊なんかに言うことはねえ。さっさと出て行け」
 兵士は黙って自分の手の包帯を外した。手が紫色に変色している。
 母の声がした。
「罰当たりなことを言うんじゃないの。この兵隊さんは凍傷だらけになりながら、お前を助けて下さったんだよ。他にもたくさんの兵隊さんが凍傷を負われながら救助作業をして下さったのよ。皆さんで代わる代わるお前を温めて下さったんだよ。謝りなさい」
 兵士は母を片手で制しながら、印藤に深々と頭を下げた。
「救助が遅れたことは申し訳なく思っている。他の子を助けてあげらなかったことは、われわれとしても痛恨の極みなのだ。だが、われわれも精一杯頑張ったことを解って欲しい。通常ならば救助活動を行うには無謀な天候だった。しかし、前途ある君たちのためにわれわれは必死だった。君を助けた前日には、無理をした2人の兵士が雪崩の犠牲になってしまった。そして、われわれも凍傷だらけになってしまった。それでも、1人でも助けたくて頑張った。死体の山を見た時は呆然としたが、君が生きているのを見つけた時の嬉しさは表現の仕様もなかった。生死の間を彷徨っていた君には理解困難だったかもしれないけどね」
 聞いているうちに涙が滲んできた。自分の主張が恥ずかしかった。
 印藤は兵士に丁寧に詫びた。
「申し訳ありませんでした。兵隊さんたちの苦労も知らずに生意気なことを申しまして」
 兵士は微笑みながら答えた。
「理解してもらえれば十分だよ。これも仕事だからね」
 印藤は黙って首を上下した。
 兵士は病室から半歩出たところで、振り返りながら言った。
「そういえば、君に抱かれたまま冷たくなっていた女の子はここの霊安室に安置されているよ」
 それを聞いてどうしても恋人に別れを告げたくなった印藤は、看護婦に無理を言って、ストレッチャーで霊安室に連れて行ってもらった。
 安置されていた恋人は氷のように冷たく青白かったが、いつもと同じ笑顔を浮かべていた。
 付き添っていた彼女の母が、印藤に頭を下げながら涙声で言った。
「娘はとても幸福そうな顔をしています。最期まで貴方に抱かれていて幸せだったのでしょう。娘を守ろうとしてくださって有難う御座いました」
 印藤は上半身を無理に起こして、頭を下げ返しながら答えた。
「助けられなくて申し訳ありませんでした」
 しばらく涙が止まることはなかった。
 それから、立派な兵士になることが印藤の夢となった。
 心の奥底から兵士に憧れて、高校卒業とともに専守防衛軍に入隊した。胸は希望で一杯だった。
 だが入隊して最初に与えられた任務がプログラムの介助だった。
 拉致されたバス内で眠り込んでいる少年少女を見て、印藤の胸は張り裂けそうになった。
 こ、こいつらが殺し合いをさせられるのか。俺は、それを手伝うのか。俺は、こんなことをするために入隊したわけじゃないぞ・・・
 しかし、命令に逆らうわけにはいかない。
 印藤は、やむなく1人の少女を抱き上げた。
 顔を見た瞬間に愕然とした。なぜなら少女は、昨年自分が亡くした恋人の妹だったからだ。
 このままでは、少女はほぼ確実に落命してしまうだろう。あの母親は2人の娘を共に亡くしてしまうことになる。しかも、その双方に自分が関与したことになる。半端でなく心苦しい。
 何とかして少女を逃がしてやりたいと思ったが、同僚たちの目が厳しく、それは不可能だった。
 プログラムが開始され、印藤は業務を遂行しながらも少女の無事を祈った。優勝して欲しいと願った。
 少女は上手く隠れていたようで、誰とも接触することなく時が過ぎていった。
 だが、残り3人まで逃れたところで、遂に討ち取られてしまった。
 悲しみの仕草を同僚たちに見られるわけにはいかず、印藤は心の中で号泣した。
 やがて少女を仕留めた少年が、優勝者として凱旋してきた。
 勝ち誇った表情で首輪を外される優勝者の姿は、印藤にとっては醜悪以外の何物でもなかった。平然としている同僚たちが信じられなかった。
 こうして、印藤はプログラムに対して大変な嫌悪感を抱くこととなり除隊も考えたが、今さら学歴社会に舞い戻る気力は湧かなかった。
 その後も年に3回ほどプログラムの仕事が回ってくるのだった。自分が憧れていた災害被災者の救助などは全く経験できなかった。
 こうしてプログラムの仕事をいやいや務めていた印藤だったが、慣れとは恐ろしいもので数年後には事務作業のごとくにプログラムをこなすようになっていた。
 いつのまにか嫌悪感も失われ、次々と斃れる少年少女を見ても何も感じなくなっていた。機械的に書類の整理をするようになっていた。数年前の同僚たちと同じ状態に成り果てていたのである。
 元来真面目な性格だったため、やがてはプログラムに対してむしろ熱心に取り組むようになっていった。出世も早く、近年は常に責任将校の責務を果たすようになっていた。責任者としての規律は厳しく、眠っている女生徒の胸に触ろうとしたり、スカートの中を覗こうとしているセクハラ兵士などは厳しく罰した。
 そして、いつのまにかプログラム専属となって毎月のように全国のどこかで務めを果たしていた。仕事にも誇りを持つようになっていた。
 しかし今回のプログラムにおいては、年下で新米の担当官ということで印藤にとっては責任ばかり重くてとてもやりにくかった。
 担当官がミスをしないように見張っていなければならないというのは、ベテランの印藤にも勿論初体験で、なかなかのプレッシャーである。
 無事にこなせば、軍部における自分の評価はさらに上がるのだろうけれど。

 印藤は思考をプログラムの経過の方に戻した。
 不穏な発言をしていた生徒の何人かが斃れ、気になるのは
大河内雅樹(男子5番)藤内賢一(男子16番)今山奈緒美(女子3番)程度になっていた。それでも本当に脱出される心配は皆無だと確信していた。
 トトカルチョの対象にしている
三条桃香(女子11番)は順調に殺戮を重ねている。生存者は女子のほうが断然多いので、桃香には順風だと思われた。蜂須賀篤(男子14番)矢島雄三(男子20番)は厄介な存在であろうけれど。
 もっとも印藤にとっては、トトカルチョよりも桃香の命の方が数段重要だった。桃香を死なせてしまえば、自分の身の破滅は疑いないと思っていたのだから。
 考えを巡らせていると、美和が席に戻ってきた。
 美和は少々暗い表情をして考え込んでいるようだ。
 既に調べてあるが、生徒の中に美和と接点のある者はいない。担任の国分美香との関係には驚いたがプログラムが開始されてしまえば関係ないはずだ。美香は本土へ帰らせたのであるし。
 今頃になって美和の態度が変化する理由はどうにも思い当たらない。
 質問するのも失礼に当たるだろうし、しばらく美和を観察するしかないと思った。
 美和は印藤の視線には全く気付かずに考え続けているようだった。


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