BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
61
何とかしないと・・・
このままでは処刑されてしまうかもしれない・・・
鳥本美和(プログラム担当官)は焦り、かつ恐れていた。
この問題は他の者に知られるわけにはいかず、自分だけで解決しなければならない。
平静を装いながら処理しなければならない。
だが、責任将校の印藤少佐の様子を見ていると、既に自分の異変を感じ取っているように思われる。
ますます焦りは募り、噴き出してくる冷や汗を拭いながら考え続けた。
一体、どこで紛失したのかを・・・
美和は頭脳的には比較的優秀だが、身体能力的には平凡な女性である。
それでも美和はプログラム優勝経験者だった。
夏休みの孤島での体験学習の最中に突然大勢の兵士に包囲されて、そのままプログラムを開始されてしまった。
出席番号の関係で彼氏だった長岡陽一と簡単に合流できた美和は、海に面した崖の上で偶然見つけた小屋に2人で潜伏した。
陽一の支給品は拳銃だったが、美和の支給品はダイヤモンドカッターであった。世の中で最も硬い物を切れる刃物には違いないが、当然ながらプログラムでは役立たずの品である。
2人は運良く発見されることもなく、クラスメートが次々と斃れていく放送を沈んだ気持ちで聞いていた。
陽一が呟いた。
「万一、このまま2人だけ残ったら俺は自殺する。美和は生きてくれ」
美和は首を振った。
「だめよ。私が自殺するわ。スポーツ万能の陽一が生き残れば、きっと立派な社会人になれるけど、私が残っても何の価値もないわ」
陽一は美和から視線を逸らしながら答えた。
「美和のいない世界なんかで、生きていたくはない」
美和はどう答えてよいのか判らなくなって口をつぐんだ。
現実問題として、そのうちに誰かに襲われて2人とも殺されてしまう可能性が高いと思っていたこともあるのだが。
それから、2人はあまり会話することなく時を過ごした。
死を待っていると言っても過言ではない状態だった。
そこで、何度目かの放送が流れた。
2人の表情が変わった。一気に7人もの死が告げられ、生存者は3人になったからだ。
これで先刻の話題が現実になりかねない状況となったわけだ。
2人だけで残ったらどうするか・・・
2人は自然に見詰め合っていた。
陽一の目はとても優しかった。
その目が何かを囁きかけているようだった。
そして、それは美和の考えと見事に調和しているように感じられた。
美和はかすかに唇を動かした。
「心中・・・」
陽一は小さく頷いた。
あの世でもよろしくね、陽一・・・
そう思いながら陽一の手元を見ると、拳銃を握る手に力が入っているのが判った。
陽一は“最後の2人”にこだわりたくて、残った1人を倒す決意をしたのだろう。
だが、心中ならいつでも出来る。自分としては、“最後の2人”にこだわる理由はない。
自分たちの都合で他の子の命を奪うことには抵抗があった。
しかも、残った1人である本橋裕子は自分の幼馴染である。
やる気にはなりそうにないと思われる裕子がこの段階まで単独で生存しているのは後に考えると不自然だったのだが、この時は何とも思わなかった。
先に心中して裕子を優勝させてあげようと思い、陽一に提案しようとした時だった。
突然、コンクリートを砕くような連続音とともに小屋の窓ガラスが砕け散り、室内の花瓶が弾け飛んだ。
陽一に手を引かれた美和は、小屋を飛び出して岩陰に飛び込んだ。
マシンガンを抱えた裕子の声がした。
「見つけたわよ、美和。この手で葬ってあげるから覚悟しなさいよ」
美和は心底驚いた。裕子に個人的に狙われる心当たりはない。
慌てて答えた。
「どういう意味なのよ。何か私に恨みでもあるの? それに、まさかやる気なの?」
裕子は落ち着き払って答えた。
「本来は美和に対してだけやる気なの。その手段として他の子にも死んでもらったけど。あたしがやる気になるなんて誰も思わないから、簡単だったわ。このマシンガンも由紀から奪ったものなの。由紀ったら、何が起こったのか信じられないって表情で死んでいったわ」
今度は陽一が答えた。
「本橋! 一体、君は・・・ 美和に何の恨みがあるんだ。幼馴染じゃないのか。どうしても美和を殺すと言うのなら、俺が全力で相手をするぞ」
裕子は動じなかった。完全に開き直っているようだ。
「陽一君、安心して。陽一君に手を出すつもりはないから。用事があるのは美和だけよ」
何が言いたいのかサッパリ解らなかった。思わず口走った。
「何なのよ、一体。解るように説明してよ」
裕子は声を大にして答えた。
「あたしは中学の入学式の日に陽一君に一目ぼれしたの。告白する機会をずっと窺っていたの。なのに、いつのまにかあんたが・・・」
言い終えると同時にマシンガンが火を噴き、美和の隠れている岩から火花が散った。
唖然とするしかなかった。裕子が陽一を好きだとは全く知らなかった。おそらく陽一もだろう。自分は図らずも幼馴染の恋敵になっていたのだ。
裕子の言葉が続く。非常に口調が激しい。
「どうしてもあんたが赦せなかった。いつか必ず陽一君を奪って、あんたを見返してやるつもりだった。でも、それも今となっては叶わぬ夢。だからプログラムが始まった時に決めたのよ。美和、あんただけは絶対にこの手であの世へ送るってね。その目的のためには獣にでも鬼にでもなってやるってね」
美和は身震いした。普段おっとりしている裕子の内面にこんな激しいモノが宿っていたなんて。私は裕子の表面しか見ていなかったのか・・・
陽一の声が聞こえる。
「言いたいことは解った。だが、それは君の勝手な理屈だ。しかも、美和を殺す手段として他の子を殺すなど言語道断だ。悪いが君には死んでもらうぞ」
裕子が答えた。
「陽一君は黙ってて。あたしは美和さえ殺せばそれで満足だから。美和が死んだらあたしは自殺する。それで、陽一君の優勝よ」
頭をハンマーで殴られたような気分だった。
考えていることに大差はなかったのだ。愛する人を優勝させるために自殺を考えるとは・・・ ただ、その手段には大きな違いがあったけれど。
陽一が怒鳴り返した。
「ふざけるな。どこまで自分勝手なんだ、君は」
裕子は懇願するように答えた。
「解ってよ、陽一君。あたしは陽一君に優勝して欲しいの。生き残って欲しいの。陽一君だって、出来れば死にたくないでしょ。さ、美和から離れてあたしのところに来てよ」
美和は、当然陽一が怒りの返答をするものと予想していた。
しかし、陽一の言葉は意外なものだった。
「解ったよ。俺だって命は惜しい。マシンガンとまともに戦っても犬死にだろうしな」
言うなり、陽一は立ち上がって裕子の方へ歩き始めた。
美和は信じられなかった。この場に及んで陽一が自分を裏切るなど。生き残るために裕子の誘いに乗ってしまうなど。
だが美和は見た。去っていく陽一が背中に回した手で美和にピースサインを送っているのを。
その瞬間に、陽一の意図がわかった。陽一は決して自分を裏切ってはいない。だが・・・
接近した陽一に裕子が喜色満面で言った。
「陽一君、有難う。来てくれて嬉しいわ」
陽一が答えた。
「返事はこれだ」
言うなり、陽一は拳銃を抜き出して撃とうとした。
しかし、裕子の反応は素早く陽一より先にマシンガンのトリガーを引いた。
だが陽一はそれも予測していたのだろう。思い切り横に飛び退いたかと思うと、直ちに反転して裕子に飛び掛かろうとした。
これには裕子も反応しきれず、必死で撃ったマシンガンの弾は陽一の脇腹を抉り、拳銃を弾き飛ばしただけだった。
陽一はそのまま裕子に体当たりしながらマシンガンを跳ね飛ばし、さらに裕子を抱き上げると同時に叫んだ。
「美和! 幸せになるんだぞ!」
返事をする暇もなく、陽一は裕子を抱えたまま断崖までダッシュして、そのまま海に身を躍らせた。
美和は慌てて走りよったが、断崖のはるか下に、荒い波が繰り返して打ち寄せるのが見えるだけだった。
心中に同意したように見えたのは錯覚で、やはり陽一は自分を犠牲にして美和を優勝させるつもりだったのだ。
間もなく、美和の優勝を告げる放送が流れた。
本部に戻ると、担当官は美和に冷たい視線を浴びせた。
「1人も殺さずに優勝した奴は多分史上初だぞ。優勝には違いないけどな」
その言葉に美和は疑問を持った。
「どうしてそんなことが判るんですか?」
担当官は一瞬慌てた様子だったが、冷静を装って答えた。
「最新の機器で監視しているからな。いろいろと」
その時は納得してしまったが、担当官になって初めて首輪に盗聴システムがあることを知ることとなった。
“誰も殺さずに生き残った恥ずかしい優勝者”として紹介されたため、クラスメートの遺族からの攻撃も比較的緩やかで、美和は幼児期からの希望通りに教員となることができた。
まさか自分が担当官になってしまうとは夢想だにしなかったけれども。
美和は必死で記憶を辿った。
一体、どこに・・・
担当官には専門のマニュアルが配布される。
内容は20ページ程度しかなく、大きさも手帳サイズのパンフレットのような代物で、ベテラン担当官なら鞄にしまい込んだまま一度も使うことはない。
だが、新米担当官の美和には必需品で、充分な予習をする余裕もなかったので、ルール説明はマニュアルと首っ引きになってしまったわけだ。
といっても、説明さえ無事に済ませれば定時放送などは簡単であるし、トトカルチョの管理や政府機関への報告は印藤少佐に任せることができる。
だから美和はマニュアルを懐に入れたまま特に意識はしていなかったのだが、生徒が減ってきた段階で優勝者の出迎えの予習をしようとしたらマニュアルが見当たらなかったのである。
初めは心配しなかった。
大抵は他のポケットに入っているか、自分の机の引き出しに投げ込んで忘れているのだろうと思ったからだ。
しかし、そのいずれにも見当たらなかった時、美和は本気で慌て始めた。
実務的には大した問題はない。
優勝者の出迎えなど、ルール説明のようなミスが許されないものとは違い、少々間違っても何の影響もないだろう。
優勝者の首輪外しも、何気なく印藤にさせればすむことだ。
問題はそんなことではない。
どこかに落としたと思われるマニュアルを印藤や兵士に拾われてしまうのが恐ろしいのだ。
拾った者がそっと自分に返してくれるならば一件落着であるが、隠し持っていて後に政府に提出されてしまえば厳罰は免れない。処刑も充分予想される。
印藤や兵士たちが新米の小娘担当官に好感を持つとは到底思えない。
担当官の致命的なミスを発見すれば、喜んで付け入ってくると思われる。
無事にすむ可能性があるのは、自分より若い兵士が拾った場合程度だろう。
先刻から美和は、本部内の自分が歩いた場所をさりげなく探している。
何かを探していると周囲に悟られてはならないので、とても難しい。
わざとらしくならないように書類の下などに目を走らす。
しかし、全く発見できない。
自分が通った場所で忘れている点がないかどうかを必死で考えたが思い当たらない。
既に誰かに拾われている公算が高そうだ・・・
徐々に緊張が増し、冷や汗は隠しようもなくなってきた。
とにかく気分転換しようと思い、美和は御手洗いに向かった。
女兵士がいないので、自分しか訪れない空間である。
ここならば、マニュアルを落としていても他の者に拾われる心配はない。既に1度探してはいるけれど・・・
それよりも、周囲の視線を気にせずに記憶を辿るのに好都合な場所だと思った。
美和は必死で気分を落ち着けながら御手洗いの扉を開いた。
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