BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
62
来たわ・・・
国分美香(担任教師)は気合を入れた。
程なく目の前の扉が開き、俯き加減の鳥本美和(プログラム担当官)が入ってきた。
扉の陰にいた美香は、美和の背後からいきなり飛び掛り、左腕で首を締め上げ右手に握った軍用ナイフを突きつけた。
腕力に大差があるので、美和は全く抵抗できない。
美和の耳元で囁いた。
「美香よ。大声を出したら容赦しないからね」
一瞬驚いた様子の美和が、ワンテンポ遅れて頷くのがわかった。
会場に潜入した美香は生徒に発見されないように慎重に本部へと向かった。
首輪がないので禁止エリアは怖くない。といっても、夜のうちに終わらせたかったので、あまりゆっくりは出来なかったが。
本部に辿り着くまでに3人の生徒の無残な亡骸を発見した。
美香は悲しみを堪えながら、花を供えて手を組ませた。
ごめんね、みんな。助けられなくて・・・
でも、残ってる子は必ず助けるから貴方たちも応援してね・・・
本部の建物は、外見上自分が参加した時と変化していなかった。
内部構造も同じだろうと推定し、まずは兵士の溜まり場だったはずの部屋にそっと接近した。
無論、周囲に監視カメラなどがないかどうかを慎重に確かめていた。
首輪の機能で安心しているのだろうか、全く無警戒であったが。
部屋の窓に辿り着いた美香は用意してきたガラス切りを取り出して、全く音を立てることなく小さな穴をあけた。
穴から内部を観察し、また兵士たちの会話を聞いたが、ありがたいことに兵士は全員男性のようであった。
これならば担当官の美和に直接接触するのは難しくはない。
ほくそえんだ美香は、女性用御手洗いの窓に慎重に大きな穴を開け、自らの体をそっと滑り込ませた。
ここで待ち伏せれば、他者に発見されることなく確実に美和を捕らえられる筈である。
そして待つほどもなく足音が近づいてきたのだった。
足取りに元気がなさそうなのが不思議ではあったが。
美和の方から話しかけてきた。
「美香先輩、ビックリさせないで下さいよ。どうしてここに? まさか生徒を助けに来られたとか」
美香は冷静に答えた。
「その通りよ。教師として当然のことだわ」
美和は震えながら答えた。
「そんな無茶です。第一、先輩の命が危ないですよ」
美香は怯まなかった。
「もとより覚悟の上よ。遺書も書いてきたし」
美和は答えなかった。驚きのあまり答えられない様子だった。
そこで、美香はまず最大の疑問をぶつけた。
「どうして、美和ちゃんが担当官なんかしてるのよ」
美和はボソボソと答えた。
「最近、反政府組織や米帝の地下組織が活発になってきているのはご存知ですよね」
美香は首肯した。美和が続けた。
「それで、政府の要人が多数暗殺されているのですが、その中には優秀なプログラム担当官も多く含まれていたそうです。今回のプログラムの担当官に予定されていた方も3日前に暗殺されたらしいのです。プログラムを中止するわけにもいかず、急遽私が指名されてしまったんです。突然、私のマンションに政府の方と兵隊たちが来た時は本当にビックリしました。断れば殺されそうなムードだったのでやむなく引き受けてしまいました」
美香は不思議そうに言った。
「でも、どうして美和ちゃんが選ばれたのかしら。教員ならいくらでもいるし、正直に言って美和ちゃんに務まる仕事とも思わないけど」
美和はため息をつきながら答えた。
「私が優勝経験者だったからのようです。突如、教員の中から適当な人物を選ばざるを得なくなった政府は、優勝経験者に白羽の矢を立てたんでしょうね」
美香は一瞬絶句した後、辛うじて言葉を絞り出した。
「美和ちゃんが優勝経験者ですって? 信じられない・・・ 失礼な言い方だけど、美和ちゃんがアレを生き残れるなんて思えない・・・」
美和は落ち着いて答えた。
「政府の方々も私を見て驚いたようです。こんな体力のなさそうな女が優勝したのかって・・・ でも、指名した後なので変更しづらかったようでそのまま・・・」
続けて、美和は自分のプログラムの経緯を簡単に語った。政府は内容まで調べずに、単に優勝経験者というだけで指名してしまったのだろう。
美香は唖然とした。そんな優勝が実際にあるなんて・・・
教育大の学生だったころ、美香と美和は寮で隣同士の部屋だった。
美香は1年後輩の美和を妹のように可愛がり、美和も美香を慕っていた。
休日には一緒にショッピングに出かけたり、2人で温泉旅行をしたこともあった。
それでも美和は自分が優勝経験者であることなどおくびにも出さなかった。
それに関しては美香も同様だったけれど。
さらに美和の言葉が続いた。
「責任将校の印藤少佐に教えられたのですが、美香先輩も優勝経験者だそうですね。先輩の体力なら不思議ではないと思いますけど。船の中で先輩が殺されなかったのはどうしてか解りますか? おそらく、先輩も近いうちに担当官に指名されることが内定していたのだと思いますよ」
おぞましい話に一瞬身震いした美香だが、すぐに少しキツイ口調で言った。
「冗談じゃないわよ。私が指名されたらその場で自殺するわよ。担当官なんて教師として最低の行動でしょ。そんなことをしてまで生きのびようとは思わないわ。美和ちゃんもどうして引き受けたのよ。そこまでして生きていたいの?」
美和は頭を垂れながら答えた。
「お話した通り、私は彼の命を背負っているんです。あっさりと死ぬわけにはいきません。私が生きることを願って彼は死んでいったのです。もちろん、私だってこんな仕事はしたくありません。でも、彼の事を思うと・・・」
最後は半分泣きそうな声になっていた。
そこで美香は話題を変えた。重要なのはこちらの方だ。
「今からでも遅くないわ。立派な教師になろうと夢見ていた頃の美和ちゃんに戻ってよ」
美和は蚊が泣くような声で答えた。
「それはどういう意味ですか?」
美香は微笑んで答えた。
「プログラムを中止させて、生徒たちを助けること。その後で私が美和ちゃんを全力で逃がしてあげる。私の命と引き換えにね」
美和は首を振った。
「それは無理です。担当官は現場の運営の権限しかありません。私の意志で中止することは不可能です。天変地異などで続行不可能にでもならない限りは」
それに対して美香は別の策を立てた。
「それならば、首輪を支配しているコンピューターを止めることは出来ないかしら。その間に私が生徒たちを出来るだけ多く逃がすから」
美和は再度首を振った。
「コンピューターには専門の兵士が常時張り付いています。それに、私には操作法がわかりません。兵士に命令しても、流石に従ってはくれないと思います」
美香は唇を噛み締めた。
担当官をどうにかすれば生徒を助けられると思い込んでいた。考えが甘かったか・・・
美和はさらにボソボソと語った。
「先輩、申し訳ありません。私には何も出来ないのです。もし、良かったら私を殺してください。それで、先輩の気が少しでも済むのなら。ただし、私が死んでもプログラムの進行には何の影響もありませんけど」
美香は美和を拘束している腕を外した。
最早、美和を捕らえていても何の意味もない。時間の経過とともに危険が増すだけのことだ。無論、美和を殺すことにも意味はない。こうなったら、生徒の救出は別の方面から考えないといけないだろう。でも、その前に最後のお願いを・・・
「一言だけ言っておくけど、美和ちゃんは間違ってる。私も美和ちゃんを死なせたくない。勿論私だって死にたいわけじゃないの。でも、それ以上に生徒たちを助けたい。あの子達が助かるのなら、私の命なんかどうでもいいの。それが教師というものじゃないかしら。美和ちゃんだって、その気になれば何も出来ないことはないはずよ」
言い終えると、美香は素早く窓の穴から脱出した。
東の空は既に白みかかっていた。
<残り19人>