BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
63
東の空には眩い朝日が輝いている。
見上げれば昨日よりも雲が多いようだが、本日も暑くなりそうだ。
洞窟の入り口の岩に腰掛けて四方を見ていた細久保理香(女子18番)は腕時計に目をやった。
朝の定時放送の時刻まであと僅かだ。
地図と名簿を取り出して準備を整えると、再び周囲に目を配った。常に油断は禁物だ。
だが、理香の注意力は今までよりもやや散漫になっていた。
なぜなら理香の心は約一時間前の臨時放送に掻き乱されたままだったからだ。
川崎愛夢(女子8番)の襲撃、おそらく正体は川崎来夢(女子9番)なのであろうけれど、を撃退した後、理香と速水麻衣(女子15番)は比較的平和な時を過ごしていた。
粗末ながらも食事を摂る事が出来たし、1時間程度とはいえ2度目の仮眠も出来た。
プログラム開始以来、一番落ち着いた時間帯だっただろう。
無論、心まで落ち着くわけではないのだが。
その時、突如スピーカーの雑音のようなものが理香の耳を刺激した。
理香は面食らうと同時に思わず時刻を確認した。
まだ定時放送までは時間があるはずだったからだ。
そして、それは理香の錯覚では無く、針は間違いなく5時を示していた。
一体何なのだろう。
理香は眉を顰めながらも、耳をそばだてた。
待つほども無く放送が始まったが、聞こえてきたのは意外にも担当官の鳥本美和の声ではなく印藤少佐の声だった。
“只今から臨時放送を行うぞ。重要だからよく聞けよ”
何か突発的な事態が起こったことだけは確かなようだ。
だが、印藤が放送しているのは何故か。
担当官が倒れたというような内容ならば、生徒にわざわざ臨時放送をする必要はないはずだが。
“本来なら、鳥本担当官が行うべきなのだが、少々気分が優れないようなので俺が担当する”
やはり、担当官の身に何かがあったのだろう。
仮眠していた麻衣も飛び起きて理香の側まで駆け寄ってきた。
放送は続いている。
“実は先程、諸君の本来の担任である国分美香教諭がこの会場に乱入し、不敵にも本部に潜入してきた。諸君を救助したかったらしい”
理香は本心から驚きとともに感激した。
美香先生があたしたちを救助しようとして来てくれた・・・ これほど、感動的なことはないだろう。
だが次の瞬間には理香の心は闇に沈みかけた。
この放送があるということは、美香の潜入は政府に露見したということだ。放送の目的は美香を見せしめに殺したことを発表するためなのではないかと思ったからだ。
だが、それは杞憂だった。
“当然ながらプログラムは担任の乱入ごときで妨害できるような簡単なものではない。国分教諭は諦めて本部から出て行った”
理香はホッと一息ついた。どうやら美香は無事のようだ。上手く行けば会場内で美香に会えるかもしれない。理香の心はときめいた。
さらに、放送は続いた。
“さて、重要な点はこれからだ。国分教諭のした事は国家反逆罪に該当し、言うまでも無く処刑の対象となる。だが、首輪の無い教諭を探しだすには多人数の兵士を派遣せねばならず、プログラムの管理に支障を来たしかねない。過去に例の無いことなので、われわれとしても処遇に悩み、最終的に陸軍大臣のご判断を仰ぐこととなった”
だから、何だというのだ。陸軍大臣だろうが何だろうが、あたしたちには関係の無い話ではないのか。
理香は一語たりとも聞き漏らすまいと耳を傾けた。無論、目だけは四方を警戒していたが。
そこで印藤の口調がやや明るいものへと変わった。
“そこで、画期的なことが決定した。諸君にとっても耳寄りな話だ。ストレートに言うと、国分教諭の処刑を貴様たちに代行してもらうことになったのだ”
何ですって?
理香は顔を顰めた。
麻衣も同じような表情をしている。
美香は不良にさえ尊敬されている教師だ。このクラスに先生を殺すものなどいるはずがない。政府も詰まらないことを考えたものだ。
だが、理香の考えにかかわらず放送は進んでいる。
“無論、処刑した者には報酬を与える。見事国分教諭を仕留めた者は、教諭の亡骸を空から見える位置において、側でポーズを取ってもらいたい。本日の天候ならば、軍事衛星から画像で確認できるはずだ。その際には現場へ兵士を派遣する。事実を確認できれば、その場でその生徒を特別生還者と認め、直ちに帰宅させることを約束する。但し、この特例を適用される生徒は1人だけだ。複数で教諭を殺害した場合は無効とする。複数を認めることにすると、国分教諭は多くの生徒を集めてから自殺するという選択をしかねないからだ。理解できたかね、諸君。とにかく、貴様たちの生還のチャンスが増えたということだ。国分教諭に感謝するんだぞ。以上”
放送は唐突に終わった。
理香は、自分の拳が怒りで震えるのを制御できなかった。
先生を懸賞首にするなんて、どこまで政府は卑劣なのだろうか。
いくら尊敬されている先生とはいえ、無条件に生還できるとなれば、手を染めてしまう者もいないとは限らないだろう。
考えることさえ恐ろしい。
「こんなことって、こんなことって・・・ 酷すぎるよね」
麻衣の呟きが聞こえる。
「そうよね。酷すぎるよ。絶対、赦せないよ、こんなの」
理香は答えながら麻衣の手を握り締めた。
麻衣は泣きそうな顔で理香に抱きついてきた。
いつのまにか2人は周囲を警戒することも忘れて抱き合っていた。涙が頬を伝った。
しばらくして我に返った理香は、麻衣に語りかけた。
「もし、先生に会えたら2人でかくまおうよ。他の子に見つからないように」
麻衣は力強く頷いた。
それから麻衣は再び洞窟に戻って仮眠し、理香は見張りを続けた。
だが理香はなかなか平常心には戻れそうにもなかった。
6時少し前にセットした麻衣の目覚まし時計が洞窟の奥で鳴るのが聞こえ、すぐに麻衣は理香の側にやって来た。
と同時に放送が始まった。
“皆さん、お早う御座います。担当官の鳥本美和です。午前6時の放送です。今日もよい天気になりそうですね。さて、先程は失礼致しました。国分先生は私の大学の先輩ですので動揺してしまいました。でも、もう大丈夫です。それでは例によりまして、今までに亡くなられた方のお名前を亡くなった順番に申し上げます。男子11番 児玉新一君、女子21番 吉崎摩耶さん、男子12番 芝池匠君、以上3名の方々です。ご冥福をお祈りいたします”
人数としては少なめなのだが、またまた頼れそうな人物の名が呼ばれて理香の心はさらに沈んでしまった。匠ならば、首輪の外し方を編み出す可能性があると期待していただけに、ショックは大きかった。また、一度出会っている摩耶が呼ばれたのも、気がめいる理由になりそうだった。それに、おそらく一緒に行動していたと思われる新一と匠の間に摩耶の名前があるのも妙な感じがした。偶然なのだろうか、それとも・・・
放送は続いている。
“続いて今後の禁止エリアを発表いたします。まずは午前7時からE=6です”
会場中央の山頂付近だ。
“続いて午前9時からF=3です”
学校の西北方にあたる。
“最後に午前11時からA=6です。禁止エリアには充分注意してくださいね”
これは会場の北の端だ。
ここで、いつもどおり印藤が放送に割り込んできた。
“男子諸君に一言言いたい。現在の生存数は女子が男子の2倍以上だ。同じ男として情けなく思う。相手が女子だと躊躇う者がいるのも理解できなくは無いが、それでは決して優勝は出来んぞ。頑張れよ。あ、それから先程臨時放送した特別生還チャンスのことも忘れるなよ”
そこで放送は終わった。
禁止エリアのメモだけはどうにか済ませた理香だったが、気分は沈んだままだった。
そこで、理香は草を踏みしめる足音を聞きつけて顔を上げた。
少し離れた大木に寄り添うように立っていたのは盛田守(男子19番)であった。
ホッとすると同時に冷や汗が出た。
相手がやる気の人物だったら大ピンチになっていたわけだから。
いくらショックな放送があろうとも、決してアンテナ感度を下げてはいけないことを、改めて痛感した。
側の麻衣が震えているのを感じる。
開始早々に守に助けられたことを話してはあるのだが、印藤のあの言葉を聞いた後では、男子を怖がるのも無理はない。
理香は思い切って話しかけた。
「盛田君、昨日はありがとう。盛田君のおかげでまだ生きてるよ、あたし。恵梨は・・・だけど」
守が頷くのが見えた。
理香は続けた。
「もう一度誘っていいかしら。よかったら一緒に行動しない?」
「えっ」
と、麻衣が声を出した。
麻衣にとっては信じられない誘いなのだろう。だが、守は味方にしておきたい人物。麻衣の説得はゆっくり行えばいいだろう。
だが、守はすぐにボソボソと答えた。
「いや、悪いけど返事は昨日と同じだ」
理香は引き下がらなかった。半歩進みながら言った。
「そんなこと言わないで・・・」
守は首を横に振りながら半歩下がった。
さらに理香は間合いを詰めようとしたが、守は言葉を発することなく同じ距離だけ下がっていく。
どうやら諦めた方がよさそうだ。守が逃げ出したら、絶対追いつけないのだし。
背後から麻衣の声がする。
「どうしたのよ、理香。いつも慎重な理香なのに変よ。女子と全然話さない人を仲間にするのは、あたしは反対よ」
言われて見ればそうかもしれない。少し考えが甘かったかも。無理に守を仲間にしても、麻衣との関係はギクシャクしてしまうだろう。
だがここで1つの疑問が浮かんだ。
守は何故自分たちに接近してきたのかという点だ。
自分たちを殺す目的でもなく、仲間になる気もないのなら、守の存在を察知していない自分たちに近寄る必要はないはずだ。黙って通り過ぎればよい。
今の態度を見ていると情報交換が目的とも思えない。何か言いにくい用事でもあるのだろうか。
理香は歩を止めて発言した。
「あたしたちに何か訊きたいことでもあったの? 盛田君」
一瞬で守が赤面するのが見えた。ビンゴだったようだ。
酷く上気した様子の守が小声で言った。
「えっと、か、蒲田さんを見かけなかった?」
早紀? 早紀はまだ健在のはずだけど何の用事だろう。
とにかく答えた。
「ごめんなさい。早紀には一度も会ってないわ」
守は無言で視線を麻衣に移した。
理香が振り返ると、麻衣は首をかしげている。麻衣には守の小声は聞こえていないようだ。
代わりに理香が言った。
「麻衣。盛田君は早紀を探しているらしいの。会ってないよね」
麻衣は静かに頷いた。
再び守の方を見ると、守は理香と視線を合わせず、呟くように言った。
「そう・・・ 有難う・・・ 迷惑をかけたね・・・ それじゃ、君たちも元気で・・・」
言い終えるや、守は早足でそそくさと立ち去った。
その態度を見て、理香は守の用事を理解した。
駆け寄ってきた麻衣が言った。
「何なのよ、彼」
理香は静かに答えた。
「シャイすぎて言いにくかっただけで、早紀を探すのに必死みたい。でも、あの様子だと早紀に会えても告白できそうにないわね。応援してあげたいけど」
「え? 盛田君が早紀を? 何の接点もなさそうだけど・・・」
麻衣は信じられない様子だったが、理香は確信していた。
あたしも早く雅樹君に告白したいなぁ・・・
内心で呟いた理香の横顔を朝日が優しく照らしていた。
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