BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


64

 エリアI=5は、会場南方の大集落の中でも東の外れに該当する。
 民家も比較的まばらで、公園なども多く見られる。
 その中でも東の端といえる場所に、古い平屋の一軒家があった。
 この家には小さな屋根裏部屋があり、
佐々木奈央(女子10番)が陣取っていた。
 奈央は坐っていた筵(むしろ)から立ち上がると、明かり取りの窓から外を見た。
 とても朝日が眩しい。
 奈央は目を細めながら、家に隣接しているブナの大木に視線を移した。
 この大木の上には
甲斐琴音(女子5番)がいるはずだが、奈央の位置からはよく見えない。
 本当は琴音と一緒にいたいのだが、木登りの出来ない自分がどうにももどかしかった。
 その時奈央は大木のはるか後方を歩いている人影を見つけ、表情を強張らせた。
 この時点で相手が自分や琴音を発見しているとは思えないが、それでも緊張せざるをえない。
 しかも、相手は慎重に周囲をうかがいながらこちらへ接近してきている。
 自分同様にこの家で休息しようとしているのだろうか。
 危険人物でなければいいのだが・・・
 ドキドキする胸を抑えながら目を光らせていると、どうやら相手の姿が確認できた。
 トレードマークの学ランを脱ぎ捨てているらしく普段とムードが違っていたが、紛れも無く
藤内賢一(男子16番)であった。
 奈央は頭を掻きながら考え始めた。
 果たして賢一をどう評価するべきなのか。超優等生の賢一はプログラムに対してどんな選択をしているのだろうか。
 賢一は自分の頭脳に対して絶対の自信を持っている。自分が非常に価値の高い人間だと考えているように見える。
 とすれば、クラスメートを葬って優勝しようと考えていてもおかしくはない。
 だが、プログラムにおいては頭脳よりも身体能力の方がより重要だと考えられる。
 そして、その身体能力において賢一は男子の中で最低レベルのはずだ。奈央よりは上位であろうけれど。
 これは勿論賢一も自覚できているはずで、賢一の頭脳ならば優勝は極めて難しいことも理解できているはずだ。
 それならば、賢一は脱出を目指すのではなかろうか。
 賢一にはその方がふさわしいように思われるし、賢一ならば首輪の外し方も発見できるかもしれない。
 判断に困っているうちに、賢一はかなり接近していた。
 この家に入るつもりなのは間違いないだろう。
 その瞬間に閃いた。
 学校のルールを守ることにもプライドを持っている賢一が、少々暑いからといって学ランを脱ぐとは思えない。
 それを脱いでいるということは、自分であることを簡単に悟られないためであろうと思われた。
 であれば、賢一はやる気になっていると解釈するのが自然だ。
 以上の推論から奈央の出した結論は、“賢一は危険”だった。
 が、そこで大声が響き、奈央はビクッとした。
「一寸待った。あんた、その家に何か用かい?」
 一瞬は驚いたが、すぐに琴音の声と判って奈央は胸を撫で下ろした。
 無論、賢一はそれ以上に驚いているであろうが・・・

 奈央は琴音と出会えたことを心の奥底から幸運だと思っていた。
 琴音の保護がなければ、今まで生きていることさえ不可能だっただろう。
 もっとも、今まで
百地肇(男子18番)川崎来夢(女子9番)の2人にしか襲撃されていない。
 だがこれも、琴音のサバイバル能力が余計な出会いを減らしているのだろうと思えた。
 そして、奈央は信じていた。生き延びていれば、誰かが脱出方法を編み出してくれるであろうことを。
 その時まで、とにかく生きながらえなければならない。
 
細久保理香(女子18番)をはじめとする友人たちと一緒に脱出できれば、最高の結末と言えるだろう。
“プログラム参加自体が夢だった”というのを別にすればだが。
 とにかく今の所は琴音のおかげで仮眠も出来ているし、体力は温存できている。
 しかし、琴音に仮眠を勧めても辞退するばかりだった。
 奈央の見張りでは不安なのだろうが、それ以上に体力の絶対値が違うと思われた。こればかりは補いようがない。
 これまで琴音の勘に従って、襲撃される度に居場所を変更した。
 この屋根裏部屋のある家を見つけて、入るように指示したのも琴音だった。
 入った後で梯子を上げてしまってあるので、やる気の者が家に侵入しても簡単には攻撃されないはずである。
 危険なのは焼き払われた場合くらいであろうと思われ、基本的にはかなり安全といえるだろう。

 成り行きを心配しながら見ていると、例によって琴音は軽やかに木から飛び降りて賢一の前に立った。
「あんた、誰だっけ。勉強の虫の藤本君だったっけ」
 名前を間違えられた賢一が激昂するのが遠目にも判った。
「藤本じゃない! 僕は藤内だ。お前はクラスメートの名前も判らない愚か者か」
 転校して間もない琴音が、殆どクラスメートと話さない賢一の名前を覚えられなくても無理は無い。
 そのためか、琴音は落ち着いていた。
「それは、失礼。藤内君ね。で、何か用なの? この家には入って欲しくないんだけど。休憩なら他の家に行って頂戴」
 賢一はさらに語気を強めた。
「国のホープである僕に対して、凄い態度だね。少しは尊敬して欲しいものだ」
 琴音は少し呆れた口調で答えた。
「あたしはね、人間の価値が成績だけで決められるとは思わないんだけど。一方的に自分を尊敬させようなんてあつかましい人ね」
 賢一は負けずに言葉を浴びせた。
「うるさい。そもそも、木の上なんかにいるお前は何だ。猿の親戚か、それとも原始人か。とても、現代の文明人とは思えんぞ。お前は愚か者以下の存在だ」
 琴音は平然としているが、聞いている奈央の方が立腹してきた。なんという暴言なのだろう。
「何とでも言うがいいわ。あたしにとっては、木の上が安全地帯なんだから。とにかく、あんたと一緒にいたくはないわ。さっさと消えてよ」
 賢一は急に大人しい口調に変えて、話を続けた。
「わかった、わかった。とにかく暴言を吐いたことは詫びておくよ。僕も驚いて興奮していたし。それよりも、耳寄りな話があるんだ」
 琴音はうんざりした表情で答えた。といっても、琴音は賢一の一挙一動から目を離してはいないけれど。
「一体、何なのよ。手短に済ませてよね」
 賢一は微笑みながら答えた。賢一の笑顔など殆ど見たことがないので少々気持ち悪い。
「脱出できそうな方法がありそうなんだ。君にも手伝ってもらえないかな」
 呼称まで変化している。
 琴音は胡散臭そうに答えた。
「さっきまであたしを罵倒しておいて、今度は手伝えですって。あたしのような“愚か者”が役に立つわけないじゃない。お断りよ」
 奈央は頷いた。その通りだ。到底、信用できそうにない。
 そこで、奈央は階下に降りてみることにした。屋根裏部屋からでは視野が狭く少々見難いのと、何かの時に琴音の援護をするためだった。
 上げてあった梯子を元に戻し、支給品のブローニング・ハイパワーという銃を握り締めてゆっくりと下りはじめた。
 最初は自分の銃も怖かった奈央だが、時とともに少しずつ度胸がついてきていたのだった。
 降り立った奈央は別の角度から様子を見ようと思い、家の裏口から出て壁伝いに外を回った。
 対峙を続けている2人を窺うと、目を離している間に琴音は賢一の話術に若干懐柔されてしまっているようだった。
 琴音が言った。
「それで、あたしに何が出来るというわけ?」
 賢一が答えた。
「とりあえず君の首輪を無効にしてみるから、後ろ向きに坐って欲しいんだ」
 琴音は首を傾げながら答えた。
「その前にあんた自身の首輪を処理したらどうなのさ」
 賢一は大きく頷きながら答えた。
「それは当然の疑問だ。けれど、この処理は首輪の後ろ側でしか出来ない。だから、僕の首輪はどうしようもない。手順が複雑で僕以外には出来そうにないから、他の奴にやってもらうことも出来ない。だから、僕は皆の首輪を無効にした後で形式的な優勝者になるつもりなんだ。優勝は将来の僕の経歴にも役立つだろうしね」
 一応は筋が通っている。だが・・・
 琴音は答えた。
「なるほどね。あたしたちを犯罪者にして自分だけ優勝するつもりなのね。とっても気に入らないけど、皆の命が助かるなら考えてもいいかな」
 この時、賢一の緊張が一瞬高まったのを奈央は見て取った。やはり怪しい。自分の推理は正しいようだ。
 琴音が続けた。
「でもさ、あんたが失敗したらあたしの首輪がドカンでしょ。あんたの実験台になるのはいやよ」
 賢一は動じなかった。
「それも当然の反応だ。でも、僕は死体の首輪で充分練習してきたんだ。自信はある。それに、君に体を密着させて細かい作業をするんだ。爆発させたら僕だって大ダメージを負うことになる。そんな危険なことはしないよ」
 琴音が答えた。
「もう1つ質問させてもらうよ。やる気の連中にはどのように対応するつもりなんだい?」
 これまた賢一は自信ありげに答えた。
「いくらやる気になっても、優勝できる確率は高くない。絶対に生還できる方法があると言えば、必ず説得できるはずだ。僕の頭脳の優秀さは誰もが知っているんだからね」
 相変わらず自惚れた発言だが、説得性はあるだろう。
 琴音は溜息をつきながら答えた。
「わかったわ。信用させてもらうわ。慎重にやってね」
 そのまま琴音は賢一に背を向けて、膝をついた。
 奈央は焦った。
 甲斐さん、ダメよ。信じちゃダメ!
 そして、奈央は見た。
 賢一が懐から素早く銃を抜き放つのを。
 最早一刻の猶予もならない。
 奈央は震える手で銃を構えて、いきなり発砲した。体が反動で大きく揺れた。
 賢一の体のどこか一部にでも掠ればかまわないと思った。
 しかし、残念ながら銃弾はあさっての方向に消えたようだった。
 だが、奈央の一撃は賢一を嚇かすには充分だった。
 賢一は慌てふためいて思わぬ襲撃者を探しているようだ。
 琴音は? と見ると、既に元の位置にはいなかった。
 素早く宙返りをしていた琴音は、賢一の前に降り立つと同時に支給品のベルトを振るった。
 あっという間も無く、賢一の銃が弾き飛ばされた。
 賢一は思わぬ反撃に全く対応できない様子で、琴音は楽に銃を拾い上げて賢一に突きつけた。
「大事なことを相談する相手に転校間もないあたしを選ぶなどという不自然なことを、優等生のあんたがするわけないじゃない。その段階で信憑性ゼロね。初めは追い払うだけのつもりだったけど、ここまでした以上は死んでもらうわよ」
 蒼白になった賢一は跪いて答えた。
「僕を殺すことは国の損失だぞ。解ってるのか」
 今までとは別人のような情けない声だった。それでも、命乞いにまで頭脳に対するプライドの高さが反映されているのは滑稽ですらあった。
 琴音はクールに答えた。
「そんなことあたしには関係ないわ。あんたを野放しにすると、お人よしの子が犠牲になりそうだから見逃すわけにいかないわね。さよなら、天才さん」
 言い終えるとともに銃声が響き、賢一の頭部が飛び散るのが見えた。
 奈央は思わず目を逸らした。自分も発砲したのだから言える立場ではないのだが、やはり人が撃たれるのを見たくはない。
 しばらくその姿勢のままだったが、やがて肩に優しく手を乗せられて顔を上げた。
 そこには笑顔の琴音が立っていた。
「計略に嵌ったフリをして、いきなり振り向いてやるつもりだったけど、あいつ銃を構えるのが意外に早かったわね。早撃ちの練習でもしてきたのかしら。あのタイミングだとあんたが撃ってくれなきゃ危なかったかもしれない。助かったよ」
 奈央は小さく頷いた。一言言うのがやっとだった。
「甲斐さんが無事でよかった」
 琴音は微笑みながら言った。
「さて、銃声を響かせてしまったからまた移動しないとね」
 了解した奈央は荷物を取るために屋根裏部屋に戻ろうとした。
 背を向けた奈央の数メートル後方には優秀だった脳味噌の残骸が、その優秀さを示す痕跡は何もなく血液や毛髪などとともに散乱していた。

男子16番 藤内賢一 没
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